それは此処ではない何処か   作:おるす

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ここからはお買い物フェイズです。
RPGにおいて、最初の街で買い物するのは何度経験しても心躍るもの。
手持ちの資金とにらめっこしながら武器防具を揃えるのって楽しいですよね。


七日目「装備品購入:洋服を買いに行こう」

 時は早朝……には遅い時間。場所は城門前。

 

 俺はぼうっと街灯の一つに寄りかかり時間を潰していた。暇潰しの為に行き交う人々を眺めているが、何というか本当に女性が多いなこの世界。しかも大抵美人さんという。眺めているとたまにこちらに手を振ってくれるお茶目な方もいるし、性格もみんな良さそうだ。

 ああいうお茶目な人と結婚したら薔薇色の人生が待っていそうだが、今の俺では結婚相手なぞ望むべくもないだろう。見た目未成年のチンチクリンだし。

「にしても遅いな……」

 人間観察にも飽きてきて、思わず独り言が零れる。そうなのだ。何も好き好んでこんなところで俺は観察などしているのではない。本当はとっとと街に繰り出したいのだ。

「お、遅れましたー!」

 声のした頭上を見る。どうやらようやく待ち人が来たらしい。

「遅いぞバカチン。何分前から待ってると思ってるんだ」

「す、すみません。準備に手間取っちゃって……よっと」

 待ち人――エニシダは乗ってきた箒から軽快に飛び降り、俺の前に降り立つ。こいつが案内してあげますよー、とか言うから待ち合わせしてたのに、言った本人が遅れてくるとは……

「お待たせしました。イルさん」

「おう、とっとと行くぞ――って」

 直前の不機嫌さを忘れ、思わずしげしげとエニシダを眺めてしまう。

「ど、どうかしましたか……?」

「いや、今日のお前、その服……」

 そう、今日のエニシダはいつもと違った。いつもの白い魔女っ娘(自称)服は完全に鳴りを潜め、下はデニムのロングスカートにショートブーツ、上は白のブラウスに浅葱色のカーディガンを羽織っていて、大きめの肩掛けカバンをその上から斜め掛けしていた。

 ……有り体に言うと私服である。いつもどおりなのは手に箒を持っているのと、近くに蝶々がふよふよと羽ばたいていることくらいだ。

 あれ、蝶々なんていたっけ……? まあいいや、多分居たはず、たぶん。

「こ、この服がどうかしましたか……? もしかして全然似合ってませんか……?」

 俺の指摘におずおずとエニシダは聞き返してくる。

「いや、似合ってるな。可愛いじゃん」

 思った通りの事を言葉にして伝えてやった。するとどうだろう。

「か、かわっ……!? 私が、可愛い……!?」

 ものすごい勢いで赤面していくエニシダ。あれ、何かこの展開俺も経験した気がするぞ……?

「わ、私なんか可愛くないです! この服が可愛いだけです! イルさんと一緒に街を回るからと、気合いを入れて選んで来たので!」

 自身の魅力を全力で否定するエニシダ。それにしても俺と回るのがそんなに楽しみだったんですか。そうですか。

「……ほう、遅刻した理由はそれか」

「はい! それはもう念入りに念を入れて選んで来たので!」

 なるほど。ならばその気合いには応えてやらねばなるまい。

「そうか……ところでその服を選んだのはエニシダだよな?」

「……? それはもちろん私ですが?」

「つまりその可愛い可愛いチョイスをしたエニシダさんも可愛いという事なのでは?」

「……っ!?」

「つまりエニシダは可愛い」

「わ、私はっ、可愛く! ないですっ……!」

「いや、可愛いのでは?」

「可愛くないですっ! お、怒りますよ!?」

 何故ここまで頑なに卑下するのだろう。こっちもこのままでは引き下がれなくなって来た。

 ……なんというか、ノリ的に。

「エニシダ可愛い超可愛い」

「や、やめ……っ! それ以上言わないで……!!」

 わたわたと手を突き出しながらこちらの口を塞ごうとしてくる。だがそんな妨害では俺の口撃は止められないぜ。

「マジ可愛い最高に可愛い超絶可愛い」

「うううぅぁ……!」

「マジラヴューエニシダベリーベリーファッキンキュート」

「あうああぁっぁぁぁぁあ……!」

 流石に持ち上げすぎたのか、エニシダはしばしもうもうと湯気を上げて硬直した後、唐突に走り出した。行き先は手近にあった街灯。何をするのかと思ったら、そのまま街灯へガンガンと頭を打ち付け始めてしまった。いかん、ぶっ壊れた。

「私なんかが! 可愛かったらっ! 他の方々に! 申し訳なさ過ぎて! 今すぐ消し炭になって! 風に運ばれてっ! 世界を漂うアストラル体になりますっ!」

 言ってることは全く分からんが、なんとなく狂気を感じる文言だ。そのまま何事か呻きながらも頭を打ち付け続けるエニシダ。

 ……うん、止めようと思ったけど鬼気迫るものがあり過ぎて、完全にタイミングを逸したよね……道を歩いてた人も何事かと足を止めてこっちを凝視してるし。痴情のもつれとかだと思われてそうだなーいやだなー。

 しばらくしてようやく正気に戻ったのか、街灯から離れてこちらに向き直る。頭から血がたらりと垂れていてとても魅力的――猟奇的だ。

「ふ、ふふっ……こ、これでも可愛いですか……?」

 にたりと笑いながらそう問いかけてきた。足を止めて見ていた周りの人はドン引きである。

 ソウダネ、ウン、トテモカワイイデストモ。

 

 

 場所は移って大広場。

 

 ここはブロッサムヒルにおいて憩いの場として親しまれた場所らしく、親子連れや年配の方々がのんびりとした時間を過ごしている。広場の中央には噴水があり、その周りをぐるりと囲むように飲食店などが軒を連ねていた。休憩用のベンチやテーブルもあるあたり気が利いている。

「それでこれからどうしましょうか、イルさん。あむあむ」

「どうしたもんかね、エニシダさん。あぐあぐ」

 俺達は二人とも朝食がまだだったので、軽食を取るためにと仕切り直しも兼ねてここへ移動してきたのだった。エニシダはクレープ。俺はシシケバブ。それぞれをベンチに腰掛けながら食す。

 朝っぱらから派手にやらかしたエニシダだったが、既にその事は忘れたのか、にこにこしながらクレープを頬張っている。……いつも思うが、こいつの切り替えの早さだけは見習うべきものはあると思う。言動は全く見習いたくないが。

「……いつも食べてますけど、ここのクレープ屋さん最近になって急に腕を上げましたね。この『ブロッサムヒルの安らぎ~あなたの心に花束を~』って新作は中々……サクランボを主体とした酸味と甘味が混然一体となった味わいは……ふむ……」

「なんだその頭から常識が抜け落ちたような名前は。というか食レポしなくていいから普通に食え……!?」

 自分の分を夢中で食べ終えエニシダの方を見ると、既にさっきまで食べていたのは食べ終え、何か片手で持ちきれない大きさのクレープを食べていた。なにあれこわい。両手でがっしりと構えて、はぐはぐしてらっしゃる。

「お前そんなでっかいの朝からよく食えるな……」

「甘いものは別腹ですから!」

「……太るぞ?」

「あーあーあー! 聞こえませんー!」

 俺の忠告を無視し猛然と食い進めるエニシダ。カロリー過多の自覚はあるのか、忠告の後で食べるスピードがもりっと速くなった。早食いするともっと太ると思うんだが……

 何か見てたら俺もまた腹が減ってきたので、ケバブを買った店に再度向かう。

「マスター、いつもの」

「あいよ、いつものな」

 注文を終え料理が出てくるのを待つ。ノリの良い店員さんだとさっき来た時に知れたのでちょっとボケてみたのだが、案の定ノリノリで返してくれましたよ。

「ほいよ。いつもの、『ゴートレッグ』だッ!」

 手渡されたのは山羊足に串がおまけ程度に刺さった代物に、これでもかと言わんばかりにヨーグルトソースをかけ丹念に焼き上げた、まさしく異形だった。

 ……何かすげーの出て来たよおい。というかここケバブ屋だよな? 何で山羊肉が出てくるの? 普通は豚肉とか羊肉だと思うんだけど。

 だがここで引いたらこちらの負けだ。お代を払った後にサムズアップをひとつ、こう返す。

「サンキューマスター。相変わらず良い仕事だぜ」

「いいってことよ。あの嬢ちゃんに見せつけてやんな!」

 あちらもサムズアップし返してくる。良い仕事をしたと言わんばかりに、額から流れる汗が眩しい。

 そのままエニシダの元へ帰る。がじがじと歩きながら齧ってみるが、これが意外と美味しくて困る。山羊肉独特の風味がヨーグルトで上手く中和されていて、とてもグッドだ。だが食べられる所がすくねえ。あぐあぐ。

「おや、何処かへ行っていたかと思えば追加ですか。……って、すごいの買ってきましたね……」

「うむ、あそこの店員は話の分かる御仁だな。俺もこの世界に馴染めそうな気がしてきた」

「そんな禍々しい料理出されて馴染めそうとか言えちゃうのは、多分イルさんだけですよ……」

 しばし料理を堪能する。しかし俺達は何で二人してこんなの食ってるんだろう。まあいいか、美味しいし。

「ふう……」

 食べ終えて満足したので、山羊足を捨てそのままベンチでゆったり過ごす。周囲には相変わらず家族連れや、日向ぼっこに興じるご年配の方々がおられて実に平和である。とても千年も争いが続いている世界とは思えない光景だ。昨日の殺伐体験が嘘のようである。

 エニシダも食べ終えたのか、幸せそうにお腹をぽむぽむしてぼへーっとくつろいでいる。こいつ本当に隙しか無いな。……それにしてもだ。

「ほら、クリームはねてるぞ」

 見るとほっぺたのあたりにクリームがはねていた。器用な汚し方をしたもんだ。

「えっ、えっ、どこですか?」

 口の周りを手で探り始めるエニシダ。まったくもって見当違いな場所を探っているので思わず溜息が出る。まあ、場所を言わなかった俺も悪いのではあるが。

「しょうがないな……ほれ、動くな」

 仕方ないので取ってあげる事にした。サクッと指で掬ってあげる。

「あう、そんなところに……って、イルさんどうしました?」

「……」

 掬ったはいいものの、このクリームどうしたものか……このまま俺が食べると間接キスになるんじゃなかろうか。というかここまでのやり取りそのものが、恋人同士のソレみたいで既にヤバイ。元いた世界から爆発しろという念が届きそうだ。

 なので、クリームの付いた指をエニシダの口の前まで持って行く。

「ん」

「……? あむっ」

 何の躊躇もなくクリームに喰らいつくエニシダ。ああこら、俺の指にまで食い付くんじゃない。まったく、食い意地の張ってる奴だ。

「うむぅ、ケバブっぽいしょっぱいクリームでした……」

「しょっぱいクリームで悪かったな。さて、そんなことよりもだ」

 ぱすんと服を払ってベンチから立つ。

「これから何処行こうか?」

「そうですねー。何処行きましょうか?」

 ……会話が振り出しに戻ってしまった。だがまあ腹が膨れたので良しとしよう。

「……ああ、そうそう、思い出した。今朝のお前を見てから、まず買わないといけないものがあるなって思ったんだ」

「私を見て? 買わないといけないもの?」

 はてと小首を傾げるエニシダ。

「服だよ服。俺もお前みたいに色々着たい。今の服だとちょっと……」

 そうなのだ。いい加減ナズナから用意された服を着続けるって訳にもいかない。幸い資金もあるし、ここいらでそろそろ自活できるアピールをしていかなければ。まずは見た目から入っていくのも分かりやすくて良いと思う。

「はあ、服ですか」

「そう、服。取り敢えずお前の知ってる一番良い店に案内してくれ」

 

 

 エニシダの案内の元、着いたのは中央通りから一つ道を入ったところに店を構えた洋服店である。なるほど確かに人通りも多いし、立地からして有名店でございますという雰囲気バリバリだ。

「ここが一番良いお店ですかい。ほへー」

「私も聞いただけで来るのは初めてなんですよねー」

 二人連れだってドアを開け店内に入ると、チリンチリンと鈴が鳴った。どうもこっちの世界でも向こうと同様のアイデアが採用されているようだ。こういう共通点があると親しみやすくて非常によろしい。

 早速店内をしげしげと見回してみる。中はそれなりに広く、多種多様な衣類が飾り立てられていた。それでいてごちゃりとした印象は皆無で、むしろ瀟洒さに満ちている。余程センスの良い者がデザインしたのだろう。確かに期待できそうな店だ。

 幸い俺達以外に客は女性客が一人。服選びに集中しているのか、こちらを顧みることもなくあーでもないこーでもないと物色している。どこの世界でも女性はお洒落に妥協しないってのは共通事項なようだな。

「いらっしゃいませ。お客様、本日はどういったご用件でしょうか?」

「あ、えっとですね……」

 入って程なくして店員さんがこちらへと近寄ってきた。妙齢の女性でビシッと仕立てたスーツを粋に着こなしており、いかにも仕事が出来るといった印象だ。

 どうもエニシダの方が買い物の主導権を握っていると判断したらしく、俺を無視してエニシダの方へと話しかけてくる。

「……察するに、お子さんのお洋服を買いに来たと見受けましたが」

「お子さん……? 俺がエニシダの……? ぶふっ!」

 いけない、堪え切れずに吹き出してしまった。こいつ、子持ちに間違われてやんの。

 まあこいつと俺が一緒に入ってきたらそう判断するよな。姉弟でこんな高級店に来るケースなんてそう無いだろうし。友人同士ってのもシチュエーション的に考えづらい。

「ちょっと!? イルさん笑わないで下さい! 店員さんも! 私まだ結婚すらしてませんので!」

「こ、これは失礼しました……!」

 俺が吹き出したのを見てエニシダがすごい勢いで訂正する。店員さんもやらかしてしまった事に気付いたのか、冷や汗をかきつつ平謝りに謝ってきた。

「ぷぷぷ……エニシダが親とか……こっちに来てから初めて腹がよじれるかと……く、くく!」

「もう! いつまで笑ってるんですかっ!」

「くくく……いいんじゃないか? 若・奥・様? ……っくく、くははははっ!」

「イールーさーんー!!」

「……!? あがががが!」

 尚も哄笑し続ける俺に、エニシダはあろうことか実力行使を仕掛けてきた。俺の顔面をむんずと掴み、そのまま握力任せに握り潰さんとしてくる。俗に言うアイアンクローだ。魔女の使っていい技じゃないぞ。

「謝るまで離しませんからっ!」

「ぐごごご、俺は悪くねえ……っ!」

「何か言いましたか!?」

 めきりと更に力が込められる。これあれだろ、魔力で筋力強化してるだろ。こんなどうでもいい場面で本気出すとか、こいつ馬鹿じゃなかろうか。

「ぬぐぐぐ、俺が悪かった……! ごめんなさいエニシダさん……!」

「ふう、分かればいいんです」

 謝ると一転、即座に拘束を解いてくれる。顔を見ればいつものにこやかなエニシダが戻っていた。さっきまでの鬼女は何処へ行ったのだろう。まあ、顔面を掴まれていたので実際にどういう顔をしていたのかは分からないのだが。

「うぐぐ、暴力反対……」

「イルさんがいつまでも笑い続けてるのが悪いんです。乙女の心は傷付き安いんですよ……?」

「…………」

 アイアンクローをかけてくる乙女などこれまでの人生で見た事が無かったが、黙っておくことにした。藪蛇になったら嫌だし。

「え、ええとお客様。それで本日はどういったご用件で……?」

 俺達のやり取りを呆気にとられて見ていた店員さんだったが、ここでやっと職務を思い出したらしく、再度コンタクトを取ろうと試みてきた。まあ目の前で子供相手に本気出す奴見たら呆気にとられるわな……

「あ、えっと、今日はですね――」

「俺の服を買いたい。希望だけ伝えるのでコーディネートはお任せしたいのですが、大丈夫でしょうか?」

 エニシダに任せていると多分というか絶対話が進まなさそうなので、無理矢理割り込んでオーダーを伝える。俺のはっきりとした物言いに一瞬戸惑った店員さんだったが、すぐに調子を取り戻して問い返してくる。優秀なようでこれまた非常によろしい。

「コーディネートですか、まったく問題ありません。ああ、失礼ですがご予算はいくらほどでしょうか?」

「五万ゴールド。これで上から下まで全部、それと替えの服も何着か用意して欲しいです。足りないようであれば十万までなら出せます」

「承知致しました。弊店の世評に恥じぬよう、誠心誠意、ご期待に応えられるよう尽力致します」

 うむと頷き合う俺と店員さん。そんな中一人取り残されたエニシダさんはこんなことを思うのでした。

「あれ、私来なくても良かったのでは……? というか弄られ損じゃ……ううう……」

 

 

 ――数十分後

「……こんなものでしょうか。ご確認してみてください」

 姿見で自分の姿を確認してみる。

 上は紺色のドレスシャツに漆黒のテーラードジャケット。ジャケットは丈の長いデザインで、原料不明ながら厚みのある素材で作られている。加護で強化すれば戦闘にも耐えられそうなほどに頑強だ。細部には細かな意匠も凝らしてあり、それとなく品の良さが滲み出ている。

 下に穿いている黒色の細身なスラックスも、コートほどではないにしろ厚手の素材である。こちらは伸縮性もそれなりにあり、激しい運動にも耐えられそうだ。それとついでにシークレットシューズも用立ててもらった。今後部下が出来るのにあたって、最低限舐められないよう身長だけは盛っておきたかったのである。

 ……別にチンチクリンなのは気にしてないのだが。全くこれっぽっちもだ。本当だぞ。

「うむ、うむうむ。……素晴らしい。完璧だ」

 くるりと回ったり腕を伸ばしたりして姿見の前で何度も再確認する。動かしても特に問題ないようだな。

「ふむふむ…………ふっ。シュタッ。ドヤァ」

「何カッコつけてるんですか……まあ気持ちは分かりますけど。その、似合ってますし」

 満足そうに姿見の前でポーズを決める俺に、呆れてツッコミを入れてくるエニシダ。それでもちゃんと似合ってるって言ってくれる辺り、こいつは何だかんだで優しい。

「ご予算に余裕がありましたので、弊社のブランドで統一させていただきました」

 店員さんも満足いった仕事が出来たのかドヤ顔である。良い仕事すると気持ちいいよね。わかるわかる。

「こっちの世界にもブランドとかあるんだな……?」

「ええ、弊店――アスファルと言いますが、ウィンターローズ発祥のファッションブランドを展開しております」

「ほえー」

「ほえー、じゃないですよ。アスファルと言ったら王室御用達の超有名ブランドなんですから」

 間抜けな返答をする俺にエニシダが補足をしてくれる。えっ、超有名ブランドって……マジか、お高いのか……? その辺り考えないでノリノリで注文しちゃったんだけど。

 思わず店員さんに問い質してしまう。

「……あのこれ、全部でお値段どれ位になるのでしょう……?」

「着替え等全部込みで十万ゴールドといったところでしょうか……今なら一括購入割引で七万ゴールドにできますが?」

 こちらを値踏みするかのように返してくる店員さん。今が商機と捉えたのだろう。こいつ、やりおる。

「ふむむ、七万、七万か……」

「ど、どうします? イルさん?」

 出せない数字ではない。ないのだが、今後を見据えるとどうしても考え込んでしまう。いきなり手持ちの七割が飛ぶのだ。考え込まない人はいないだろう。だが、この服装は非常に魅力的なのだ。気に入ってしまった手前、「ごめんやっぱいいや」なんて言い出しづらい。なにしろもう着ちゃってるし。

 むむむと考え込む俺とにこにこしながら待つ店員さん。その様子を固唾をのんで見守ってくれるエニシダ。そんな所へ――

「こんにちはー。今大丈夫かしら?」

「いらっしゃ――あ、お嬢様!」

 ちりんちりんと鈴を鳴らしながら誰かが入店してきたようだ。それまでにこにこしていた店員さんがハッと来客へと向き直る。微妙に緊張しているみたいだし、VIPでも来たのだろうか。

「今日はどういったご用件でしょう?」

「ちょっと通りかかったから様子でもって。……あら、接客中だったのね。ごめんなさい」

「いえ、滅相もありません。お嬢様でしたらいつでも来て下さって構いませんので」

 店員さんとのやり取りもそこそこに、来客はこちらへと近寄ってくる。ツインテールで桃色の長髪を纏めた、いかにも仕立ての良い服装で身を固めている女性だ。柔和な表情からは抑えきれない人の好さがにじみ出ている。するとどうやら機嫌が良いのか、にこにこしながらエニシダへと話しかけてきた。

「今日はお子さんのお洋服でも選びに来たのですか? どうぞゆっくりと選んでいって下さいね」

 ビキリとエニシダの空気が凍りつく。やべーよ、一発目で地雷踏んで来たよこの人……!

「ぶはっ! また親だと間違われてやんの! 傑作だ! 良かったな若奥様! くくくっははははははははは!」

「えっ、えっ、私何か……?」

 堪らず吹き出してエニシダの肩をバシバシと叩く俺。女性は何か間違ったのかと困惑しながら俺とエニシダを交互に見ている。……あ、店員さんも今のはツボに入ったのか、必死に口を押えながらプルプル震えていらっしゃる。まあ笑うよな、こんなの。

 それはそうと当のエニシダはというと、

「……………………」

 ……完全に固まってしまっていた。いつもの人の良さそうな表情は消え失せ、まるで魂が抜けたかのように直立している。心に深い傷を負ってしまったようだ。

 

 

「あの、本当にごめんなさい。私、気付けなくって……」

「いえ、大丈夫です……もう私、奥様でいいです…………」

 数分後、ようやく動くようになったエニシダに女性は何度も何度も謝罪していた。だがそれも効果が無いのか、エニシダは店内の隅っこで体育座りになって完全にいじけてしまっている。

 目にいつものような快活とした光は無く、商売道具であろう箒も無造作にその辺に転がっていた。何というかもう、見るからに「私、傷付きました……」ってのを全身で表現している。嫌というほど気持ちが伝わってくるあたり、こいつの才能は本物だ。俺はそんな才能は願い下げだが。

「ああもう、私ったらなんてことを……」

「いいんですよ……私のようなクソザコナメクジなんかがイルさんと一緒にいるのが悪いんです……ああ、何で生きてるんでしょう……このまま土に還りたい……」

 二人とも涙目になって不毛な会話を続けている。店員さんも流石にこの状況はどうしたらいいのか分からないようで、オロオロするばかりだ。

 ……仕方がない、俺が一肌脱ぐか。エニシダの前に立ち説得を試みる。

「ほらエニシダ。いじけてるんじゃない。まだ行く場所あるんだからな」

「一人で行けばいいじゃないですか……私なんていなくても、イルさん一人でちゃんと買い物できますし……私も一緒だとまたお子様扱いされますし……」

 尚もいじけ続けるエニシダ。これは奥の手を使うしかあるまい。

「……一番最初お前と出会った日に、なるべく一緒に居たいって言ったのはお前だったよな? その約束破るのか? 俺は許さないぞ?」

「……! それは…………」

「それに昨日も、何があっても助けてくれるって言ってくれたよな? あれも嘘だったのか? この街に土地勘も無いし、俺一人じゃ満足に買い物もできないんだがな?」

「嘘じゃ……無いです……!」

 ようやく目に光が戻って来てくれた。呼応するように箒も自立してエニシダの元へ走り寄ってくる。……何か箒の先が二股に分かれて足みたいになってたけど、多分見間違いだろう。

「んじゃとっとと立て。あとそこの人にも謝るんだ。オーケー?」

「は、はい」

 立ちあがり女性へと向き直るエニシダ。ぺこりと頭を下げ謝り始める。

「あ、あの、迷惑をかけてすみませんでした……貴方も悪気があったはずじゃないのに……その、ごめんなさい」

「い、いえ、元はと言えば私が悪いから……こちらこそごめんなさい……!」

 謝られた女性もまた謝り返す。何はともあれこれで一件落着だ。

「ふう、ようやく丸く収まったな……」

「……それでときにイルさん」

 そこで何故か再び俺に話を向けてくるエニシダ。

「何でしょうかエニシダさん」

「先程の爆笑してくれた件の謝罪がまだなんですが、また折檻が必要でしょうか?」

「……!?」

 こいつ……! 固まってたからスルーしてくれたのかと思ったが、ちゃんと聞こえてやがった! エニシダはこちらへ向き直ると、ゆっくりと歩みを進めてくる。顔面には笑顔を張り付けているが、何というかその、抑えきれていない凄みを感じる……!

「私としてはこれ以上細腕を振るうのは気が引けるのですが? 誠意ある返事を期待しますね?」

「何度でも言うが俺は悪くねえ……っ! 間違われるお前がわる――」

 次の瞬間、視界が暗転した。

「がああああっ!?」

 

 

「……お見苦しいものをお見せしました。大変反省しております」

「あ、いえ……」

 何故か店員さんの前で深々とお辞儀させられている俺。顔にはいまだ赤い跡がくっきりと残っていて、ずきずきと痛んでいる。手加減しない折檻というのはあそこまで恐ろしいとは……あいつ、細腕ってレベルじゃねーぞ。

 やってくれた張本人はというと、つーんとそっぽを向いて窓の外を眺めている。もう後は勝手にしろという事だろう。

「それで、ええと、どこまで話は進めたんでしたっけ……」

「……確か、お支払いの所で止まっていたのでは?」

 店員さんがようやくといった風に話を戻してくれる。

「ああ、そうだった。確か七万ゴールドでしたよね……うむむ」

「なになに、お金に困ってたの?」

「お、お嬢様……?」

 そこで何故か話に割って入ってくるお姉さん。店員さんも困惑気味だ。

「いえ、出せないことも無いんですが……ええと、貴方は……?」

「あ、自己紹介がまだだったわね。私はサフラン。花騎士よ」

 あっけらかんと自己紹介をしてくるサフランさん。ほうほう、こんなあか抜けたお姉さんも花騎士なのか。

 それにしても、花騎士ってのは騎士というからにはウメ先生みたいにかっちりとした衣装の方が主流だと思ってたのだが、そういうことも無いのか……? 割と服装は自由なのかね? これで会うのは三人目だが、如何せんサンプル数が少なすぎる。もっと見識を広めていかないとな……

「あ、どうも。俺達は――」

「エニシダさんとイルちゃんよね? 散々言い合っていたから覚えちゃった」

「ちゃん……」

 イルちゃんって……訂正させたい所だったが、この人の好さそうなお姉さんに突っ込むのは流石に躊躇われるなぁ。あ、エニシダが窓枠に突っ伏して肩をプルプルさせてる。後でぶん殴っておこう。

「それで提案なんだけど。貴方の洋服代、立て替えてあげましょうか?」

「……は? え? いいんですか?」

 あまりにも予想外な提案に思わず変な声が出る。瓢箪から駒とはこのことだ。

「もちろん条件付きだけど、のんでくれるのなら構わないわ。お連れさんに失礼な事言っちゃったお詫びも兼ねて、ね」

「ええと、その条件というと……?」

「貴方の写真、撮らせてほしいなって。それ、全身アスファル製でしょ? ちょうど店用のモデルを探してたのよ」

 またまた意外な条件が出て来た。写真のモデルとかやった事無いけど大丈夫なんだろうか。というか俺みたいな子供でいいのか……?

「俺なんかにモデルが勤まりますかね……」

「謙遜しない。ばっちり着こなせてるし、顔立ちも整ってるからモデルとしては十二分な素材だと思うわよ? ただ、ちょっとだけメイクさせてもらうけど」

 指でシャッシャッと空を切るサフランさん。この様子だとメイクも得意そうだ。

 ……にしても、メイクって。この人は俺の性別分かってるんだろうか? まあ話がこじれそうだし、立ち消えになっても困るから黙っておくけど。

「……ええと、それで立て替えてくれるのなら、是非お願いしたいのですが」

「本当? やった! 交渉成立ね!」

「それにしてもサフランさん、貴方は一体……?」

 店員さんからお嬢様って呼ばれてたり、妙に洒落た服を着てたり、挙句の果てに代金立替の見返りにモデル撮影を要求して来たり。

 何かものすごい人らしいのはこれだけでも十分に分かるが、肝心な事は本人から聞いておかなければ。

「え? 私? 私はただのこの店のブランド――アスファルを経営している家の娘よ」

 それこそ本当に何でもないように、サフランさんはとんでもない事実をさらりと言ってのけたのだった。

 何という事でしょう。異世界で街に繰り出して早々、セレブとコネが出来そうです。

 ……夢かな?

 




奥様は魔女(言いたかっただけ)
奥様ではなく若奥様って言ってあげるあたりに彼の優しさを感じます。



それにしても、投票イベント……だと……
…………取り敢えずエニシダに七千票ぽいっとな。

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