銀魂 赤獅子篇   作:to.to...

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第九訓 身近にこそ

 

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「がァァァ!!」

 

 

 剣と剣の衝突。

 木霊する金属音と共に赤獅子は哮る。

 対するは妖刀、紅桜を纏う謎の男――――ユクモ。

 二者の間に爆炎の如き火花が舞い上がった。

 

 

「ッ!?」

 

 

 紅桜から伸びた数本の触手が、大成の腕に絡み付く。

 振り解こうにも強固なそれは離してくれない。

 

 

「紅桜つったか、その刀……!」

 

 

 ならばと、大成は配線を鷲掴む。

 続けて背負い投げの形で、紅桜ごとユクモを床に叩きつけた。

 

 

「とても刀にァ見えねェんだがなァァ!!」

 

「……ッ!」

 

 

 威力は凄まじく、部屋全体の床板が隆起する程。

 その衝撃によって紅桜の拘束に綻びが生じる。

 そこへ大成は刀を刺し込み、触手を斬り裂いて束縛から逃れた。

 

 ――――そして、追撃に転じる。

 

 大成はユクモの雁首を目掛けて、刀を振り下ろした。

 ……しかし、凶刃が皮膚に触れる寸前、ユクモは紅桜を滑り込ませこれを防ぐ。

 再び鉄の衝突音が残響した。

 

 

「……!!」

 

 

 互いの力が拮抗し、暫し膠着の時間が訪れる。

 刃と刃が触れ合い、両者の腕を小刻みに震わした。

 

 そんな時、木材の割れる様な乾いた音が大成の耳に入り込んだ。

 その発生源は大成のすぐ背後。

 刀に込める力は緩めず、後方に視線を送る。

 

 

「またか!」

 

 

 そこには波の様にうねる、紅桜の触手が。

 どうやら死角である床下を伝い、足場を貫いて大成の背に回った模様。

 それは勢いを付けるように大きく揺れると、鞭の如く大成に攻めて掛かった。

 

 

「ぐがッッ!」

 

 

 鈍重な一撃が直撃する。

 大成は支柱、襖や壁を突き抜けて、真選組屯所の庭園まで吹き飛ばされた。

 その身体は池に落ち、盛大な水飛沫を上げる。

 落下地点に恵まれたお陰か、大成はすぐに水中から姿を表した。

 

 

「ぶはァァ!」

 

 

 体内に入り込んだ水を吐き出し、大きく酸素を吸う。

 間隙の無い攻防に、思えば息を忘れていた大成にとって、これはむしろありがたい休息であった。

 

 

「こんな身体動かしたんは久々だ。鈍ってらァな」

 

 

 微笑を浮かべると、軽く首を鳴らした。

 そうしている内にユクモは屋敷奥から現れ、地面に降り立つ。

 触手の数は大分減っており、刀身のサイズも従来の日本刀と同程度に戻っていた。

 

 

「オイ、本格的に化物だな。どういう仕組みなんだそいつァよ」

 

 

 と、もはや呆れた口調の大成。

 だが両者共、お互いの動向から目を離す事はない。

 脳内では相手を攻略する方法に思考を巡らしていた。

 

 

「(触手は無数で、各々が独立して行動可能。刀の形状も変幻自在。ついでにその斬れ味、破壊力は言わずもがな、か。面倒この上無ェなコノヤロウっ)」

 

 

 大成は自身が先程斬り落とした、紅桜の触手部分に目を配る。

 そこには傷の欠片すら残されていない。

 

 

「(自動修復ね。ならあの配線を斬ってもなんら効果は無い。とすれば無力化する為には、狙うは腕か刀身(ほんたい)か……)」

 

 

 そんな折――――

 

 

「大成さん!!」

 

 

 の、名前を呼ぶ声が一つ。

 それはユクモの背後、屯所の縁側から。

 声を放ったのは二人の後を追って来た、新八だった。

 

 

「子どもか」

 

 

 新八に一瞥もくれず、ユクモは触手を差し向けた。

 

 

「うわああッ!?」

 

 

 少々情けない反応を示すも、身体を屈め辛うじて攻撃を回避する。

 標的に躱された触手の濁流は、屯所の一角を粉砕した。

 その後刹那の間すら置かず、角度を変えた触手達は再び襲い掛かかった。

 ――――だが

 

 

「ぉ、おおおおお!!」

 

 

 雄叫びと共に鈍い衝撃音が轟く。

 新八はこれを……どういう訳か受け止めていた。

 

 何処からか持ち出してきた真剣で防いだのである。

 その反動で姿勢は崩れ、横に倒れ込んでしまうが。

 

 

「――――ほう」

 

 

 ユクモは一つ呟くと身を翻した。

 幸か不幸か、新八はユクモの興味を引いてしまったらしい。

 今度は触手ではなく、紅の凶刃が来襲した。

 

 

「ぐぐッ!!」

 

 

 しかし――新八はこれにも対応した。

 

 間髪入れずユクモは、試すように軽く紅桜を振るう。

 突き、薙ぎ、振り下ろし……剣が火の粉を散らす度に新八はよろめき、後退る。

 それでも新八は、ユクモの剣撃に応じた。

 

 

「……」

 

「(やっぱり……この人の剣()()は、何故か!!)」

 

 

 新八の中で何かが確信に変わる。

 だが、そう思ったのも束の間。

 打ち合いが長引くに連れて新八は、連撃を捌ききれなくなり始めた。

 

 

「新八君!!」

 

 

 そこを割って来たのは、大成だ。

 新八に振るわれる紅桜を弾き返すと、空いたユクモの腹部に蹴りをかます。

 迂闊にも大成から意識が逸れていたユクモはこれに反応できない。

 

 

「が……ッ!!」

 

 

 その威力は凄絶なモノで、ユクモの肉体は土塀を突き抜け、屯所の外まで飛ばされていった。

 これにより開いた間合いは余裕に直結する。

 その隙に大成は、新八に身を寄せた。

 

 

「大丈夫か!?」

 

「は、はい……」

 

 

 新八の呼吸は荒く、滝の様に汗が吹き出ている。

 そして両の手は酷く震えていた。

 ユクモの相手は荷が重かったか――――

 しかしそれを悟られないよう、新八は強く拳を握ると、大成に向けて想いを告げた。

 

 

「僕も……一緒に戦わせてください!」

 

 

 続けて、言葉を畳み掛ける。

 

 

「使い手は違いますが、僕は一度あの妖刀と戦った事があります!!それに……剣を交えて確信しました。何故か分からないけど……僕はあの人の剣筋を読むことができます!!」

 

「剣筋が?」

 

 

 強く頷いた。

 

 

「うまく言葉にできませんが……なんかこう、次は何処に振って来るかが分かるんです」

 

 

 ひたむきな視線が大成の眼に飛び込む。

 その言葉に嘘偽りは無い様子。

 そんな真剣な想いとは裏腹に、大成は拍子抜けた事を言い放った。

 

 

「なるほど。つまり今の新八君は、ソシャゲの特攻キャラクターみたいな感じなんね」

 

 

 場違いな発言に、一瞬目が点になる新八。

 そして、一呼吸置いてからツッコミを飛ばした。

 

 

「それってイベント期間(ユクモ戦)過ぎたらクソ雑魚になるヤツじゃないですか!!」

 

 

 一方大成は、あっけらかんとした口調で続ける。

 

 

「その分、『銀魂大活劇』はそういう仕様じゃないから良いと思うよ」

 

「ここでアプリの宣伝!?」

 

「アンインストールしたから最近の仕様は分からないけども」

 

「やってないんかいいいいい!!」

 

 

 閑散とした空間に怒号が響く。

 いつもの新八らしい、意気軒昂なツッコミ。

 それを聴いた大成は笑みを零した。

 

 

「調子は戻ったな」

 

「……あ」

 

 

 視線を下に落とす。

 小刻みに震えていた手は、いつの間にか落ち着きを取り戻していた。

 

 

 

 戦えず、見てるだけってのは辛ェよな――――

 

 

 

「え……?」

 

 

 大成が小さく、呟いたような気がした。

 それも何処か弱々しく、悲哀とも受け取れる声調で。

 しかしそれは刹那の様相。

 新八の肩を強く叩くと、大成は跳ねるように立ち上がった。

 

 

「やってやろうじゃん」

 

 

 そして、手を差し伸ばす。

 大成の叩いた、まだ痺れの残る腕でその手を取ると、新八の身体は軽々と引き上げられた。

 自然と鼓舞されていた新八の中にはもう、畏れなどはない。

 

 大成の横に並ぶと、共に敵を見据えた。

 

 

「当節は夏だ。あの場違いな化物桜には、散ってもらおうじゃねェか」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「クソッ!完全に見失っちまった……!」

 

 

 廊下を駆けると同時に、土方は悪態を吐く。

 屯所を襲った二人組の片割れは、完全に行方を眩ましてしまっていた。

 

 

「……しかし、やけに静かだな」

 

 

 足を一旦止め、周囲を見渡す。

 襲撃者はおろか、隊士の姿すら見当たらない。

 

 土方は嫌な予感を感じ取っていた。

 ――――狙いが大成であるならば、何故二人して掛かからない。

 ――――何故、ユクモと大成の戦いに介入しない。

 

 そして、懸念材料はもう一つ。

 

 

「……あの悍ましい殺気を放ったのは、恐らくユクモって奴の方じゃねェ」

 

 

 十数名いる場慣れした隊士達を、一同に動けなくさせたあの覇気。

 それが今度は気配を消しているのだ。

 

 ――――野放しにしていいはずがない。

 

 そう再認識すると、土方は再び走り出す。

 そして角を一つ曲がった所で、何かが足に触れた。

 その何かとは……

 

 

「ッッ!!?」

 

 

 真選組監察、山崎退の身体だった。

 

 …………だけではない。

 廊下には幾十もの隊士達が、点々と転がっていた。

 

 

「オイ、何があった!!」

 

 

 すぐさま土方は山崎を抱え起こす。

 そして喫驚した。

 山崎は死んでいる訳でも、卒倒した訳でもなかった。

 ――だがどうも様子がおかしい。

 眼は見開かれ、土方の顔を捉えている。

 つまり意識ははっきりしている。

 加えて一見するに、外傷は全く見受けられない。

 

 しかし、手足胴体は一切動く気配を見せないのだ。

 

 

「オイ、しっかりしろ!」

 

 

 頬を軽く幾度か叩く。

 身体が麻痺しているのか、めぼしい反応は無い。

 精々、口が僅かに開閉するだけであった。

 

 

「ふ…………くち……ょ」

 

 

 掠れ掠れに声が零れる。

 土方に何かを知らせようと、山崎は黒目を横に逸らした。

 その視線は廊下の奥へ。

 屯所のとある一室に差し向けられていた。

 

 

「……あそこに居るのか」

 

 

 奴が。

 

 徐に山崎の身体を床に寝かすと、土方は歩みだした。

 道中、仲間達を跨ぎながら。

 そうして、山崎が示した部屋に恐る恐る近づく土方だが、妙な事象に気付く。

 

 

「誰も――――殺されていない?」

 

 

 そうなのだ。

 絶息どころか、一人たりとも流血すらしていない。

 皆が一様に山崎の如く、身体が硬直している状態にあった。

 

 そんな土方に訪れたのは、安堵。

 凄惨かと思えた光景を前にして、全員の無事が確認できたが故のモノ。

 そして、不快感。

 奴は何者か、奴の狙いは何か、奴は何をしたのか。

 それらが謎に包まれているが為に沸き起こる気持ち悪さ。

 

 そんな感情を渦巻かせている内に土方は辿り着いた。

 例の一室の手前まで。

 そして、一つの絶望が土方を襲った。

 

 白い障子は血飛沫で、赤黒く塗り染められていたのだった。

 

 

「くッ……!」

 

 

 思わず歯をくいしばる。

 これは紛れもなく、誰かが殺されたのだ。

 しかしひょっとしたら、これは奴の――――というのは希望的観測。

 十中八九、この血は真選組隊士のモノであろう。

 

 覚悟を決めずとも土方は、既に障子へ斬撃を放っていた。

 

 

「オオオオ!!」

 

 

 視界を遮る物は消え、室内が露になる。

 

 そして――――案の定、そこに奴はいた。

 

 

「よォ。鬼の副長さん」

 

 

 怒号とは裏腹に返ってきたのは軽快な口調。

 それごと斬り払う勢いで、土方の剣撃は男を襲った。

 だが……防がれる。

 男は抜刀すらせず、刀の鍔でこれを受け止めていた。

 

 

「大層な歓迎だ。これが鬼の一撃かい?」

 

 

 深編笠の下、ニヤリ不敵に笑う。

 すると男は土方を押し返して距離を取った。

 その隙に土方は部屋を見回し、状況を確認。

 畳の床は血の海へ。

 馴染みの匂いは鉄の香りに。

 想像通り、中では三名の隊士が無惨な亡骸と化していた。

 

 

「てめェか、警察狩りは……!!」

 

「巷じゃそう呼ばれてるみてェだな」

 

 

 何処か他人事。

 いやむしろ、土方の言動行動を楽しんでいるようにも見える。

 被る笠は顔全体を覆い口元すら伺えないが、そう土方は受け取った。

 

 

「そうだなァ。お前さんらの言う『警察狩り』とは、俺の事を指しているんだろうな」

 

 

 ――――認めた。

 自身が警察狩りであると。

 より一層土方の警戒心は高まった。

 だがそんな土方の敵意を解すように、男は一言。

 

 

「しかし、ちったァ語弊があるぜ。土方十四郎よ」

 

 

 そして告げる。

 

 

「俺ァ、()()は殺してねェよ」

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 いや、分かっていても理解ができない。

 ……それよりも土方の中には確かなモノが一つ。

 それは、怒り。

 同胞を殺しておいて、涼しい顔をしている男に対する憤怒。

 同じ釜の飯を共にした同士を、警察とすら見なさない発言。

 

 

「何寝ぼけた事言ってやがらァァァァ!!」

 

 

 気づけば土方は再び斬り込んでいた。

 激情に身を任せて。

 

 

「ま、当然の反応さな」

 

 

 ここで男も抜刀する。

 

 両者の得物が交錯。

 悲鳴にも似た金切り音が、血濡れた部屋に轟いた。

 

 

「……ったく。こんくらいで取り乱してりゃ、この先身がもたねーぞ」

 

 

 男の述べる通り、土方は狼狽していた。

 当然そのような状態で繰り出された一撃など、無意識の産物。

 男は笠の下から哀れみの視線と、一つの攻撃を返した。

 

 

「目ェ醒ましな」

 

 

 それは、掌底打ち。

 刀の間隙を縫うように抜け、掌は土方の鼻柱を捉えた。

 ドッ、と軽く打ち付けたように見えた一撃は存外重く、土方は宙に浮く。

 すかさず男はその肉体に、今度は指で突きを放った。

 

 

「か……はッ!!?」

 

 

 掠れた声と空気を吐き出す。

 と同時に土方はその場に崩れ落ちた。

 そして、妙な感覚を催す。

 

 身体が動かない――――。

 

 肩、肘、鼠径部、膝……男に突かれた其々の箇所が。

 いずれも四肢を動かすに要用な部位だが、どれもまるで機能しない。

 完全に麻痺してしまっていた。

 

 

「経穴を突いた。暫くは動けんよ」

 

「今、のが……アイツらをやった技か……」

 

 

 苦悶の表情で男を睨む。

 そんな土方を尻目に、男は踵を返した。

 土方に追い討ちを掛けることなく向かった先には、隊士の亡骸が。

 

 

「まァ、見てなや」

 

 

 何をするかと思えば、男は死体の腕を切断した。

 まるで料理の食材でも切るかの様に。

 その行為に、かつて人間だったモノへの恭敬など微塵も感じられない。

 一つ物申したいところだが、動けない土方はその不可解な行動を見届けるしかなかった。

 

 

「……どうだ、見えるか?」

 

 

 続いて男は血の気と生気を失った腕を掴み、土方に見せつけてきた。

 その剥き出しとなった前腕部には、とある刺青が潜んでいた――――

 

 

「お前さんもコイツの意味くらい、知っているだろう?」

 

 

 知っている。

 土方は真選組副長という仕事柄、その存在は認知している。

 加えて過去に一度、その刺青を持つ者達の騒動に関わった。

 

 烏の刻印。

 これを持つ者の名は

 

 

「ま……さか……!」

 

「間者さ」

 

 

 男はわざとらしく、一つ息を置いた。

 

 

 

()()()()()のな」

 

 


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