それは此処ではない何処か   作:おるす

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後半戦です。もっと文章力を高めたい……!


八日目「第一試合:煌めきの双剣使いⅡ」

「はっ……はっ……はあっ……」

 戦技を放った私は膝を突き、肩で息をする。まだまだ魔力には余裕はあるが、限界を超えて出力したおかげで、体の方にツケが行ったみたいです。……まあそもそも、元々が対大群用の戦技を最大出力でぶっ放したのですから、疲れない方がおかしいのですが。

「はぁー……すぅー……はぁっー……」

 肺の機能を総動員し、全身に酸素を送り込む。だが、供給する速度がまるで足りていない。頭はガンガンと痛むし、目の前もチカチカする。典型的な酸素欠乏症の症状だ。

 体を回復させる間、何とはなしにおぼろげな視界で前方を見ていると、空から黒い何かが降ってきた。恐らくはさっき私が渾身の一撃を放った相手でしょう。ソレはぐちゃりと、おおよそ人が立ててはいけない音を発し、地面に激突。そのまま動かなくなった。それと同時に、ガキィンと轟音を立てながら、黒塗りの斧槍がほぼ同じ場所に突き立つ。

「ふぅ……はぁ……」

 ……何度も深呼吸をしたおかげで随分和らいできた。未だ気怠い体を叱咤し、立ち上がる。……再度状況の確認といきましょう。

 まず、前方にいるのは対戦相手のイルさん。先程渾身の一撃を叩き込んだために、恐らくは再起不能。倒れ込んだまま黒い染みになっているのがその証拠です。武器も手放しているため、気絶しているのでしょうか。ちょっとやりすぎたかも……

 次に遠方でこちらを見守るのは審判のウメさんと、一緒に集められた花騎士の皆、それとナズナさん。全員一様に渋い表情をしていますが、私がやり過ぎたとでも思っているのでしょうか。まあ傍目から見るとそうとしか思えないのでしょうけれど……アレと相対した事が無いから、あんな悠長な顔をしていられるのでしょう。

 そしてそのさらに遠方では、訓練中だった花騎士達が部屋の隅に縮こまって観戦している。こちらは青い顔をしていたり、啜り泣きながら顔を覆っている者まで様々だ。恐らくは実戦経験など皆無なのでしょう。この程度、前線では日常茶飯事だというのに。

 ……誰かの血を見たり。傷付く様を見たり。

 それならまだしも、死に目に立ち会う事だって……

(こんな事には慣れない方が良いのかもしれませんがね……)

 今までの思い出を振り返り、思わず溜息が漏れる。前線での思い出なんて、大抵ロクな事がなかったなぁ。……しかし、私らしからぬ感傷でした。“明るく楽しく煌びやかに”が信条の私だというのに。

「まあ、花言葉に『繊細な思い』ってのもありますから。これ位は許容範囲ということで……」

 一つ、独り言を零した後、審判のウメさんへと向き直る。

「さあ、ウメさん。決着は付きましたよ。これで今日の試合はお開きですよね?」

「あ、ああ……そうだな……そうしたいのは山々なんだが……」

「…………?」

 何だろう。酷く歯切れが悪い。私の怪訝そうな視線を感じ取ったのか、ある一点を指さすウメさん。

「ほら、まだ彼は終わったとは思っていないみたいだぞ……」

「えっ……?」

 指さす方に視線を動かす。するとそこには、

「…………ごほっ! げほっ! うええ~っ……死ぬかと思った……」

 斧槍を杖代わりに立ち上がろうとする、少年の姿があった。

「……そんな、馬鹿な……」

 呆気にとられ、思わず気の抜けた声が漏れてしまう。

 だって、あの全力の一撃を、持てる力の全てを叩き込んだんですよ?

 だってだって、為す術も無く吹っ飛んで、ロクに受け身も取れてなかった相手ですよ?

 …………何で立ち上がろうとしているんです?

「……分からない……」

 分からない。あり得ない。現実味がない。……これは夢なのでしょうか。

「あの一撃は、完全に入ったのに……」

「……げほっ。……ああ。あんたの一撃は完璧に入った」

 私の言葉を継ぐように、イルさんが話し始める。

「だが、それに一瞬だけ早く、俺の対策が追い付いたってだけだ」

「対策、ですって……?」

 ……あんなに満身創痍だった彼に何か出来たとは到底思えない。

「何も出来ない様に疲弊させた後、丁寧に加護の防御を剥ぎ取り、万全の準備を整えて放ったというのに? 何が出来たというんですか……!?」

 思わず問い詰める言葉が口を衝いてしまう。半分は興味から、もう半分は理解できない苛立ちから、自然と言葉尻が荒くなってしまった。

「……そもそも、その前提がちょっとおかしい」

 そんな私を宥めるかのように、穏やかな口ぶりで少年は語る。見た目とは程遠い、老成した語り口だ。

「あんたは俺の防御を剥ぎ取ったと、そう言ったけど、あれは剥ぎ取られてたんじゃない」

 そこで服から黒い液体を一塊飛ばす。べちゃりと音を立て、床に黒い花が咲いた。

「……防御しながら飛び散っていただけなんだ。まあ、衝撃波で結構持って行かれたのは事実だけど」

 飛んだ一塊はうぞうぞと床を這い纏まると、元の服へと戻っていく。何と言うか、酷く名状し難い光景だ。

 ……だがこれで察しが付いてしまった。

「つまり、私が必死こいて畳みかけたのは全部無駄だったと……?」

「いやいや、無駄じゃなかったよ。俺も最後の最後まで剥ぎ取られた影がまだ生きていたなんて思ってもいなかったし。それに、飛び散ったのを集めて防御するのは本当にギリギリだったんだ。あの時間稼ぎをしてなかったら今頃病院送りだったはず……」

 ああ恐ろしい、と呟きながらおどけた様にブルリと震える眼前の少年。

「あの時間稼ぎ…………って、まさかっ!」

 “いやいや、ちょっと待って落ち着こう。ほら見て、俺もうぼろぼろだよ? 必殺の一撃なんて受けたら、今度こそあの世行きかもだよ?”

 記憶を遡り、思い当たる節があったことに気付く。あの時はただの命乞いの妄言だとばかり思っていましたが……なるほど、ちゃんとあれにも意味があったと……

「……っ」

 己の失敗に思わず歯噛みする。戦技を放つことに集中していたせいで気が付けなかったとは、私もまだまだ修行が足りませんね……

「以上。解説終わり。それじゃ――」

 もう話は終わりだと簡潔に締めくくるイルさん。それと同時に、纏っていた影をずるりと削ぎ落とす。足元には黒い水溜り。

「ここからは俺のターン……だッ!」

 再戦の言葉と同時に、ざばりと水溜りを蹴り上げてきた。黒い水がこちらへと降りかかって来る――

「くっ!? …………って、あれ?」

 ……おかしい。降りかかって来るのかと身構えていたのに、水は霧散し辺りを黒く染め上げただけだ。

「ただのこけおどし……? いや、違う。これは……」

 モクモクと広がっていく黒い霧。それは眼前だけにとどまらず、周囲へ、更には室内へと充満していく。

 ……これは不味い。絶対に不味い。視界を奪う気ですか……!

「てやぁっ!」

 振り払えないものかと、試しに衝撃波を放ってみるも、全く効果が無い。雲を掴むような、とはまさにこの事だ。

「な、なにこれ……!?」「まだ何かやるのあの子……!?」「き、霧が……っ!」

「こ、こらっ。静かにしないかっ!」

 ……耳を澄ませば観戦中の子達が混乱しているようだ。ウメさんが注意をして何とか静かにしようとしているようですが、あれでは焼け石に水。無駄な努力というもので――

「……って、後ろですかっ!」

「――――!」

 微かに風を切る音がしたと思ったら、背後から強襲された。咄嗟に双剣で防御。即座に離れていく強襲者。走り出して追い縋ろうにも、この視界ではままならない。すぐに立ち止まる事を余儀なくされた。それに、騒ぎ立てる子達の甲高い声で相手の足音すら掻き消えている。どちらへ走り出せばいいのか、これまた見当が付かない。

(混乱に乗じて一気にケリを付けるつもりですか……!)

 冷や汗が一筋、たらりと頬を伝う。恐らくはこの混乱が収まるまでの勝負になるでしょう。

 逃げ切れば私の勝ち。逃げ切れなければ私の負け。そう考えるととてもシンプルです。

「この上なく状況が悪いという点を除けば、ですけどね……!」

 自嘲気味の一言を吐き捨て、私は決断的に走り出す。向かう先は訓練場の壁だ。

「はっ……ふぅ……」

 壁に背を預け、双剣を構える。死角から襲って来るのならこうして死角を無くしてしまえばいい。未だ戦技を放った反動の残る体を叱咤し、油断無く辺りを警戒する。

「……」

 三十秒経過。相手が来る気配はない。そして周囲に漂う霧もまた消える気配はない。

「…………」

 一分経過。同じ光景。同じ喧噪。未だ混乱が止む気配は無く、霧が晴れる気配も依然として皆無だ。

「………………」

 ……二分経過。ウメさんの努力が実ったのか、遠くに聞こえる混乱は収束しつつある。代わりにこの場に満ちていくのは静寂。

(来るとしたら、そろそろ、でしょうか)

 そんな事を考えた瞬間、変化の時は唐突に訪れる。

「…………!」

 またしても風を切る音。反射的に双剣を構える。音の出処から察するに、かなり遠くからの突撃、それも恐ろしいまでの速度……!

「……てぇいっ!」

 衝撃の瞬間、双剣を煌めかせ音の主を弾き返す。この機を逃すまいと、前進しながら返す刀で切り付ける。のだが――

「――――え?」

 ここで自分が致命的な間違いを犯してしまった事に気付く。いや、気付いてしまう。

 唐突に霧が晴れていく。まるでもう用済みだと言わんばかりに、重く垂れこめていたものが一瞬で散っていく。

 ……そして、そこにあったのは黒塗りの斧槍のみ。弾かれた斧槍はぐるぐると中空を回りながら、まるで私を嘲笑うかのように、漆黒の煌めきを投げかける。

「…………武器、だけ……!? じゃあ――――きゃっ!?」

 持ち主は何処に、という言葉は横合いから突っ込んで来た何者かによって中断されてしまう。

 突き飛ばされた私はそのまま床をゴロゴロと転がる。……異変に気付いたのはその時だ。

「う、が……っ! い、きが…………!? あ、ああっ…………!」

 ぎりぎりと首が何かに締め付けられている。必死に視線を落として確認してみると、そこにあったのは、華奢ながらも万力のような強さで締め上げる腕。

「っぷはっ! そのまま動くなよっ!」

「あ、やめ…………っ! あ、がっ………!」

 更に締め上げる力が強くなる。何とか拘束から逃れようと双剣を手放し、回された腕を掴み引き剥がそうと力を込める。だが――

「そう来るだろうと思ってたさ。……影よッ!」

 次の瞬間、視界が暗転する。

 ……何も見えない。腕が動かない。息が吸えない! 息が吐けない――!

「んっ、んーっ! んうううぅ!」

 未知の感覚に恐怖ばかりが募る。声を上げようにも声は出ない。腕だけでなく体を動かそうと身を捩るも、背後に回っている相手がそうさせてくれない。

 ……一瞬で悟ってしまう。チェスで言うならばチェックメイト。これは完全に詰んでしまったのでは……!?

「んっ…………ぅ…………」

 ……もがいたせいで余計に消費したのか、急速に意識が遠のいていく。

 全力で気道を塞がれると、こんなにもあっけなく人は。

 こんなにもあっけなく。

 死んでしまうの、でしょう、か……

「………………」

 ……意識が深淵へと沈んでいく。その刹那――

「……んな勝ち…………出来……ご…………さい……」

 何事かを呟く声が耳朶に滑り込んできた。そして、唐突に視界が開き、拘束から解かれる。

 投げ出されるままに、私はどさりと倒れ込んだ。

「……はぁっ……あ、ごほっ! げほっ! はあぁっ! ふっうっ! あぁああぁ……」

 突然の事で呼吸が上手く出来ない。何度も何度もむせ込み、えずきながらも本能のままに酸素を求める。

「はっ……はあっ……! 死ぬかと、思いました……っ!」

「……うん、ごめん。こういう事しか出来なくて、本当にごめんなさい」

 目の前に立つ少年は、まるで懺悔をするような表情で私を見下ろしていた。手にはいつの間に回収したのか、斧槍を携えていて、刃先はこちらに向けている。

「でも、勝敗は決した。……降参してくれませんか、サンゴバナさん」

「…………」

 この状況、誰がどう見ても私の敗北だと分かるというのに、この人は……

「……はあ……ええ、分かりました。私の負けです。イルさん」

 敗北を認めると、それまで必死に押し殺してきた疲れが堰を切った様に押し寄せてきた。堪らず仰向けになり、久方ぶりの解放感に身を委ねる。

「あ~あ。負けちゃったなぁ……悔しいなぁ……」

「……なんか、全然悔しそうな声じゃないんですけど」

 そう言いながら私の近くに腰を落とすイルさん。私の心と同じように、その表情はひどくスッキリしているように見えた。

「ふふっ。そうですね……何故か、不思議と全然悔しくないんですよね。全力で戦ったのが久しぶりだから、そっちの方が嬉しいのかも」

「そういうもんですかね……?」

「そういうもん、ですっ! ああ、ちょっと疲れちゃいました……」

「俺ももうへとへとですよ……まったく、勝つのって大変だ……」

「ええ、すっごく大変なんですよ。だから、頑張ってください。応援していますか、ら……」

 ……そこまで言い終えると急激に眠たくなってきた。……もう限界ですか。

 瞼を閉じ、睡魔に導かれるままに意識を落としていく。……応援しています、なんて言っておいてちょっと無責任ですが、流石に抗えそうもない。見届けたいのは山々なんですけどね……

 ……近くに慌てるような気配を感じる。あの戦闘時以外は優しい少年の事だ。きっとやりすぎたとでも思っているのでしょう。

 何だかそれがすごく可笑しくて。愛おしくて。

 ……自分でも驚くほど安らかに、眠りについたのでした。

 

 

 

「……すぅ……すぅ……」

「ああ、もう、ビックリした……眠っただけか……」

 傍らに眠る少女を見下ろしながら、安堵の息を漏らす。そんな俺の元へ近付いてくる人影――ウメ先生だ。

「……どうやら、決着は付いたようだな」

「ええ、最後の最後で降参してくれました。本当は審判の判断を待ちたかったんですけど……」

「いや、別に気にしなくていいさ。……彼女の寝顔を見れば分かる。きっと納得して敗北したのだろう。……ふふっ、まるで遊び疲れた子供みたいじゃないか」

 眠る少女の顔を一瞥しながら、ウメ先生は穏やかに笑った。その後、少女を抱き上げながら言葉を続ける。

「さてと。取り敢えず一試合終わったし、君にも休息が必要だな」

「ああ、良かった。やっと休めるんですね……俺もう全身ぼろっぼろで……ふう……」

 嘆息し、思わずその場でぐったりとしてしまう。だがそんな俺の行動に眉根を寄せるウメ先生。

「ああ、確かに休息なんだが、その前に、そうだな……」

 そこで一区切り。酷く言い辛そうに続ける。

「……場所を移そうか? 君達の試合で訓練場が大変な事になってしまってな……」

「え……?」

 大変な事……? そこではたと思い当り、周囲を見渡す。

「……あー……これは……」

 まず目に付いたのは、度重なる衝撃波の応酬によって傷付いた床と壁。まるで巨人が刃物を手に暴れ回ったかのように、悉くが裂き砕かれ、この広い訓練場の傷付いていない場所を探す方が難しい程だ。

 次に目にしたのは文字通り微塵切りになった木人や、訓練用の武器の山。見ればアネモネやキルタンサスさんがせっせと掃除してくれていたようだが、量が尋常ではない。立てかけてあったり、放置されていたものは軒並み犠牲になったとしか思えない量である。

 最後に、部屋の隅にはガタガタと震える見学中だった花騎士見習いの皆様。と、これまた青い顔で放心しているナズナ。……特にナズナの方の様子がおかしい。何事か呟いているようだが……

「事後処理……修繕費……人員の手配……上への報告……うふっ、ふふふ……あははっ……」

「………………」

 ……俺は何も聞いていない。聞いていませんので。

「……ウメ先生。さっさと移動しましょうか!」

「あ、ああ? そうだな。もう体は良いのか?」

「ええ! ここだとちょーっと上手く休息できそうもないので! 場所を移してゆっくり休みたいなぁと!」

 すっくと立ち上がり、いつでも移動できますよという姿勢をアピールする。……アレと関わってはいけない。とばっちりがこちらへ来る前に早々に退散しておかなければ。

 ……いやまあ、確かに恩人ではあるんだけどさ。だからといって身の丈を越えたお節介が出来るかというと、ちょっと、ね……

「それじゃ早く移動しましょう。あ、そういえば、ここの代わりになりそうな場所ってあるんですか?」

「うーん、そうだな……闘技場……は今からだと申請が間に合わないか……となると、中庭はどうだろう?」

「ああ、中庭ですか。確かにあそこなら十分広いですし、大丈夫そうですね」

「あそこを借りる位なら私の一存で何とかなるしな。早速移動しようか」

「ええ、分かりました」

 ウメ先生の提案に首肯し、移動の準備を始める。と言ってもまあ、持ち歩く物なんて斧槍しか無い訳だし、これを拾えばもう準備完了なんだけどな。眠っているサンゴバナさんでも持とうかとも思ったけど、そっちはもうウメ先生が担いでるし……

 常々感じているが、俺ってちょっと身軽すぎやしないか……? 何だか、さっくり死んでも誰も文句言わなさそうなレベルだ。遺品管理とか、そういう所で全く苦労しなさそう……

「……と、移動する前に一ついいかな?」

「へ? ああ、何でしょう?」

 己の命の軽さについて考えていたら、ウメ先生に話しかけられた。何だろう?

「こうしてサンゴバナちゃんが倒れていたって事は、確かに君はこの子に勝ったんだろう。だが、どういう勝ち方をしたんだ? あの時は騒ぎを収めるのに躍起になっていて、君達の方は全く見えてなくてな……」

 言いたくないなら別にいいんだが、と付け加えながらウメ先生は疑問を口にする。なるほど、至極もっともな疑問だ。あんなに防戦一方だった俺が、どういった経緯で勝ちを拾ったのかが気になって仕方がないのだろう。いつも泰然とした雰囲気のウメ先生だが、今ばかりは何処となくそわそわしているような、そんな気がする。

 ……そんならしくない姿を見せられては仕方がない。先生相手に説明するのは大分緊張するが、何とかやってみるとしよう。

「……まず、俺は霧で視界を奪い、なおかつ追加の案として観客もそれに巻き込んで、混乱を誘発させようとしました。その機会に乗じて強襲。死角からの一撃でケリを付ける予定でした」

「……一言目から観客を巻き込むとか、何やら聞き捨てならない事を言っているが……まあいい。続けて」

「ですがそれは失敗。一度目の奇襲でこっちの思惑に気付いたサンゴバナさんは、あろう事か、壁を背にして防御を固めたんですよね。あれにはちょっと参っちゃいましたね……ただでさえ隙が無いのに、どうしろっつーの……」

 思わず悪態が漏れてしまう。そんな俺に眉根を寄せながらも、ウメ先生は話の続きを促す。

「だが、君は勝利した。……一体何を?」

「……あの時、本当に時間が無かったから無い知恵絞って必死こいて考えたんですよ。そしたらピーンと閃いたんです。

 “死角が無いのなら作ればいい”って」

 そこまで話すと、おもむろに投槍の要領で斧槍を構える。

「魔力が殆ど無いから再現できるか怪しいですけど……ちょっと見ててください」

 斧槍に十分な量の影を纏わせ、過たず壁に突き立つよう投げ放つ。

 斧槍は逸れる事無く、真っ直ぐと壁に向かって飛び――

「おい君。何だその芸当は……?」

 ……斧槍は飛ぶことなく、空中に投げ放たれた瞬間のまま“固定されていた”。

「ああ、良かった。もう出来ないかと思った。これ結構大変だったんですよ、魔力を無駄に食うし……んでですね。コレを固定したまま、こうやって移動して……」

 ぐるりと移動して壁にぺたりと手を当てる。そして――

「それで、ドーンと!」

 斧槍に纏わせた魔力を爆発させる。それと同時に自身も地を蹴り、斧槍の突き立つ位置へと目がけ疾駆する。そして交差する瞬間に飛んで来た斧槍を掴み、ウメ先生へと向き直った。

「……ってまあ、こんな感じで一人時間差攻撃って奴を試したところ、ドンピシャで成功しまして! ハルバードを弾いて無防備になったサンゴバナさんを組み敷いて、勝利をもぎ取ったってのが事の顛末になります!」

 ……本当は組み敷いたなんて生易しい事はしていないが、オブラードに包んでおく。「首絞めて勝ちました♪」なんて言ってもドン引きされるだけだしな……

 そんな俺の報告を聞いて、何故か頭を抱えるウメ先生。

「どうしてそう、変な曲芸をポンポン思い付くんだ君は……我が弟子ながらどういう脳味噌をしているんだ……?」

「あっはっは! 凄いでしょう! 我ながらあの土壇場でよく閃いたものだと……」

「いや、褒めてないからな!? 呆れてるだけだからな!? はあ、本当にもう……」

 再度顔を伏せ溜息を吐くウメ先生。だがそれで気持ちを切り替えたのか、再び顔を上げた時には、落ち着いたいつものウメ先生に戻っていた。

「……まあ色々思う所はあるが、聞かせてくれてありがとう。時間を取らせてしまって申し訳ない。すぐに中庭へ向かうとしよう。……まだ続きがあるのだからな」

 ウメ先生はそこまで言い放つと、サンゴバナさんを担ぎながら、未だ片付けを自主的に続ける騎士二人の元へと歩き出して行った。

「あー……そういえばまだこれで一試合終わっただけだったな……」

 俺も一言漏らし、ウメ先生の後ろに続いて歩き出す。

 ……第一試合からもう既に魔力が底を突いているが、これからどうしよう。サンゴバナさんに勝てただけでもまあ及第点だとは思うが、ここまで来た以上、残るあの二人にも何とかして勝ちたい。というか、アネモネの武器は槍らしいってのは昨日会ったから分かるけど、キルタンサスさんの武器が分からないんだよな……あの人何も持ってないし……まさか武器無し? いやいや、そんな馬鹿な。害虫相手に素手とか、蛮勇も良いところだろう。

 歩きながら相手についての考察を開始する俺。色々と考えることは多いのだが……

(うん。でも最終的には魔力不足がネックなんだよな……という訳で――)

 ……もはやどう足掻こうとも、結論はここに帰結する。

(エニシダ……! 早く帰って来てくれ……ッ!)

 ……半ベソになりながらそんな事を思う、お昼下がりなのでした。

 




……という訳で、第一試合終了です。何か気付いたら死ぬほど泥臭い勝ち方になってた。でもまあこういうのも良いよね!

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