銀魂 赤獅子篇   作:to.to...

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第二訓 火事は110番じゃなくて119番だから

「あいつ……どこ行ったアルか」

 

 

 炎天の下、煌々と照る太陽が視界を歪ませる。

 神楽は完全に日原大成を見失い、途方に暮れていた。

 

 銀時が桂を殴りつけた後、直ぐ様あとを追った万事屋。

 しかし彼の漕ぐ出前用自転車は想像以上に速く、数度街角を曲がったところで掻き消えてしまったのだった。

 

 

「夜兎の、足でも、追いつけないなんて……」

 

 

 先行していた神楽に、ようやく追いついた新八と銀時。

 どちらも肩で息をしており、特に銀時は腹痛と相まって深刻な面持ちだ。

そんな二人に対する神楽の視線は、温い大気と比べてとても冷たい。

 

 

「なっさけないアルな男共」

 

「神楽ちゃんと比較しないでよ……」

 

「いやしかし、何よりも驚きなのは奴の身体能力だな。こりゃホントに当たりかもしれねェ」

 

 

 言いつつ、銀時は自然な流れで番傘の中に入り込んだ。

 即座に腹部をど突かれて追い出されてしまったが。

 

 

「神楽ァァァ!!腹は……!腹はやめよう……ッ!!」

 

「それよりも、ヅラはどうしたアルか。ヅラがいれば万事解決ネ」

 

 

 確かに、桂から日原大成の所在を聞けば済む話である。

 しかし――――

 

 

「桂さんはその……銀さんのパンチで気を失っちゃって……」

 

「どこまで役に立たないアルかお前は!!」

 

「やめてッ!!」

 

 

 回転を加えながら、神楽は腹を抉るように踏みにじる。

 そんな悶え苦しむ銀時だが、懸命に己の有益性を訴えた。

 

 

「ぎ、銀さんをあまく見んじゃねーよ!俺が何の手掛かりも掴めてないとでも!?」

 

「手掛かり……?」

 

 

 足の力が緩まる。

 銀時はその機を狙って、仕返しとばかりに起き上がる勢いで神楽を弾き飛ばした。

 

 

「わわッ!」

 

「……ったく。アイツが乗る自転車にな、『北斗心軒』って書いてあった」

 

「本当ですか!?」

 

 

 続けて自身の推論を語る。

 

 

「もしかしたら日原大成は幾松と面識があって、その繋がりからヅラは知り合ったのかもしれねェ」

 

「だとしたら、僕達が向かうべき場所は……」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「そーいうワケで、ウチに顔出したんかいアンタ等は」

 

「松姐、おかわり!」

 

「まったく……ラーメンはただじゃないんだけどねェ」

 

 

 場面は移って北斗心軒のカウンター席にて。

 これまでの事情を話した万事屋は、日原大成との関係を訊き出そうとしていた。

勿論、攘夷志士の話題は伏せてだが。

 

 一方神楽はラーメンを貪り、カウンター空の丼を積み重ねていた。

 万事屋を出る際、さりげなく四人分のカレーを平らげてきたというのに。

 

 

「で、そこんところどうなんだ幾松」

 

「確かに、大成君は北斗心軒と交流があるよ。アンタが見た自転車はウチが貸した物だし、(あのひと)に紹介したのも私さ」

 

 

 銀時の推測は正しかった。

 

 

「七、八年前だったっけ。まだ旦那が健在だった頃だね、彼が訪ねて来たのは」

 

 

 ――――八年前つったら、攘夷戦争が完全に終わった年だな。

 

 日原大成を攘夷と関連づける。

 銀時の内心、僅かではあるが赤獅子疑惑はより強いモノとなった。

 

 

 「この近くで定食屋を開きたいから、経営のノウハウを教えてくれって頼み込んで来たのさ」

 

「へぇ、そんな経緯が……って、今『この近く』って言いませんでしたか!?」

 

「なんだ、気づかなかったのかい?大成君の店は……」

 

 

 手に握る水切りを窓外へ向ける。

 

 

「ウチの相向かいだよ」

 

「はあああ!?」

 

 

 新八は思わず驚嘆の声をあげた。

 窓枠から覗き込むと、確かに『お食事処 炎亭』という看板を掲げた家屋があった。

確かに、桂が口にした店名と合致する。

 

 

「本当だ……」

 

「来た時はまだ年端もいかない少年だったからねェ。旦那もつい手解きしちまったが……今じゃ、いい商売敵だよ」

 

「なんだ。北斗心軒のライバルってんなら、炎亭ってのもたかが知れてるな」

 

「へいラーメン一丁」

 

 

 軽口を叩くと同時に、銀時の顔面にラーメンが叩き付けられる。

この一連の流れはもはや北斗心軒の様式美だろう。

 

 

「あっっっつゥ!!」

 

「それにしてもアンタ達はマヌケだね。ここには度々足を運んでるってのに」

 

「灯台もと暗しっ、てヤツですかね」

 

「それに大成君の腕は確かなものだよ。ということは、この私も」

 

「客にラーメン投げつけるその接客術を指摘してんだよ!!」

 

 

 銀時は声を荒げ、頭にかかる麺を払いながら戸口に向かった。

 服に染み込んだ汁を絞り出す為である。

 

 

「あーもう、ビチャビチャじゃねーか。こんな客の怒りに火ィ付けるような真似して、よく経営の手解きなんてできたな」

 

 

 不満をたれながら取手に手を掛ける。

 戸をスライドさせて開け放つと、店内に外気が流れ込んだ。

 

 夏の日差しより、ラーメンのスープより熱を帯びた外気が。

 

 

「わあああああああ!?」

 

 

 それを真正面から浴びた銀時は、咄嗟に後ずさった。

 

 

「何!?何事ですか銀さん!?」

 

「分からねェ!」

 

 

 状況が把握できない。

 熱で目も開けない。

 だが、外が喧騒に満ちていることは確認できた。

 

 ほどなくして熱気に慣れた一同は、屋外へ駆け出す。

 そして眼前に広がる光景に、言葉を失った。

 

 

「……」

 

 

 

 お食事処炎亭が、燃えていたのだった。

 

 その名の如く業火に包まれて。

 

 

 

「何あれえええええ!!さっき見た時は普通でしたよね!?今の一瞬で何があったァァァァ!?」

 

 

 道行く一般人と同様に困惑する万事屋。

 そんな中、幾松だけは平静を保っていた。

 

 

「なんだ、またやったのかいあの子は」

 

「またって何!?」

 

「炎亭から火の手が上がるのは、稀によくあることなんだよ」

 

「火事なんてそうそうあるもんじゃねェだろ!!てか《稀によくある》ってどっちだ!!

 

「とっ、とりあえず銀さん!日原さんを助けに行きましょう!きっとまだ中にいるのでは……!」

 

 周章狼狽の銀時に、新八は先ずもって提案した。

 幸い、火が回っているのは二階部分だけである。

 故に幾多の変局に立ち遭ってきた万事屋にとって、飛び込んで人一人助け出すことなど難儀なことではなかった。

 

 

「よ、よし!とりあえず俺が店内を探すから、新八は119番通報しておけ!……あれっ!?119番って何番だったっけ!?110番だっけ!?」

 

「119番は119番です!」

 

「そうか、119番か!じゃあ俺はこれから119番に突入するから、新八は炎亭に通報を!」

 

「銀さん、何かが違います! 逆です!しっかりしてくださいよ!地の文も『難儀なことではない』って言ってるんですから!」

 

 

 幾多の変局に立ち遭ってきた万事屋にとっても、飛び込んで人一人助け出すことは難儀なことであり、ただ狼狽するしかなかった。

 

 

「変わっちゃった!地の文も呆れて内容変わっちゃったよ!」

 

 

 そうしてツッコんでいる間にも、炎は更に拡大していく。

 

 そんな中から、場違いに思える晴朗な声が響き渡った。

 

 

「あ、幾さァァん!!

 

「!?」

 

 

 声の発生源に周囲の視線が注がれる。

 それは日原大成のモノだった。

 まもなくして、火中からその姿を現す。

 

 やはり頭髪は深い赤で、火炎を背景にしても際立っていた。

 その色はとても染めて出来るものではない。

 

 そんな大成は四人を見下ろすと、こう続けた。

 

 

「自転車、もとの場所に戻しておいたからァァァ!」

 

「あいよォ!」

 

「なにナチュラルに会話してんですかアンタら!そんな状況じゃないでしょう!」

 

「ん? 君達は……」

 

 

 新八とは顔を合わせてない為、大成は首を傾げるしかなかった。

 しかし銀時の顔を見た途端、三人が何者かを理解した。

 

 

「あ、確か万事屋さんだったか?さっき出前に行った……」

 

「そうです! 万事屋です!大丈夫ですか日原さん!?」

 

「これが大丈夫に見えるかァァァァ!!」

 

「大丈夫じゃないんかい!!だったらもっと危機感持てよアンタ!!」

 

 

 その瞬間、炎の勢いが増す。

 流石にマズイと思ったのか、大成は上階から華麗に跳躍した。

 

 太陽を背に宙を舞うその姿は、まるで獣のよ……

 

 

「痛ッ」

 

「ちょっ……!」

 

 

 火災旋風に煽られバランスを崩した大成は、砂埃を立てて地面に突っ伏す。

もはや何からツッコめばよいのか、新八は分からなくなっていた。

 

 だが、そんな事はお構い無しに大成は続ける。

 

 

「万事屋ってのは確か、依頼をすれば引き受けてくれる何でも屋だったよな。ヅラさんがよく口にしてたんだった」

 

 

 呑気に駄弁る大成だが、今もなお店は燃えている。

 というか、大成自身も炎上していた。

 

 

「燃えてる!背中燃えてる!!」

 

「こんな場で依頼するのもアレだけど、引き受けてくれるか万事屋さん」

 

 

 鈍感なのか、はたまた意に介していないのか。

 

 

「消火、手伝ってくれない?」

 

 

 人懐っこい笑みを溢しながら、大成は頼み込んだ。

 

 

「わかった!わかったからまずは背中の火を消そうか!お前の命の灯が消火されちゃ……」

 

「あ」

 

 

 次の瞬間、銀時が言い終えるのも待たず大成は火だるまへ変貌する。

 

 

「ちょっとォォォォォォ!!」

 

 

 心配、当惑、その他諸々――

 

 様々な感情が入り雑じった哮りが、火の粉舞う空に轟いていった。

 

 


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