――ブロッサムヒル市街。その上空。
「うわわっわっ! 風がっ! あ、あわわっ……鞄が風に煽られて……!」
びゅうっと吹き荒ぶ一陣の風に煽られ、箒に乗った私は大きく揺さぶられる。その後に真下からパリンと何かが割れる音が一つ。箒を安定させて恐る恐る下を見ると、ガラスの破片と共に緑色の何かが飛び散っているのが確認できた。……どうやら、今ので買った薬瓶の一つがダメになってしまったみたいです。
「ほっ……良かった。下に誰もいなくて……」
安堵の息が我知らず漏れる。取り敢えずは道行く人に直撃しなかっただけ良しとしましょう。
「あれも結構お高かったんですけど……まあ、仕方ないです、ね……はぁ……」
息つく間もなく今度は溜息が漏れ出てしまう。……でもまあ仕方がないのです。何しろあれは一個五千ゴールドもする代物だったのですから。
……即効性の薬品は対害虫戦等で重宝するせいか、恐ろしく高い。そしてとても希少だ。今しがたお釈迦となった代物も、薬局を巡る事三件目にしてようやく手に入れたものだった。
「って、嘆いていても仕方がないですね……次のお店行かなくちゃ……」
ぱしぱしと頬を叩き、気持ちを切り替える。今は急ぎの用事の最中。ウジウジしている時間なんて、これっぽっちも無いのですから。
「はあ、それにしてもどうしましょう……これで市街の有名な薬局は全部回っちゃったんですよね……」
肩に掛けた鞄をちらりと覗く。中身はこれまでに掻き集めた薬品やら何やらがギッシリと詰まっていて、箒が無ければ持ち運べそうもない程に重い。もうこれで十分なようにも思えるし、全然足りないような気がしないでもない。いや、さっき落っことしたものがあれば完璧だったのかも?
「うーん…………」
……どうしよう。すごく迷う。
こんな時は誰かに判断を仰ぎたいけれど、当然ながら街の上空には相談できる人なんていないのです。イルさんだったらシュババッと即決しちゃうんだろうなぁ……あの決断力が本当に羨ましい。無い物ねだりだとは分かっていますが……
「はっ、いけないいけない。またしても考え込んでしまうとは……!」
箒に意思を込め、空を駆ける。こういう時は動きながら考えた方が良いのです。散歩しながらだと良いアイデアが浮かぶ、なんて言いますしね。普通の人の場合は歩きながら、私の場合は飛びながらという違いはありますが。
「んー……うー……むーん……」
何かアイデアが絞り出されでもしないかと、飛びながらぐるぐる回ったり、身を捩ったりしてみましたが、案の定効果は無し。ただの魔力の無駄使いにしかならなかったようです。
「ん……魔力……」
……魔力?
何か大事な事に気付いた気がする、ような。
「そういえば、イルさんは怪我の治療とか疲労回復についての物を探して来てくれー、なんて言ってましたけど、戦闘するなら魔力も大分消耗するのでは……?」
……そうです。加護の異能を十全に使うのなら、魔力は不可欠。あの無鉄砲なイルさんの事ですから、最初の試合で魔力が底を突いていてもおかしくはありません。
「おかしくはないというか、絶対無茶してるはず……!」
……ウメさんとの訓練を見学した時の事を思い出す。あんな自己保身という大前提をどっかに置き忘れたような人間がいるのかと、あの時はただただ呆れるばかりでしたが……
……今となっては、それが恐ろしい。
万が一にでも、あの人がいなくなってしまう様な事があったら。死んでしまう様な事があったら――
「……っ!」
あり得ない、なんて言い切れる事の無い未来を想像してしまい、全身が総毛立つ。……一人になったせいで、いつもの悪癖が戻って来てしまったようです。
「あの人がいなくなったら、私は……」
……長い黒髪を揺らしながら、私の横を歩く少年を脳裏に浮かべる。
それと同時に、これまでの思い出がどっと溢れてきた。
一番最初は可愛い子が出て来て良かったなぁなんて思ってたけど、そんな感想は一日で粉砕されて。
勉強を教えれば眠そうにしていたし。変な事にばっかり興味を持つし。お酒は飲むわ、食い意地は張っているわ、口を開けば悪態ばかり吐いてくるわ。……本当に、見た目からかけ離れた、酷く残念な人間だと思う。
……それでも、ですよ?
それでもちゃんと、肝心な時には優しく気遣ってくれて。
落ち込んだ時には励ましてくれて。
言葉にはしてくれなかったけれど、私の事も大切にしてくれているのだと知れた。
……魔女としてではなく、一人の人間として。
「ああ、たったの一週間とちょっとなのに、思い出が沢山あるなぁ……」
思わず頬が綻んでしまう。他人から見たらどれ一つとっても、取るに足らない、ロクな思い出では無いだろう。実際、私自身も呆れてばかりだったし。
けれど、私にとっては大切な、かけがえのない思い出ばかりだ。
……あの人と一緒にいると、世界が違って見えた。
私の持てる知識、出来る事、知る世界なんて本当にちっぽけだと気付かされた。
この世界は綺麗なんだって、再認識させてくれた。
夕陽に燃える街並みを見た時なんて、時間を忘れる程感動していたっけ。あんなに心を動かす人を見たのは何年振りだろうか。あの時はこっちも嬉しくなっちゃったなぁ。
もっともっと、あの人と一緒に世界を見てみたい。あの人を通して見る世界が知りたい。
……だから、こんな所で立ち止まっていてはいけない。もっと先へ行かなければ……
此処ではない何処かを、一緒に見に行かなければ――
「……よしっ」
決意を固めた私は、当て所無く闇雲に飛行していた箒を制御し、行き先を変更。出せる限りの速度で、桜花舞い散る空を駆け抜ける。そこには先程まであった懊悩は微塵も無い。
「そうと決まれば、お家に戻ってアレを取って来ないとですね……!」
時を同じくして、ブロッサムヒル城内。その中庭。
「ぐっ……!」
青い残像を残しつつこちらへ肉薄する相手へと斧槍を振るう。だがその一振りは真っ向から殴り返され、こちらへと戻されてしまう。堪らず地を蹴り後退する。
……相手の間合い外から攻撃出来るのはこちらのアドバンテージだが、一度懐に入られた際に引き剥がすのが大変なのだ。それは先のサンゴバナさんが証明してくれている。
だが、今度の相手は少し様子が違う。いや、少しどころではない。大分厄介だ。
「さっきからこっちに直進しかしてこないんですが! あんたは猪か何かかッ!」
「うっさいわね! 近付かないと殴れないじゃない! そっちもそっちよ! 逃げ回ってないで、真っ向からかかってきなさいってのっ!」
前進してくる相手を視野に収めながら、全力で後退し続ける。……さっきからずっとこんな調子だ。試合が始まって以来、前進コマンドを取り続けるキルタンサスさんを往なし続けているのである。
「いいからっ、離れてくださいよッ! おちおち休憩も出来ない――」
「試合中に悠長に休憩なんてさせるわけないでしょーが! というか、まだ試合も始まったばっかりだって言うのに、もうバテちゃったのっ? あなたの実力はその程度なのっ?」
「ぐぬっ……」
サンゴバナさんはそれ程でもなかったが、今回の相手は口も悪い。まったく、一ヶ月部屋に引き籠っていたんじゃなかったのか……何だこの面倒臭さは。
それに、面倒臭いと言ったら相手の得物もそうだ。
(本当に素手で殴りかかって来るとは……予想が外れたぞ……!)
そう、先に斧槍を殴り返した、と言ったがあれは見間違いでも何でもない。実際にこちらの攻撃に合わせ、硬化させた拳で殴りかかってきているのだ。これだけでもやりにくいというのに、それに加えて青く燃える焔――恐らくはこれがこの人の加護なのだろう――を全身から吹き出させており、さながら等身大の怪獣か怪人のようである。非常に怖い。全く以てお近付きになりたくない。ぶぶ漬けを投げ付けて帰らせてしまいたいレベルだ。
「暑っ苦しいし、離れないし、口も悪いし! もう何なんだよこの人ぉ!」
「あ、暑っ苦……っ!? もう一回言ってみなさいよ……! 顔面にヤキ入れてあげるんだから……!」
「うげっ、藪蛇った……! っとと!」
跳躍から繰り出された、槍のようなサイドキックを寸での所で躱す。身体強化に重点を置いた魔力の使い方をしているのか、凄まじい速さだ。見れば踏み込んだ時に付いたのだろう、芝生は焼かれ、さながら滑走路の如く焦げ付いていた。
……それにしても、安全だろうと踏んでいた距離が一瞬で詰められてしまったな。この距離も危ないか……となるともう逃げ続けるしかないぞ……
「こっちはもう戦いっぱなしなんだからさっ! ちょっとは手加減ってものをしてくれてもいいんじゃないかな!?」
躱しついでに再度言葉を投げかけてみる。この一方的な攻勢、何とか精神的動揺でも引き出さないとどうにもならなそうだし。何かきっかけでも掴めれば……
「そっちも連戦は了承したでしょうに……それに手加減されて勝っても、あなたの場合は全然嬉しくないんじゃない?」
そんな問いかけは愚問だとばかりに、姿勢を戻したキルタンサスさんは言い放つ。
「な、何でそう断言できる……?」
「さっきの試合を見てれば大体分かるわ。……あなた、根っからの戦闘バカね」
「な……? いや、俺は……」
「素人だから、とでも言いたいの? だけど、これは経験とかそういう次元の話じゃないの。あなたの性格が、行動が、その在り方が戦闘に向き過ぎている。どれだけ加護の影響を強く受けたとしても、あのサンゴバナさんには普通の人は勝てないわ」
そこまで言い終えると再び拳を構え、蒼炎を迸らせる。
「……だから私は、はなっから手加減なんてしない。あなたが私を従えるに相応しいか、力で証明してみせなさいっ!」
「くっ……! 言われなくてもッ!」
またしても接近してくる拳士。燃える拳を突き出しこちらへ突進する様は、さながら鉄杭を突き立てる重機のようだ。そんな相手に俺が取る行動は……
「……やっと逃げるのをやめたのね!」
「ああ! 証明してみせろ、なんて言われちゃ逃げるわけにもいかないんでな!」
売り言葉に買い言葉、こちらも同じく地を駆ける。
散々逃げ回ったおかげで、ようやっとアレの準備が整ったところだ。こっからは攻勢に出させてもらおう……!
「どっせいっ!」
「どうりゃっ!」
蒼炎と漆黒が交錯する。その刹那、相手の拳に合わせ、こちらの斧槍を振り下ろす。過たず両者は打ち合わさり、周囲に魔力を帯びた衝撃波が吹き荒ぶ。
――ここだ。ここで決める!
「――影よッ!」
打ち合った瞬間、自分自身へと呼びかける。……鈍いながらもぞぶりと応える感覚。
足裏で魔力を爆発させ、その勢いを利用し斧槍を更に押し付けていく。だが――
「生温いってのっ!」
「……がっ!?」
……突如炎が爆発したかと思うと、次の瞬間には吹き飛ばされていた。飛ばされるままに芝生の上をゴロゴロと転がる。
(あっちも似たようなことをしてきたか……)
吹き飛ばされたダメージも無視できないが、それとは他に、じりじりと燃えるように全身が痛んでいる。何事かと身を起こし素早く確認してみると、青い焔が残り火のように全身で燻ぶっていた。……先の爆発でこちらに取り付いたか。ぼすぼすと手で払い消していく。
「あたた……何ともまあ、未練ったらしい炎だこと……」
「うっさいわね! 私の事を口が悪いとか言っておきながら、そっちの方がよっぽどじゃないっ!」
「うぇー……」
我知れず呟いた声に、抜け目なくツッコミが返ってくる。見れば大分離れた距離に件の拳士がいた。……結構な距離を吹き飛ばされたみたいだ。後ろに障害物が無くて本当に良かったと思う。
それにしてもあの距離で分かるとはな……地獄耳かよ。
「……それにしても、あなた」
「うん?」
「さっきの試合で魔力を使い切ったはずじゃなかったの? 何でまだ使えるのよ?」
「ああ、それはウメ先生が気を利かせてくれてな――」
遡る事数十分前。同じく中庭にて。
「あー……エニシダ帰って来ないかなぁ……」
「……ほら、イル君。これを」
「んー……? ってウメ先生。何ですかこれは」
休憩時間中、どこかへ姿を消していたウメ先生。突然戻って来たかと思うと、ぼけーっと呆けていた俺に何かを手渡してきた。見れば、怪しげな色の液体が入ったいかにもな瓶だ。ものすごく怪しい。怪しさしかない。
「世界花の蜜というものだ。甘くて美味しいぞ」
「はあ。そりゃどうも……」
甘いの苦手なんだけどなー、などと思いながら蓋を開けちびちびと舐めてみる。
甘い。あまあまだ。甘過ぎる……
「おおぅ、テイスティスイート……」
……あまりの甘さに面妖な感想が零れてしまった。そんな様子に苦笑しながらも、ウメ先生は説明してくれる。
「ああ、甘いだけじゃないんだぞ? それは滋養強壮に良いばかりか、魔力の回復を促す効果もあって、今の君には必要だろうと――」
「それ!」
「わっ!?」
「それを早く! 言って下さいよっ!」
魔力。魔力と確かに言ったぞ。このスパルタンX。そういう事は渡した時に言えっての!
「回復するなら――」
「おい、ちょっと待つんだ! 絶対ろくでもない事を考えてるだろ! これは一度に大量摂取するものじゃ」
「こうだ!」
蜜を瓶ごと影の中に放り投げた。ぼちゃりと跡形も無く飲み込まれていく。
「あああっ!? 何て事を……」
……ややあって影の中からゴリゴリと咀嚼する音が聞こえ、半身がゆっくりと、だが確かに力を取り戻していく感覚がしてくる。
「……なるほど確かに。魔力が回復していくな。時間はかかりそうだけど……」
「一瓶まるごと飲み込む奴があるかっ! この馬鹿っ!」
「あだっ!?」
なるほど、と感心していたら何故か脳天に手刀が落ちていた。
「ううっ……俺、何か悪い事しましたか……?」
「あ、しまった。そうか君はこっちの世情には疎いんだったな……最初に言っておくべきだったか……」
バツが悪そうに頬をかくウメ先生。
「その蜜は一瓶で数週間は持つ代物だったんだ。知らなかったとはいえ、それを一度に全部飲み干すなんて……」
「ほえー、超すごい栄養ドリンクだったのか……」
なるほど。例えるならレッド○ル数十本をいっぺんに飲み干したようなもんか。
……そう考えると恐ろしい事をしたな。血流がおかしくなって死ぬのかもしれない。
「…………」
何事か起こらないかと自分の体に集中する。
「………………」
……先程からぽわぽわと体が温かい。まるで芯から温められているかのようだ。それと共に依然として魔力が満ちていく感覚。これは……
「……別に平気みたいですね!」
「いや、別に危険だとは一言も言っていないのだが……」
「え? でも一瓶まるごと飲む奴がって……」
「あれは貴重品なんだからもっと丁寧に扱えという意味だ。そもそも世界花の恩恵で花騎士が倒れる訳が無いだろうに……」
「そういうもんなんですか……」
「そういうもんだ。まったく……まあこれで次の試合も何とか頑張れるだろう。エニシダちゃんはまだ帰って来ないみたいだし、急場凌ぎとしてこんなものしかあげられないが……まあ何とかしてみなさい」
「はい! 師匠!」
「し、師匠!?」
以上、回想終わり。
「――という事があったのだ。よッ!」
「あったのだよ、じゃねーわよっ!? 急に元気になったと思ったら、回復するまで逃げ回ってたって訳、ねっ!」
幾度となく斧槍と拳が重なり、その度に魔力を含んだ熱風が吹き荒れる。熱風は芝生を撫で、木々を揺らし、空気を四散させていく。
先程までとは打って変わり、キルタンサスさんへ目がけ遮二無二斧槍を振り回して突き進む。先の説明中も全力の攻勢をかけていたところだ。それにしても、さっきから結構な質量をぶつけ続けているというのに、拳が破れたり損傷する様子が微塵も見られないのは何故なんだろう。ちょっと聞いてみようかね。
「それにしてもっ、何で俺の攻撃全部弾き返してそんなピンピンしてるんですかねっ!? あんた頑丈すぎだろっ!」
「うるっさいわね! 気合よ気合! あと魔力!」
「まさかの根性論!? そんなだから心が圧し折れるんだよ、馬鹿かっ!」
「ば、馬鹿じゃないわよっ! ちょ、ちょっと頑張ればこのくらいよゆーだし!」
押されているという状況と俺の言葉に動揺したのか、拳に纏った焔がブスブスと不機嫌そうな音を立てた。攻撃しながら良く見ると、若干だが火の勢いが弱まっている……気がする。
「余裕だったら押し返してみてくださいよっ! あんたの実力はそんなもんか!?」
「う、うう、うるさい……!」
「そんな防戦一方で力で証明してみなさい、なんて啖呵がよく切れたな! 恥ずかしくねえのかよっ!」
「うるさいって、言ってるでしょうがっ!!」
更に剣戟を交わしながら、先程投げられた言葉をお返しとばかりに投げ返していく。その度に相手の顔に浮かぶ焦りの色は濃くなっていった。纏う焔は不安定さを増し、合わせる拳もあからさまに精彩を欠いていく。
…………何だか突破口が見えてきた気がする。
だがこのやり方は、あまりにも……
(いやだが、ここは勝たないと……勝たなくてはいけない……!)
疑念が一瞬だけ首をもたげるも、即座に押し殺す。己の為、これからの仕事の為にもここは絶対に勝たなくては。
……それに何より、
(ここで負けましたってなったら、エニシダやアネモネに何て言われるか、分かったもんじゃないしなぁ……)
お節介な誕生花二人を思い出し、思わず苦笑が漏れる。ちらりと庭園の端を見れば、こちらを熱心に見入る青髪の少女が確認できた。訓練場の時は見る余裕が無かったが、恐らくは先の試合もああして見てくれていたのだろう。
……ああも見られていては無様を晒すわけにはいかないというものだ。攻撃の合間を縫ってひらひらと手を振ってみる。……あ、返してくれた。
「なによそ見してんのよっ!!」
そんな俺目がけ高速のミドルキックが文字通り飛んでくる。斧槍を立て即座に防御。……大分衝撃がキツイが、努めて涼しい顔のまま言葉を返す。
「ああ、ごめんごめん。ちょっと手緩いから、つい」
「あ、あああ、あんたねぇ…………!!」
ボスッボスッと焔を立ち上らせながら激昂するキルタンサスさん。これ以上ない程顔を真っ赤にし、更なる連撃を叩き込んでくる。だが、あからさまに動きが雑だ。ウメ先生の槍の方がもっと見切りづらかったな。全てを躱し、防御し、お返しとばかりに再度切り付ける。
……やっぱりこの人の弱点はあれだ。
「ほらほら、そんな雑だと全部防いじゃうぞ?」
「んうううっ……!」
「ちゃんと攻撃して下さいよ? さっきからちょっと雑すぎるんですけど?」
「んぐぐぐううう……!」
こちらの挑発で更に攻撃の雑さが上がっていく。時折攻撃がかち合うが、最初のような勢いは既に無く、熱風が吹き荒ぶことも無くなっていた。
……やっぱりだ。これで確信した。
この人、弄られるのにとことん弱いな……!
……そうと決まればこのまま弄り倒してくれよう。だが、どう弄ったものか……? メンタルを病んで引き籠ってた人だからなぁ。言葉は慎重に選ばないと……
だが、攻撃しつつ思案する俺を尻目に、件のキルタンサスさんはというと、
「…………っ!」
一際大きくこちらを殴り付けたかと思うと、その反動のままに大きく距離を離した。
……何だ? 何かする気なのか……? まさか、サンゴバナさんみたいにとっておきの必殺技が……!?
「…………」
……だが、そんな風に警戒する俺を余所に、眼前の少女は直立したまま動こうとしない。俯いた顔も髪に隠され、表情が読み取れない。何だ? 何なんだ?
「おい、あんた……?」
思わぬ状況に困惑し、何気なく声を掛けてしまう。
「…………」
だが返事は無い。少し待ってみたが、動く様子も無い。
ただ気のせいか、肩が震えているような……?
業を煮やした俺はさらに声を掛け続ける。
「なあ。おいってば! どうしたんだよ!?」
……それが更なる困惑をもたらすとは、この時の俺に予想出来るはずも無かった。
「………………」
少女が、俯いた顔を上げた。表情が露わになる。
その瞬間、思考が止まった。
「……うううっ……ぐすっ……うあぁっっ……」
……少女は嗚咽を漏らしながら、双眸から止めどなく涙を溢れさせていたのだった。
あーあーあーあー! なーかーしーたー!