それは此処ではない何処か   作:おるす

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 お久し振りです。何とか生きてます。遅れに遅れましたが、どうぞ。


八日目「第一試合:煌めきの双剣使いⅠ」

 私は地を駆ける。得物を構えながら。獲物を見据えながら。

 凝視するのは全身黒塗りの少年――イルさん。何かの術を施したのか、その姿は頭から影を被った様で、まるでそこだけ色彩と言う概念が取り払われたかのように、酷く現実離れしている。

 ……あんな子供相手に全力を出していいのかな? 逡巡は一瞬。これは試合ですから、本気でやらないと。相手にも失礼です。

 今までの人生で積み上げた技能を総動員させ、疾駆の後に双剣を紫電の如く突き立てる。狙うは左腕の関節。先ずは利き手と思しき箇所を狙い、様子見と行きましょう。

 双剣はあっけないほど簡単に突き刺さった――はずだった。

「……っ!」

 刺突はイルさんの持つ斧槍によって、完璧にガードされていた。寸分過たず斧槍の刃の腹で受けられている。

「……なるほど。速いな」

 ぼそりと一言。影法師が漏らす。

「だが、ウメ先生の地獄のようなしごきを耐えきった俺を、舐めてもらっては困るなっ!」

 凜と響く男女どちらとも判断の付きかねる声。次の瞬間、

「先ずは餞別だ。串刺しになってくれるなよ?」

 足元の影が蠢いたかと思うと、無数の槍が飛び出してきた。

「……くっ!?」

 バク宙で距離を大きく離しながら槍を躱す。

(……これがこの子の加護……! 大分厄介そうな能力ですね……!)

 跳躍しながら空中で思考する。黒ずくめの外見といい、影由来の召喚術だろうか。あの様子だと他にも隠し玉をたっぷりと持っていそうだ。

 程なくして着地。そして同時に元いた場所へと油断なく視線を投げかける。が、

「……いない?」

 そこに相手の姿は無い。何処へ行ったのでしょう……?

(この感覚……何か……不味い!)

 数多の実戦で培った直感が最大級の警鐘を鳴らす。こういう時は、そう――

「……死角!」

「ご名答ッ!」

 振り返り双剣を交差させ防御の構えを取る。そこへ目視で確認する間も無く、衝撃が全身に走った。

「っつうっ……!」

 一歩遅れて視界に収めるも、果たしてどうやって移動したのか、そこには中空から斧槍の腹で横薙ぎに殴りかかっていた黒い悪魔がいた。

「もういっちょおおッ!」

 横薙ぎの勢いを活かして第二撃が飛んでくる。今度は大上段の斬撃。あれを貰ったら加護の防御があっても無事では済まないだろう。

「危ないっ、ですねっ!」

 衝撃で怯む体を押しサイドステップで躱す。元いた場所に破砕音を轟かせながら、斧槍が深々と突き刺さった。

「……ちっ。今のは決まったと思ったんだけどなぁ……」

「いやいや!? 今の直撃したら一発で昇天してたと思うんですけどっ!?」

 思わず抗弁してしまう。どうもやり過ぎだと分かっていないような……この子、常識とか無いのかな……?

「いや、ウメ先生はもっとすごいのやってきたし……ねえ、ウメ先生? ……あっ、バッテン? バッテンって事は今のはダメなのか……むむむ……加減が分からない……」

 審判のウメさんを振り仰ぎ嘆息するイルさん。……加減が分からないとか、恐ろしい事は言葉に出さず、胸の内にそっとしまっておいて欲しいのですが。

「……まあちょっとやり過ぎちゃっても大丈夫でしょ。戦闘経験豊富なサンゴバナさんなら避けてくれますよ……ねッ!?」

「……!」

 にこやかにそんな事をのたまいながら再度急接近してくる。今度は突進しながらの刺突。寸での所で躱し、お返しとばかりに斬撃を叩き込もうとする。だが――

「おっと、危ない危ない」

 斬撃が届くか届かないかの所で急速に方向転換。まるで何かを足蹴にしたような、あまりにも不自然な軌道だ。あっさりと私の射程外へと逃げられてしまった。

「何ですかその曲芸はっ!?」

 斬撃がすっぽ抜けたせいで間抜けな抗議の声が出てしまう。そんな私をあざ笑うかのように再度空を駆け強襲してくるイルさん。振るわれる斧槍を双剣で防御する。

「空間跳躍の応用とかなんとかだとさ! よく分からんけどなッ!」

「よく分かってないもので人の攻撃を避けないでくださいよっ!?」

「使えるものは何でも使う主義なんでな!」

 今度も双剣を振るう前に射程外へと退避されてしまった。……なるほど、あれは空間跳躍ですか。リリィウッドの花騎士にも使い手はいましたが、実際に相対すると厄介な事極まりない。それにしてもこれでは埒があきませんね……

「仕方がないです……早々にコレを使うのは癪ですが……」

 己の得物へと魔力を込めていく。煌めきが際限無く広がる様をイメージ。今まで幾度となく繰り返した行動だ。間違えるわけも無く、

「――覚悟してくださいっ!」

 跳ね回る相手めがけ十字の斬撃を振るう。それと同時に魔力を放出させる。

 一見するとただ空を切っただけの無意味な行動だが、私の場合は違う。魔力は剣閃によって刻まれ無数の衝撃波となり、高速で獲物へと殺到していく。

「んな……!?」

 振り返り殺到する衝撃波を見たイルさんが言葉を失う。私が遠距離攻撃できないとでも決めつけていたのでしょう。胸のすくような光景です。

「くっそっ、何でもありか!? ぬおおっ!」

 辛うじて衝撃波を斧槍でガードするイルさん。だがそれでバランスが崩れたのか、空から降りて地面へと着地。……この機会を逃す私ではありません。

「ようやく捕まえましたよ! ここからは私のターンですっ!」

 地を駆け懐へと入り込み、そのまま二刀による斬撃のラッシュを叩き込んでいく。

「ふっ! はっ! ええいっ!」

 横薙ぎ、縦切り、袈裟切り、掬い上げ、それにフェイントも織り交ぜ、相手に太刀筋を読まれないよう、ありとあらゆるパターンで切り付けていく。

「ああくそっ! 防ぎきれるか馬鹿っ!」

 流石に全ては斧槍で防ぎきれないのか、斬撃は防御を越え何度か直撃する。しかし、有効打にまで至ってはいない。よくよく見ると、服の表面に影を纏わせていて、それで防御しているようである。

 ……この人、色々と器用過ぎませんかね。まあ、ずっと切りつけていればいつかは魔力切れになりますし、それまでの辛抱でしょう。

 偉い人はこう言いました。一回でダメなら十回、十回でダメなら百回、百回でダメなら千回切り付ければいいと。これ、重要ですよ。

 だが、この一方的な攻勢、相手にとってはそりゃもう不服の極みらしく、

「いい加減離れろッ!」

 斬撃の合間を縫い何とか距離を離して仕切り直そうとするイルさん。バックステップ、かな?

「いーやーでーす! このまま微塵切りになって下さいっ!」

 ……だがそれを許す私ではありません。動きを読み、相手の動きに合わせこちらも距離を詰める。この射程ならば双剣の本領発揮です。それに長年戦い続けた経験もある。素人に毛が生えた程度の相手の行動などお見通しなのです。

「ぐぬっ、かくなる上は……」

 何事かぼそりと呟くイルさん。……何か策でもあるのでしょうか。さきのように槍を生やしたりしてくるのかも。もしかしたら地面から以外にも、服の上からだって生やしたりしてきたりするかもしれません。

 斬撃を叩き込み続けながら最大限に警戒する。何しろこれまで予想から外れた行動ばかりしてきた相手です。戦闘の素人とはいえ、その発想には油断など全くできません。

 ……などと思考しながら斧槍の防御を縫い、何度目かの斬撃を肩口に叩き込んだ時。

「っ!?」

 叩き込んだ箇所がごぼりと波打つ。そのままそれはみるみるうちに膨れ上がり――

「初めてやるんだからな! 上手く加減出来てなくても恨むなよッ!」

 次の瞬間、両者の間に爆発が生まれた。

「きゃあっ!?」

「ぐうっ……!」

 耳をつんざくような爆発音と閃光、魔力を帯びた強烈な爆風に、条件反射で防御姿勢を取ってしまう。

「…………しまった!?」

 しばらくして爆風が止み、固く閉じた目を開いた時には、あんなに近くにいた相手の姿は既に無く、

「ああ、初めて自爆なんてしたけど、こんなのはもう二度とごめんだな……あたた」

 首を巡らして焦げた匂いを辿ってみれば、遠く離れた所にブスブスと黒い煙を出しながらぼやくイルさんの姿が確認出来ました。

「……自爆なんて普通は思い付いてもやらないと思うんですけど。というか、普通はやれませんが」

「いやまあ、離れられそうな手段が他に思い付かなくてな……この一張羅が丈夫じゃなかったらもう三十秒ほど悩んでたところだな。うむ」

「どちらにしろ自爆はするんじゃないですかっ! もっと自分の命を大事にしてくださいよっ!?」

「あれぐらいやらないと動きが止まらなさそうだったんで……つい……」

「つい、じゃないですよ!? はあ、本当にもう……」

 思わず呆れて溜息を吐いてしまいます。一歩間違ったら無事では済まなかったでしょうに……この人は自分の命を何だと思っているのでしょう。

「だがなんにせよ、だ……」

 そこで言葉を一旦切るイルさん。何をするのかと眺めていたら、次の瞬間には再度跳躍して切りかかって来たではありませんか。

「これで仕切り直しだな、っと!」

「くっ……!」

 ギシリと組み合った双剣と斧槍が軋む。咄嗟に振り払い衝撃波を放つも、これまでの行動で学習されたのか、軽々と避けられてしまう。

 ……さっきまで言い訳していたかと思ったらこれだ。こちらが呆れている不意を突いての行動なのだろうけど、素人にしては如何せん切り替えが早過ぎるし、一回見せた技に対応してくる学習速度も異常です。なんでしょう、野生の獣か何かですかね。この人は。

 再度距離を離そうとするイルさんを追い、衝撃波を飛ばしながらこちらも最大速で距離を詰める。これではいたちごっこで全く埒が明きませんが、現状こちらの取れる選択肢としてはこれが最善手。奥の手を出すにしても、もっと相手を消費させてからの方がよいでしょう。

 ……ああ、それにしても、ですよ?

「まったくもう……! こんなに大変なら最初にガツンとやって、さっさと終わらせておくべきでしたっ……!」

 

 

「ああ、本当に、最初でとっとと終わらせたかったんだがなぁ……」

 後ろから追いすがるサンゴバナさんと全く同じことをぼやきながら、俺は心中で苛立を噛み殺していた。

(経験豊富とは聞いていたけど、ここまで隙の無い戦闘スタイルだとは……)

 背後からひっきりなしに飛んでくる衝撃波をジグザグに動いて回避しながら、時には斧槍で切り払いながら思考を走らせる。

 現状取りうる手段は隙を突いての強襲からの即時離脱。下手を打ってあの双剣のラッシュに捕まると、先のようにずたずたに引き裂かれかねない。ああ、あの時加護で防御していなかったらと思うと本当に怖気が走る。

「はっ……はあっ……それにしてもっ、本当、どうしたもんかね……」

 絶え間ない移動により呼吸が荒れ、焦りからぼやきまでも漏れる。……魔力、体力共に大分疲弊してきたようだ。流石に自爆したダメージは無視できるものじゃないか。その上、強襲離脱は思っていた以上に神経を使う。絶えず緊張しっぱなしのこの状況。想像以上に早く、身体にガタが出始めているようだ。

 何か状況を好転させる方法は無いか考える。……策を弄するにしても、この状況では取りうる手段が余りにも少なすぎる。地上に降りて影を十分に補給しようにも、その時には待ってましたと言わんばかりに襲ってくるだろうし、

(兎にも角にも、出来る事は現状維持か……)

 疲労により纏まらない思考を切って捨て、簡潔な結論を下す。今すべきことは一回でも多くの有効打を叩き込む事。贅沢を言うなら斧槍で頭を一発ぶん殴れれば最高だ。それだけで決着がつくのだから。

「――でりゃあッ!」

 斬撃を縫い、何度目かの強襲をかける。……またしても双剣で防がれた。即座に離脱。

「くそっ……! はあっ……」

 安全圏まで退避するも、今回は相手は動く気はないようだ。それどころか俺を興味深そうに見てくる。

「……大分息が上がってきましたね? 鬼ごっこにも疲れましたか?」

「ああ。ふう……ちょっと飽きてきたところだよ」

「またそんな強がりを……」

 呆れたように肩をすくめるサンゴバナさん。続けて諭すように言い放ってくる。

「軌道も太刀筋も露骨に雑になって来てますし、実際のところ、限界なんじゃないですか? そろそろ降参した方が身のためですよ?」

「降参、だって?」

 降参、降参と来たか。なるほど。この上なく甘美な選択肢だ。だがしかし――

「……ふっ。ふははっ」

「……? 何かおかしいですか?」

「いやごめんごめん。降参なんて考えたことも無かったからさ。ついおかしくって」

「だから、それの何がおかしいんです?」

「……言い忘れてたんだけどさ。俺って大分負けず嫌いみたいなんだよね」

「はあ」

「だから、降参はしない。絶対に。何があっても。意識を手放すまで抗い続ける」

 ……またしても無駄に見栄を切ってしまった。こんな事ばっかり言ってるからいつも苦労するんだよな……でも勝てそうで勝てないこの状況は、非常に燃えるというか何というか。例えるならそう、ウメ先生と手合わせした時ととても良く似ている。

 なればこそ。抗うのを止め、思考を放棄した時点で、敗北が決定するのではなかろうか――

「…………」

 俺の独白に返答は無い。サンゴバナさんはただ無言で双剣を構え直しただけだ。

 ……だが、ただそれだけで明確に雰囲気が変わったことが知れた。俺もまた武器を構え直し、続けて言い捨てる。

「……次で決めよう。ぶっちゃけ、動き回るのも疲れたし、そっちもそろそろ頃合いかって思ってるところだろう?」

「……よく分かりましたね。ええ、こちらも次で決めます。疲弊した今のイルさんなら確実に仕留めてあげられます。……降参するかしないかなんて、考える必要がないくらいに、完膚なきまでに完勝してみせます!」

 ……決意の言葉を皮切りに、互いに魔力を全身に巡らせる。こちらはとりわけ足元を重点的に。残っているありったけの魔力を込めていく。

 決着が着くとしたら一瞬だろう。全神経を集中させ、僅かな動きにも反応できるよう備える。

「…………」

「…………」

 場に満ちるは静寂。緊張故か、時間の進みが泥のように遅く感じる。

 ……相手に動く気配は見られない。ならば――

「――――!」

 ……自然体で気取られないよう、僅かに前傾姿勢を取る。しかる後に瞬時に足裏の魔力を爆発させ、文字通りの爆発的速度で己が身を弾丸と化して相手へと殺到させた。……俗に言う無拍子とやらの魔力応用だ。

 接敵するタイミングに合わせて斧槍を振り下ろす。我ながら完璧な軌道、今まで精彩を欠いていた斬撃とは程遠い、まさしく必殺の一撃。

(この一撃、避けられるか……ッ!)

 だが――

「…………!?」

「ぐっ……でやああっ!」

 あろう事か、全力を込めた斬撃は……サンゴバナさんによって真っ向から受け止められてしまった。斧槍を受け止めた双剣は、こちらを全力で押し戻さんと、眩いばかりに煌めき、己の存在をこれでもかというほどに主張してくる。

「くっ……! なら……ッ!」

 まだだ。まだ初撃が防がれただけだ……! 即座に次撃へと移行。最初の突撃時と同様に身を捩りながら影を蹴り、横薙ぎの斬撃へと繋ぐ。今度は悠長に斧槍の腹などで殴らず、ありったけを叩き込んでやる……!

「貰ったッ!」

「――いいえ! 貰うのはこっちです!」

 あらん限りの速度で視界を向けた俺を待っていたのは、予期せぬ光景だった。

「――――!?」

 双剣から放たれる煌めき。それは見る間に膨れ上がり、こちらの視界を白く染め上げていく。

 白く。更に白く。止まることなく際限無く広がっていき――

「ぐっ……眩し……!? あああっ…………!」

 次に知覚したのは、双眸に走る激痛。堪らず、武器を振る片手を放し、瞳を抑える。……無論片手で振るう武器にはそれまで漲っていた勢いなどある訳も無く、明後日の方向を惰性のままに切り付けていた。

 今のでこちらの網膜が焼け付いたか――そう理解した時にはもう遅かった。

「まずは一つ!」

「――ぐっ!? ごふっ……!」

 腹部に衝撃。同時に肺の中の酸素があらかた絞り出され、呻き声が漏れる。

 双剣で殴られたか……!? だが、それにしては質量が重すぎる……! 明滅する視界を酷使し、相手を辛うじて視界に収める。

(……そのための……グリーブか……ッ!)

 確認できたのは、足を上げながらロングスカートを翻している剣士の姿。恐らくはこちらを蹴り飛ばした後、足を戻している途中なのだろう。

 ……重力を振り切り、己の体がぐるぐると回転しながら高く飛ばされていくのを感じる。ああ、ハイキックで人はここまで高く飛び上れるんだな……だけど、飛ぶにしてももっと穏便な手段で飛びたかったものだ。エニシダの箒の方がまだ安全だっただろうな……

 身体と共に飛びかかる意識で、そんな益体も無い事を考える。我ながら悠長なものだ。さっきまでの気合いは何処へ行ったのだろう。

 だが、次に耳に飛び込んできた言葉で、そんな呑気な事を考えていられなくなってしまう。

「まだまだいきますよっ!」

(…………!? まだ来るのかッ……!?)

 ハッと目を見開き、再度相手の姿を探す。視界は相変わらず最悪なままだが、声のした方を頼りにして何とか姿勢を制御。落ちながらではあるが、最低限の迎撃できるだけの用意は出来た――

「……って! またそれか!?」

 少しだけ回復した視界に入ったのは、こちらへと殺到するおびただしい量の衝撃波。……どうやら、次で決めるという言葉は誇張でも何でもなかったらしい。

「こなくそッ!」

 既に目と鼻の先にまで迫ったそれら相手に、回避という選択が取れる訳も無く、咄嗟に斧槍を盾代わりとして身を隠す。……身を隠すにはあまりにも面積が足りていないが、急場凌ぎの思い付きなど所詮こんなものだ。当然、全てを防ぐことなど出来る訳が無い。

「ぐっ! …………ッ!」

 為す術も無く全身が切り刻まれていくのを、歯を食いしばりながら必死に耐える。まるでミキサーやシュレッダーにでもぶち込まれた感覚だ。斬撃によって全身を覆う影が次々と剥ぎ取られていく。

(まだか……まだ終わらないか……!?)

 時間にすれば数秒程度の攻撃だっただろう。だが、耐え続けるだけの時間というものは得てしてその数倍、数十倍の時間に感じるものだ。

 ……体感時間にして耐え続けること数刻。待ち望んだ時は唐突に訪れた。

「や、やっと終わった……ぐえっ!」

 衝撃波が止んだと思った次の瞬間、防御姿勢のままに地面へと熱烈なダイブをかましてしまう。受け身姿勢など取れるわけも無かったからまあ、仕方ないのだが。おかげで無様な声が漏れてしまった。ああ恥ずかしい。

「だがこれで、終わり……」

 痛む体を押して何とか起き上がる。それとなく全身も確認してみるが、影はほとんどが剥げ落ちており、最早満身創痍である。服がずたずたになっていないのだけが不幸中の幸いか。

 次に確認するのはこんなになるまで攻撃しやがってくれたピンクの悪魔だ。あれは今どうしているか……

「……ってまあ、そうだよな。これで終わりな訳が無いよな……」

「ええ。ようやく起き上がってくれましたね。これで心置きなく必殺の一撃が放てるというものです」

 再度相対した相手はそんな事を言い放ってくれた。見れば双剣もこれでもかと言わんばかりに煌めいていて……まあ、その、あれだ。殺る気満々ですね……

「……私としてはあのまま起き上がらずに終わってくれていた方が良かったのですが。仕方ないですね。とっても心が痛みますが……」

 そこで更に煌めきを増す双剣。最早光が剣の形をとっているかのようだ。

「この必殺の一撃で! 決着を付けますっ!」

「いやいや、ちょっと待って落ち着こう。ほら見て、俺もうぼろぼろだよ? 必殺の一撃なんて受けたら、今度こそあの世行きかもだよ?」

 動転した俺は思い付くままに時間稼ぎの言葉を並べてしまう。だがそんなもので止まる相手でもなく、こちらを見据えたまま、ただただ目を細めるばかり。

「この期に及んで命乞いですかっ。だったら今すぐ降参してくださいよ!」

「いや、それは、うーん……」

 ……降参という言葉に反射的に難色を示してしまった。まあ、ここまで来て降参するとか、ちょっと間抜けにも程があるしな。例えるなら、マラソンのゴール直前で「もう無理です走れません」と言ってリタイアするようなものだ。お前は何しに来たんだよ、と。

 ……それに何より。今はこの先が見てみたい。この煌めきの剣士が放つ必殺の一撃が……!

「……やっぱり無理なんですね。では、もう言葉は不要――」

 そこまで言うと唐突に跳躍するサンゴバナさん。跳躍と言ったが、より正確に言うと側宙――それで二回転ほどした後に双剣を地面へと叩き付ける。

 ……するとどうだ。こちらの身の丈の二倍、いや三倍はありそうな衝撃波が、地面を割り裂きながら、圧倒的な物量で押し寄せてきた……!

「また衝撃波……! でもこれなら……!」

 高速で襲い掛かってくる衝撃波を躱しながら、避けられそうもないものは斧槍で切り払っていく。

 物量こそ膨大だが、一つ一つ丁寧に処理していけば何とか――

「――何とかなるかも?」

 こちらの思考が読まれたのか、そんな言葉が投げかけられた。背筋に氷柱を突っ込まれたような、嫌な予感が総身に走る。

「……でも、これで終わりじゃないんですよ?」

 言葉と共に地面が、視界が、世界が煌めいていく。

「なっ……!? まず――」

「さあ、微塵切りです!」

 次の瞬間、辺り一面から文字通り“生えた”煌めく刃によって俺の全身は切り刻まれ、その勢いのままに、またしても高く高く吹き飛ばされたのだった……

 




 サンゴバナさんは強キャラっすなー。

 あ、設定資料集読みました。世界考察が当たらずとも遠からずだったので一安心……って、相変わらず地図とか人口とか分からないじゃないですかやだー! もう好き勝手書くから!

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