それは此処ではない何処か   作:おるす

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ここまでで一区切り。想像以上に文字数が増えていてびっくらこいてます。


「部隊創設:祝杯」

 場所は移り、ここはいつぞやの食堂。ブロッサムヒル市民のみぞ知る穴場スポット。

 相変わらず洒落た内装に流れるクラシック。ぱたぱたと忙しなく店内を歩き回る給仕さんに、厨房からは何かを焼く小気味良い音が聞こえてくる。

 お昼時から少し遅れたこともあってか、店内に客はまばらである。だがそれでも、談笑や時々笑い声が聞こえる事から、決して閑散としてはいない事が知れた。

 立ち話もなんだという事で、俺達は仕事終わりの食事も兼ねてここへ訪れている。

 そこで一通り注文を済ませた後、キルタンサスさんへ俺の現状を説明したのだが……

「はあ。なるほど……素性不明で住民票も無い人間は団長なんて要職に就けないわよね」

 テーブルに乗せた手を組みながら、キルタンサスさんは呆れたように呟いた。

 そうなのだ。俺には市民権が無かったのである。

 異邦人である。流浪の民である。何という事だ。

 呼び出されておいて人権が無いとか、あまりにも酷い話だと思う。

「そう。そこなんだよ。ナズナさんそこがすっぽり抜けたまんま、とにかく代替戦力があればなんとかなる! って思ってたみたい……んで、いざ登録しようって時に気付いたらしく……」

「他は敏腕なのに、肝心な所で抜けてるわね……しかも誰も指摘しなかったなんて……」

「本当になー。ワンマンだとそう言う所が困るよな……」

 そこで俺の隣で気まずそうに指を揉むピンクに話を振ってみた。

「……なあ、エニシダ?」

「そ、ソウデスネ……コマリマスヨネ……」

 顔を逸らしながら片言で返してくれるピンク。……今まで敢えて聞かないでおいたが、やはり知っていたか。

「何で誰も指摘しなかったんだろうなー?」

「ホントウデスヨネ……ナンデデショウネ……」

「誰かが止めていたらこんな事になってなかったのになー? 訓練場とかぐちゃぐちゃになって大変だったしなー?」

「ソウデスヨネ……タイヘンデシタヨネ……」

 ……俺の追及がいちいち突き刺さるのか、冷や汗がすごい事になっている。

 だがそこへテーブルの対面から助け舟が出される。アネモネだ。

「ほら、あんまりエニシダさんをいじめない。どうせ押せ押せで頼み込まれて口を挟む暇も無かったんでしょ? そうだよね?」

「うぅ……仰る通りです……」

「……それに結果論だけど、こうやって私達が集まれたのもエニシダさんのおかげだし、悪くは無いんじゃないかな」

「……まあそれもそうだな。俺も何だかんだで助かったし……」

「助かったって……何にです?」

「いや、何でもない」

「……??」

 不思議そうに俺を見てくるエニシダから目を逸らす。

 ……もし、呼び出されずに向こうに居たままだったら、今頃俺はどうなっていただろうか。

 多分どうもなっていないだろうけど……生きたまま死んでいる生活が続いていただろう。

 そう考えるとこいつに色々振り回されたこの数日は充実していたな……

「お待たせしましたー!」

 ……そうこう思いを馳せていると、頼んでいた料理が運ばれてきた。

「激辛麻婆丼とラザニアとミートパイとカルボナーラと、ヨークシャー・プディングのローストビーフ添えです!」

「ほいほい」

 流石に五人前ともなると結構な量だ。みるみるテーブルが埋まっていく。

「ご注文は以上でお揃いでしょうか?」

「はい。大丈夫っす」

「ではごゆるりと~」

 パタパタと去っていく給仕のお姉さん。相変わらず忙しそうである。

「さてと、話は一旦置いておいてご飯にするか」

「……あんた、結構アレよね……切り替え早いわよね……」

「こないだも言っただろ。俺は美味しいご飯が好きなのだ」

 呆れるキルタンサスさんもそこそこに、麻婆丼を引き寄せて即座に一口。うむ、美味い。

「うめ……うめ……」

「しかももう食べ始めてるし……というか、それ尋常じゃない色してるけど、大丈夫なの……?」

「イルさんは毎日こうなので、すぐ慣れますよ! 私もミートパイ頂きますねー」

「いや、すごい、あ、これ目が痛いんだけど!? ちょっと、匂いに乗って刺激がっ!」

「サクサク~っと! ああ、やっぱりここのナイフは切れ味が良いですね! 感激です!」

「サンゴバナさん、パイを寸刻みにするのはどうかと思う……」

「……そう言うアネモネさんも一口が大分大きいですよね。もっと味わって食べた方が……」

「う……ごめん。いつも急いで食べてたから……前に居た前線だと時間が無くって……」

「あ、いえ、別に謝らなくても……人それぞれですし……」

「んぐんご……エニシダ。手元見ろ手元。グレイビーで池が出来てるぞ」

「へ? ……わわっ、プディングがふにゃふにゃに……!」

「げほっ! ごほっ! ちょ、ちょっと誰か席代わってくれない!? カルボナーラを早く食べたいんだけど……! ここに居るとむせてダメだわ……!」

「わ、私は代わりませんよ! パイを刻むのに忙しいので!」

「いや、普通にイルに端っこに移動して貰えばいいだけでしょ。ほら、イル。がっついてないでちょっと立って……」

「もごもご……ふぅ、店員さん! おかわり!」

「「「早っ!?」」」

 かくして想像以上に姦しい、俺達の食卓の火蓋は切って落とされたのだった。

 ……まあ俺は美味しく食べていただけなんだけど。

 

 ――十数分後。

「……とまあ、そういう訳でだ」

「いや、どーいう訳よ。あんた麻婆食べてただけでしょうが」

「うるさい。麻婆に罪は無い!」

「何でキレるのよ!?」

「いや、何となく。それにキレてないからな?」

「……あんたといると退屈しないわね……」

「ふっ。褒めても何も出ないぞ?」

「褒めてねーわよ……」

 結局あの後、全員がお腹いっぱいになるまで食べたので、目の前には食器の山がずらりと並んでいる。そんな中でゆったりと茶をしばきながらくつろいでいるのだが……

「うふふー♪ ミルフィーユをサクサクーっと……」

「やっぱりご飯も良いですけど、デザートが本番ですよねー。パフェパフェっと」

 ……何かまだ食ってる奴もいるな。あれは放っておこう。

「……とまあ、そういう訳でだ」

「何事も無かったかのように仕切り直した!? ……おほん、まあいいわ。話が進まないものね」

「俺達の現状について改めて伝えておこうと思う。……アネモネ、任せた」

「ん……? え、私? まあいいけど」

 のほほんと渋いお茶を啜っていたアネモネへ一任する。多分俺より説明上手いだろうし……

「今の私達は、イルを部隊長としてフォス街道の巡回任務にあたってる。イルは初めてだから、色々覚えないといけないし……」

「その辺は駆け出しとおんなじか……って、あんた住民票無いのに部隊長にはなれたんだ?」

「ん? ああ、隊長って実力があれば何とかなるらしいし……ノリで……」

「ノリでって……えらく適当ね……まあ、それならあんたでも問題ないわね。……それで今はどれくらいこなせるようになったの?」

「イルはもう実戦では言う事無いくらい。見つけた敵は全部倒してるし、集団討伐対象に出会っても落ち着いて救援を呼んだり出来るし」

 アネモネから見た俺の客観的情報を聞き、呆れた風に溜息を吐くキルタンサスさん。

「なるほど。あんた戦闘だけは馬鹿みたいに得意だものね」

「馬鹿みたいとか言うなよ……それに俺そんなすごくないぞ……」

 前の訓練の時も言っていたが、どうもこの人は俺を過剰評価し過ぎている気がする。つい先日まで一般ピーポーだった俺はそんな大層な人間ではないのに。

「いや、実際イルの戦い方は理にかなってるから、自信を持っていいと思うよ? そこはキルタンサスさんも認めてるところだし」

「そ、そうか?」

「うん。攻め時と引き際がちゃんと分かってるから、安心して指示に従えるんだよね」

「ま、まあ、私はこないだの訓練で感じた事を言っただけだし? 指示どうこうはこれから見て判断させてもらうわ」

「…………」

 二人ともなんだかんだで褒めてくれているが……何だか居心地が悪いな……

「はふぅ……あ、褒められてイルさんが照れてます」

「んなっ、ちょっとエニシダ!?」

 そこへ追撃をするかのように、パフェを平らげたエニシダが茶々を入れてきた。

「え、これって照れてる顔なの……?」

「表情が薄いから分かり辛いわね……」

「イルさんはちょーっと無愛想ですが、顔にすぐ出るのですごく分かりやすいんですよ?」

「ふーん? エニシダさんはスゴイですねー。私にはまださっぱりですよ……サクサク」

「無愛想で悪かったな! あとサンゴさんはいつまでサクサクしてる!?」

 ちょっと照れただけでここまで言われるとは……人が増えると中々大変だ。主にツッコミが。

「おほん。まあそれはそれとして」

「あ、逃げた」

「うるさい! いいから次行くぞ次!」

 机をバシバシと叩いてこれ以上の妨害を阻止する。

 ……あ、やべ。給仕の人にすっごい睨まれたぞ。ぺこりと謝っておいた。

「……という事で、我々四人は俺を隊長として、経験を積むためにフォス街道の巡回任務に従事していたのであった。ここまでは現状の説明。おーけー?」

「特に問題ないわね。あんたの実力は嫌と言うほど叩き込まれたし、ちゃんと仕事としてお返ししてあげるわ」

 おお、なんと頼もしい……流石出来る御仁は言う事が違う。

「それじゃあ、明日からは一緒によろしくな」

「ええ、こちらこそ。お互いに良い仕事をしましょう」

 二人して頷き合い、がっしりと握手を交わす。やっぱりちゃんと信頼関係を作るのは大事だな。……手段こそ乱暴だったが、結果的に仲良くなれたから良しとしよう。うむ。

「っと、そういえばこれでやっと全員揃ったんだったな」

「ん、そうみたいだね。今は巡回任務しかしないから、一部隊で十分だろうし」

「それじゃ丁度良い機会だし、あれやっておくか……すみませーん!」

 手を上げて給仕さんを呼ぶ。

「はいはい。なんでしょ麻婆君」

 ……程なくして来てくれたが、若干怒り気味だ。さっきのをまだ引きずっているのだろうか。あと麻婆君言うな。

「……マスターに頼んでおいた例のブツ、持って来れますか?」

「……あー、あれですか。今日丁度仕入れた所ですよ」

「おー、ナイスタイミング。ではよろしくお願いします」

「はーい」

 俺のオーダーに了承すると、給仕さんはひらひらと手を振りながら厨房へと引っ込んでいった。

「あの、イルさん。何か頼んでたんですか?」

「ん、ちょっとな。それと、あれとは別にみんなに紹介しなきゃいけない奴がいるんだが……」

「……もしかして……いや、そんなはずは……」

 俺の言葉に戸惑いを隠せない様子のアネモネ。無理もないか、聞くところによれば色々とやらかしたみたいだし……

 ……それと同時に何か拒絶するような、そんな意思を己の半身から感じ取った。

 いや、遅かれ早かれ言わなきゃいけないんだから、ここでゴネられても困るんだがな……

「……まあ、アネモネは予想出来ているとは思うが、ちょっと今代わるから……」

「え、あ、はい……?」

 小首を傾げるサンゴさんやキルタンサスさんを視界に収めながら、目を閉じて意識を集中。

 ……世界を、反転させた。

 

(…………)

 ぐるりと回る世界。影から光へ。陰から陽へ。

 相克する螺旋の如く、世界を巡らせる。

 

「…………」

 突如表舞台へと引きずり出された少女は、恐る恐る目を開けると、

「……あ……」

 蒼銀の瞳を対面の青髪の少女へと向けて、恥ずかしそうにはにかんだ。

「えっと、その、ですね……」

「…………」

 青髪の少女は信じられないものを見たと言わんばかりに目を見開いている。

 ……まあ、あんな別れ方をしたらもう会えないと思っていても仕方ないよね。

(おーおー、がんばれー。ちゃんと説明しろよー)

 何か意識の裏側では無責任な声援が飛んでるし。

 もうちょっと説明してから代わってくれれば、こんな苦労しなくても済んだ気が……

(いや、お前に任せた方が面倒じゃないし。というか、自分の現状くらい自分で説明しろし)

 はいはいわかりましたよー。まったくもう……

「……ええと、あなたイルよね? 何か急に雰囲気が変わったけど……」

 そんな風に内からの声にげんなりとしていると、おずおずと声が掛けられた。確かこの人は……

「……いいえ。違いますよ、キルタンサスさん。私はイルさんではありません」

「えっ……って、よく見たら目が……?」

 戸惑う相手を見てようやく決心がついた。もうウジウジしても仕方ないよね……

「……あまり説明が得意ではないので、単刀直入に言います。私はシダレヤナギ。イルさんと体を共有する、魂だけの存在だった者です」

「ちょ、ちょっと待って下さい。理解が追い付かな――」

「イルさんの力の源泉となっていたのは私。戦闘のコツをこっそり教えていたのも私。陰日向から色々と支えていたのも全部私です!」

 思い付くままに言葉を叩き付けた。なんだ。吐き出してしまえばどうってことも無い。

「あっ、やっぱりそうだったんですね……」

(おーい。それちょっと初耳なんだけどー! 確かに自分にしては要領が良すぎるなとは思ってたけどさ……)

「…………」

(おいおーい。無視ですかー!?)

 裏からの声を黙殺し、部隊の面々を見渡す。

 キルタンサスさんは何だか考えあぐねているようで、落ち着かない様子でこちらを見ていた。

 サンゴバナさんは理解出来ていないのか、頭上に疑問符を大量に浮かべながらミルフィーユを細切れにしている。何か切ると落ち着く性格なのだろうか……中々サイコな御方だ。

 エニシダさんはもう既にこちらの事情は理解はしていたが、戦闘面での事に納得がいったらしく、ふむふむと一人頷いていた。

 そして肝心のあの人はというと……

「……ねえ、シダレヤナギ」

「え、あっはい」

「……おかえりなさい。待ってたよ」

 私を見つめてにこりと微笑んでくれた。

「……はい。ただいま。アネモネ」

(うわ、何この雰囲気、めっちゃ仲良し……!? 俺より仲良くなってない!? なになに、何があったの!?)

「さっきから五月蠅いですよっ!」

「う……その、ごめん……」

「ああ!? 今のはアネモネに言ったのではなく……! 謝らないでください!」

 しまった。衝動的に裏からの声にツッコミを入れてしまった……

 でも怒られてシュンとしたアネモネも可愛いなぁ……って、いけないいけない。私にはそう言う趣味は無いのだ。

 三者三様――いやこの場合は五者五様とでも言うべきか――の反応を示す纏まりのない私達。

 するとそこへ――

「はいはいー。お待たせしましたー」

 ……先程イルさんから何らかのオーダーを受けた給仕さんが戻ってきた。

 手に持ったトレーにはグラスが五つ。そしてその隣には氷張りの桶に入ったボトルが入っている。

 それまで物思いに耽っていた面々も運ばれて来た物に興味津々なようで、視線は給仕さんへと集中している。

「ええと、何でしょうそれ……?」

「……? 麻婆君が頼んだんでしょうが? 早速開けちゃうけどいい? それとも自分で開ける?」

「あ、いえ、お願いします」

 ……何を頼んだのか全く分からないが、任せておいたほうが良さそうだ。

「んじゃ、ちょっとお時間を……」

 トレーをおもむろにテーブルへと置いた給仕さんは氷の中からボトルを取り出すと、何処から取り出したのか、コルク抜きを刺してぐりぐりと捻り始めた。

「んー……こういうの久しぶりだなぁ。いつもは栓抜きばっかりだから新鮮……」

「は、はぁ……」

 捻りながらそんな事をのたまう給仕さんに気の抜けた相槌を打つ。……我ながらあまりにも気の利かない事だ。でも、こういうの慣れてないし、仕方ないよね。

「そろそろいいかな。……よっとぉ!」

 そんな風に自己弁護を心中でする私を余所に、給仕さんが掛け声をあげる。すると――

 シュポン!

「きゃっ……!?」

 空気の抜けるような一際大きい音が響く。あまりの大きさにビックリして声が出てしまった……

「……?」

 恐る恐る給仕さんの方へ視線を戻す。……ボトルからシュワシュワと何かが溢れて来ている。何だろうあれ……

「シャンパン、かな?」

 まじまじと見る私への説明だろうか、アネモネがそんな事を呟いてくれた。

「いえ、シャンパンではないですよ。未成年いますからねー。……これはシャンメリー、昔はソフトシャンパンとか言いましたかね」

「へー」

 給仕さんの説明に間の抜けた声が漏れる。あんなもの、生きていた頃は見た事も聞いた事も無いなぁ……やっぱり都会って何でもあるんだな……それにしてもこんなものを用意して、イルさんは何がしたいのだろう?

(ほら、ボーっとしてないでグラス回せ。グラス)

「え、あ、うん」

 声に促されるままに全員へとシャンメリーの注がれたグラスを回す。……五人だからすぐに行き渡った。

「……ねえ、この後どうするの?」

(どうって……お前知らないのか?)

 知る訳無いでしょうに……何しろさっき叩き起こされたばかりなのだから。

(しょうがないな……ヒントを教えてやろう。これはお祝いの時に景気付けに飲む物なんだ。……今俺達がお祝いするものは何だ?)

 お祝い事? 何か喜ばしい事なんてあったっけ……うーんと……

「……あっ」

 ……ようやくある事に気付いた。そして、私は同じテーブルの面々を見渡す。

「…………」

 そこでは皆一様に待ちきれないと言わんばかりに、グラスを持ったまま待機しているではないか。

 何か可笑しいのか、笑顔を張り付けながらじっと私を見ながら待ち続けている。

 きっと、私の言葉を待ってくれているのだ――

「……あっと、その……」

 ……はっきり言って、こういうのは苦手だ。今まで目立つ位置で音頭を取って何かをやった事なんて一度も無い。人前に出るのすら恥ずかしい。誰かと目線が合うだけで緊張したし。

 というか、こういう事はイルさんがやった方が良いのではないだろうか――

「……ええっと」

 ……けれど。けれど、だ。

 今回は前向きに生きると決めたのだ。

 決めてしまったのだから、こういう楽しい行事も頑張ってこなさなくては。

 恥ずかしくても、失敗しても、それでも後ろを向かずに、笑って遊んで生きていく――

(――――)

「……それでは、部隊創設を祝して、代理の身ではありますが、乾杯の音頭を取らせて頂きたいと思います」

 椅子から立ち上がり、裏側から言われた事を一語一句真似して言葉に出していく。

 ……彼なりの助け舟なのだろうけど、私に言わせる必要は何処に在るんだろうか。

(いや、お前も色々経験しないと、人生つまらないだろ? 俺が起こさないとお前起きようともしないし……)

 それは、まあ、そうなのかもしれないけど……それに起きようともしないのではなく、遠慮しているのだと……

(はいはい。何でもいいから続きはちゃんとやれよ)

「ねえ、続きは……?」

 じれったそうに催促する声が何処からか聞こえた。ああ、いけないいけない。

「あ、ごめんなさい。……では、こうして巡り会えた幸運と、共に歩んでいく同胞への最大限の敬意を込めて……」

「……ああ、それとこれからの仕事の成功祈願もしておきましょうか」

「へ……?」

 乾杯と続けようとしたところで、キルタンサスさんがそんな茶々を入れてきた。

「……シダレヤナギが戻って来た事も祝っておこうよ」

「あ、それも入れましょう。というか、戻って来たっての初耳なんだけど? この子、死にかけてたとか?」

「まあ、うん。色々あって……」

 アネモネもそんなやり取りをしながら、何だかんだでお祝い事の追加をしてきた。

「それじゃあ、私も! 今日の切れ味が最高だったことを祝っておきましょう!」

「いやそれ何の関係も無いんじゃ……」

「日々の感謝は大事! これ、重要ですよ!」

 ……サンゴバナさんに至ってはよく分からない事を口走っている。この人は我が道を行き過ぎていてスゴイなー。

「あ、その、それじゃ私は……えーっと……」

「……エニシダさん、無理に出さなくても良いんですよ……?」

「あぅ……んー……特に思い付かない……あ、一つだけあった、かも……」

 エニシダさんは何か思い付いたのだろうか。しかし、もじもじと指を揉み始めてしまった。

「……エニシダさん?」

「えっと、わ、私は、イルさんと出会えたことを祝おうかなー……なんちゃって……」

「……惚気ですか?」

「……惚気だね」

「うわ、あんたらそういう関係だったの……? なんか妙に仲良いなーとは思ってたけど……」

「の、惚気……!? 違いますからね!? イルさんとはまだそういう関係じゃないですからね!?」

 顔を真っ赤にしたエニシダさんが必死に抗弁するも、あれでは火に油というものだ。

 あ、全員から生暖かい視線を受けて涙目になってる……何だか気の毒になってきたな。

 そしてそれに加えて、裏側からは何だか胸を掻き毟るような、声にならない声が聞こえてくるのだけど……まあ、こっちもそっとしておこう。

「えー……おほん。色々追加はありましたが、グラスを拝借」

 私の言葉で色めき立っていた全員がグラスを掲げる。そして――

 

「では、諸々の事を祝して――乾杯!」

「「「「かんぱーい!」」」」

 

 ……これはささやかな一歩への祝杯。

 そして、これからの人生への祝辞。

 私と、私に関わる全てへの、最大限の祝福。

 これまでと、これから。

 その全てに幸在らん事を、ここに願う。

 ああ、願わくば――

 

「あれ、シダレヤナギ。泣いてるの?」

「……いえ、泣いては……ううん、そうですね。嬉し泣きです……」

「ああほら、ハンカチありますから、どうぞ」

「嬉し泣きとか、中々乙女ねー。イルの体に入って無ければ抱き締めてあげたのになー」

「嬉しい時は嬉しいって、体が頑張っちゃうんですよね! 分かりますよー!」

 

 これからの旅路に、皆に価値ある人生を。

 此処に居る全員が幸福になって欲しい。

 いや、出来るのならば……私がしてみせよう。

 ――それが私の望みだ。

 




はい。これで団長育成~部隊創設編終了です。
今後どうするかは全くのノープランですが、気が向いたら短編でも放り投げてみようかなーと。ノープランですが。
練り込めたら今後の話も繋げていこうかとは思っています。

それでは一旦の区切りではありますが、ここまでお読み頂いて、本当にありがとうございました。

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