それは此処ではない何処か   作:おるす

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昨日はゴールド二倍もりゴブヒャッハーしていたら投稿を忘れていました。テヘペロ


六日目「戦闘演習:武器の再選定、加護の実戦活用法」

「――よし、起きた」

 大事を取って早めに就寝したからか、いつもより早い時間に起きたようだ。

 早速身体の確認を始める。昨日の訓練の内容から手酷い筋肉痛を覚悟していたが、意外にも皆無である。疲れなども特に残っていないようだ。

「これも加護のおかげか……? それともエニシダの魔法とやらか……?」

 どっちが正解か分からないが、まあ動けるしどっちでも大した違いはないな。

 早々と朝の支度を終え訓練場へ向かう。まだエニシダが来ていないが、待たなくても行先は知っているだろうし、問題無いだろう。

 つつがなく訓練場に到着。ウメ先生は……もう来ているようだ。奥で何やら準備をしている。

「おはようございます。ウメ先生」

「その声は……イル君か。今日は随分早いな?」

「ええ、ちょっと早寝したら早起きしちゃいました」

「そうか、それは殊勝な事だ。ああ、それとだな……」

 そこでウメ先生はバツが悪そうな顔をする。

「昨日は本当にすまない事をした。私としたことが君の調整に熱中して、日がな一日、休憩も入れずに訓練するなど……」

「あ、いえ。特に気にしてませんので……この通りピンピンしてますし」

「だが……」

「それに、それだけ熱を入れてくれたって事は、俺もそれだけ鍛えられたって事でしょう? 感謝こそすれ、謝ってほしいなんて思ってないので、それ以上は……」

「……ああ、そうか、そうだな。これ以上は野暮というものだな」

「ところで、今日は何をするんです?」

「うむ。取り敢えずは昨日のおさらいから始めようか。その程度によってどうするか決めようと思う」

「分かりました。昨日と同じ打ち合いからですね」

 答えつつ影を身に纏い、渡された訓練用の槍を構える。ウメ先生も同じく槍を構え準備万端なようだ。

 意識を研ぎ澄ませ、昨日の感覚を呼び起こす。

「んじゃ、行きます――」

 

 

「うぅぅ……置いてくなんてイルさん酷いです……」

 愚痴をこぼしながら私は訓練場への通路をとぼとぼと歩いていた。行き交う方々から怪訝な目を向けられるが、いつもの事なので気にしない。

 魔女なので目立ってしまうのです、多分。

「こんな時に箒でぴゅーって飛んでいければいいんですけどね……室内は飛行禁止ですし……仕方ないんですが……」

 それもこれもイルさんが悪いのだ。朝起こしに行ってみれば部屋はもぬけの空。何かの冗談かと思い部屋中を探し回って、それでもいなかった時は流石に少し途方に暮れた。

 書置きの一つでも残しておいてくれれば、こんなに苦労しなかったんですけどね……

「でもこれでいなかったら失踪ですよね……やっぱり昨日からの訓練が辛すぎて……? うう、そうとしか思えなくなってきた……」

 もし失踪していたら、責任は私に来るんだろうか。ナズナさんは許してくれるだろうか?

 嫌な予感ばかりが募る。イルさんと一緒にいる時はそんなでもないのに、一人になるといつもこうだ。悪い方、悪い方へと考えが引っ張られてしまう。

「私、一人じゃダメダメですね……イルさんにも残念って言われて当然かも……」

 はあ、と溜息が漏れる。

「昨日の会合でも散々弄られたし……期待に応えるって大変だなぁ」

 そうこうしているうちに訓練場が目に入ってきた。

「…………」

 しばし躊躇した後、意を決して室内に入る。中ではいつものように見習い騎士等が訓練に精を出していた。まだ午前中なのに感心な事だ。

「それで、イルさんは……っと、あそこなんだろう?」

 室内をぐるりと見渡すと、一角に人だかりが出来ていた。それも声をあげたりすることもなく、ただ集まっているという感じだ。

「……?」

 何事かと思い近寄ってみると、皆一様に何かに見入っているようだ。その視線の先にはものすごい速度で打ち合う二者の姿。

 一人は騎士装束の女性。もう一人は全身を黒く染め上げたような格好の――

(って、イルさんじゃないですか……!?)

 声をあげそうになるがぐっと我慢。周りの人達と同じように観戦に集中する。

(昨日はボロボロになってましたけど、何だか普通に打ち合えてますね……?)

 よくよく見ると、二人とも涼しそうな顔をしながら踊るように打ち合っている。騎士装束の方が昨日言っていたウメさんなのだろう。一方のイルさんが真っ黒なのは加護を防御用に使っているからだろうか。相変わらず器用なものですね。

 というかイルさん、王国最強相手にあれだけ打ち合えるんですか……昨日は鈍いとか言ってすいませんでした……

 しばしぼんやりと観戦していたが、突然ウメさんの方が動きを止める。

「よし。ここまでだ」

「はい」

「一日にしては良い塩梅に仕上がっていると思う。次の訓練に行っても問題ないだろう」

「ふぅ……ありがとうございます」

 どうやら、あれは本訓練前の小手調べだったようだ。

 小手調べであれって……昨日の訓練だけでどれだけ強くなったんですか……?

「次は加護も混ぜた実戦訓練に移ろうと思う……っと」

 ウメさんはそこで初めて周りの観衆に気付いたのか、少し困った風に周りに言う。

「君達、昨日も言ったがあまりじろじろと人の練習を見るものではないぞ? それにこの子は少し特殊なんだ。配慮してもらいたい」

「あ、ご、ごめんなさい……!」

 注意され散っていく観衆の騎士達。私だけがぼんやりとそこに立ち尽くす。そんな私にもウメさんが注意しかける。

「ほら、君も戻って」

「あぅ……えっと……」

 おろおろと狼狽えてしまう。初対面の相手にどう説明したものか……そんな私に気付いたのか、イルさんが助け舟を出してくれた。

「あ、待って下さい。こいつは俺の連れです。というか元凶です」

「ほう……?」

「元凶ってなんですか!?」

 会って早々扱いが酷い。人を何だと思っているんですかね。この異世界人は。

「間違ってないだろ」

「ま、まあ、間違ってはなくもないですが!」

「お前のせいでちっこくなったり髪がずるずる伸びたりしたしな?」

「そ、それは私のせいではなく加護の……」

「いや、全部お前が悪い」

「わ、私は悪くない……ですよ……?」

 そんなやり取りを見てウメさんが苦笑する。

「何というか、君達仲が良いな……?」

「仲良くないです。ただの腐れ縁です」

「辛辣ですか!? もう四日間ずっと一緒だったっていうのに! 一緒に寝た日もあったのに!?」

「一緒に寝たとか言うな馬鹿! 誤解されるだろうが!?」

「事実ですし! 二回も寝ましたし!」

「ああもう、馬鹿! ピンク馬鹿! ウメ先生、違いますからね!? 寝たといってもそういう男女のアレではないですからね!?」

 力説するイルさんだったが、ウメさんの苦笑は深まるばかり。

「あー、何だか分からないが、君達の関係を一から説明してもらえないだろうか。何がなんだかさっぱりだ……」

 

 

「……なるほど。そこのエニシダちゃんが召喚して今までお世話したと」

 俺がこれまでの経緯を一通り説明し終えると、ウメ先生は納得したようだった。それにしてもエニシダをちゃん付けとは。ウメ先生意外とお茶目だな……

「途中でエニシダが無駄な説明もしましたが、そこはどうでもいいので忘れてください」

「あ、ああ……」

「どうでも良くないですからね!? イルさんのずぼらーな所とかもちゃんと説明しないと、ウメさんが困りますからね!?」

「何度も言うが、俺はずぼらじゃない。面倒が嫌いなだけだ」

 相変わらず失礼な奴である。まだ何やら言いたげにしているが、もうこいつは放っておこう。話がこじれそうだ。

「まあそれはどうでもいい。ウメ先生、今日は何をするんです? 何か実戦訓練とか言ってましたが」

「ああ、実戦訓練、具体的に言うと君の加護を絡めた戦闘スタイルの確立だな」

「戦闘スタイル……」

「君には昨日までの基礎訓練の経験も踏まえて武器の再選定から加護の使い方、それをここで固めていってほしいと思う。害虫相手に試行錯誤しなくて済むようにな」

「なるほど、武器からですか……」

「そうだ。昨日からの訓練を踏まえて、再度選んでみて欲しい。今度は君自身で選んでみるんだ」

 そう言うとウメ先生は昨日と同様に準備してあった武器を持って来てくれた。無論全部本物である。

「うーん……」

 唸りつつも武器を物色してみる。ウメ先生は長物が良いって言ってくれたし、長物から選ばないとな。しばし、がちゃがちゃと武器と戯れる。

「ああ、これがいいかな?」

 数分後、一本の得物を見つけ俺は満足した。その長物は訓練用の槍よりも長く、大体二メートルくらいだろうか、槍先の横に斧頭と鉤爪を備えた、より実戦的で技量が必要とされる武器――

「なるほど、ハルバードか。悪くない選択だな」

 そう、ハルバードである。昨日の打ち合いでも槍だけでは対応できない状況に何度か出くわし、どうにも歯痒い思いをしていたのだ。これならばあらゆる状況に対応できるだろう。

「ちょっと試しに使ってみてもいいですか?」

「ああ、そこの木人を使うといい」

 ハルバードを構え、木人と対峙する。まずは試しに振り回してみるが、長さも重さもちょうどいい。経験を積んだからだろう。丁度訓練用の物では物足りなくなってきていたところだ。

 しばし馴染ませるために振り回し続ける。……そろそろ調子が掴めたので木人に攻撃してみよう。

「――せいっ!」

 突く切る払うの槍の基本に加えて、叩き付ける、引っ掛けるといった動きも入れてみる。

 うむ、悪くない。選択肢が増えるというのは良い事だ。

 これまた昨日の訓練の成果か、最初とは比較にならない速度で武器を振るう事が出来ている。筋力が一日で増えたわけでもないし、無心で武器を振るい続けたことで無駄な動きが削ぎ落とされた結果だろう。強くなるというのは純粋に嬉しいものだ。

 そんな上機嫌な俺の猛攻によって木人はみるみると体積を減らしていく。

 ……機嫌を良さそうにしている俺を見て、何故かエニシダは呆れかえっているな。

「うーわー……さっきも思いましたけど、ちょっとイルさん強くなり過ぎじゃないですか……? 新しい武器も何かすぐ使いこなしてるし……」

「いや、私も昨日練習しながら矯正はしたが、ここまで出来るようになるとは……戦闘未経験という割にはハルバードの使い方まで知っているみたいだし……」

 ウメ先生まで少し困惑している。何でだろう。ハルバードくらい、最近のゲームやらなんやらでは腐るほど見るだろうに。動き方もそこから取り入れているだけだし……

(ああ、そういえばこっちにはそんなものなかったな……っと!)

 仕上げとばかりに斧槍を全力で叩き付ける。受けた木人は派手な音を立てて粉々になってしまった。

「ふぅ、すっきりした……って、エニシダどうかしたか?」

 そんなスッキリした俺を見て何か悲しげなご様子のエニシダさん。

「うぅぅー、イルさんが一日見ない間に遠い所へ行ってしまいました……」

「いや、ここにいるからな?」

「あの頃の愛玩動物のようなイルさんは何処へ……」

「それいつの話だよ!? 記憶を捏造するのはやめろ!」

 言うに事欠いて愛玩動物とか……ああでも、こいつ最初は俺のことペットかなんかだと思ってた、とか言ってたっけ。

「あ、愛玩動物……ふ、ふふ……」

「ウメ先生!?」

 ウメ先生にまで笑われてしまった。余程ツボに入ったのか苦しそうにお腹を押さえてるし……

「……エニシダ。お前のせいで俺の風評被害が広がっているんだが、どうしてくれようか?」

「わ、私は何も悪い事言ってないじゃないですか。これは必然です!」

「す、すまない。予想外の言葉が出て来たもので、つい……ふ、ふ」

 少しだけ持ち直したウメ先生が必死に弁明してくれる。同じピンクなのにこの差は何なんだろうか。

「俺、そろそろお前と縁切ってウメ先生に鞍替えしようかな……」

「い、イルさん!? 何を仰っているのです!?」

「俺はお前と漫才するために召喚されたんじゃないんだよ!」

「ま、漫才って……私との会話の何処に漫才要素が……?」

「全部だよ! ウメ先生見てみろよ! これが一般人の反応なんだよ!」

「って、あら? ウメさんお腹を押さえて何を……?」

 今更気付いたのか、ウメ先生を不思議そうな顔で見つめるエニシダ。俺なんかよりこいつの方がよっぽど鈍いよなぁ。

「というか、本当にウメ先生大丈夫ですか……? なんかさっきより酷くなってますけど」

「き、君達のやり取りが、ふっくく、ふふふ、絶妙で、ぷぷふ……」

 更にツボってしまったようだ。ちょっと待たないとこれは無理だな……

 

 

 ――数分後

「すまない。本当にすまない……」

「いえ、謝らなくてもいいので……」

 完全に持ち直したウメ先生は赤面しながら何度も何度も頭を下げてくる。よっぽど恥ずかしかったのだろう。耳まで真っ赤である。

「何というかさっきのは君達の呼吸というか、距離感がぴったり過ぎて本当に危なかった……」

「えへへー、それほどでも……」

「いや、褒められてるわけじゃないからな? そろそろ自覚持とうな?」

 別に俺達は漫才で成り上がろうとかそういうのではないのだ。誕生花の相性もこんなところまでばっちりじゃなくても良いだろうに……

「エニシダに話の腰をへし折られましたが、そろそろ次行きましょうウメ先生」

「あ、ああ……武器の選別も終えたし、次は加護を絡めた戦闘スタイルの確立だな」

「それなんですが、俺の能力だと何すればいいのかさっぱり分からないんですが……」

 加護を絡めた戦闘。正直言って俺の能力は出来る事が中途半端に多過ぎて、どういう風に戦うべきなのか見当も付かない。せいぜい、思い付く事といったら武器に纏わせてぶった切る事や、固めた影をぶん投げる事くらいである。

「参考までになんですが、ウメ先生は加護を使ってどういう風に戦っているんです?」

「私か? 私の加護は身体強化と観察眼に特化しているから、あまり参考にならないかもしれないが……まあ見せておこう」

 そう言うと、ウメ先生は腰に帯びていた自前の刺突剣を抜き放ち、木人と対峙する。

「まあまずは基本のエンチャントからだな」

 言うや否や刀身が光り輝いてゆく。普通の加護だとあんな風に綺麗になるんだなー。俺もああいう綺麗なのが良かった……

「これに身体強化と魔力放出を合わせると、こうなる」

 次の瞬間、魔力を伴った剣閃が木人に叩き付けられたようだ。ようだ、というのは全く目で追う事が出来なかったためである。木人も上半身がどっか行っちゃったし、確認しようがない。

「あの、凄すぎて全く参考にならないんですが……他には何かないんでしょうか……」

「他にか……いつもやっている事といったら後は移動方法くらいなんだが」

 そう言うとウメ先生、今度は別の木人に狙いを定める。

「こんな風に魔力を吹かして移動したり……」

 猛スピードで木人の周りを回るウメ先生。目が回ったりしないんだろうか。

「後は魔力の足場を蹴って敵を撹乱したり……」

 回っていたかと思うと今度は急に方向転換。木人の周りを飛び回りながらザクザクと削いでいく。方向転換の度に魔方陣が出ているから、あれを足場にして動いているのだろう。

「それで最後に死角からズドンっと」

 いい加減動きを追うのにも疲れた頃、ウメ先生は木人の後頭部から深々と刺突剣を突き立てていた。

「どうだろうか。こちらは参考になっただろうか?」

「はい、参考になりませんでした」

「そ、そうか……」

 しょんぼりしてしまうウメ先生。だが待ってほしい。あんな動きは正直言って無茶苦茶である。完全に人間を辞めた動きだ。あれの何を参考にしろというのか。

「ダメですよイルさん。頑張って見せてくれたウメさんが可哀そうじゃないですか」

 そんな俺とウメ先生のやり取りを見てエニシダが割り込んできた。

「そんな事言ってもな……あんな動き方真似できそうもないし」

「諦めたらそこで試合終了ですよ。というか、最初からウメさんみたいに動けるわけないじゃないですか」

「まあ、それもそうだが……」

「さっきの動きで見るべきところは二つ。魔力放出による高速移動。そして魔方陣を起点にした移動範囲の拡張。最初からウメさんみたいに組み合わせて運用しなくてもいいんです」

「なるほどなるほど?」

 そうやって分解してみると確かに単純な技術だ。それくらいなら俺にも出来そうな気がしてくる。

「なるほど、最初から完成形を出したのは悪手だったか……加護の使い方を教えた事など今まであまりなかったから勉強になるな」

「あうぅ、恐縮です……」

 ウメ先生もうむうむと感心している。どうやら魔力や加護の分野はエニシダの方が得意なようだ。伊達に魔女っ娘やってないってことか。

 ともあれやるべき事が定まったのは非常に喜ばしい。まずはその二つをマスターしてみよう。

「まずは高速移動か。何をイメージしたもんかな……」

「普通に魔力をぶわーっとだせばいいんじゃないですかね?」

「……よく分からないし、取り敢えずそれで」

 ウメ先生がやっていた事を思い出しながら、武器を構え木人と対峙。見据えながら移動を開始する。次に纏っている影を魔力として放出。咄嗟に思い付いたブースターの要領で燃やしていく。

 が――

「ダメだこりゃ……俺の魔力量じゃ移動用には足りなすぎるみたいだ」

 最初こそ勢いよく動けたが、すぐにガス欠になってしまった。纏っていた影の量では圧倒的に足りなかったようだ。

「大量の影をのんびり補給している暇なんて戦闘中は無いだろうし、高速移動は諦めるか……」

「でもでもイルさん、移動自体は出来てたみたいですね」

「ああ、ただ単に魔力を吹かすだけだから簡単だったぞ?」

「その感覚は忘れないようにしておいた方が良いですよ。組み合わせれば何かに使えるかもしれませんし」

 なるほど、一理ある。戦いにおいて技の引き出しはいくらあっても困る事は無いだろう。

 再度影を纏い、次の練習に備える。

「ええと、次は魔方陣を足場にして移動だったか」

「はい、ウメさんとは違ってイルさんの場合は影を固定できますから、それを足場にすればいいかと」

「わかった、やってみよう」

 エニシダのアドバイスを参考に空中に足場を作ってみる。イメージするのは黒い板切れ。大きさは手のひらサイズでいいか。取り敢えず三枚を影から出して空中へ固定させる。

「よっと」

 固定させた足場へ乗り移ってみる。が、しばらく乗っていると崩れてしまった。手のひらサイズの魔力量ではそんなにもたないようだ。

「ふーむ。やっぱりウメ先生みたいに足蹴にして方向転換する方がいいのか……」

 今度は纏った影を足先から分離して足場にする方法でやってみよう。向こうのゲームで散々見た壁キックや多段ジャンプの要領だ。

 足先から影を分離。今度は形には拘らないで取り敢えず蹴れるものとする。それを足場として跳躍、跳んだ先で更に影を固定し、それを足場にまた跳躍する。

「これはなかなか……」

 しばらく一連の流れを繰り返し感覚を掴む。空中を跳ねる感覚というのも悪くないものだ。慣れれば走り回る事も出来るかもしれない。

「おっと、ここまでか」

 纏っている影が尽きてしまった。仕方なく地上へと戻る。接地しないと影が纏えないというのは結構不便だな。だが、さきの魔力放出より格段に魔力の消費量が少ない。これは中々使えそうだ。

 魔力切れで戻った俺をエニシダが笑顔で出迎えてくれる。何故かすごく嬉しそうだ。

「おかえりなさいイルさん! すごいじゃないですか!」

「いや、ただ単に足場作って渡っただけなんだが……」

「いやいや、そう言いますが最初から一発でできる人なんてそういないですよ? なんでそんなホイホイできるんです?」

「あ、そうなの? 今の結構難しいの……?」

 聞き返すとエニシダもウメ先生もうんうんと頷いて返してきた。

「少なくともそういう芸当の出来る加護が無いと無理だろうし、仮に適性があったとしてもそこまで到達するのに一ヶ月以上はかかるな」

「おおぅ、俺すごいのか……ただの見よう見まねなんだけどなぁ」

 正直言って何がすごくて何がすごくないのか、こっちに来てから判断に困る事ばかりだ。だが、向こうでの経験が無駄にはなっていない感じがして、悪くない気分ではある。

「まあ、魔方陣での移動はこれくらいでいいかな。感覚は掴んだし、後は実戦でどう動くかってところだけだし」

 エンチャントについては既に出来ているので割愛する。ウメ先生程の威力は出せないが、現時点では出来るだけで及第点だ。威力は今後高めてけばいい。どう高めるかは後でエニシダにでも聞けばいいだろう。

「それで、他に俺の加護で出来そうなことって何だろうな? あと出来る事といったら槍ぶっ放したりする事くらいなんだけど……」

「うーん……あ、そうだ。一昨日も言いましたけど、影で糸を作るのはどうです? こないだは触れたら爆発とか思い付きで言っちゃいましたけど」

「ああ、そういやそんな事言ってたな」

 糸と来たか。確かに相手を拘束出来たら便利だろうし、何より糸はイメージしやすい。

 早速試してみよう。なるべく細くて長い糸をイメージ。ウメ先生が串刺しにした木人相手に絡ませてみる。程なくしてぐるぐるとミイラ男のようになっていく木人。

「むーん、この後どうしよう……」

 取り敢えず糸から魔力放出してみた。

「放出。……ってうおぁ!?」

 次の瞬間、木人は爆音をたて跡形も無く消し飛んでしまった。あれ、そんなに魔力は籠ってなかったはずなんだが……

「イルさん割とえげつないことしますね……」

「いや、せいぜい表面が焼ける程度かなって思ったんだけど、まさか消し飛ぶとは……」

 だがこれは使えそうだ。しかし問題は糸の強度がどれ位なのか、木人相手ではさっぱり分からなかったことだ。動く相手にやらないと本当に拘束できるのか判断が付きかねる。

「…………」

「イルさん? どうかしましたか?」

 ……ちょうどいい動く相手が目の前にいるじゃないか。

「……あのー、ひょっとしてなんですけど私で試そうとして――」

「拘束ッ!」

 気付かれそうになったので全力で糸をエニシダに殺到させる。

「ひゃあああ!? や、やっぱり!?」

 必死で抵抗するエニシダだったが、健闘も空しく立ったままぐるぐる巻きになってしまう。一度に無数の糸を出せば素早く拘束できそうだな。メモメモ。

「ば、爆殺は嫌ですー!」

「お前は何を言っているんだ……ちょっと破れるかどうか試してみてくれないか?」

「え? あ、はい。やってみますね……?」

 指示した次の瞬間には拘束はあっさりと破られてしまった。一本一本に魔力がそれほど込められてなかったのが原因だろうか。

「……ありゃ、意外とやわっこいですね。この影」

「むー、お前にあっさり破られるんじゃ実戦投入は無理だな……」

 影の糸で拘束するのは残念ながら現段階では実用的ではなさそうだ。魔力を込めた強靭な糸なら大丈夫なのだろうが、それだと拘束するのに時間が掛かり過ぎるし、逆だと今のように拘束すらできない。

 技術自体は何かに使えるかもしれないのでちゃんと覚えておこう。

「俺の影の性質について少しは分かったし、他に何か考えるか」

「……すまない。一つだけ提案があるんだが」

 そこでウメ先生が割って入ってきた。

「私と戦いながら加護の使い方を探すというのはどうだろうか?」

「ウメ先生と……?」

「ああ。戦いながらなら今みたいにはずれを引いてもすぐに修正できるし、何よりこういうものは動いていると自然と閃くものだ」

「そういうものなんですかね……」

「そういうものさ。私を信じてほしい」

 そう言うとウメ先生は得物の刺突剣を抜き放ち、こちらへと近づいてくる。

 ……あれ、もしかしなくても本気モードです……?

「え、えっと、練習用の武器じゃなくていいんです? 俺、ウメ先生に攻撃されて無事でいる自信が無いんですが……」

「おっと、忘れる所だったな。……これを身に着けるんだ」

 そう言うとウメ先生は何かを投げて寄越してきた。何とかキャッチしてしげしげと眺めてみる。これは腕輪だろうか……?

「私が常に装備している防御の腕輪だ。限界まで鍛えてあるから、生半な攻撃では傷も負わなくなる逸品だぞ?」

「おー、そんな物が……」

 促されるがままに装備する。特に守られている感覚などは無いが、攻撃された時に機能する感じなのだろうか。

「よし、準備は出来たな。――行くぞ」

 次の瞬間、ウメ先生は魔力放出によって一瞬で距離を詰めてきた。

「って、相変わらずいきなりですね!?」

 刺突剣による連撃を何とか斧槍でいなす。昨日とは違い得物のリーチに差がある為、懐に入られると非常に苦しい。何とか距離を放そうと、連撃の合間に苦し紛れの蹴りを放つ。

「見え見えだぞ?」

 そんな蹴りも軽々と避けられてしまう。カウンターで後頭部へ柄の打撃が強かに打ち付けられる。

「ごふっ!?」

 腕輪のおかげで痛みはあまりないが、衝撃はちゃんと届いているようで視界がぐわんぐわんと揺らぐ。これは不味い。咄嗟の判断で自身の周りに影を展開。そこから無数の槍を勢いよく生やす。

「おっと、危ない危ない」

 バク宙でひらりと躱すウメ先生。だがこれで距離が開いた。かぶりを振って視界を回復させた後、地面を蹴り追撃に入る。今度はこちらの攻撃範囲に上手く入った。

「どぅりゃああ!」

 なりふり構わず攻勢に入る。ここぞとばかりに全力の乱撃をウメ先生めがけ放つが、全て紙一重で躱されてしまう。

「そら、隙だらけだ」

「ぐっ!? がはっ!」

 しかも一瞬の隙を突かれて喉笛に刺突剣を突き立てられてしまった。加護や腕輪が無かったらここでゲームオーバーだったぞ……

 しばし呼吸が出来ずに苦しんだが、何とか回復させる。そんな俺を見ながら悠然とウメ先生は待機している。どうやら一撃だけで済ます程度には手心を加えてくれているらしい。

 ……しかしなんだ。この人、加護もあると化け物のように強いな……昨日にも増して攻撃が当たらないし、何よりすり抜けてくるように来る一撃が全く見えない。

 まあ王国最強だから当たり前なんだろうが、流石にちょっと抗議せざるを得ない。

「先生! もっと手加減してくださいよっ!」

「いや、これでも十分手加減してるぞ?」

「にしてはこっちの攻撃がかすりもしないんですが!?」

 これは後で知った事だが、この時ウメ先生は相当に手加減してくれていた。実際に本気を出されていたら初撃で頭が柘榴のように弾け飛んでいただろう。研鑽を重ね、極まった攻撃の前には腕輪による防護など紙にも等しい。

 だがこの時のいっぱいいっぱいだった俺にはそんな事など分かるわけも無い。

「なに、昨日からの君の上達具合ならすぐに合わせられるはずだ。艱難汝を玉にす、と言うじゃないか。立派に超えていってほしい」

「やっぱりスパルタだよこの人……!」

 くそっ。ウメ先生は現時点では貴重な一般人枠だと思ってたのに、ただのスパルタンXだったよ……

 いやまあ、昨日の時点で大分スパルタだとは思ってたけどさ。見て見ぬふりをしてきたけどさ。

「お喋りはここまでだ。続きをやるぞ」

「くっ……!?」

 またしても会話をぶった切り、魔力放出で距離を詰めてくる。移動しながらの刺突を辛うじて躱す。そのまま移動したウメ先生に背後を取られてしまう。

(後ろ……! っていない!?)

 振り返り攻撃に備えるも、そこにウメ先生の姿は無く、

「上だ」

「ぐっ!?」

 再度頭部へ柄が叩き付けられる。今度は踏み止まる事が出来ず、そのまま頭から倒れ込んでしまう。今のは移動後に空を蹴って瞬時に頭上を取られたか。

 二度目の打撃で流石に意識が飛びかけたが、気合いを入れて何とか立ち上がる。

(それにしても、だ……)

 魔力放出による高速移動。あれが厄介過ぎる。どうにかして封じないと、一太刀まともに浴びせる事も出来やしない。何か良い案はないか。

(と言っても俺に出来る事なんて、影を色々弄るくらいしか……)

 油断なく武器を構えながら、俺自身の加護の詳細について思い出してみる。

 固化。液化。気化。魔力による変質。

 ……気化? そういえばそんな事も出来たな。最初は便利かもと思ったが、ここまで使ってこなかった要素だ。これで何か……

 ――ああ、何か閃いちゃったぞ。これなら勝てるかもしれない。

 思い付いたら即実行である。まずは加護と魔力全てを気化させていき、俺自身の周りに濃密な霧として纏わせていく。視界が確保できなくなったがまあ仕方ない。必要経費である。

 そんな俺の様子を見てウメ先生はほう、と息をつく。

「どうやら何か思いついたみたいだな?」

「ええ、ウメ先生の攻撃、次は必ず見切って見せますよ」

 ……厳密には見切る策ではないが、ミスリードを誘う意味でもここは自信満々に宣言しておくとしよう。

「……言うじゃないか。では見せてもらうとしよう」

 三度、魔力放出で距離を埋めてくる気配を感じる。だがこの策では相手の動き方などどうでもいい。攻撃される瞬間に全神経を注ぐ。

 程なくして喉笛を刺突剣が捉える感覚が来る。纏った濃霧に惑わされることなく、ピンポイントで捉えてくるあたりは流石の技量か。

(――今だッ!)

 だがそれも今は重要な事ではない。喉に来る衝撃を歯を食いしばって耐える。そして糸でエニシダをぐるぐる巻きにした時とは違い、全魔力を注いで濃霧を即座に固化させた。

 ……よし、刺突剣をがっちりとホールドする事が出来たぞ。

「ぐっ!? 抜けん……!?」

 流石に全魔力を投じればそれなりの強度にはなるようだ。状況を把握され拘束から抜けられる前に、急いで刺突剣と装者を分断しなければ……!

「くっ……!」

 即座の判断で魔力放出し、拘束から抜け出そうとするウメ先生。だがこちらの方が一手早い。魔力が放たれる前に片手で腕めがけ斧槍を振るい、もう片方の手で影に包まった刺突剣を引き寄せる。……間一髪で武器を奪取することに成功。

「ごほっ、がはっ! ど、どうですか……やりましたよ……!」

 奪い取った刺突剣を影に突き立て勝利宣言をする。打ち合ったのはほんの数合。それも全魔力を用いての武器の奪取という無理矢理な勝ち方。加えてむせこんでいてと大変無様な形ではあるが、勝利は勝利だ。

「……参ったな。私も色んな相手に稽古を付けてきたが、武器を奪われたのは流石に初めてだ……」

 そんな俺を見てウメ先生は呆れたような困ったような、そんな笑顔を浮かべるのだった。

 




ウメ先生のあの動きは実際に戦うと本当にヤバイと思ふ。

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