それは此処ではない何処か   作:おるす

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二日目「チュートリアル:この世界のあらまし」

 ――翌朝

 

「…………」

「すやすや……」

 目が覚めるとエニシダに後ろから抱きしめられていた。朝っぱらから何だこの状況。

 こいつ、俺をぬいぐるみか抱き枕と勘違いしてるのか……? 抜け出そうと身をよじるも、がっちりとホールドされていてとても抜け出せない。

「おい、起きろったら!」

「んむー……」

 起きるそぶりが微塵も見えない。仕方ないので声をかけ続ける。

「おーきーろー! 早く! ハリー!」

「んんん……あと十分……」

 こいつ、寝起きが弱い人間か……! だが早急に起きてもらわないと困る。さっきから色々と背中に当たっていて非常に良くないのだ。他人から見れば役得だろうが、良くないものは良くないのだ。

 と、そんな風に俺が足掻いていると部屋の扉がノックされ、声が掛けられる。ナズナの声だ。

「イルさーん、起きてますか―? 朝ですよー」

「あ、はい! 起きてます!」

「ああ、起きてましたか。ではお邪魔しますねー」

「ちょ、ああ、待って!」

 ガチャリ。

「……何やってるんです?」

「こ、これには事情が……」

「……ゆうべはおたのしみでしたね?」

「やってないから! 未遂だから! というか、助けて下さいお願いします!」

 

 

「……なるほど、エニシダさんと話し込んでいたらそのまま寝てしまった、と」

「……はい」

「えぅ、えぅぅ……」

 ナズナにエニシダを起こしてもらい取り敢えず解放された俺は、そのまま何故か正座で申し開きをすることになった。

 エニシダはというと、俺を抱いて寝ていたのを見られたという現実に耐えかねているのか、そのままベッドの上でごろごろと転がり続けている。羞恥ゆえの奇行というやつだろう。

「話は分かりましたが、気を付けてくださいね。イルさん?」

「な、何をですか?」

「花騎士の中には気に入った団長の寝込みを襲う方もいますから、今日みたいに無防備に寝るのは危険ですよ」

「そんな奴いるの!?」

「ええ。いわゆる既成事実を作ってしまおうというアレです。ただでさえ男女比が偏っているので」

「うわー、うーわー……」

 この世界、思ってた以上に生々しい……ファンタジーなのかリアルなのか、よく分からなくなって来たぞ……

「エニシダさんもエニシダさんですよ? 夜に訪ねてそのまま一緒に寝るなんて、イルさんが紳士じゃなかったら美味しく食べられてましたよ?」

「た、食べ……!?」

「だから、二人とも気を付けてくださいね? 仲良くなるのは結構ですが、ちゃんと考えて行動しましょう」

「はい……」「は、ふぁい……」

「……まあこの話はこれくらいにして、今日から二人とも勉強の時間でしたね。早速身支度を整えてくださいな。着替えと朝食も持って来てありますので」

「そうだったな……」

 持って来たという朝食を見る。あれは牛乳とサンドイッチか。種類も様々で見た目にも美しい。昨日も思ったが食事が意外と高水準だ。着替えも簡素なシャツとズボンではあったが、確かな技術を感じる。

「今日の勉強は城内の図書館で行います。ですので準備が整い次第、移動をお願いしますね。エニシダさん、イルさんへ場所の案内をお願いできますか?」

「あ、はい。わかりました。……ナズナさんは来ないのですか?」

「私はこの後、各地への交渉や手続きを進めないといけないので……イルさんの事、頼みましたよ?」

「分かりました。頑張って教えます!」

「それでは……イルさんも頑張ってくださいね?」

「ああ……ありがとう」

 こちらに笑みを返すとナズナは足早に退出していった。本当に忙しいのだろう。

「よし、んじゃ支度するか」

「まずはご飯ですかね。あ、このフルーツサンド貰っていいですか? 好きなんですよー」

「お前、結構切り替え早いよな……」

「?」

 さっきまで羞恥に悶えてたのに、今はもう笑いながら食事をぱくついている。何というか、腹の底が見えない奴だ……

 

 

 食事と着替えを終え、エニシダの案内の元、図書館へ着く。……何というか、蔵書量がすごい。うず高くそびえる本棚はまさしくファンタジー。

「すごいな……全部で何冊あるんだか」

「これでも少ない方ですよ? 城下町の大図書館に比べたら十分の一もあるかどうかですし」

「ほへー……」

「知徳の世界花のお膝元は伊達ではないんですよー」

 他愛無い会話をしつつ、受付へ向かう。受付では司書さんが作業しているようだ。

「あのー、ナズナさんからここへ行けって聞いて来たのですが」

「ああ、存じ上げております。イル様ですね。……本当にお若い……」

「……」

「これは失礼。部屋へご案内します。付いて来てください」

「よろしくお願いします」

 司書さんに案内されて通された部屋は図書館最奥の一室だった。事前に用意してくれたのだろう、机の上には大量の付箋が付けられた本が何十冊と置いてある。他にはメモ用の紙と鉛筆。それで全部だった。準備はしておいたので頑張って勉強してくださいね、っていう環境だ。

「うへぇ、これ全部か……」

 大量の書物を前に辟易する俺。そこに司書さんが注意事項を話してくれる。

「勉強するにあたって少し注意事項があります。まず本の持ち出し、飲食の禁止。他の利用者への迷惑行為全般の禁止。そして退出する際は職員へ一言お願いします」

「はい」

「それと利用時間は午後の六時までとさせていただきます。これも大丈夫ですね?」

「ええ、全く問題ないです」

「それでは、お勉強頑張ってください」

 司書さんはそう言い残すと帰っていった。残されたのは俺達と大量の勉強グッズ。

「さて、どこから手を付けたもんか……」

「まずはジャンル分けしませんか? これだと何が何やら……」

 という訳で、手分けして本の整理を始める。表紙から察するに、この世界について書かれた本と魔力の基礎的知識について書かれた本が半々だった。

「ふーむ、なるほど? 今日は仕事についての本は無いんだな」

「まあ、イルさんはこっちに来たばっかりですし、順当ではないかと」

 取り敢えずはと世界についての本を一つ手に取り、ぱらぱらとめくってみる。なるほど、見た事も無い土地や街のオンパレードだ。

「これ全部を読み込むのは流石に無理だな……付箋があるって事はそこを見ておけば何とかなるんだろうけど」

「あの、提案なのですが……本の要点を書き写すのはどうでしょう? 本の持ち出しは出来ませんが、メモなら大丈夫でしょうし。後で読み返せるのなら今覚える必要もありません」

「おお、冴えてるな」

「えへへー」

 という訳で、これまた手分けして書き写していく。世界については俺が、魔力に関してはエニシダにお願いした。

「……にしてもお前から教わるって話だったはずだが、どうしてこうなってるんだ?」

「知りませんよ……量が多過ぎるのがいけないんです」

「まあ、お前はいつも一緒にいるだろうし、教わるのなんていつでも出来るか……」

「何かしれっと恥ずかしい事言われた!?」

 また赤くなってるし……無視して書き写し始める。どれどれ、まずは世界地図でも見てみるか。

「ふーん、異世界ってのは分かっていたが、ここまで違うとは……」

 そこにあるのは今まで暮らしてきた世界とは全く異なる地図だった。

 

 とある一つの本曰く――

 七つの世界花を生命の源とし様々な花と人々が生きる豊かな世界。

 生命の源泉であり大地として生きる巨大な花――世界花に支えられた花の世界。

 

 ……それがこの世界の在り方とやららしい。正直言ってよく分からないです。

 それでも頑張って付箋のある所を読み進めてみるが、いまいち頭に入って来ない。昔から地理はダメだったな……

「むー、こういうのって苦手なんだよな」

「イルさんイルさん」

「おう、なんだねエニシダさん」

「何ですかその返しは……そういう時は各地の特色だけ書き写せばいいんですよ。場所や地形なんて後で地図見ればいいだけですし」

「お前って実は要領良いだろ……」

「そんなことないですよー。私なんてお婆ちゃんに比べたらミジンコ以下ですし……」

「お前の婆ちゃん何者だよ……」

 ハイスペックお婆ちゃんは気になるが、言われるがままに各国の特色を列挙し、書き連ねていく。

 

 ブロッサムヒル:大陸北東部。温暖な気候。学校や闘技場など花騎士に関する技術が充実。田園果樹園を有し、織物産業や酪農が盛ん。それらを扱った交易も盛ん。

 リリィウッド:大陸中央部。森林の生い茂った地形。きのこや果実等が主産物。大陸中央部なので交易の要所か?

 バナナオーシャン:大陸南部。熱帯気候。三方が海に面しているため漁業、観光業が盛ん。造船技術や熱気球、飛行船といった空の移動手段を有する。

 ベルガモットバレー:大陸西部。峻厳な高地が国土。水力、風力を利用した装置を有する。秋には特産品の果実がある模様。

 ウィンターローズ:大陸北部。寒冷気候。クリスタルを使った工芸品が特産。

 ロータスレイク:大陸南東部。鎖国中。詳細不明。

 コダイバナ:大陸南西部。害虫によって枯れた土地。害虫発生の原因?

 

「うむ、我ながら良く纏められた」

 細かい地名などは今後覚えていけばいいだろう。ピンとこないままいきなり詰め込んでも混乱するだけだし。現時点では大まかな場所さえわかればいいのだ。

 ……それにしてもやっぱりあれだな。昨日、部屋を見た時にも感じたが、中々に文明レベルが高い。熱気球や飛行船まで存在しているとは……城の敷地から一歩も出ていないから分からないが、外には近代的な街並みが広がっていたりするのかもしれない。

「イルさん……」

 思考を中断して振り返ると、何故だろう、エニシダから憐みの視線を向けられている。

「纏めるの、へたっぴですね……最低限の所は押さえられていますけど、これはあまりにも……」

「う、うるさいな! 何となく分かるから良いんだよ!」

 要は自分が分かればいいのだ。実用性を重視しただけだし、これで問題ない……はず。多分。

「それよりそっちはどうなんだ?」

 自分の分が終わり手持無沙汰になったので、エニシダのメモを覗いてみる。

「うわ、何かすごい事になってる……」

 そこには魔力についての概要から基礎、発展までみっちりと書き込まれていた。みっちりし過ぎててちょっと怖い。

「しかも理路整然としてて読み易いし……内容は理解できないけど……」

「そりゃ魔女ですのでー。これくらい当然ですよ?」

「そういえばお前魔女だったな。すっかり忘れてた」

「魔女じゃなかったら何だと思ってたんですか!?」

「ただの残念なピンク」

「うううっ、イルさんの扱いが酷い……」

 ともかくメモは作る事が出来た。部屋の時計を見ると時刻は正午のようだ。……って正午?

「うお、こんなに早く終わるとは思わなかったぞ……」

「ものすごい端折りましたからね……九割くらいぶん投げてますよ?」

「だって知っててもしょうがない事ばっかりだったし……」

「はいはい、また余裕が出来たら覚えに来ましょうねー」

 丁度お腹も空いたし、食事に行くことにしよう。

 どうやらエニシダ曰く食堂があるらしいので、職員さんに一言告げて図書館を退出。移動しながらつらつらと話し合う。

「いやー、お前がいたおかげで今日は楽出来たなー」

「というか、殆ど私がやっちゃったんですが……」

「あのメモを見れば俺でも魔法とか使えるようになるのかね?」

「どうでしょうね。イルさんの適正次第ってところじゃないでしょうか?」

「そうかー。どうなんだろうなー」

「使いやすいのがあるといいですねー」

 などど、会話しながら廊下を歩いていると、

「あら、お二人とも。ご飯ですか?」

 ナズナとばったり出会った。書類を抱えていていかにも忙しそうである。

「あーはい。一段落着いたのでご飯ですね」

「ふむふむ、ちなみにどこまで進みましたか?」

「えーと……全部?」

「は!? あの量全部ですか!?」

「はいこれ」

 何だか信じてくれてなさそうなので、先ほど作ったものを手渡す。

「要点だけ纏めたものだけど、これあればもういいかなって」

「むー、魔力については申し分ないですね……完璧です。ですがこの、世界について纏めたのはもうちょっと何とかならなかったんですか……? なんていうか、分かるんですけど最低限過ぎて分からないというか……」

「あんたまでそんな事言うんだ!?」

「ですよね。イルさんが作ったんですけど、あまりに酷くて……」

「酷いとか言うなよ! すごい頑張ったのに!」

「はあ……まあいいです。午後はイルさんに魔力についてちゃんと教えてあげてくださいね、エニシダさん」

「分かってますー。もとよりそのつもりですので」

「…………」

 頑張ったのに評価されないって悲しいな……ちょっと凹むぞ。

 その後ナズナと別れて一路、食堂へ。ごった返す人に難儀しながらも食事を済ませ、とんぼ返りで図書館に戻ってくる。これからが後半戦だ。

「えー、それでは紆余曲折ありましたが、予定通りイルさんに授業をつけたいと思います」

「よろしくお願いします。エニシダ先生」

「何か態度が変わり過ぎてませんか!?」

「勉強では歯が立ちそうもないので、殊勝な態度で臨みたいと思います」

「どうしよう。すごいやりづらい……」

「いつも通り、分かりやすい説明でお願いします」

「いつも通りってのがそもそも……会ってまだ二日目ですし……」

「はあ、じゃあ何でもいいので早くお願いします」

「何かもう態度が雑になってません!?」

「気のせいですよ。早くしやがって下さい」

「……分かりましたよー。いいですか、魔力って言うのはそもそも――」

 エニシダ先生曰く、魔力というものは、この世界に揺蕩うエネルギーの一種らしい。出所は曖昧なものの、世界花や古代からあるアーティファクト、はては害虫の巣などから魔力が出ることだけは確認されている。魔力は遍く場所に存在し、この世界の技術開発や文化発展の根幹を担う。また、ほぼ全ての生物が先天的に魔力を扱うことができ、この世界の生物にとっては無くてはならないものである。

 ここまで聞いて思う。

「魔力ってすごいんだなー。うちの世界だと電力とかがメインなんだが、それの完全に上位互換だよね」

 汲めども尽きせぬ無尽のエネルギーとか、正直言って反則だと思う。

「イルさんのいた世界は電気で発展してきたんですか?」

「ああ。電力と火力と、あと原子力とかかな」

「げんしりょく……?」

「おっと、どうでもいいことだから気にしないでくれ。あんな危険なもの……」

「危険なんです?」

「雑に扱うと世界がヤバイ」

「おおーぅ……?」

 俺の言葉で神妙な面持ちになるエニシダ。あれは信じてないな。まあ信じてくれないほうが良いが。与太話として終わった方がこの世界の為だろう。

「おほん、それはともかく次は魔力の使い方です。魔法の話ですね」

 魔法とは、その身に宿した魔力を術式によって出力・展開する、一種の奇跡のようなものだそうな。身に宿した魔力の質と量に応じて使える術式の数は増えていくが、魔力量を増やすことで暴走する危険性も増えていくため、己の力量に応じた魔力をキープするのがこの世界では常識なようだ。

 ちなみに、魔力が暴走しないよう動物の耳や尻尾を生やすことでセーフティ装置として運用している人間もこの世界には居るらしい。……油断するともっふもふになったりするんだろうか。

「ふーむ、魔法を使うには術式ってのが必要なのか……術式って難しい?」

「難しいかは人それぞれですねー。適正ってものがあるので。でも、火熾し程度なら誰でも使えるから……イルさんやってみます?」

 そう言って手渡されたのは術式の一文。こうなることを予想してたのか。手回しが良いな。

「指を立てて唱えてみてください」

「えーなになに、『火精よ ここに集え』」

 すると――何も起きない。

「あれ、何も起きないじゃん」

「むー、何ででしょう? 魔力が無い訳でもないですし。……私は簡単にできるんですが」

 そう言うと詠唱無しで指に火を灯すエニシダ。ちょっとだけカッコいい。

「まあ使えなくても俺は困らないからいいや。必要になったらお前に頼むし」

「またドライな事言ってるし……」

「という訳で、魔法の授業もおしまいって事で……」

「だーめーでーすー。イルさんが団長になった時、魔力特化の花騎士を部下にすることになったらどうするんですか。何も知らないと鼻で笑われますよ?」

「ぐぬぬ……」

「それに害虫も魔法は使ってきますし、絶対に覚えておかないといけませんからね?」

「害虫も使ってくるのか……それだったら害虫について勉強した方がいいんじゃないか?」

「なんでそうなるんです!?」

「いやだって……使えないものを勉強してもしょうがないし……それだったら、敵の事を知った方がはるかにマシかなって」

「……鼻で笑われるのはいいんですか?」

「それくらいは覚悟の上だ。何事にも犠牲や代償というものは付いて回る」

「そんな覚悟はいりませんから! いいから、魔法について教えますよ! 害虫については明日やります!」

「うぇー……」

 そのままエニシダは魔法の説明をし始めてしまう。説得失敗か。結構いい切り返しだったと思うんだけどな……

 結局その後、刻限の六時になるまでエニシダの講義は続いた。教え方は驚いたことに非常に丁寧だったが、どうにもこうにも興味が持てない内容だったので、俺は存分に苦しむことになった――

 

 

「うあー……結局最後まで残っちゃった……」

「イルさんはだらしなさすぎです。途中何度も寝そうになってたし……」

 図書館を後にし自分の部屋に戻ったが、何故か今日もエニシダは付いて来た。今日も何か用があるのかね、こいつは。

「興味無い内容の勉強とか苦痛でしかないだろ」

「そんなのでよく今まで生きて来れましたね……」

「今まで興味無い所は必要最小限だけやってきたからな」

「……ちなみに興味ある事ってなんです?」

「ん―……食べる事と寝る事? あとは何か楽しい事があれば」

「…………」

 ものすごく呆れられてしまった。人間の本質を突いた回答だと思うのだが……

「初めてイルさんが誕生花の相手で後悔しました……まさかこんなずぼらだったなんて……」

「ずぼらじゃないぞ、やりたくない事はやらないだけだ」

「……はあ、もういいです」

「……んで、何で今日も俺の部屋に来てるんだ? またナズナに怒られるぞ?」

 きょとんとするエニシダ。そこではたと気付いたようだ。

「あ、あはは……何となく付いて来ちゃってました……」

「おいおい大丈夫か。教え過ぎで疲れたか?」

「いえ、大丈夫です。……でも、イルさんと一緒にいると不思議と落ち着くんですよね。お話してると楽しいからかな? 自分の事で不安になることも無いし」

「……お前でも不安になる事なんてあるんだ?」

「そりゃありますよー。いっつもお婆ちゃんと比べられて大変なんですからね」

「ああ、例のハイスペック婆ちゃんか……何やってる人なの?」

「世間では伝説の魔女とか呼ばれてますねー」

「伝説か、伝説と来たかー……」

 ハイスペックどころか伝説になってた。そりゃ重圧もすごかろう。

「はい。それの孫ってだけで周りから期待されちゃって参っちゃいますよ……私も努力はしてるんですけど、全く追い付ける気がしないし……はあ、言ってて死にたくなってきた……」

「死ぬな死ぬな、俺が困る。……でもさ」

 当然の事実をこいつは見落としているようだ。人生の先輩としてアドバイスをしてやろう。

「お前はお前だろ。婆ちゃんじゃない」

「……!」

「お前に何ができるのかとか、全く分からないけど。やれる事や、やりたい事をすればいいんじゃないか? 世間体を気にして、自分のやりたい事をやらないと後で後悔するぞ?」

「……そうですね。そうですよね……分かってはいるんですけど……」

「ああもう、面倒臭いな……んじゃ、今やりたい事とか無いのか? 欲しい物でもいい」

「ええと……何でもいいんですか?」

「何でもい……あ、俺はダメだぞ」

「ちぇー」

「冗談で言ったのに合ってただと!?」

「あははっ……ありがとうございます、イルさん。何だかちょっと気が抜けました。やりたい事、探してみますね」

「ああ、そうしろそうしろ。誰かの背中ばっかり追っかけてると、それが無くなった時大変だからな……」

「妙に実感篭ってますね」

「生きてると色々あるんだよ」

「……その見た目で言っても説得力ないですよ?」

「うるさいよ! 好きでこうなったんじゃないからな!?」

「あはははっ」

 若返ったのはまあ割と嬉しくはあるが、いまいちこういう場面で決まらないのが悲しい……

「ってもう夜も遅いし、私はここで。おやすみなさい、イルさん。また明日」

「ああ、明日もよろしくな」

 エニシダを扉の外まで見送る。何やらスッキリしたようで一安心である。人間、良い事をすると気持ちが良くなるものだ。

 部屋に戻り改めて室内を見ると、テーブルの上に食事が置かれている事に気付いた。帰る前に置かれていたのであろう。布巾が被せられていて中身は分からない。

「最初に気付けないとか、今日も疲れてるなー、俺……」

 独り言を言いつつ布巾を取り払う。そこには予想外のものが鎮座していた。

「和食……だと……!?」

 お椀に盛られた白米、そして味噌汁。極め付けには漬物と焼き魚(種類不明)。ド直球の和食である。まさか異世界に来て食べられようとは……そういえばさっきの地理でブロッサムヒルには田園地帯があったっけか。っと、そんな事より早く食べなければ。勉強漬けでこちとら腹ペコなのだ。

「いただきます!」

 急かされるように食事にありつく。美味い。この一言に尽きる。和食イズビューティフォー。

「ごちそうさまでした……ふぅ」

 あっという間に平らげてしまった。にしてもこの世界なんでもあるなぁ。

 案外食事を通して、この世界も捨てたもんじゃないぜ、って事をアピールしてるのかもしれない。誰が作ってくれたのかさっぱり分からないが、中々に策士じゃないか。相手を落とす時は胃袋から、ってのは良く聞く話だしな。

 とりとめのない事を考えながら、しばらくぼーっと部屋を見渡して過ごす。

 と、部屋の隅に戸棚がある事に気付く。何だあれ。

 昨日はいっぱいいっぱいで気付けなかったか……?

「おおお、これは……!」

 気になったので開けてみると、これまた予想外の物が出て来た。ワインである。

「酒……っ! 酒だ……っ!」

 思わぬ発見に小躍りしそうになる。こう見えて寝酒が趣味だったのだ。今はどう見ても少年だが。まあ、中身は成人してるし飲んでも問題なかろう。

「よし、そうと決まれば……」

 速攻で他の事を終わらせなければならない。

 入浴はシャワーで済ませ、新しい服へ着替える。勉強の復習は……まあ今日はやらなくてもいいよね? 他にはっと……あら、意外とやる事なんて無いもんだな……だがこれは嬉しい誤算だ。

 用事を済ませ、テーブルに着席。同じく御棚にしまってあったグラスへワインをなみなみと注ぐ。

 よし、準備完了。

「乾杯―!」

 奇妙な発見に圧倒的感謝をしながら、ごくごくと一気に飲み干す。これこれ、生きてるってこういう事だよ。

「っぷはぁ!」

 間髪入れず二杯目を注ぐ。これは時間をかけてちみちみと飲もう。

 飲んでいる間、暇潰しにでもと昼間に作ったメモも読んでみるが、当然ながらあまり頭に入って来ない。飲み干す。ああいけない、ゆっくり飲むはずがすぐに空になってしまった……

「この魔法ってのがなー……最初は結構分かりやすいと思ったんだけどなー……」

 愚痴りながら三杯目を注ぐ。我ながらハイペースである。ここで吹っ切れて加減など知らないとばかりにぐいぐいと呷っていく。つまみが無いと酒ばっかり飲んでよくないね。

「エニシダもなー……もうちょっとこう、手加減してくれてもいいのにねー……なー?」

 エア友に話しかけてしまった。これはちょっと不味い。最後の力を振り絞って残ったワインを一気に飲み干し、そのまま机に突っ伏してしまう。

「…………すやぁ」

 突っ伏すと程なくして意識が軽やかに飛んでいった。眠る前に面倒な事を考えなくて済むってのは素晴らしいが、せめてベッドで寝ような俺。でもまあ、今日だけはストレスが溜まっていたという事で……

 

 




きっと彼は説明書を読まずに、突っ込んで死ぬタイプの人間ですね。死んで覚える。
……まあ死んだら終わりなんですが。

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