「こいつァ酷ェや」
規制テープの中。
鑑識の目など気にも留めず、被害者の腕をいじくりまわす男が一人。
彼こそ真選組一番隊隊長、沖田総悟その人である。
と、それを戒める声が。
「おい。現場荒らしてんじゃねェよ総悟」
こちらは同じく真選組副長の、土方十四郎。
亡骸に合掌を済ませ、事件現場に視線を走らせているところであった。
「……害者の身元は?」
近くに居た隊士に尋ねる。
「この辺りを統括する奉行所に属している、同心です。所有物から特定できました」
「続けろ」
「はい。死亡推定時刻は本日未明から明け方にかけて。死因は言うまでもなく、心臓部を一突きにされた事。それ以外の目立った外傷は、右腕が切断されている他に特に無し……」
「これを『切断』と言うには、ちと語弊があるんじゃねェですかねィ?」
隊士の報告に耳を傾けていた沖田が、二人に歩み寄る。
その手には、胴体から分離した被害者の腕が掴まれていた。
「いや持ってくんなよ!現場荒らすなっつってんだろーが!」
「よく見てくだせェよ」
ぐい、と眼前に腕を持っていき、断面を突きつける。
血肉から漂う臭気が土方の嗅覚を襲った。
「おいやめッ……あ"?」
そこで土方は気付いた。
傷口部分が異様な肉塊へ変質していることに。
「なんだこれ。溶けて固まってんのか……?いや、それにしてもこれは……」
「なら、人間離れした怪力で握り潰された?……というには、この傷はおかしい。ちょっと見ててくだせェ」
そう言うと、沖田は手首を掴んで振り回し始めた。
その姿はさながら、ハイパーヨーヨーのトリック、『アラウンド・ザ・ワールド』といったところだろうか。
「――だろうか、じゃねェよやめろォ!!」
「これだけ振り回しても血が飛び散らねェ。つまり、完璧なまでに止血されてやがる。ま、奴さんにそんな親切心があったとは思えやせんが――」
亡骸の胴体を一瞥する。
腕側の断面と同様に、そちらの方もほとんど出血はなく、辺りに広がる血溜まりは全て、胸の刺傷から流れ出たものだった。
「これだけの異質な力を行使して、とどめに刀を使ったワケも謎だ」
「あぁ。それに、抵抗すらさせず男の心臓を一突きで貫く剣技。並みの攘夷浪士の犯行とは、とても思えねェな」
考察すればするほど、事件は深みを増していく。
それにはやむを得ない理由があった。
実は
なぜなら――――
「おや、今回も出動が早いですね」
そこに、思案にふける二人へ声をかける者が現れた。
真選組とは対をなした純白の隊服に身を包み、片眼鏡を装着した面長の顔。
それを見た途端に土方は表情を強張らせた。
「エリートを出し抜いて現場検証とは。職務に精が出ますね、鬼の副長殿?」
「佐々木……!」
その男は見廻組局長、佐々木異三郎だった。
隣には副長の今井信女も連れている。
「……」
こちらも沖田と視線を交わらせ、空間が一気にが張り詰められた。
そんな雰囲気を感じ取ってか、周りにいた隊士達は遠のき始める。
「用件はなんだ。まさか
「えぇ、理解が早いようで」
真選組がこの一件に連なる情報を知り得てない理由――――
それは今回の様に、見廻組の介入があるからであった。
「アンタらが出張ってくるこたァは、やはりこの事件は『警察狩り』による犯行ってことかい」
「その通りです」
連日に渡って行われる、警察関係者だけを狙った連続殺人事件である。
すでに被害者は二十人に迫る勢いで、未だ犯人に繋がる糸口すら見つかっていない。
「……チッ。行くぞてめェらァ!」
短い舌打ちを放つと、土方は声を荒らげた。
真選組だけではない。
見廻組を除く警察組織は、この事件に関与することを許可されていなかった。
また、その制約を下しているのが松平片栗虎である為、流石の土方も従うしかなかったのだった。
剣呑な面持ちのまま、佐々木の真横を通り過ぎる。
その際、二人にしか聞こえないような声で、土方は話しかけた。
「……おい。この茶番、一体いつまで続けるつもりだ」
「さぁ、それは下手人しか知らぬ事。私に聞かないでください」
「ケッ……エリート殿にも分からねってか」
「えぇ。私より優秀な方は、意外にも多くいますから」
その含みのある発言に、図らずも土方は振り返る。
そして、問いただそうとしていた。
しかし、喉元までせり上がった言葉は、飲み込まれて音になることはなかった。
どうせまともな返答は返って来ない――――
そう、土方は結論付ける。
「……クソが」
その代わりに出てきたのは、小さな悪態だった。
「クソがァァァァァァァァァ!!」
日の高く上がった頃、万事屋にて。
銀時は臀部から溢れ出ようとする、大きな悪意と戦っていた。
……まァ、要するにアレである。
今朝の卵かけご飯の卵が、傷んでいたのである。
「神楽ァァァ!早くひねり出して出て来て!お願い!300円あげるからァァ!!」
朝食を作った張本人の名に懇願しながら、厠の戸に拳を振るった。
しかし中からの応答は無い。
「ちょっと銀さん、そんな大声あげるとご近所さんから怒られちゃいますよ。それに神楽ちゃんは女の子なんだから、もうちょっとデリカシーに配慮しないと」
と、そこに居間から新八の諭す声が。
続いて――――
「そうアルヨ。これだから最近の男共は……ウ○コ一つにやかましいネ」
「神楽ちゃんももう少し、発言を改めた方がいい気がするけどね……」
「第一に、賞味期限切れの卵くらいで腹壊す軟弱な身体が悪いアル。夜兎を見習うヨロシ」
「それに関してはしょうがないんじゃ……って、あれっ?」
「……ん?」
銀時と新八は何かしらの違和感を感じた。
銀時は現在、厠から神楽が出て来るのを待っている。
新八は居間で、神楽と話している。
――――これは。
「神楽が二人ィィ!?」
「神楽ちゃんが二人!?」
「そんなワケないでしょ。トイレにいるヤツは誰アルか」
その指摘を聞き、銀時はすぐさまドアを蹴破った。
そこには……
「ふぐぅぅぅぅぅ!!」
腹を抱えて身を丸くし、呻き声をあげるロン毛の姿が。
「おめーかよヅラァァァァ!!」
言わずも知れた、『狂乱の貴公子』と悪名高い攘夷浪士。
桂小太郎がそこにいた。
「ヅラじゃない桂だ……ッ!……て、お前は銀時!!なぜここに!?」
「いやここ俺ん家だから!!それはこっちのセリフだてめェ、なんで人ん家のトイレ勝手に借りてんだ!!」
「実は腹を下してしまってな。くっ……冷蔵庫に入ってた卵を確認もせず食べたのが過ちだったか……!」
「それもウチの物だろーが!!お前いつから
ボケの濁流にツッコミの応酬。
普段となんら変わりないが、今の銀時にはそれは負担でしかない。
軽く刺激を受けてか、ギュルルルルと銀時の腹部が不快な音を奏でる。
「ヤバいもう出る!出ちゃう!!」
「なんだ銀時、お前も下しているのか。己の体調すら管理できないとは情けない。高杉君もクーデターそっちのけで笑っていようぞ。」
「人ん家の冷蔵庫からパクった卵で腹壊してるお前にだけは言われたかねェよ!!……てか、高杉がクーデター!?何の話だ!?」
思いがけない名の登場に、つい反応してしまった。
あちら側の意識が一瞬緩むがここは耐える。
「そうだった。今日はその件で依頼があってここ来たのだった。聞いてくれ、実は……」
「ここでその話ィィ!?頼む、話は聞いてあげるから後にしてくれ!」
「おおそうか!引き受けてくれるのか銀時!」
「そこまでは言ってねェダルォ!?」
「お前の協力を得た今、幕府でさえも打倒できるような気が――――そう、すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。風……なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺たちのほうに……」
「風は吹かせなくてはいいから、早く拭いて出てこいつってんだよ!!」
「それがな銀時」
神妙な眼差しを桂は向けた。
「紙が、無いのだ」
「……」
桂はその後、しばらくしてから出てきた。
銀時のアレは、すぐに出てしまったが。
場面は少し進んで、万事屋の居間にて。
寝間着から普段着に着替えたはいいものの、先程から放心状態の坂田銀時。
その傍らには神楽と新八が座しているが、心なしか僅かに距離がある。
そんないつもと何かが違う万事屋にお構い無く、平常運転の桂は切り込んだ。
「では、本題に入らせてもらうぞ」
「この流れで!?」
あまりの唐突さに、新八からツッコミが飛ぶ。
「いや確かに、俺も若干の申し訳なさは感じている。しかし、二十後半の男が大を催すとは……。」
「言うな」
「あれか。松下村塾で、松陽先生に公開処刑された時以来か」
「やめろ」
「厠のお礼と言ってはなんだが、カレーの出前を取っておいたぞ。昼飯はまだだったろう、よろこべ」
「今の俺にカレーはやめて。マジでやめて。せめてチョコパフェにしてくれ」
「どっちも大して変わんないだろ!!てゆうか下ネタに尺使い過ぎだてめーらァ!!」
掌を卓上に叩きつける音と共に、新八の怒号が二人の間をつんざいた。
「それ以前にアンタら、腹壊してるんでしょーが!!」
「カレーに関しては別腹だ。ちなみに俺はイエロー(中辛)な!」
「なら私はレッド(激辛)ネ!」
「ふはははは!久々にニンジャー
「もういい……もういいですから、本題に入っててください」
「うむ、そうか」
収拾がつかなくなることを予見した新八はツッコミを放棄して、話が進むよう促した。
元より依頼を持ってきたいた桂は、これに素直に応じる。
コホンと一つ咳払いをすると、万事屋に訪れた経緯を語り始めた。
「先ほども少し漏らしたが、今日は高杉の件で依頼があって参った」
「"もらす"っていうのやめてくんない?色んなところ敏感になってるから」
「銀さんうるさいです」
「以前、俺が率いる攘夷党と鬼兵隊が衝突したのは覚えているな?『紅桜』の一件だ」
「紅桜……」
懐かしき言葉を反芻する。
紅桜――――かつて、村田鉄矢が制作した対戦艦用機械機動兵器。
高杉は過去に、これを用いたクーデターを画策していた。
しかしそれはもう終わった一件。
桂の暗躍と銀時の介入により、事なきを得たはずだったが。
「俺はあの時、全ての紅桜を爆破したと思っていた。だが……一本だけ江戸の海に沈み、それを免れていたのだ」
「そんな!」
新八と神楽は悲鳴にも似た声をあげる。
一方銀時は、至って冷静だった。
「……だがヅラ、その事実を知ってるってこたァ」
「察しがいいな銀時、その通りだ。海底に眠っていたあ
の凶刃は、俺が回収した」
桂は攘夷浪士の首魁であるが、兵器を有したとて凶行には及ばない。
その発言に二人は安堵する。
だが――――
「しかし……失策だった。こんなことになるならば、早々に処理しておくべきだった……!」
「……まさか」
「引き上げてから数日も経たず、紅桜は俺の手元から消えた。何者かに盗まれたのだ」
万事屋内に緊張感が走った。
あの刀の恐ろしさを、この面々は嫌と言うほど知っている。
「エリザベスの中に隠していたのだったが……」
「エリー!!エリーは無事アルか!?」
「エリザベスは……それ以来行方知らずだ。どうやらエリザベスは……」
「……」
「エリザベスは……腹を壊していたため、トイレで無防備になっていたところを狙われたらしい」
「お前も下痢してたんかィィィ!!」
シリアスな場をぶち壊すかの様に、その時のエリザベスのイメージがもわもわっと浮かび上がる。
……そう。
脱いだ布を扉に引っかけ、便器で格闘する全裸の男性の姿が。
「誰だこれ!!これホントにエリザベスさん!?」
「どうやら犯人は隣室で、その機会を伺っていたようだ」
脳内イメージは続く。
紅桜は脱衣した布の中に入っており、謎の人物によって、それごと個室の外から引っ張り出されてしまった。
「ちょっとォォォ!!紅桜はもちろんのこと、布を盗まれるのはエリザベスさんにとってマズイでしょ!!」
「もしかしてエリー、今は中身の姿で行動してるアルか!?」
「『中身』とはなんだリーダー!!エリザベスはエリザベス以外の何者でもない!!」
「いやヅラ、お前もさっき『エリザベスの中』とか言ってたぞ」
「……あっ、そういえばだ。最近攘夷党に加入した、将来有望な男がいてな。普段から服も着ず、やけ足毛が目立つ男だが……あやつも中々、エリザベスに引け劣らぬ逸材。エリザベスがいなければ、俺の右腕にしてやっても……」
「それ絶対エリザベスだろォォォォ!!そいつこそエリザベス以外の何者でもないだろ!!」
「……そーいえばヅラ」
話の流れを変えるように、神楽が別ベクトルの質問を繰り出す。
「ヅラはさっきトイレから、どうやって出てきたアルか?紙無かったはずなのに」
「ん、紙か?それは偶然持ち合わせていた布切れを使ってだな……」
言って、布の切れ端らしき物を懐から取り出す。
その布片には、目のマークの様なモノが二つと、くちばしの様な黄色い膨らみの装飾が施されていた。
「……」
一瞬の静寂が四人の間を流れる。
それを破ったのは、銀時のツッコミだった。
「おいぃぃぃぃぃぃぃ!!お前の
桂の腕が自然と震える。
流石にこれはマズイと思ったのか、額に大粒の汗が浮かび上がりだす。
1フレーム程の速さでそれを懐に仕舞うと、ゆっくりと口を開いた。
「……残念ながら、犯人の目星はまだついていない」
「戻した!強引に話を戻したよこの人!!」
「だが俺はこの一件、高杉一派の仕業だと考えている。そう言える理由が複数ある」
もう桂はエリザベスの話題に触れるつもりはないようだ。
「まず一つ。紅桜の情報は一部の関係者にしか知られていないという事実。紅桜を打った村田家、鬼兵隊、我ら攘夷党、警察組織……。紅桜の一件に関しては、警察が知り得ている情報などたかだか氷山の一角だろう。また、攘夷党の同士達だが……これも同様だ。彼らはあの抗争の裏に、一振りの刀があったことなど知らない。であれば、紅桜の動向を把握できるのは、同じ攘夷浪士である鬼兵隊以外に考え難い」
「まァ、確かにな」
「次に、高杉は近頃、不穏な動きを見せていた。紅桜の時以上に、春雨と密な関係を築こうと図っていたり。警察の何者かに協力を促していたり。果ては徳川茂々の敵対勢力、一橋派に接触を企てていたり」
疑惑の根拠となる事例を次々と上げていく。
「俺の見立てでは、近日中にまたクーデターを引き起こすのではないかと推測している。それに、奪われた紅桜を用いるのではないかとも」
「ヅラ、お前……」
「俺もただ、厠でスタンバっていただけではないさ。紅桜の一件以降、高杉が凶行に走ろうとも対応できるよう、常に監視の目は向けていた。……だが、時すでに遅し。俺の力だけでは太刀打ちできない程に、奴の勢力は拡大してしまった……」
話の本筋が見え始めた。
つまり桂は――――
「俺たちに協力しろってか」
「半分正解だ。お前の力添えも得られれば何よりだが……その他にもう一人、目をつけている者がいるのだ。その者を探し出すのと、助力の説得の手伝いを依頼したい」
「……そいつの名は?」
「『
聞き慣れない名だった。
新八と神楽だけじゃなく、それは銀時においても。
「知らぬもの無理はない。攘夷志士で優先して名が上がるのは、『白夜叉』『狂乱の貴公子』『鬼兵隊総督』『声のデカい人』の四人。其奴の名は一部以外ではあまり知れ渡ってはおらん」
「なんか今一人おかしくありませんでしたか?」
「つーことは、その赤獅子ってのも俺たちと同じ攘夷志士か」
「その通りだ。
赤き長髪を靡かせ、敵手を狩るその戦い様はまるで百獣の王。鮮血を浴びた緋色の衣は、更に真紅へと染め上がったという。
そんな、志士の名だ。この者の所為で、攘夷戦争終戦が二年遅れたとも言われている」
「大層な伝説なこって。だがなんでそんな野郎が、あまり知られてない?」
「俺たちの戦場――つまり攘夷戦争の激戦区は、関東だ。しかし、打って変わって赤獅子の戦域は関西方面。攘夷戦争初頭から終幕までと長らく活躍した志士であり、向こうではある程度有名であったが……世間的には俺たちの影に隠れてしまったのだ」
しかし赤獅子はこれだけではないぞと、桂は続ける。
「他にも凄まじい伝説が残っている。例えば――軍艦数隻を一刀で沈める、手料理が素晴らしく旨い、裁縫がとても得意、好き嫌いせず食べるetc……」
「後半めちゃくちゃ家庭的なだけじゃねーか!!最後のに至っては大して称えられるもんでもねェよ!!」
「故にこの赤獅子なる者、我ら四天王に比肩する力を持っていると見ている。それに加え、他の攘夷志士に繋がるパイプも。だが協力を得たくとも、その所在はまだ掴めていない……。だからどうか銀時、この者の捜索を手伝ってはくれないだろうか……!」
桂の眼差しがより一層真剣な光を宿す。
銀時としても高杉晋助が関わっている所為か、この依頼においては満更でもない様子である。
「……だがよ、そいつが江戸に来ている保証も無ェんだろ?それに容姿も何も分からねってのに、どうやって探しゃいいんだよ」
「む、それは……」
そこに、万事屋のチャイムが鳴り響いた。
今日は来訪の予定は無いはず、と顔を見合わせる三人。
「恐らく、出前のカレーが届いたのであろう」
時計に目を向けると、すでに正午をまわっていた。
深刻な話題の連続で疲れを感じていた四人にとっては、これはタイミングの良い休息であった。
「俺が行こう」
と、桂は立ち上がる。
「此度出前を頼んだ店は『
そう語りながら居間を後にした。
聞き慣れない店ではあったが、桂の舌は馬鹿ではない。
味は保証すると言えば、そうなのだろう。
まもなくして玄関から店員らしき男と桂の会話が聞こえ始める。
「小さく質素とは、酷ェ言いようじゃねーかヅラさん。これでもそれなりに儲かってんだぜ?」
「HAHAHA!だがそれにしても、相変わらずの安値だな。君の腕ならばもっと取ってもいいのではないか?」
「副業で稼げているから、こっちはこれくらいでも釣り合いが取れるんさ。で、ヅラさん、その御代は……」
「ヅラ、随分仲良さそうアルな」
「そうだね。行きつけの店なんですかね、桂さんの」
「さァな。とりあえず言えんのは、攘夷浪士の巨魁が不用意に彷徨くなってことよ」
呆れ返る銀時。
そこに桂からお呼びが掛かった。
「おい銀時ィ!ちょっと来てくれるか!」
「ハァ……なんだヅラァ!」
深い溜め息に怒号を添え、銀時はやむなく門戸へと向かう。
そこには銀時と同じく呆れ顔を浮かべた店員と、桂の姿が。
「いや実はな銀時、財布を持っていなかったのだ」
「はァ!?」
「悪いが立て替えてくれるか?」
「おめーって奴ァ!!」
本来なら真選組屯所まで殴り飛ばしているところたが、店員の手前であるため、拳を抑えた。
その握った手をポケットに伸ばし、現金を探る。
指先に触れたのは小さな茶封筒。
それはお登勢に渡すはずの、今月分の家賃だった。
「わ、悪ィな兄ちゃん。これで足りるか……?」
「ん?あァ……」
受け取った青年は中身を確認する。
入っていたのは千円にも満たない額だった。
流石にこんな端金では、四人分のカレーは買えない。
そう思っていたが――
「おお。凄ェなアンタ、ピッタリだ」
「えぇ嘘ォ!?」
あまりの格安さに驚愕を隠せない。
その心中を察したのか、青年は笑みを浮かべて銀時を見やる。
「お手頃でしょう。安さがウチの売りなんでね」
こちらを見つめるその眼は一直線で、嘘をついている様子はない。
そうして視線を交わらせたことにより、銀時はようやく青年の容姿を視認した。
そして、気づいてしまった。
「これからもどうぞご贔屓に」
太陽の様な屈託のない笑顔を見せると、青年は颯爽と去っていった。
その笑みを当てられた銀時は、呆けてその場から動けないでいた。
「……アイツは……」
「彼か?」
桂の声で現実に引き戻される。
「いい好青年だろう。日原大成君と言ってな。若くして一人で定食屋を切り盛りする、実に素晴らしいひ……」
「ふんぬッ!!」
言い終わる前に、桂の顔面に鉄拳を放った。
続けて、ツッコミも。
「アイツ絶対ェ赤獅子だろォォォ!!」
ちなみにですが、作者名の『tototo』はトイレのTOTOから来ているワケではありません。
でもトイレのあの個室空間って、すごい落ち着くよね。
※
『松下村塾で、松陽先生に公開処刑された時』というのは、銀魂単行本58巻の質問コーナー186から。
『江戸の海に沈んだ紅桜』は、劇場版新訳紅桜篇のラストシーンより。
『ニンジャーWカレー』は原作第67訓で登場した、桂と神楽のコンビ名ですね。