――翌朝
「ふぁ、良く寝た……」
気持ちの良い目覚めである。加護が引き出されたせいなのか、異常に体が軽く感じる。これくらい快適だとなんか召喚されたこともどうでも良くなるな……いやまあ、まだ仕事もしてないからこんな呑気な事を言ってられるのかもしれないが。
「さて今日も――ってあら?」
体を起こしてドアの方を見たのだが、隙間に何かが挟まっている。何だろう?
「ええとなになに、『今日は魔女の会合があるのでお供できません。戦闘訓練は訓練場で行うらしいのでその辺の人に聞いて向かって下さい。 ――エニシダ』」
今日はあいつも何か用事があるらしい。にしても、魔女にも会合なんてあるのか。残念なあいつの事だ。誰かに弄られまくっている姿が想像できるぞ……
「会合ねぇ……まあ何でもいいけど」
いないものはしょうがない。さっさと身支度を整えて向かうとしよう。
「このウザったい髪は……影で縛るか」
伸び過ぎた髪は訓練の邪魔になる予感しかしなかったので、今のうちに後ろでまとめておく。
「むう、こんなもんか……この長さだとどう見ても野郎に見えないな……」
鏡を見て確認するも、想像通りというか、呪いの人形然とした髪型になっているのは自分でも引く。俺の加護は一体何がしたいんだろうか。これでは色々と間違われて大変だと思うのだが……
だが落ち込んでも仕方がない。気持ちを切り替えて準備を進める。
「はぁ。にしても訓練場か。廊下で誰かに道を聞かないとなぁ……」
「あのー、すみません」
「はいなんでしょう? ってあら、可愛い子……」
「…………」
廊下で道行く人、それも声のかけ易そうな人を選んだのだが、この妙齢の侍女さんしかいなかった。にしても第一声で可愛いとか言われて、もう恥ずかしいんだか悔しいんだか。
「どうかしたのかな? 迷子?」
「あ、いえ、そうではなく――」
「親御さんは?」
「いえ、だから」
やばい。この人ちょっと面倒なタイプかもしれない……強引にでも切り出さないと。
「く、訓練場! どう行けばいいですか!?」
「ああ、訓練場に親御さんがいるのね」
「……」
何か微妙に勘違いしてるが、この際行ければどうでもいい。
「訓練場なら一階へ行って、突き当りへ向かえばいいはずよ」
「あ、ありがとうございます! では!」
即座にその場を離れ訓練場へ、加護の力も出し惜しみせず全力で行く。……決して面倒な人から早く離れたかったわけではないぞ。
「気を付け――って早っ!? 何あの子……」
後ろで驚く声が聞こえるがキニシナイ。
「ああくそ、エニシダがいればああいう苦労も無かったんだがなぁ……」
残念で色ボケ気味なピンク魔女だが、いなきゃいないで支障が出るな……そんな事を思いながら訓練場を目指す。程なくして到着。中々の大きさである。
「お邪魔しまーす……」
恐る恐る中へ入ってみる。目に付くのは訓練用の武器、木人。そんなものが向こうで言う体育館ほどの大きさの室内に無造作に散らかっている。奥は庭と繋がっているのだろうか、陽光を取り入れる構造になっているようで、室内というよりは吹き抜けといった感じである。さらに見渡すと訓練中の騎士グループだろうか、無心で木人と格闘したり、先輩から熱心に指導を受ける様子がそこかしこで見受けられた。
「ふーん……」
当方、戦闘のド素人なので特に何も思う事は無い。無いのだが、食事が高水準だったせいで筋トレ用具などもある高機能な訓練場かと期待していたのだ、文化水準的に。言っては何だが割と原始的な訓練風景である。
「誰も気付いてないのかな……」
室内に入っても誰も声を掛けてこない。余程訓練とやらに熱中していると見える。遠目から見ていても女性の甲高い掛け声が聞こえるばかりで、どういった訓練を行っているのかまるで分からない。
「訓練ねぇ。俺もなんかしてみるか」
気付いてくれるのをぼーっと待つのもアレなので、訓練とやらをやってみることにした。郷に入れば郷に従え、って奴だ。
まず、手近なところに立てかけてある訓練用の木剣を手に取ってみる。ブンブンと振り回してみるが、特に問題なさそうだ。加護が引き出されたおかげか、剣がすごく軽く感じる。
次に標的の木人を探す。これも近くに転がっていた。何かそれっぽい穴もあったので、刺して立たせる。これで準備完了だ。
「っと、殴ってみる前に確認確認……」
意識を集中させ影を動かしてみる。ごぼごぼと反応があった。魔力は十分に回復したようだ。そのまま動かし、何となく木剣に塗ってみる。魔力を付加させて戦うのとか一回やってみたかったのだ。かっこいいし。
「エンチャント完了ってね。……これでよし」
木人に向き直り黒べたに塗れた剣を構える。剣道で言う所の正眼の構えだ。
「昔授業でやったっけなぁ……せいっ」
軽く振りかぶり、振り下ろす。剣を受けた木人が揺れる。思いのほかスピードが出るな……もっと速くいけそうだ。
振りかぶり、振り下ろす。まだ遅い。
今度は切り返す。遅い。これでは隙が出来る。
袈裟切り。いいぞ、速くなってきた。もっと早く、もっと速く、もっと強く、もっと滑らかに――
「――――」
無心で剣を振るい続ける。時間の感覚が泥のように歪んでいく。思うように動かない自分の体がもどかしい。
(もっと速く動けないものか……)
そこでふと、影を纏わせていることを思い出した。
こいつの魔力を使えばもっと速くなるんじゃないのか……?
「……」
振りかぶったまま一旦動きを止め、影に集中。呼びかける。
「――放出ッ!」
影に込められた魔力を開放、同時に袈裟切りに木人を切りつける。
次の瞬間――木人は真っ二つになった。
「……!」
木人の上半身はそのまま何処か飛んでいってしまった。残されたのはプスプスと音を立て、断面から焦げ付いた匂いを出す残骸のみ。
自分でやった事ながら衝撃的な光景だった。こんな力を人様に向けてなくて本当に良かった……
しばし呆然と残骸を見ていたが我に返って周りを見ると、そこにも予想だにしない光景が広がっていた。
周りには何故か騎士達が集まっており、何事かひそひそと話しながら、好機の目で俺の事を見ていたのだ。何だこいつら、いつの間に……
距離もそれほど離れていないので、否応にも話していることが聞き取れてしまう。
「ねえあの子、何? 知ってる?」「いや、知らない……っていうか今のあれ見た……?」「見てたけどなんなの、あれ……」「最後に黒いのがぶわっとなったような……」
「……っ」
こういう好奇の的になるのは苦手である。とはいえ、集合場所がここだから逃げ出すわけにもいかないし……非常に困った……
そんなところへ助け舟が出される。
「……なあ、そこの君」
「……?」
声のした方を向くと一人の女性が立っていた。桃色の髪ですらりとしていて、細目が印象的な方である。豪奢な騎士装束っぽいものを着ているようだし、偉い人だろうか……?
「君がイルさんか?」
「あ、はい、そうですが」
「ああ、やはりか。なかなか来ないなと気になっていたところだったんだ」
「では貴方が……」
「ああ、本日訓練官を務めるウメという。……ここで話すのも何だ。場所を変えるとしよう」
場所を変えてここは訓練場内の一室。クローゼットなどの収納スペースがあったり、備品が集められていることから察するに、準備室か何かのようだ。
「まあ、取り敢えず座って」
促されるまま、備え付けの椅子に座り向かい合う
「――さて、イルさんだったか。ええと、団長見習いという話だったが……?」
何やら戸惑っているご様子の訓練官殿。どうしたんだろうか。
「君は何なのかな……?」
「何、と言うと?」
「団長は成人男性にしかなれないんだが……?」
ああ、そういうことか。恐らくは詳しい説明もないままに、団長見習いを鍛えてくれとでも頼まれたのだろう。それに俺の見た目もややこしすぎるんだろうな……
「れっきとした男です。異世界から召喚されて若返ってますが、とっくに成人してます。この髪はなんか加護で伸びました」
「召喚……? 若返って……? 男性なのに加護……? 伸び……?」
……ものすごく混乱してしまったようだ。そのまましばらくうんうんと唸り続ける。
「……よし、よく分からないな」
どうやらすっぱり理解するのを諦めたようだ。これまでエニシダとかの事情の分かっている人間としか関わってこなかったから、こういうリアクションは新鮮である。
「よく分からないが、訓練官としての責務は果たさせてもらう。これからよろしく、イル君」
「あ、よろしくお願いします。ウメ……さん?」
「……何故疑問形なんだ?」
「いえ、訓練官なので様とか先生とかの方がいいのかな、って」
「何だそんな事か。普通にさんでもいいし、呼び捨てでウメでもいいぞ」
「ではよろしくお願いしますウメ先生」
「何故そうなる!?」
「いやなんか、ウメせんせーって言った方が良い気がしたので」
「君と話していると疲れそうな気がしてきたな……」
「いえいえ、軽いジョークですって。初対面なので場を和ませようかと」
ウメ先生は呆れたのか気が抜けたのか分からない表情になってらっしゃる。
「まあ何でもいいが、程々にな……? とまあそれはともかく……」
席を立ち、クローゼットへ向かうウメ先生。ごそごそと服を探しているようだ。
「むむ、サイズはこれくらいか……よし、取り敢えず訓練の前に着替えるんだ。加護のかかっていない服では怪我をしてしまうからな」
そう言うと着替えを差し出してきた。
「はい、分かりました。って、あのこれ……女性物なんですが……」
渡された着替えは何故か女性物であった。上の方は鎧も付けてあってまあ着られないことも無いのだが。スカートはちょっと、ねえ?
「ああ、そうだった。君は男性だったな……そうすると装備が無いぞ。困ったな……」
またしてもうんうんと唸りだしてしまう。花騎士には女性しかなれないという話だったし、女性物しかないのは当たり前か……困らせてばかりで本当に申し訳ない。
「あの、ウメ先生。加護がかかっていればいいんですよね?」
「ああ、そうだが……?」
「俺に考えがあります」
「考え?」
「はい。――影よ」
影を操作。着ている服や手足にぞぶぞぶと影を纏わせていく。こいつが加護由来のものであるならば、防御も何とかなるはずだ。
「……完了です。この影も加護由来ですし、これで防御は大丈夫ですよね?」
「驚いたな……」
こちらの頭からつま先まで眺めてくるウメ先生。そんなに驚くことなのだろうか。
「君、加護を受けたのはいつなんだい?」
「召喚された時から加護は受けていたらしいんですけど、開放したのは昨日です」
「は……!?」
「昨日一日弄り倒して何とかここまで出来るようになったんですよ――」
昨日の調査の成果を語ってみた。影の性能性質全て、余すことなく伝えていく。何か努力の成果を人に話すのって楽しいよね。
一通り聞き終えるとウメ先生は神妙な面持ちで考え込んでしまった。そしてぽつりと一言。
「……あり得ない」
「はい?」
「いや、君が使いこなしているという事はあり得るのだろうが、うむむ……」
「……?」
「……ここで考えても仕方のない事か。取り敢えず、だ。君が特別なのはよく分かった」
「はあ、特別ですか」
要領を得ない返事をする俺に、ウメ先生は事の詳細について説明してくれる。
「ああ、そうか。君はここの生まれじゃなかったな……いいかい。本来加護というものは一朝一夕に扱えるような代物じゃないんだ。開放した当日は大半の者は力を制御できずに体調を崩すか、暴走するか、極少数は耐え切れずに命を落とす。それを君は何の不調も無く、それどころか自由自在に扱っているじゃないか」
「あ、いえ、俺も最初暴走しかかってたみたいなんですが。起きたら辺り一面真っ黒でしたし……」
「そうなのか? それは少しだけ気掛かりだが、今はもう制御できているのだろう?」
「ええ、もう大丈夫……なはず」
あの時はあまりにも現実離れした光景だったから考えが及ばなかったが、立会人がエニシダじゃなかったら暴走して殺していたかもしれない。もしもの話ではあるが、少し怖い。思わず寒気が走る。
「どうかしたか?」
「いや、少し……何でもないです」
「……そうか、まあ大体分かった。そろそろ訓練に移ろうか」
察してくれたのか、話を切り上げ席を立つウメ先生。慌てて俺もそれに続く。
「ああ、そうそう」
部屋を出て訓練場へ向かう途中、何でも無い話題のようにウメさんはこちらへ話しかけてきた。
「聞き忘れていた。君の加護の花の名前は何だろうか?」
「名前?」
「ああ、開放したのなら分かっているはずだが」
「…………」
言われたことが理解できず、足を止め考え込む。名前? 加護に名前があるなんて習っていないぞ……これも基本常識なんだろうか。
「……もしかして知らないのか?」
「……ええ。察するに開放する時に普通は分かるのでしょうか?」
「ああ、普通はそうだな。もしくは、両親などから花の名を貰ってこの世に生を受ける」
「なるほど……」
色々と謎の多い加護である。暴走したと思ったら自由自在に扱えたり、あるはずの名前が無かったり。こちらの事情に疎い俺からすると訳が分からない。
考え込み続ける俺を見て、ウメ先生は軽く息を吐いた。
「君は本当に謎だらけだな……いや失礼。失言だった」
「いえ、お気になさらず。自分でも気味が悪いとは思っていましたので」
「……まあ初対面の相手に冗談が言える余裕はあるようだし、大丈夫だろう。何かあったら私が何とかする。保証しよう」
「ありがとうございます」
「つまらない時間を取らせた。急ぐとしようか」
再び戻ってきた訓練場。相変わらず騎士たちが訓練をしていたが、こちらに集まってくるようなことは無かった。誰かが釘を刺しておいてくれたのだろう。有難い事である。
ウメ先生は訓練場に着くや否や、何処からか多種多様な武器を持ってきた。事前に用意しておいたのだろうか。訓練用ではなく本物の武器だ。
「さあ始めるとしようか。まずは武器の選定からだ」
「選定ですか」
「ああ、どれが向いているのか、私が見定めさせてもらう。こう見えて目利きには一角の自信があるのでな」
そう言うとえっへんと胸を張るウメ先生。今気付いたが先生、胸が……
「……何か言いたそうだな?」
「いえ、ナンデモナイデスヨ?」
「……まあいい。まずは剣だな。持って構えてみるんだ」
「は、はい」
言われるがままに剣を取り構えてみる。無論、本物の剣を持つのなんて初めてなのでおっかなびっくりだ。本当にこんなので分かるんだろうか……
「ふむ、まあまあか……次は斧だ」
「斧ですか……あの、構えとか分からないんですけど?」
「適当でいい。それも適性の内だからな」
「はあ……」
今度は斧を持ち、構える。当然だが剣より全然重い。金属の塊だから当然なのだが。
「斧はダメか。次は――」
次々と武器を持たせては構えを見ていくウメ先生。言われるがままに武器数十種を持ち替え、構えていく。一時間くらいそうし続けただろうか。
「うむ、これで最後だな。お疲れ様」
「はふぅ」
最後に持ったモーニングスターを降ろし、嘆息する。こういった検査じみた作業は思いのほか疲れるものだ。
「ふむ……構えを見る限り適性があったのは長物、槍だな。迷いの無い良い構えだった」
「途中から流れ作業みたいになってましたが、それでも分かるもんなんですかね……?」
「むしろ、無心になってくれた方が素の状態が見易いのだよ。加護の適正が分かりやすいんだ」
「なるほど……?」
いまいちピンとこないが、今はウメ先生の観察眼を信じるしかないようだ。まあド素人の俺が選ぶよりかは遥かにマシだろう。
「よし、次は攻撃練習だな。……ほら、受け取れ」
「わっと」
渡されたのは訓練用の槍。長さは身長と同じくらい、木製で使いやすそうだ。先程まで金属製で殺傷力の高そうな武器ばかり持っていたので少しホッとする。
「それで木人を思うがままに攻撃してみるといい」
「あれ、構えとかは教えてくれないんです?」
「適性があるから大丈夫だ。私を信じろ。何かあったらアドバイスする」
「……」
「ああ、それとさっきみたいに魔力で叩き切るんじゃないぞ。まずは基礎を身に着けるんだ」
何だか腑に落ちないが、取り敢えずやってみよう。両手で持って突いてみる。
ザクリと木人に突き刺さった。そのまま何度も何度も突き刺す。……ちょっと楽しい。
そこへウメ先生からの助言が入る。
「ああ、アドバイスだ。利き手は石突きの方を持て。あともう少し柄を短く持った方が良いな。その方が近距離に対応できる」
「はい」
言われたとおりにやってみる。石突きってのは穂先の逆だったっけか。利き手を後ろ、柄を短く……そして突く。
「おお、取り回しやすい……」
「ふふっ、面白いだろう? そのまま続けてみるんだ。突きだけでなく、切り、払いといった動きもしてみろ」
「はい!」
教えられたとおりに突き、切り、払いと繋げてみる。ザクザクと切り刻まれていく木人。
確かに柄を短く持った方が早いし、連携もしやすい。
「…………」
そのまま没頭し、突き、切り、払いの基本動作を何度も何度も繰り返す。もっと早く、もっと滑らかに……
意識は次第に離れ、己を俯瞰しながら動きを改善していく。自分を見ながら自分を操作しているような感覚。
そうこうしている間もブオンブオンと槍は唸り、木人はさらに切り刻まれていって――
「……イル君……イル!」
「……はっ」
「そこまでだ。木人がダメになってしまった」
「あ、すみません……」
「謝る事じゃない。だが替えないといけないのでな。それにしても……」
ウメ先生は楽しそうに笑う。
「君、意外に没頭すると周りが見えなくなるタイプなんだな? 私の声は聞こえていたか?」
「いえ、その、一番最初だけ……」
「なるほど、全部聞こえてなかったか……まあいい、それだけ基本が出来ればどんな応用もすぐに覚えるだろう」
「……何だか楽しそうですね?」
「ああ、飲み込みの良い人間に教えるのは楽しいからな。というか、君は本当に戦闘経験は無いのか? 上からは無いと聞いていたが、動きを見る限りはとてもそうとは思えないのだが……?」
「ええ、これっぽっちも。でも強いて言うなら、本を読んだりアニメを見たりとか、それの真似事ですかね……」
「あにめ……?」
「ああ、すみません。分からないですよね……動くマンガみたいなものなんですが」
「動くマンガか。素敵なものが君のいた世界にはあったのだな……よし、予定を切り上げるか」
「……?」
ウメ先生はそう言うと、自身も訓練用の槍を手に取りこちらへ向かい合う。
「応用は打ち合いながら覚えるとしよう。君にはこっちの方が手っ取り早そうだ」
「えっ、も、もう打ち合いですか!?」
「ああ、手加減はもちろんするから安心していい」
「で、でも心の準備ってものが……うおっ!?」
そんな俺に構うことなく、槍で一突きしてくるウメ先生。会話中だというのに攻撃してきたよこの人……やる気満々である。
「うむ、良く避けたな。続けていくぞ」
「ちょ、ちょっと!? ごふぁ!?」
続く二撃目の突きは避けきれず、腹部に喰らってしまう。訓練用のものとはいえ直撃すると結構痛い。怯む俺に容赦無く追撃をかけるウメ先生。三度目も突きだ。
「う、くそっ!」
咄嗟に槍を合わせ突きを逸らす。だがその勢いを利用され、今度は上段から斬撃が降ってくる。堪らず柄で受けた。衝撃でたたらを踏むも、何とか受け切ることに成功。
「ほら、怯んでいる暇はないぞ?」
「……っ!」
だが、ウメ先生はそのまま距離を詰めながら突きを繰り出す。半身をずらし何とか回避。そこからの切り払いが迫る。これも再度柄で受ける。今度は怯まず受け切れたので反撃。掬い上げるように突きを放つ。難なくバックステップで回避される。
だが距離が離れたので呼吸を整える隙が出来た。大きく息を吸って吐く。
……それにしても、対峙して数打打ち合っただけで分かる。この人、全く隙が無いぞ。打ち込んでも通るイメージすら湧かない……
「どうした? 怖気づいたか?」
「いえ、正直言ってどうしたものかと……全く攻撃が当たる気がしないので」
「まだ一突きしただけだろうに……まあ、無理もないか。君は何もかもが初めてだものな」
「……」
「そういう時は、だ。考えるより行動だ」
「むぉ!?」
ウメ先生はそう言い放ちつつ、踏み込み薙ぎ払ってくる。
「くっ!」
距離があったので姿勢を下げ掻い潜り、同時に足払いでカウンターを狙う。軽い跳躍で回避されてしまった。跳躍からの上段の叩きつけが迫るも、横に転がり回避。床を砕く音が轟く。
「とにかく動け。ちゃんとやらないと痛いぞ」
「痛いってレベルじゃ済まないと思うんですが!?」
見れば先の叩きつけで軽いクレーターが出来ていた。直撃したら即死じゃないのか……?
「なに、加護があるから大丈夫だ。確かに今のはちょっと力み過ぎたが……当たっても大丈夫だったろう。……多分」
「多分って……っ!」
返答の代わりに突きが三発繰り出される。一、二発目は何とか凌ぐも三発目が肩口に当たる。
「ぐっ……!」
加護のおかげで痛みは押さえられているが、攻撃されているという恐怖で萎縮してしまう。
「怯むな。動け。いちいち立ち止まっていてはすぐに害虫の餌になるぞ」
このままでは埒が明かない。それに一方的に攻撃されていて面白くない。
そして何よりも、痛がったり考えたりするのが面倒になってきた。俺は面倒な事が大嫌いなのだ。
「はあ、仕方ないか……」
仕方が無いので何も考えず打ち込む事にする。思い付いたら即実行である。
先ずは突き三発。すべて腹部狙い。簡単に避けられる。
踏み込んで横薙ぎ。柄で受けられる。カウンターの掬い上げが来るが、甘んじて受ける。浅いので無視。
そのまま一回転しさらに横薙ぎ。大胆な動きに驚いたのか、バックステップで避けつつ距離を離してきた。
「……そこっ!」
踏み込みの勢いを乗せつつ突き。これも柄で受けられるが、さらに距離を詰める。
持ち手を変え石突きで掬い上げの打撃。柄をかち上げる。少しだけ姿勢が崩れた。
持ち手を戻し勢いを殺さずに掬い上げの斬撃。……やっと一本入ったぞ。
「……!」
痛みは無視。相手の動きや思惑も極力無視。こちらの攻撃を強引に押し通してやっとの一本である。
「こんな感じでどうでしょう。言われたとおりに無心で動いてみたんですが……」
「……君、動きが変わり過ぎだ。まるで別人だったぞ」
「そうですかね……?」
「ああ、だが悪くなかった。その調子で頼むぞ」
そう言うとまた槍を構え、突撃してくるウメ先生。どうやら更にやる気にさせてしまったようだ。飛び退いてかわすも、その先に置くように斬撃が飛んで来た。咄嗟に柄で受ける。そのままぎりぎりと鍔迫り合いが続く。
……少し疑問が湧いたのでここで聞いてみることにしよう。
「あの、先生。この打ち合いっていつまでやるんですかね……?」
「ちゃんと君が強くなって、私が満足するまでだ」
「あ、はい……」
……これは当分かかりそうだ。腹を据えてウメ先生と対峙していかねばなるまい。
鍔迫り合いから逃れるために力を抜いて、くるりと半身を回す。その勢いを利用し足払いを放つ。刃先で受けられた。間髪入れずに突きを三発。最後の一発が槍先でからめ捕られ、そのまま揺さぶられる。姿勢が崩れたところへ胸部に一突き。完璧に入れられてしまった。
「……っ」
痛みに耐え、極力動じないように意識しながら反撃に移っていく。
……それにしてもこうして動いていると、次第に自分の中にも闘志のようなものが湧きあがってくるのが分かる。
次はどう動いて、どう攻めようか? 少し楽しくなって来たぞ。例えるなら自分自身を手駒として対戦に興じている気分だ。運動は苦手だったが、元々こういう競い合いは嫌いではない。むしろ大好物である。
そんな俺を見てウメ先生も不敵に微笑む。
「良い目つきになってきたな。……いや、もう言葉は不要か。存分に学ぶといい」
雑念を取り払い、無心で打ち合っていく。訓練はまだ始まったばかりだ……
「あ、イルさんおかえりなさい」
「た、ただい、ま……」
「今日は遅かったですね。ちょっと待ちくたびれちゃいましたよー。……ってうわっ!? ボロ雑巾みたいになってるじゃないですかっ!?」
「ボロ雑巾……言うな…………」
「と、取り敢えず治癒魔法……いや着替え……? それともご飯……!?」
「な、何でも……いいから、早く……」
「はあ、死ぬかと思った……」
エニシダの甲斐甲斐しいお世話によって俺は息を吹き返した。持つべきものは頼れる隣人である。そんな俺を見てエニシダもまた息を吐く。
「こっちも死んだかと思いましたよ……帰ってきたと思ったらボロ雑巾みたいになってるんですもん。どういう訓練受けたらあんな風になるんですか……?」
「あーいやその、先生が予想以上にハッスルしちゃってな……」
あの後結局、打ち合いは日が暮れるまで続いた。本当は途中で休憩を取りたかったのだが、次第に早くなるウメ先生の猛攻の前には休憩を申し出る余裕も無く、無理矢理付き合わされるような形になってしまった。
「先生も先生だよな。日が暮れたのを見てようやくやり過ぎって気付くんだもん。あの人、努力のお化けかなんかなの……」
最終的にボロ雑巾になった俺は何度も申し訳ないと頭を下げられつつ、訓練場を後にここまで帰ってきたのだった。ちなみに、ウメ先生は俺を送ると言ってきかなかったが、それだけは固辞した。ボロ雑巾にされた相手に送られるとか、いくらなんでも格好がつかないしな……こっちにも最低限の面子ってものがあるのだ。
「はあ、そんな事になってたんですねぇ……って、イルさんの訓練官って結局誰だったんです?」
「あれ、言ってなかったっけか。ウメっていう人だったよ」
「は……!? ウメって、あの王国最強の……!?」
驚きで硬直するエニシダ。え、あの人すごい人なの……?
「ウメと言ったら、ブロッサムヒルにおいてサクラと並んで及ぶもの無しと言われるほどの凄腕の花騎士ですよ!」
「ふーん……? 二人なのに最強なんだ?」
「ええ、お互いに切磋琢磨し合う旧知の仲であり、しかもお互いに謙遜し合うので、仕方なく二人とも最強と称されているんです」
「なるほど……」
あのウメ先生の他にもサクラって人が同じ最強にいるのか。最強の座をどうぞどうぞしあう仲という事は恐らく親友か何かなんだろうなぁ。
「イルさんそんな方とボロ雑巾になるまで稽古してきたんですか……何というか、お疲れ様です……」
「ああ、まさかお前に労われる日が来るとは……」
「というか、ナズナさんのコネもすごいですね。何で訓練官に最強の人呼んじゃってるんですか……?」
「それは俺も問い質したいぞ」
なんで団長どころか、この世界も駆け出しの俺にそんな御方を付けるんだ……過剰投資もいい所である。株をやったら大損どころでは済まない。
「というか、明日以降もウメ先生来るのかなぁ。投げ出すような人には見えなかったけど……」
何と言っても王国最強である。スケジュールとかカツカツじゃないんだろうか。
そんな俺の独り言にエニシダは意外そうな顔をする。
「へえ、ウメ先生、ですか」
「……? どうかしたか?」
「いえ、イルさんが茶化す以外で他人を先生付けで呼ぶなんて初めてだな、と思いまして」
「いや実際に会うと先生と呼ぶしかないからな? 何かもうほんとに。教えるの上手かったし」
努力お化けなウメ先生の事だ。恐らくは自分もやってきたことだから教えるのが上手いのだろう。
「実際に会った事は無いので分からないですけど、鈍いイルさんが言うって事は相当なんでしょうね……」
「鈍いは余計な? 俺、そんなに悪くないからな? ウメ先生も褒めてくれたし」
「えっ、褒められたんですか? 何て?」
何て言ってたかな……ああ、確かこうだ。
「『動きがとても戦闘経験が無いとは思えない』だってさ」
「……ふーん? いつものイルさん見る限りそんな風には……」
「俺もそう思うんだが……動きだってどこぞの受け売りだし」
「……受け売りでも打ち合えるって事は相当なんじゃないでしょうか?」
「んん……? そうなのか……?」
いまいちピンとこない。何というか、自然にやってたことを評価されてもすごいのか全然分からないもんだな……
「アレですよ、イルさんは真似っ子が得意なんでしょう、きっと」
「ああ、なるほど。それなら何となくわかるな」
「でしょうでしょう? 影でも色々作れましたし!」
俺は真似るのが得意ということか。こうやって他人と振り返ると思わぬ発見があるからバカにならない。
「だから明日からは積極的にウメさんの技をパクっていって、ガンガン強くなりましょうね!」
「おいちょっと、パクるとか言うなよ……何か一気に悪いことしてる気分になるじゃん……」
こいつのデリカシーの無さはもうちょっとどうにかならないだろうか……
「大丈夫ですよ。真似しても減るもんじゃないですし」
「何だかなぁ……ふぁ」
話し込んでいたら眠気が込み上げてきた。流石にボロ雑巾から回復したとはいえ疲労困憊である。
「今日はもう寝るから、お前も早く部屋に戻れな……」
「あ、はい。お疲れ様です。イルさん、ちゃんと休んでくださいね。……寝酒はダメですよ?」
「……寝酒が必要に見えるか?」
「あはっ、冗談です。それと明日は私も付いて行きますから、よろしくお願いしますね。ではではー」
そう言い終えるとエニシダは部屋から出ていった。そういえばあいつから魔女の会合とやらについて聞き忘れていたな。まあいいか、今度聞こう……
「俺もとっとと寝ないと……」
ベッドに移り目を閉じる。疲れからか即座に意識が狩り取られ、深い眠りへと落ちていった……
ようやっと新しい人が出てきました。当小説は登場人物少なめでお送りいたします。