「うーむ……」
ここは何処かの食堂、いや、レストランかな。そのカウンター席に座り俺は思案する。右隣の席にはアネモネさん。周りを見るとそれなり程度の客が談笑しながら、あるいは黙々と食事に舌鼓を打っている。店内には蓄音機からだろうか、クラシックのような音楽も流れていていかにも落ち着いた雰囲気の店だ。出される料理の種類は不明。だが、良い匂いがするから多分美味しいはず、たぶん。
……それにしてもどうしてこうなったのだろう。訳が分からないまま流されるまま、美味しいご飯に釣られてホイホイ付いて来てしまった。アネモネさんは悪い人ではなさそうだけど何分初対面だし、こんな無警戒でこれから先大丈夫だろうか、俺……
というか本当にここ何処だろう……背中を追いかけて入り組んだ小道を出たり入ったりしたからもう何が何やら。あれ、これってちょっとした拉致みたいなものではなかろうか……?
「はいこれ、メニュー」
「あ、どうも……」
俺の思考をぶった切るかのように、隣のアネモネさんがメニューを手渡してくれる。外套を椅子に掛けてゆったりとリラックスしてる姿はなるほど、勝手知ったる我が家のようで、行きつけの店というのは本当だったらしい。
……それにしても、外套を羽織っていて分からなかったけどこの人スタイル良いな……それに加えて長めの青髪といい整った顔立ちといい、ストライクど真ん中である。今更ながらドキドキしてきた。何でこんな美人さんと俺なんかが隣に座っているのか不思議なくらいだ。
「……どうかしたかな? 私の顔、何か付いてる……?」
「あ、いえ、その……ちょっと、綺麗だなって」
「へ……?」
しどろもどろになりながらも感じた事を口に出す。こういう事はちゃんと伝えるのが良いと思うんだ、うん。というか、適当にはぐらかしても俺の場合ボロが出るだけだろうし……
そんな俺の言葉に面食らったのか、しばし固まるアネモネさん。
「綺麗だなんて、そんな……えっと、イル君も綺麗だからね? 服とかすごいお洒落だし……」
「……」
少し頬を染め、そんな事をのたまって下さった。
……予想外の返答が来たな。いや、俺は別に綺麗じゃなくてもいいんだが……
返答に困ったので、メニューに視線を移し難を逃れる。……ああなんだ、意外と普通の料理じゃないか。洋風から中華まで手広く揃っているようである。これなら困ることも無さそうだ。店内を歩く店員さんを呼び止め注文を伝える。
「あの、オーダーお願いします。タコスとホットチキンと麻婆豆腐とライス下さい。全部辛さマシマシで」
「はーい、かしこまりました」
「あ、えっと、私はパエリア大盛りで」
「はいはいー」
「……あ、それと追加でビールもお願いしま――」
「未成年は飲酒禁止です!」
「ぐぬぬ……」
……しれっと追加しようとしたら怒られてしまった。
「イル君、お酒はダメだよ? もっと大人になってからじゃないと」
俺の事情を知らないアネモネさんもそんな事を言って嗜めてくる。いや、中身はもう多分貴方より大人なんですよね……
「……それにしても、見事に辛いものばっかり頼んだね。好きなの?」
「ここ最近手ぬるい食事ばっかりだったので反動が……アネモネさんも大盛り頼むとか、見かけによらず結構食べるんですね」
「あ、うん、我慢してたけど一日中馬車に揺られてたからもうお腹ペコペコで……あはは……」
そんな事を言い合いながら苦笑いする俺達。それほど待たされることも無く料理が運ばれてくる。
「はーい、お待たせしましたー!」
「お、おおお……」
眼前の食卓が見事に赤く染まっていく。辛さマシマシオーダーはちゃんと受理されたようだ。子供だからって手加減するような店じゃなくてよかった……
「いただきまもぐもぐもが」
挨拶もそこそこにまずはタコスを三口で平らげ、次にホットチキンに噛り付く。肉に味付けされた迸るような辛さが五臓六腑に染み渡っていく。これこれ。こういうのでいいんだよ、こういうので。
「イル君がっつき過ぎ……それじゃ私も頂きます」
俺の勢いに呆れながらも、アネモネさんもスプーンを取りパエリアを食べ始めた。……お腹が空いていたのは本当だったのだろう、俺に勝るとも劣らないスピードでパエリアが消えていく。
「アネモネさんも人の事言えないじゃないですか、もがもが。食べるの早過ぎ」
「んぐっ、し、仕方ないでしょ。お腹ペコペコってさっき言ったじゃない……」
俺の指摘にまたしても頬を染めるアネモネさん。そうは言いつつスプーンが全く止まらない。その事を更に突っ込んでやろうかとも思ったけど、やめた。今は眼前の料理に集中せねば……
「もごもご、んぐっ。ぷはぁ!」
麻婆豆腐をライスと一緒に掻き込み、お冷で流し込む。
脳が痺れるような素晴らしい辛さだった……お洒落な内装とは裏腹に、なかなかどうして本格的な味わいである。麻婆豆腐のキモである辣味と麻味の割合も絶妙で、これだけでもここの料理人の高い技量が窺い知れるレベルだ。いやぁ、久しぶりの感覚に多幸感でいっぱいですよ。
一呼吸着いた後にまたしても店員さんを捕まえる。
「すいません、追加オーダーお願いします!」
「うわ、食べるの早っ!? こほん、失礼。追加ですねー」
「麻婆豆腐大盛りとライス下さい。あ、もちろん辛さマシマシで」
「はーい。って、また麻婆とか、大好物ですか?」
「はい、大好物ですので、麻婆豆腐」
「わ、私も追加でラザニア下さい……」
「お姉さんももう食べたの!?」
そんなやり取りをした後、料理が出るまで二人してぼへーっと待つ。
「はあぁ、美味しいものを食べると幸せになりますなー……」
「そうだね……君にあてられて私までなんかいっぱい食べてるし……ああ、太ったりしたらどうしようかな……ふふっ……」
自棄になってるのか、椅子に寄りかかりながらそんな事を言うアネモネさん。言葉とは裏腹に満足そうな表情をしていらっしゃる。それにしても何気に初めて笑顔を見たけど、こうして見るとすごく可愛いなって思う。もっと笑うといいのにね。
「……またじっと見てる。私を見るの、そんなに楽しい?」
「ああ、いや、ごめん。笑顔が可愛かったから……」
「……っ!」
ぷいっとそっぽを向かれてしまった。むぅ、失言だったかも……これはどう挽回したものか……
そんな時だ。
「いらっしゃいませー」
店のドアが開き誰かが入店してきたようだ。その誰かは店内を横切り、真っ直ぐに俺の左隣の席にどっかと座ってきた。
「はぁー……どっこいしょっと……疲れたぁ……」
床に荷物をどさりと置きメニューを探るお隣さん。どっこいしょとかおっさん臭いな……それにしてもどこか聞き覚えのある声のような。
「すみませーん、注文お願いします」
「はいはーい」
「えっと、デラックスパフェと杏仁豆腐とメロンフロート下さい」
「かしこまりましたー」
うへぇ、全部甘味で固めて来るとかどんだけだよ……どんな顔をした奴がそんなオーダーしたのか、ちょっと気になったので確認してみる。
横に座るのは桃色の長髪を揺らしながら椅子に寄りかかる女性で――
「…………って、エニシダかよ!?」
「ほえ、その声は……! な、ななな、何でイルさんがここに!? こんな一部のブロッサムヒル市民しか知らない穴場スポットに何故イルさんが!?」
二人して指刺し合い驚愕する。何だこの出来過ぎた偶然は。というかここそんな場所だったのね……
そんな俺達を見てアネモネさんだけが事情を全く呑み込めずにポカンとしている。
「えっと、知り合い……?」
「んー、何て言うか、腐れ縁です……」
「またそんな説明するんですか!? というか、そちらの女性は誰です!? 何でちょっと別れた間に知らない人とホイホイ仲良くなってるんですかっ!? 私はもうお役御免ですか……!? チリ紙にくるんでポイされちゃいますかっ……!?」
「うるさいよ! 会って早々何でそんなやかましいんだお前は!」
矢継ぎ早に捲し立ててくるピンク魔女。騒々しい事この上ない。というかちょっと他の人と仲良くなっただけでお役御免という発想に何故なるんだ……相変わらずこいつのネガティブ思考は絶好調なようである。
「はい、おまちどうさま。デラックスパフェと杏仁豆腐とメロンフロートと麻婆豆腐辛さマシマシとライスとラザニアです!」
……だがそんな俺らを無視して料理が運ばれてきた。運び終えるとぱたぱたと忙しそうに去っていく店員さん。何て言うか、空気なんて読んでたらこんな仕事回せないんだろうな……
「…………」
「…………」
「…………」
「取り敢えず、ご飯食べようか……」
「そうですね……お腹ペコペコですし……」
「私は、何でもいいけど……でも料理が冷めるのは良くないよね」
三者三様、思い思いの食器を手に食事にとりかかる。
幸いな事に、この場には健啖家しかいないようだった。うん、ご飯が大好きなのは悪い事じゃない。むしろ大変喜ばしい事だ。
それからしばらくは、ただただ食器と皿の擦れ合う音だけが俺達の間で鳴り響く。
「……イルさんの麻婆豆腐、凄まじい赤さですけど、それ本当に美味しいんですか……?」
「……食うか?」
「やめておいたほうが……」
「そ、それでは一口……はむっ。…………――――ッ!!?」
「おお、エニシダが変色していく……!」
「ああもうっ、言わんこっちゃない……もぐもぐ」
「ふむむ、なるほど。眠りこけていたイルさんをアネモネさんが回収してくれたと……」
「回収とは何だ。回収とは」
「イルさんに代わってお礼を言います。アネモネさん、ありがとうございました」
「あ、いや、大したことしてないし……」
「いえいえ、多分アネモネさんが見つけてなかったら今頃途方に暮れていたと思いますし。『うがー! ここ何処だ!?』とか言って街中走り回ってたと思いますし」
「お前は俺の事を何だと思っているんだ……!?」
「ふふっ、イル君なら何か言いそうだね」
「ちょっとー!? 俺そんな残念じゃないからな!? 世界花と太陽見て方角くらい判断できたからな!?」
食後のお茶を飲みながら談笑する俺達。既に自己紹介やこれまでの足跡などは手短に情報交換し終えた後だ。
「イルさんって見た目に似合わず大分行き当たりばったりですからね。何とかなったから良いものの、このお洋服だって本当は予算オーバーしてたんですから」
「へえ、そうなんだ? それでも何とかなったってのは凄いんだか、呆れるんだか……」
「本当ですよねー」
エニシダとアネモネさんは何だか波長が合うのか、二言三言言葉を交わしたらすぐに仲良くなってしまった。きっとお人好し同士、互いに共感する所があるのだろう。
……それはそうと俺の扱いがそこはかとなく雑なのは何故だ。俺についての認識にまで波長を合わせなくてもよかろうに……というか、アネモネさんはさっき会ったばっかりだよな? 何で言いそうとか分かるんだろうか……
「おほん、まあ俺の事はどうでもいい。エニシダも何か苦労したみたいだし……ブエルはちゃんと遊んで帰ったのか?」
「ええ、ブルーエルフィンちゃんなら一緒に色んな店を見て回った後、馬車に乗り込むところまで見送りましたよ。これで安心してウィンターローズに帰れる、なんて言ってましたっけ」
「あれ、この時間から乗って大丈夫なの……? 馬車でウィンターローズに行くとなるとリリィウッド経由になるし、結構かかると思うんだけど……」
「ああ、それなら大丈夫です。道中にはスカネもありますし、万が一の時は街道に隣接したお宿とか民家を借りるって言ってました。何よりあの子も花騎士なので旅慣れてはいるんですよ」
「なるほど、それなら大丈夫そうだね」
うむうむと納得したように首肯するアネモネさん。それよりもなんか思いがけない事を口走ったな……
「ブエルも花騎士だったのか……あんなちっこいのに……」
「イルさんにはちっこいって言われたくないと思いますよ……」
「俺は好きでこんなちっこくなってるわけじゃないからな!? というか十中八九お前のせいだからな!?」
「ま、またそんなこと言うんですか! 何度も言いますが私のせいじゃありませんから! 事ある毎に蒸し返さないでください!」
「頑なに認めないんだな!?」
「不可抗力ですし! 私はそんなに悪くありませんし! 強いて言うなら世界花が悪いですし!」
「おーまーえーなー!」
ぎゃーぎゃーと口喧嘩をする俺とエニシダ。何故だろう、別れて数時間しか経っていないはずなのに、こいつと話すのが酷く懐かしく感じる。
そしてこんなくだらない会話で安心している自分もいる。何だこれ。まるでこいつと一緒にいるのが自然で、別れているのが不自然みたいな……
……そんな俺達を見ながらアネモネさん。ふっと一言。
「……本当に二人とも仲が良いんだね」
「は!? いや、仲良くないです!」
「そうは言っても、今のイル君、すごい嬉しそうだよ?」
「なっ……!?」
「え、イルさん私と話すの嬉しいんですか……?」
「う、嬉しくない! ちょっとだけ安心しただけ……」
「安心してるって事はそれだけ信頼してるって事でしょ? イル君はエニシダさんの事、もっと大事にしてあげたほうが良いと思うけど……」
「……それは……」
あまりの正論に二の句が継げなくなる。確かに第三者からはそう見えるのだろう。だが、俺とこいつの関係はそう簡単なものではない。というか、割と異常な関係だよな……なんだよ、召喚者と被召喚者って。しかも誕生花とかいう因縁まであるし。
そこまで考えて、ついエニシダの顔を見てしまう。
「んー……」
「どうかしましたか、イルさん? 何やら神妙な顔をしていますが……」
ほわわんと問いかけてくるエニシダ。今まで主観やら複雑な事情やらで真っ当な評価をしてこなかったが、こいつは美人だ。まごう事なき美少女だ。そして俺を信頼してくれていて、何だかんだあって無二の相棒になりつつある。あと、こいつ大丈夫かって位優しい、というかチョロい。今日も俺なんかの為に街の案内なんてしてくれたし、お人好しにも程がある。
まあ、性格が残念ですぐネガったりするのは珠に傷だが、それを差し引いても俺には過ぎた人材だ。
「んー……?」
「ほ、本当にどうかしましたか……?」
「……なあ、エニシダ」
「何でしょう?」
「俺とお前ってどういう関係なんだろうな……?」
……思わず聞いてしまった。このままこいつとなあなあの関係でいくのも俺はまあ悪くは無いと思っているが、こいつはどう思ってるんだろう……
「ど、どど、どういう関係とはどういう事でしょう?」
「お前が俺を見定めたいから一緒にいたいってのは前に聞いたし、了承もした。だけど、この一緒にいたいってのは第三者から見たらどういう関係に見えるのかなって」
「な、ななな……」
「もしかしなくてもブエルの言ったように恋び――」
「はい、ストップーっ! ストップですイルさん!!」
「あばっ!?」
バチコーンと俺の顔面を叩いてくるエニシダ。……困るとすぐ暴力で訴えてくるのは良くないと思うぞ。
「その話は今度です! 今度にしましょう! 分かりましたか!?」
「……ふぁい」
……言われるがままにここはエニシダに従っておこう。よくよく考えたらこんなところで話す話題でもなかったな。それに聞く機会なんてこれからいくらでもあるだろうし。
「ふうぅぅ、分かればいいんです、分かれば。危ないところでした……」
「俺からしてみればすぐにぶっ叩いてくるお前の方がよっぽど危ないんだがな……」
「さきのイルさんの質問の方がよっぽど凶悪でしたからっ!?」
「そ、そうだったか? ちょっと聞いておきたかっただけなんだが」
またしてもがやがやと話し出す俺達二人。
「なんていうか、その、お惚気ご馳走様……?」
そんな俺達を見ながら、耳に入らないような小声でぼそりと漏らすアネモネさんなのだった。
「はふぅ、今日はご馳走様でした」
「何か、結局奢ってもらっちゃって……すみません……」
「ううん、いいから。今日のご飯楽しかったし」
店を出て互いにぺこぺことお辞儀し合う俺達。何というかすごい日本的光景だ。奥ゆかしさを感じる。周りは中世めいた景観なのにな……
結局あの後もひとしきり駄弁った俺達は、もう良い時間だろうという事で解散と相成った。時計を見るともう夜の七時だ。夜でもお城へは入れるとアネモネさんは言っていたが、こんな時間に城外に出たことが無い俺からしてみれば割とドッキドキである。治安とか大丈夫だろうか。いきなりカツアゲとかされないだろうか。
「さあ、それじゃ私は家に帰るのでここでお別れです。アネモネさん、イルさんの事よろしくお願いしますね」
「うん、任せて。ちゃんと送り届けるから」
がっしと握手をしながら言葉を交わす両者。一緒に食事をすると人は仲良くなりやすいって話は良く聞くけど、この二人にもばっちり当て嵌まったようだ。仲良きことは美しきかな。
「それじゃ、イルさんまた明日――」
「あ、ちょっと待った」
その場を離れようとするエニシダを呼び止める。そうそう、まだやる事あったんだった。
「? どうかしましたか?」
「これ、お前にやるよ」
ぐいとビワパラさんの入った紙袋をエニシダの前に突き出す。
「何でしょう……ってこれは、ぬいぐるみですか?」
「ああ、露店で見つけたんだ。これさ、俺の世界に良く似た見た目のぬいぐるみがあったんだけど、偶然見つけて、しかも結構良い出来だったから。……えっと、一応今までのお礼として」
「へえ、イルさんの世界に良く似たものが……うふっ、何だかとぼけた顔してて可愛いですね。それにすごいフカフカ……」
取り出してモフモフと感触を確かめながら、ビワパラさんの顔を見つめ微笑むエニシダ。うん、気に入ってくれたようで何よりである。というかお前、ビワパラさん似合うな?
「あれ。なんかここだけガビガビしてますね……?」
「…………」
ああ、そこは俺が枕にしてよだれが付いちゃったところか……咄嗟にアネモネさんにアイコンタクトを送り、黙っているように念を送る。
……よし、苦笑しながらも頷いてくれた。空気の読めるお人だ。知り合えて本当に良かった。
「とにかく、ありがとうございます、イルさん。お部屋に飾って大事にしますね!」
「ああ、でもそいつモフモフだから、飾るより枕とかにしたほうが良いと思うぞ。熟睡安眠間違いなしだ」
「そうなんですか。……それじゃあ、毎晩イルさんだと思って一緒に抱いて寝ますね」
「そう言うと誤解されるからやめて!? というか俺だと思う必要ないだろ!?」
「うふふっ、冗談ですよー。すぐ引っ掛かるんだから……それじゃ今度こそ、イルさん、また明日会いましょうね」
「……ったく、ああ、また明日な」
今度こそ本当に踵を返し、街の雑踏へと消えていくエニシダ。姿が見えなくなるまで見送った後、アネモネさんへと向き直る。
「すみません、お時間取らせました。お城に行きましょうか」
そう声を掛けたのだが、
「…………」
何やらぼうっとしているアネモネさん。出会った時も思ったけど、この人結構なぼんやりさんだよな……
「あの、もしもし?」
「あ、ご、ごめん……」
「体調でも悪いんですか? それともさっき食べ過ぎちゃいましたか?」
「ううん、大丈夫。だけど、ただ……」
そこで少し口籠るアネモネさん。何やら考えているようだけど、どうしたんだろう?
「ただ?」
「……ちょっと、君達を見てたら、羨ましいなって」
「羨ましい……?」
思いがけない言葉が出て来た。エニシダと俺とのやり取りでそんなに羨ましがるところなんてあったかな……
「私、あんまり友達多くないから……君達みたいに笑いながらご飯を食べたり、物を贈り合ったり、そういうの、良いなって」
「……」
意外だ。こんな美人さんが友達少ない系の人間だったなんて……一気に親近感が湧いてきたぞ。
「ずっと辺境のガルデに勤めてたから、この街にも友達なんてほとんどいないし。羨ましがってもしょうがないのにね……ふふっ……」
そんな事を言って自嘲気味の笑みを漏らす。結構なこじらせ具合のようだ。
……こういう手合いはちょっとアレだ。ガツンと言っておいたほうが良いな。
いやまあ、お節介なのは百も承知だし別に放っておいてもいいんだろうけど、なんていうか友達いない系の先達として、こちらへは来ないようアドバイスをしておかないとって思うんだ……
「……羨ましいと思うなら、行動すればいいんじゃないですか? アネモネさんなら友達なんてすぐ出来ると思うんですけど」
「え……? そ、そうかな……」
「ええ、そうですって。何事もやってみないと分からないもんですよ?」
「う、でも……話しかけるの苦手だし……人と仲良くなるのも、ちょっと怖くて……」
「でも、も糞もありません。この街にいる間、ずうっとお一人様で過ごすんですか?」
「うう……そ、そのうち話しかけてくれる人が……」
「待ってるだけで何もしない人と仲良くなろうと思います……?」
「うっ……それは、うう……」
問い質し過ぎたのか、俯いて返答もしてくれなくなってしまった。ちょっとやりすぎたかも。でもここまで他人と仲良くなるのに躊躇するって事は過去に何かあったんだろうか。こう、トラウマ的な何かが。
「全く、しょうがないなあ……」
はあ、と溜息を吐き、一歩近づいてアネモネさんの顔を見上げる。
……見上げた顔は何故だか酷く怯えているようで、困惑したように俺を見ている。
これは、そう、まるで……
――まるで、誰かに手酷く裏切られた後の、全てを諦め、手放した人間のような――
「……俺と、友達になろう」
「へ……?」
……直前の幻視のせいか、そんな事を口走っていた。
「だから、俺が友達になってやる。文句あるかっ」
「え、えっと……」
「俺はいいぞ。何しろエニシダ以外ろくな友達がいないからな! だから絶対に裏切らないし、困った時は何でもしてやる。何でもだ!」
啖呵を切って怒涛の勢いで捲し立ててやる。青髪の少女は目をパチパチと瞬かせて呆気にとられていたが、しばらくして思い出したかのように質問を口にした。
「い、イル君友達いないの……?」
「いるわけないだろっ。一週間前にこっちに来て、今日初めて街に出たんだからな! だからアネモネがこの街での友達一号だ!」
「今日が初めてって……それよりも、よ、呼び捨て……敬語も……」
「ああ、俺は友達に敬語は使わない主義なんで。これからはこういう感じでよろしく……んでだ」
おほんと咳払いをし一旦言葉を切る。
「……アネモネは俺と友達になってくれるか?」
「…………」
俺の提案を考えあぐねたように、視線をあちらこちらへ漂わせ思案するアネモネ。
……たっぷりと時間をおいた後ようやく決心したのか、俺の目を見てこう告げる。
「……うん、いいよ。なってあげる。いや、違う……友達になって下さい」
にこやかに微笑みながらそう言ってくれた。そこには先程の幻視で見えた悲壮感など微塵もない。
「よし、友達ゲッチュ! これでようやくエニシダ以外に頼れる人が出来た……!」
色よい返事を聞き、思わず渾身のガッツポーズを決める俺。断られたらどうしようかと内心バクバクでしたよ、ええ。
「そ、そんなに友達欲しかったんだ、イル君?」
「そりゃ欲しいに決まってる。だって今、ガチで何にもないんだから……ああ、それと」
「ん、なに?」
「イル君はやめてな。もう友達なんだから呼び捨てでいいよ」
「わかった。これからよろしくね……イル」
「ああ、こちらこそよろしくな、っと」
「わわっ……!?」
アネモネの手を取り、ブンブンと振ってやる。自分でも大分ハイになっている自覚はあるが、こうでもしないと気が済まないのだ。……だってこんな親近感の湧く美人さんと友達になれたんですよ? しかもエニシダと違って空気が読める。何という事だ。完璧じゃないか……! ああ、一週間前は本当にどうなる事かと思ったけど、俺の運もようやく向いて来たようだ。ここまで長かったなぁ……
「い、イル? 大丈夫? 何か急に止まったけど……」
「ああ、ごめん、何でもない……ちょっと感極まっちゃって……」
「そんなに嬉しかったの……!? なんか逆に私なんかでいいのかって、申し訳なくなるんだけど……!」
「いや、そこは謙遜されると困るんだけど……」
……なんていうか、俺の周りって自己評価の低い人が多いな。エニシダもアネモネも、もっと自信を持って強く生きて欲しい。まあ人それぞれだってのは分かるんだが。
「っと、延々と話してたらいつまでたっても帰れないな。お城に早く行こうか」
「あ、うん、そうだね。はぐれないように気を付けてね」
「大丈夫大丈夫、はぐれたら一人でお城行けるし」
「それは大丈夫って言わないよ? というか、それなら一緒に帰る意味無いよね……?」
「……? 友達と一緒に帰るのに意味なんているのか? それにはぐれてもそれはそれであちゃーってなるけど、また次会う時が楽しみになるだろ?」
盲点だったのか、毒気を抜かれたような顔をするアネモネ。友達と帰る理由なんて“楽しいから”で十分だろうに。
「……確かに。それもそうかも。ふふっ、イルはすごいね。今日は教えられてばっかりだ」
「ふふん、伊達に長く生きてないしな! お前より年上なんだぞ? 多分だけど」
「え、イルって未成年なんじゃ……」
「色々あって若返ってなー。成人してもう何年になるか……」
「うそ……年上……? 嘘だ……嘘……」
「何故頑なに否定する!?」
互いに言葉を交わしながら家路につく。
こうして誰かと語らいながらゆったりと帰るのなんて、本当に久しぶりだ。一人寂しく電車に乗り、人混みに揉まれて帰っていた生活とは雲泥の差である。
……向こうとは違って足りない物もたくさんあるし、常に安全とは言い難いこの世界。
これからどういう生活が待っているのかもさっぱり不明だし、もしかしたら明日にでも野垂れ死んでいるかもしれない。
だが、友と呼べる相手と語らうこの一時。
素朴な優しさに満ちたこの一瞬は、間違いなく幸福と言えよう。
断言できる。この世界で生きていくためなら、俺は必死になれるだろう。
向こうでは子供の頃に無くしたまま、ついぞ得られることの無かった、友人というかけがえのないものをもう二人も手に入れたのだ。ちょっとくらい頑張ってみようじゃないか。
……何を頑張ればいいのかはまだ分からないが、まあなに、出たとこ勝負だ。ここぞと思う瞬間に己の全力を出せばいいだろう。
人知れずそんな決意を固めながら、俺の長い長い最初の休日はこうして終わりを迎えるのだった。
何も無い人間にはささやかな幸せすら生きるよすがとなるのでしょう。
たとえそれが一時の安らぎでしかないのだとしても。
……そしてしれっと友達認定されてるねエニシダさん! よかったね!
はい、ここまでがストック分になります。投票イベのアンブッシュのせいで時間かかり過ぎたね。しかたないね。
次回以降もモサモサと書き進めてはいますが、今までのようなハイペースにはならないかと思われます。ご了承ください。