それは此処ではない何処か   作:おるす

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?日目「黒影ト魔女」

 それは此処ではない何処か、別の世界。そこにある白く染まった場所。

「…………」

 俺は一人佇み、誰かを待ち続けている。

 腕を組んで、苛立ちながらも、それでも辛抱強く待ち続けていた。

「…………」

 ……そうしてどれだけ待っただろうか。

「……あっ」

「やっと来たか……」

 ようやく待ち人が来たようだ。何処からともなく現れたソレは、俺から少し離れた場所で俺を確認するや、目を丸くしながら立ち尽くしている。

 ……時計も何も無いから実際どれくらい待ったのかは定かではないが、くたびれる程度には待ったのだ。言いたい事をこれでもかとぶつけなければ気が済まない。

 つかつかと歩き出し、待ち人へと近付いていく。

 ……そいつは長い黒髪に中性的な顔立ち、華奢な体躯をしていて……要するに俺だな。

 その俺が、俺の前で申し訳なさそうに指をもじもじさせていた。

 しおらしい自分を見るのは何だかものすごい違和感しかないが……まあいい。声を掛けよう。

「よう。あんたが俺の加護って奴なんだろう? 多分だけど」

「そう、です……」

「名前は?」

「シダレヤナギ……です……」

「そうか。俺の名前は……もう無くなったが、イルって呼ばれているな」

「し、知ってます……ず、ずっと見てましたから……」

「へえ、ずっと見てたのか……」

「ふぁ、ファン、です……」

「…………」

 ……いつの間にかファンが出来ていた。しかも身近ってレベルじゃない。

「……それにしても、何でそんなにウジウジしているんだ?」

「えっ……だって、体を勝手に使っちゃって、色々迷惑かけ――」

「……そんなことはどうでもいい。些細な事だ」

「へ……?」

「生きてりゃ多かれ少なかれ迷惑なんてかけるもんだ。いちいち気にしてたら胃に穴が開くぞ? 実際俺も開けかけたしな!」

「は、はい……」

「……ここは笑う所なんだが……まあいいか」

 言葉をぶった切って主張をぶつけたせいか、なおさら萎縮してしまったようだ。小粋なジョークを交えたから平気かと思ったんだが……ままならないものである。

 そんな風に居心地の悪さを感じつつも、言葉を探していると、

「あの、聞きたいんですけど……」

 今度はあちらが話しかけてきた。……渡りに船だ。即座に乗っかろう。

「何だ?」

「ここって何なんでしょう……? 私が体の主導権を取った時はこんなところ通らなかったんですけど……」

「知らん」

「えっ」

「気付いたら此処にいたんだが……まあ、難しく考えることも無いだろう」

「そういうもの、ですかね……」

「そういうもんだ……んで、だな。ちょっと話したい事があるんだが……」

 話の流れのままに、なあなあで主導権を再度握る。それにしてもこの子、なんか遠慮してるからすぐ話が取れるな……意外と話せる相手かもしれない。

「な、何でしょう……?」

「お前は……お前には、未練とかあるんだろう?」

「……無いと言ったら、嘘になります……」

 少女は苦虫を噛み潰したような表情で目を逸らした。……俺の代わりに出た時になんかやらかしたんだろうか? 見てないから何とも言えないが……

 だがまあ、これで確信できた。待ち続けながら考えていたことを話していく。

 

「……だったら、このまま俺の代わりに生きてみないか?」

 

「そ、それは……っ!?」

 ハッとした顔でこちらを見る少女。ものすごく焦っているように見えるが、そんな不味い提案だったか……?

「ダメですっ! それだけはダメです! 私は死んで、貴方は生きながら召喚されて! 本当に偶然に、二人一緒になったんですから! 私のような死人が――」

 なんだ、そういう理由か。……だったら似た者同士なんだな、俺達は。

「……死人だったら、俺も同じだ」

「え……?」

 必死に話す少女を遮り、話し始める。

「お前にだけは言うが、俺は元の世界では廃人一歩手前でな……仕事のストレスで心を壊したんだよ。人間関係とかそういうので、ちょっと無理をし過ぎたんだな……」

「そんな……」

……苦々しい過去をを思い出しそうになるが、努めて脳裏から振り払う。今は感傷に浸る時ではないのだ。

というか、あんまり思い出したくないしな……

「……それでも何とか復帰しようと、医者に通って薬を出してもらったんだけど、全然良くならなくてな。焦る俺とは裏腹に、体は段々動かなくなっていった」

「…………」

「終いには一日中寝て起きての繰り返し。何か出来る気力も無く、意味も無く毎日を過ごしてた。……薬の副作用でさ。起きれなくなってたんだよ。それでも、いつかはまともになれるって信じて、必死に生きていたんだ……」

「…………っ」

 こっちに来てから誰にも言ってない事を、己の半身へと打ち明ける。

 ……少女は言葉を詰まらせながら、こちらを見続けている。その目には涙がいっぱい溜まっていた。……そんな同情されても困るんだがなぁ……もう終わった事だし。

「……そんな顔をするな。こっちに来てからは調子が良いんだからさ。そりゃ最初はビックリしたけど、慣れたらそんなに悪いものでもないし。吹っ切れたら後は楽だったしな」

「だから、あんなにすんなりと順応したんですか……」

「……人間って現金なもんでな。元気になると、それまでの事とかどうでも良くなるんだ。家族も社会も、自分には代えられないって事だろうさ。はははっ……」

「……そんな貴方が、私に生きろと言うのですか……?」

「……そうだ」

「なんで……っ」

「お前が、嬉しそうだったから」

「……!」

 涙が一筋、少女の頬を伝う。

「ここにいても伝わって来たよ。……お前、俺の体で動いてた時、ものすごく嬉しかったんだろ?」

「そ、れは……」

「……だから、俺の代わりにあいつらと一緒に生きろ。なに、俺はもう十分に楽しんだ。だから――」

 そこまで言うと突然少女は近付き、俺の手を取ってきた。

「て、提案が、ありますっ!」

「お、おう……?」

「半分こに、しませんか!?」

「半分こ……?」

 ……言っている事の意味が分からず、オウム返ししてしまった。

 そんな俺などどこ吹く風とばかりに、少女は続けていく。

「そうです! 半分です! ああ、勢いで言ったのに、何故だか良いアイデアのように思えてきました……!」

「お、落ち着け……? どういう事だか説明してくれないと分からんぞ……?」

 ……勢いに気圧されて、何だかんだと押し切られているな、俺。……でも、さっきまでしおらしかった相手がすごい勢いで捲し立ててきたんだ。誰でも押し切られる状況なのでは……って、誰に言い訳しているんだろうな。

「だから――」

 そんな混乱する俺を余所に、少女は思い付いた事を耳元で打ち明けてくれた。……別に二人しかいないんだから普通に話せばいいのに……まあ、雰囲気作りという奴だろう。たぶん。

「……ふむ?」

 ……だが大分エキセントリックな提案をしてきたな。こやつ、中々やりおる。

「なるほど……だったら――」

 提案に穴が無いか確認していく。この提案が上手くいけば、そうだな……みんなハッピーになれるな。出来れば、の話ではあるが。

 何しろ、恐らく誰もやった事の無い事だ。十二分に話し合っておこう。

 ……そう、俺達の為に。

 

「――大体こんなもんか。ザックリだけど、多分上手く行く気がする」

「多分じゃなくて絶対ですよ! 命を賭けてもいいです!」

 ……そうして話し合う事数分。

 相談を終え、うむと頷き合う俺達。相互理解が完璧に出来た証左である。

 ……まあ実際に出来るかどうかは出たとこ勝負なのだが。いつもの事だし気にしない様にしよう。出来なかったらまあそれはそれ。いざとなったら俺が消えればいいだけの話だし。

「という訳で。よろしくお願いします、イルさん。後はお任せしました」

「ああ、よろしくな。頼りにしてる。……俺じゃなくてそっちが出た場合は、任せたぞ」

「はいっ!」

 がっしと握手をしてにやりと笑い合う。……なんだ、良い笑顔も出来るじゃないか。上手く行ったら胸を張って第二の人生を生きていって欲しいものだ。

 

 ……握手を済ませた俺達は、繋がったまま同時に虚空を見上げ、遥か遠くを見つめる。

 

 次の瞬間には視界が薄らいで行き――

 

 意識はまるで蒼穹へ飛び立つが如く、するりと飛んでいったのだった。

 

 

 

「ん、むむー……?」

 漏れ出た呻きと共に意識が覚醒する。……瞼が酷く重い。このまま再度閉じてしまいたかったが、何とかして見開く。

「んん……」

 二度三度と瞬きをして、眠気を完全に追い払う。よし、もう大丈夫。……目の前がやけに暗いが、今は夜なのだろうか。

「ここは……――あだっ!?」

 状況を確認しようとして首を動かそうとしたら――バキバキという音と共に体が軋んだ。

「うごごごご……! 何だこれは。どういう状況だ……?」

 軋む体に難儀しつつも、何とか身を起こす。

 ……どうやら城内の自室のようだ。枕元に茶色いビワパラさんがいるから、多分そうだろう。

 室内を確認しながら視線を横へ滑らせていく。すると――

「……エニシダか」

「…………」

 ベッドの横に椅子を付けて、ピンク髪の魔女が座っていた。状況から察するに、俺の世話でもしていてくれたのだろうか。

「…………」

「すー……すー……」

 よく見ると、剥きかけの林檎とナイフを持ちながら舟を漕いでいるようだ。顔を覗いたら何だか疲れたような顔をしているな……寝ている間に大分迷惑をかけてしまったようだ。

「おーい、エニシダさん。朝ですよー」

「すー……んんっ……」

 声を掛けてみたが、起きる気配が無い。……取り敢えず、ナイフを持ったまま寝ているのは非常に危ないので取り上げておこう。

「ぐっ……ぬおお……! 体がベキベキする……!」

 無理して動かしているせいか、全身に激痛が走る。起き抜けの運動にしては大分ハードだが……まあ、これ位はいつもの事だ。こないだの戦闘に比べればなんて事はない。

 そんな風に軋んだ体と格闘しながら、エニシダの体へと手を伸ばす。が――

「うわっ……!?」

 ……無理をし過ぎたのか、態勢が崩れてしまった。堪らず、前のめりになってエニシダの体へと倒れ込んでしまう。その拍子で持っていた物が落ち、カランカランとナイフが音を鳴らす。

「っと、とととっ……!」

 ……何とか加減が効いたようで、二人して倒れ込むような真似にはならなかったようだ。だが、

「んっ……あ、私ったら……林檎剥いてる途中で寝ちゃって……って……?」

「…………」

 暗闇の中、目と目が合う。

「…………」

「…………」

 ……どうしよう。抱きついたままだし、非常に気まずい。こういう時は、えーっと……

「えっと、その、オハヨウゴザイマス」

「……い、いいいい、いいい」

 ……あれ、何か間違えたかな。壊れたラジオみたいになったぞ? ……ならもう一度。

「オハヨウゴザイマス。エニシダサン」

 だがそれでも返答は無く、どうしたものかと抱きついたまま思案し始めた所で――

「い゛る゛ざぁぁぁぁん゛!!!」

「むぎゅああああああ!?」

 力の限り抱き締められてしまったのでした。

 同時にバキバキと体が悲鳴を上げる。

 おいおいおいおい。死んだわ、俺。

 

 

 

「ああ……やっとイルさんが目を覚ましてくれました……良かった……本当に良かった……」

「おい、エニシダ」

「ずっと考えていたんですよ? このまま目覚めなかったらどうしよう、って……毎日毎日お世話し続けて、気が付いたらヨボヨボのお婆ちゃんになってしまうのかと……」

「いいから話を聞けエニシダ」

「ずっと一緒にいるって約束した手前、放り出して何処かへ行っちゃう訳にもいきませんし……それに、何でも言う事聞いてくれるって、そんな約束もしましたし……」

「話が長い! あといい加減離せ! 俺を抱き締めながら語るんじゃない!」

 ……あれからエニシダは唐突に叫び、一通り泣いた後、語りながら俺の体を抱き締め続けている。

 語りながら魔法でも使っているのか、さっきから体が温かい。だがそれより俺としてはさっさと離れてしまいたいのだが……

「むんぬぬぬ……! 寝起きだからか、力が入らない……!」

 ジタバタと身を捩るも、がっちりホールドされていてにっちもさっちもいかない。

「ああ、そうでした! イルさんが起きたら、やってあげたい事があったんでした!」

 ……そんな俺など気にすることなく、自分の世界に入っていたエニシダは唐突にそんな事を言いだした。そして――

「……イルさん。本当に、本当にお疲れ様でした。みんなに勝っちゃうなんてすごいです……」

「――――!?」

 そう言いながら、頭を撫でてくれたのだった。

 ……

 …………

「……なあ、エニシダ?」

「は、はい? 何でしょうか?」

「何か変な物でも食べたか……?」

「んなっ!?」

 ……ようやく俺の言葉が届いたのか、ちゃんとしたリアクションが返って来てくれた。やったぞ。これでようやく解放され――

「私がどれだけ心配したと思っているんですかっ!? この三日間、朝から晩まで付きっきりで傍に居たというのに……!! なのに第一声がそれって……あんまりにもあんまりですよぉ……!」

「第一声って……今までの抗議の声は黙殺するつもりかおまえっ!? いいから離れろっ!」

 ……さらに無視された。頭を撫で続けながらよよよと泣き崩れるエニシダ。何だこいつは、とうとう頭がおかしくなったか……?

 だが、気になる事を口走ったぞ。ちょっと問い詰めねば。

「それにしても三日間って……おい、ちょっと待て。あれからもう三日経ったのか……?」

「そうですよう……アネモネさんと一緒にズタズタのボロボロになって、それから糸が切れた人形みたいに、ピクリとも動かないんですもん……」

「…………」

「あの時は流石にもう『うわ、死んじゃった!?』って顔面蒼白になりましたけど、息だけはしていたので、今日まで私が責任をもってお世話を……」

「……そうだったのか」

 ……確かに、こいつの側から見てみれば、全然動かなかった奴が突然動き出したのだ。そりゃテンパるってもんだな。ちょっと無下にし過ぎたかも。

「取り敢えず、その、だな……」

 ちょっと恥ずかしいが、礼はちゃんと言っておかないと……いや、だけどどうしたものか……

 ……今の話で腕の拘束が弱まっているか。なら――

「よっと」

「きゃっ……!?」

 拘束から抜け出し、今度はこちらから抱き締め返してやる。そして、お返しとばかりに頭をぐりぐり撫で回してもやった。

「……心配をかけた。ありがとうな」

 ……

 ……いかん。我ながらものすごくキザな事をしてしまった――!

「…………っ」

 咄嗟に頬を寄せて、絶対に顔が見られないようにする。

 ついでに気でも紛れないかと、高速でエニシダの髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。

「…………」

「…………」

 ……なんて事をしてしまったのだ俺は。次の一手が思い浮かばない。顔が熱くなるのを感じる。だが、本心からの言葉だから撤回する訳にもいかないし……随分前に抱き合った時はこんなに動揺しなかったんだが、今は何故だか胸がバクバクしているし。……何なのだこれは。どうすればいいのだ。

 ……だが動揺する俺に対してこいつは、

「……イルさん。ありがとうございます。……その、大好きです……」

 そんな風に、優しく返してくれたのだった。

 ……

 …………

 ……ん?

 ……んんー?

「……なあ、エニシダ?」

「な、なんでしょう……?」

「今お前、どさくさに紛れてすごい大胆な発言したような……?」

「えっ、す、好きって言っただけなんですが……イルさんの事……」

「…………は?」

 ……あまりに突然すぎる告白に、胸の高鳴りも忘れて素に戻ってしまった。

「は? じゃないですよ!?」

「え、いや、だって、確かに前々からそうなのかなーとは思ってたけど、この状況で言うか……!? というか言っちゃなんだけど、お前にはツッコミした記憶しか無いから、好かれる理由が分からねえ! そりゃずっと一緒にはいたけど……って、まさか……」

 ……ある現実味のある思い付きに全身が震えた。咄嗟に身を離してベッドへと戻り、眼前の魔女へと向き直る。

「い、いきなりどうしたんですか……?」

「お前……もしかしてツッコまれるのが気持ち良くなってたとか……!?」

「何かすごい結論に行き着いてるっ!?」

「俺にツッコまれるのが快感になったから、それを錯覚して俺が好きとか思うようになったんだな!?」

「違いますからっ!?」

「うう、俺がツッコミ過ぎたせいで……異常な性癖に……目覚めて……!」

「異常性癖とか言わないでください!? あとさっきからツッコミツッコミ言い過ぎです!」

 怒涛の返しで俺の懸念を滅多切りにしてくるエニシダ。だがイマイチ信用できない。そうだな、ならば――

「……じゃあさ。俺のツッコミ以外で好きな所、何かあるのか……?」

「えっ……」

 問いかけつつ、じとーっとエニシダを見る。

「…………」

「……えーと……んっと……」

 何だかものすごく返答に困ってるな。やはり怪しい……

「…………」

「……その、や、優しい所……とか……ですかね?」

 ……ものすごく平凡というか、無難な答えが返ってきた。

「……お前は俺の何処に優しさを見出したんだ……? というか、俺より優しい奴なんて、その辺にごろごろ転がっているだろうに……」

「うっ……自分でそれ言いますか……でも、否定出来ないのが悲しい……」

 はふぅと嘆息するエニシダさん。だがすぐに気を取り直して、こちらに捲し立ててくる。

「……というかですね! 理由なんて何でもいいじゃないですかっ!? 私はイルさんが好きなんです! 大好きなんです! 文句ありますかっ!?」

「え? いや、特に無い……です……」

 ……そんな好き好き大好き言われると、ものすごく恥ずかしいんだが……

 あ、言った本人もこれでもかと言わんばかりに赤くなってる。何で俺達自爆しあってるんだろう……

「……うう……」

「……むぅ……」

 ……気まずい沈黙がこの場に垂れ込める。お互いに次の言葉が思い付かない。

 普通だったら、「この後キスをして、後は流れでお願いします」という展開になるんだろうが、俺達は普通ではなかった。

 ……奥手過ぎた。経験が無さ過ぎた。というか初体験だ。

 未知の領域過ぎて、何をすればいいのか見当も付かない。

「…………」

「…………」

 ……睨み合ったまま時間だけが過ぎていく。

 どうしたものかと、考えあぐねていると――

(イルさ……聞こえ……すか……)

「……?」

 何やら聞こえたような気がした。何だろう、状況についていけなくてとうとう幻聴が……?

(幻聴じゃ……いです! シダレヤナギです!)

「ぬおお!? 頭に直接……!? というか思考が読まれた!?」

 唐突な内からの呼び声に思わず声が漏れてしまった。……あいつ、随分と器用な事をしてきたな。

「い、イルさん……?」

 そんな俺を戸惑ったように見てくるエニシダ。だが今はこいつの相手をしている場合ではない。

(あまり余裕も無いので簡潔に言いますが、例の件どうなりましたか……? エニシダさんはそっちにいるんですよね……?)

「あ、ああ、そうだった……!」

 状況を確認するのに手間取っていて、危うく忘れそうになるところだった……!

(そ、それじゃあ早くエニシダさんにアレをやってもらって下さい。そろそろ限界で――)

「分かった。何とか持ちこたえるんだぞ!」

「あの、イルさんさっきから何を――」

 突然切羽詰まった様子になった俺に、困惑しきりのエニシダ。

「エニシダ! 頼みがある!」

「ひゃい!?」

 そんなエニシダの手をがっしと握る。……こいつが居ないと出来ない事なのだ。逃がす訳にはいかない。まあ、逃げる可能性は限りなくゼロに近いのだが、念の為だ。

「あの、加護を引き出した時のアレ! もう一回やってくれないか!?」

「あ、あの、カポッてやる奴ですか……? で、出来ますけど、何で今……」

「詳しくは終わってから話す! 急いでくれ!」

「よ、よく分かりませんが……分かりました!」

 混乱しながらも俺の頼みを了承したエニシダは、即座に俺に近付いて頭へと手を乗せてきた。

「心を穏やかにして……私に身を委ねて下さい……」

「…………」

 乗せられた手がずぶずぶと中へと入っていく感覚。……だが、これは幻覚だ。

 幻覚だと理解しながらも、尚も受け入れていく。

「探って……探って……よっ、と!」

 ……そうしてしばらくすると、カポリという感覚が走った。

 それと共に、薄氷の下に潜んでいたのだろう、もう一つの意識がするりと這い出て来た。すかさず問いかけて確認する。

「居るな? シダレヤナギ」

『……ええ、私は此処に居ます。……上手く行きましたね!』

「ふっ、はははは! こうもあっさりと行くとは! 仕組みが分かれば大したことも無いな!」

『あははっ、そうですね! 何であんなに悩んでいたのか、昔の私を張り倒したいくらいです! これで約束も果たせますし……ああ、悲嘆に暮れていた前世とはもうおさらばですよ!』

「大手を振って街を歩けるという訳だ! 美味い物もたらふく食えるなっ!」

『ええ! 皆と一緒にこれでもかと言わんばかりに人生を謳歌してやります! ふふっ、あははははっ!』

 二人してあっはっはーと笑い合う。最高に気分が良い。

 何と言うか、勝手に書かれていた筋書きを根底から叩き壊して、復元不可能なまでに滅茶苦茶にしてやった、そんな気分だ。

 作者ざまあみろ。いるのか知らんけど。

「え、ええっ、えええっ!?」

 ……だがそんな俺“達”が理解できないらしく、事を為した張本人である魔女は、目を白黒させている。

「あの、ええっと、理解が追い付かないんですが……さっきからイルさんは独り芝居をしているのではなく、もしかして会話を……?」

「ん? ああ、見ての通りだが……」

『イルさん。二人同時に表に出ているから、エニシダさんが混乱するのも無理もないかと……さっきからちょいちょい口が引っ張られて、発音が怪しくなったりもしてますし』

「そ、そうか……んじゃちょっと俺が引っ込んでみるから、試しに引っ張ってみてくれないか?」

『はいはい』

 意識を委ね、為されるがままに任せる。

 ……その一瞬で、どんでん返しの如く世界が反転した。

(おお、なるほど。お前はいつもこんな感じで見てたのか)

「ええ、今度やり方を教えますから。意外と簡単ですよ?」

 ふむふむ。自分の体を他人に明け渡すってのは斬新な体験だ……今度色々とメモにでも纏めておかないと。忘れたら困るし。

「あ、えっと、その目は……もしかして……」

 こちらの顔を覗き込み、確認するように問いかけてくるエニシダ。……こう見えて変な所で勘が鋭いよな、こいつ。

「目の色で判断しましたか。確かにそれが一番早いかもですね……」

「じゃ、じゃあ……」

「ええ、数日前はお世話になりました。シダレヤナギです」

 蒼銀の瞳を瞬かせ、穏やかに笑いながら、もう一人の俺は続けていく。

 

「イルさんと協力し、疑似的な二重人格として、恥ずかしながら黄泉帰ってきました。……今後ともよろしくお願いしますね」

 

 ……その姿はひどく誇らしげで、楽しげで。

(いやぁ、良い事をすると気持ちが良いなぁ……祝杯でも上げたい気分だ)

 俺は裏から見ながら、ホッコリと温かい気持ちになるのでした。

 




前回でしんみりさせておいて即復活とは……
でもまあ、ロストするよりはいいよね!
……それはそうと、いつかガチ鬱なのも書いていきたいデスネ。今回ハッピーに終わらせたし……いいよね。イイヨネ。

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