「あいつ……どこ行ったアルか」
炎天の下、煌々と照る太陽が視界を歪ませる。
神楽は完全に日原大成を見失い、途方に暮れていた。
銀時が桂を殴りつけた後、直ぐ様あとを追った万事屋。
しかし彼の漕ぐ出前用自転車は想像以上に速く、数度街角を曲がったところで掻き消えてしまったのだった。
「夜兎の、足でも、追いつけないなんて……」
先行していた神楽に、ようやく追いついた新八と銀時。
どちらも肩で息をしており、特に銀時は腹痛と相まって深刻な面持ちだ。
そんな二人に対する神楽の視線は、温い大気と比べてとても冷たい。
「なっさけないアルな男共」
「神楽ちゃんと比較しないでよ……」
「いやしかし、何よりも驚きなのは奴の身体能力だな。こりゃホントに当たりかもしれねェ」
言いつつ、銀時は自然な流れで番傘の中に入り込んだ。
即座に腹部をど突かれて追い出されてしまったが。
「神楽ァァァ!!腹は……!腹はやめよう……ッ!!」
「それよりも、ヅラはどうしたアルか。ヅラがいれば万事解決ネ」
確かに、桂から日原大成の所在を聞けば済む話である。
しかし――――
「桂さんはその……銀さんのパンチで気を失っちゃって……」
「どこまで役に立たないアルかお前は!!」
「やめてッ!!」
回転を加えながら、神楽は腹を抉るように踏みにじる。
そんな悶え苦しむ銀時だが、懸命に己の有益性を訴えた。
「ぎ、銀さんをあまく見んじゃねーよ!俺が何の手掛かりも掴めてないとでも!?」
「手掛かり……?」
足の力が緩まる。
銀時はその機を狙って、仕返しとばかりに起き上がる勢いで神楽を弾き飛ばした。
「わわッ!」
「……ったく。アイツが乗る自転車にな、『北斗心軒』って書いてあった」
「本当ですか!?」
続けて自身の推論を語る。
「もしかしたら日原大成は幾松と面識があって、その繋がりからヅラは知り合ったのかもしれねェ」
「だとしたら、僕達が向かうべき場所は……」
「そーいうワケで、ウチに顔出したんかいアンタ等は」
「松姐、おかわり!」
「まったく……ラーメンはただじゃないんだけどねェ」
場面は移って北斗心軒のカウンター席にて。
これまでの事情を話した万事屋は、日原大成との関係を訊き出そうとしていた。
勿論、攘夷志士の話題は伏せてだが。
一方神楽はラーメンを貪り、カウンター空の丼を積み重ねていた。
万事屋を出る際、さりげなく四人分のカレーを平らげてきたというのに。
「で、そこんところどうなんだ幾松」
「確かに、大成君は北斗心軒と交流があるよ。アンタが見た自転車はウチが貸した物だし、
銀時の推測は正しかった。
「七、八年前だったっけ。まだ旦那が健在だった頃だね、彼が訪ねて来たのは」
――――八年前つったら、攘夷戦争が完全に終わった年だな。
日原大成を攘夷と関連づける。
銀時の内心、僅かではあるが赤獅子疑惑はより強いモノとなった。
「この近くで定食屋を開きたいから、経営のノウハウを教えてくれって頼み込んで来たのさ」
「へぇ、そんな経緯が……って、今『この近く』って言いませんでしたか!?」
「なんだ、気づかなかったのかい?大成君の店は……」
手に握る水切りを窓外へ向ける。
「ウチの相向かいだよ」
「はあああ!?」
新八は思わず驚嘆の声をあげた。
窓枠から覗き込むと、確かに『お食事処 炎亭』という看板を掲げた家屋があった。
確かに、桂が口にした店名と合致する。
「本当だ……」
「来た時はまだ年端もいかない少年だったからねェ。旦那もつい手解きしちまったが……今じゃ、いい商売敵だよ」
「なんだ。北斗心軒のライバルってんなら、炎亭ってのもたかが知れてるな」
「へいラーメン一丁」
軽口を叩くと同時に、銀時の顔面にラーメンが叩き付けられる。
この一連の流れはもはや北斗心軒の様式美だろう。
「あっっっつゥ!!」
「それにしてもアンタ達はマヌケだね。ここには度々足を運んでるってのに」
「灯台もと暗しっ、てヤツですかね」
「それに大成君の腕は確かなものだよ。ということは、この私も」
「客にラーメン投げつけるその接客術を指摘してんだよ!!」
銀時は声を荒げ、頭にかかる麺を払いながら戸口に向かった。
服に染み込んだ汁を絞り出す為である。
「あーもう、ビチャビチャじゃねーか。こんな客の怒りに火ィ付けるような真似して、よく経営の手解きなんてできたな」
不満をたれながら取手に手を掛ける。
戸をスライドさせて開け放つと、店内に外気が流れ込んだ。
夏の日差しより、ラーメンのスープより熱を帯びた外気が。
「わあああああああ!?」
それを真正面から浴びた銀時は、咄嗟に後ずさった。
「何!?何事ですか銀さん!?」
「分からねェ!」
状況が把握できない。
熱で目も開けない。
だが、外が喧騒に満ちていることは確認できた。
ほどなくして熱気に慣れた一同は、屋外へ駆け出す。
そして眼前に広がる光景に、言葉を失った。
「……」
お食事処炎亭が、燃えていたのだった。
その名の如く業火に包まれて。
「何あれえええええ!!さっき見た時は普通でしたよね!?今の一瞬で何があったァァァァ!?」
道行く一般人と同様に困惑する万事屋。
そんな中、幾松だけは平静を保っていた。
「なんだ、またやったのかいあの子は」
「またって何!?」
「炎亭から火の手が上がるのは、稀によくあることなんだよ」
「火事なんてそうそうあるもんじゃねェだろ!!てか《稀によくある》ってどっちだ!!
「とっ、とりあえず銀さん!日原さんを助けに行きましょう!きっとまだ中にいるのでは……!」
周章狼狽の銀時に、新八は先ずもって提案した。
幸い、火が回っているのは二階部分だけである。
故に幾多の変局に立ち遭ってきた万事屋にとって、飛び込んで人一人助け出すことなど難儀なことではなかった。
「よ、よし!とりあえず俺が店内を探すから、新八は119番通報しておけ!……あれっ!?119番って何番だったっけ!?110番だっけ!?」
「119番は119番です!」
「そうか、119番か!じゃあ俺はこれから119番に突入するから、新八は炎亭に通報を!」
「銀さん、何かが違います! 逆です!しっかりしてくださいよ!地の文も『難儀なことではない』って言ってるんですから!」
幾多の変局に立ち遭ってきた万事屋にとっても、飛び込んで人一人助け出すことは難儀なことであり、ただ狼狽するしかなかった。
「変わっちゃった!地の文も呆れて内容変わっちゃったよ!」
そうしてツッコんでいる間にも、炎は更に拡大していく。
そんな中から、場違いに思える晴朗な声が響き渡った。
「あ、幾さァァん!!
「!?」
声の発生源に周囲の視線が注がれる。
それは日原大成のモノだった。
まもなくして、火中からその姿を現す。
やはり頭髪は深い赤で、火炎を背景にしても際立っていた。
その色はとても染めて出来るものではない。
そんな大成は四人を見下ろすと、こう続けた。
「自転車、もとの場所に戻しておいたからァァァ!」
「あいよォ!」
「なにナチュラルに会話してんですかアンタら!そんな状況じゃないでしょう!」
「ん? 君達は……」
新八とは顔を合わせてない為、大成は首を傾げるしかなかった。
しかし銀時の顔を見た途端、三人が何者かを理解した。
「あ、確か万事屋さんだったか?さっき出前に行った……」
「そうです! 万事屋です!大丈夫ですか日原さん!?」
「これが大丈夫に見えるかァァァァ!!」
「大丈夫じゃないんかい!!だったらもっと危機感持てよアンタ!!」
その瞬間、炎の勢いが増す。
流石にマズイと思ったのか、大成は上階から華麗に跳躍した。
太陽を背に宙を舞うその姿は、まるで獣のよ……
「痛ッ」
「ちょっ……!」
火災旋風に煽られバランスを崩した大成は、砂埃を立てて地面に突っ伏す。
もはや何からツッコめばよいのか、新八は分からなくなっていた。
だが、そんな事はお構い無しに大成は続ける。
「万事屋ってのは確か、依頼をすれば引き受けてくれる何でも屋だったよな。ヅラさんがよく口にしてたんだった」
呑気に駄弁る大成だが、今もなお店は燃えている。
というか、大成自身も炎上していた。
「燃えてる!背中燃えてる!!」
「こんな場で依頼するのもアレだけど、引き受けてくれるか万事屋さん」
鈍感なのか、はたまた意に介していないのか。
「消火、手伝ってくれない?」
人懐っこい笑みを溢しながら、大成は頼み込んだ。
「わかった!わかったからまずは背中の火を消そうか!お前の命の灯が消火されちゃ……」
「あ」
次の瞬間、銀時が言い終えるのも待たず大成は火だるまへ変貌する。
「ちょっとォォォォォォ!!」
心配、当惑、その他諸々――
様々な感情が入り雑じった哮りが、火の粉舞う空に轟いていった。