それは此処ではない何処か   作:おるす

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エニスィダザァン!? ジュウニイドェズガ!?
……すみません取り乱しました。本編どうぞ。


七日目「市街探索:街で見聞を広めよう」

 またしてもブロッサムヒルの街並みを、ぶらり。

「ふぅ……」

 両手が戦利品で埋まっていてちょっと歩きづらい。加護で強化されたとはいえ、ダウンサイズされた俺の体には紙袋が大きすぎるのだ。これなら洋服もついでに送ってもらえばよかったなぁ。……ビワパラさんは貴重な癒しなのでこのまま持ち歩くが。

 世界花を見上げて方角を確認してみる。どうやら大分東へ移動して来ていたみたいだ。手頃なベンチもあるし、少し休憩しよう。

「よっこいしょっと」

 紙袋をベンチに放り出しどっかりと座りこむ。

「今の声をエニシダに聞かれたら、『何おっさん臭い声出してるんですかー』とか言われそうだなー……」

 自然と独り言が零れる。それにしてもエニシダはブエルと仲良くやってるだろうか。のほほんとしたあいつの事だ。振り回されてないといいが……

 

「へぶちっ!」

「あれ、エニシダー? 風邪―?」

「ふぐぅ……あ、いえ、大丈夫です。誰かが噂してるんでしょう、きっと」

「ふーん? ……あ! アイス売ってるよ! アイス! 食べよー!」

「ちょ、ちょっと、服を引っ張らないでください……ああ!? さっき買った焼き菓子が……! あ、あう、釣られて魔導書まで……!? ああ、側溝に! 側溝に!」

「おじちゃーん、アイスー!」

 

 ……何だか現在進行形で災難を受けているような気がしたが、気のせいだろう。

「さーこれからどうするかー……ん?」

 何気なく周囲を見回したら変なものを発見。それは街路樹の根元、芝生の上で転がっていた。よく見てみようと何となしに近寄ってみる。

「すやぁ……うにゃぁ……」

 そこには簡素な白いワンピースに身を包んだ茶髪の少女が丸まって寝ていた。周りには野良ネコも何匹も一緒にごろごろと寝ていて非常に和やかな光景である。

 これだけだったら不用心な子だなー、で済ませるのだが――

(何でこいつ、ネコ耳と尻尾が生えてるんだ……?)

 そう、ネコ耳に尻尾である。さっきのブエルの羽根は作り物だったがこれはどうなんだろう。本物? あと尻尾は何処から生えてるんだ?

 好奇心に突き動かされるまま、まずはネコ耳に触れてみる。ピクピク動いて本当の猫みたいだ。髪とも毛とも付かない手触りで、これまた何とも判断が付かない。

(猫なのか、人間なのか……それとも全く新しい何か……?)

 しばらく頭を撫でたり耳を伸ばしたりしながら思案に暮れる。むーん、これは難しい……

 尻尾はどうだろうかと思い、思案から戻り目を下げると、

「……ふぁ……うにゃ……?」

「……」

 寝起きの猫少女と目が合ってしまった。……えっと、こういう時はだな。

「あ、その、おはようございます……?」

「…………にゃふぅ……」

 取り敢えず挨拶したものの寝惚け眼でこちらを凝視してくる猫少女。

「……その黒髪はブラックバッカラ様……? にしてはちっこいのにゃ……?」

 声音から察するに大分寝惚けているご様子。

 それにしても語尾に“にゃ”とか……すごい。本当に言う奴いるんだな……

「俺はそのブラックなんたらという人ではないんだが……」

「……にゃぁぁ……取り敢えず頭撫でるのやめるにゃ……」

「おっと、これは失礼……」

 どうやら無意識下で機械的に撫で続けていたようだ。さっと手を戻す。

「……で、あんた誰にゃ?」

「通りすがりのお兄さんだ。名乗るほどの者じゃない」

「にゃあ……? お兄さん……? ふんふん」

 不思議そうに鼻を鳴らしながら俺を上から下まで見る猫少女。そんなに見つめるなよ。照れるぜ。

「確かに匂いは男の人だけど、見た目でどっちなのか分かりにくいにゃ。分かりにくいから髪をもっと短くするのにゃ」

「それが出来たら苦労しないんだがなぁ。切ってもほら、この通り」

 見せつけるように前髪を影の刃でバッサリと切る。瞬時に再生する俺の髪。何度見ても気色悪いよなこれ……

「すぐ伸びちゃうんだよねー」

「にゃにゃにゃ!?」

 驚いたのか目を丸くする猫少女。反応も猫みたいだな……

「お兄さん、今どうやって髪切ったにゃ? あと切った髪はどこ行ったにゃ?」

「ふっふっふ。企業秘密だ」

「き、気になるにゃー……」

「……気になるといえば、俺もあんたの事が気になってしょうがないんだが」

「にゃ?」

「そのネコ耳と尻尾は何なんだ? 作り物じゃないみたいだけど……」

「これはこういうものにゃ!」

 尻尾をたしたし叩き付けながら自信満々に言う猫少女。うむ、全くわからん。

「お兄さんの髪の毛の秘密を教えてくれたら教えてあげてもいいにゃ~♪」

「むう、取引と来たか」

 猫人間の癖に取引を要求してくるとは中々の知能レベルだ。猫又なのかもしれない。

 まあ別に秘密と言うほどのものでもないし、教えてあげるか。ネコ耳と尻尾の方が気になるし。

「では教えてやろう。俺の髪の毛はだな――」

「……ごくり」

 固唾を飲んで俺の話に耳を傾ける猫少女。

「……とある魔女から奪ったものでな。魔女を出し抜いて影を操る能力を手に入れたはいいんだが、同時に若返りと髪が一生このままになる呪いも受けてしまったのだ……!」

「にゃ、にゃんだってー!?」

 咄嗟に口から出まかせが出てしまった。まあ魔女が絡んでいることには間違いないし、嘘はついてないな、うん。

「さあ、見るがいい。これが俺の能力だ!」

 仰々しく宣言した後、自分と猫少女の周りを取り囲むように無数の影の槍を生やす。ものすっごい厨二行動だ。我ながら惚れ惚れする。

「にゃ!? にゃにゃににゃ!?」

 仰天し、目を白黒させてその場に固まる猫少女。周りで寝ていた猫も驚いたのか、にゃあにゃあ鳴きながら散り散りに離れていく。

 即座に槍を溶かして影に戻す。……街中で能力使ってるのが見られたら通報されそうだし。

「お兄さん何者にゃ!? あれなのにゃ!? 魔女にゃ!?」

「いや、魔女じゃないし。そこは男だし、せめて魔人にしておいて……?」

 猫少女の貧困な語彙力に突っ込みを入れる。というか、それだと話の中で魔女と魔女で役割が被って面倒臭いだろうに……

「まあ俺の事はこれで明かしたとして……」

「髪のこと聞いただけなのに謎が深まったにゃ!? その影なんなのにゃ!? 呪いをかけた魔女って誰にゃ!?」

「……ここから先は有料になります」

「そ、そんにゃー……お金なんて無いのにゃー……」

 がっくりと項垂れてしまった。ネコ耳と尻尾も連動するかのように縮こまってしまう。

「それにしてもそのネコ耳と尻尾、本当に何なんだ……? 俺は教えたんだし、さっさと教えたまえ」

「……この耳と尻尾は魔力を制御するためのものにゃ。私の器に対して加護の魔力が強すぎたから、こうやって具現化させて制御してるのにゃ」

「ほうほう、魔力制御か。なんかどっかで聞いた話だな……」

「こんな一般常識聞いてきたのなんて、お兄さんが初めてにゃ……本当に何者なのにゃ……?」

 ……一般常識と聞いて思い出した。エニシダ先生から教わった内容じゃないか。たったの数日前の出来事のはずなのに、何故だろう、すごい遠い記憶のように感じる……

「急に遠い目をしてどうかしたにゃ?」

「いや、今までの人生を振り返っててな……色々あったなって……」

「今の話の流れからどうして人生について考える事になったのにゃ……」

 呆れ顔でそう言い放つ猫少女。まあ事情をこれっぽっちも知らないこいつからしてみれば俺の言動は不可解極まりないだろうな……

「まあそれはそれとして、だ」

「んにゃ?」

「お前さんは猫なのか人間なのか、どっちなんだ?」

「今までの説明聞いてなかったのにゃ!? 正真正銘人間にゃ!」

「普通、人間は語尾ににゃとか付けないと思うんだが……」

「こ、これはその……」

 俺の指摘に口ごもる猫少女。……おかしい自覚はあるのか。

「仕方ないのにゃ! この耳と尻尾がいけないのにゃ! 普通に話してもにゃってつい言っちゃうのにゃ! でもそれ以外はれっきとした人間にゃ!」

「ほーう……」

 頑なに自分は人間だと主張してくるな……ではここでちょっと試してやろう。

 手近にあった木の枝を拾い、先っぽに短めの影の糸をくっ付ける。糸の端はぐるぐる巻きにして丁度良い重さに調整。

 ……これでよし。即席の猫じゃらしの完成だ。猫少女の目の前でふりふりと振ってみる。

「ほーれほれほれ」

「にゃ……にゃ……!?」

 途端に揺れる猫じゃらしへと目が釘付けになる猫少女。反応するのを我慢しているのか、手がプルプル震えている。

「ほらほら、どうした。人間ならこんなのどうとでも無いよなー?」

「や、やめるにゃ……! 目の前で揺らすんじゃないにゃ……!」

 ぶらぶらと揺れる猫じゃらし。それに対して段々震えが大きくなっていく猫少女。

「くくく、我慢なんかしないで早く飛びついてきたらどうだ……? 震えているじゃないか……?」

「う、うるさいにゃ……私は人間だから……こんなのには屈しないにゃ……っ」

「そういう割にはさっきから必死に目で追いかけてるみたいだがな?」

「にゃ……にゃあぁ……!」

 それから数分ほど膠着状態を続ける俺と猫少女。だがとうとう――

「にゃああ!」

「おっと危ない」

 唐突に両手を突き出し、猫じゃらしを捕まえようと飛びかかってくる猫少女。捕られてはかなわないのですんでの所で引っ込める。どうやら本能には勝てなかったようだな。

 再度猫じゃらしを眼前で揺らす。

「にゃ、にゃあぁ! こんな玩具に負けるなんて……! にゃぁぁぁ!」

「くくっ、ははは! 俺の勝ちだな! 存分に遊ぶがいい猫少女、もとい猫よ!」

 躍起になって捕まえようとしてくるが、それら全てを躱し、時には影を切り離していなしていく。……切り離してもすぐ別のを生やせば何の問題もないしな。このにゃんこは夢中になってて生え変わったのにすら気付いてないみたいだが。

「猫じゃないにゃ! にゃ! にゃあ!」

「そう言う割にはすっかり夢中じゃないか。説得力がないぞ?」

「にゃぁぁぁ! 体が勝手に動くのにゃ! そのぶらぶらさせるのやめろにゃ!」

「それ、ぶらぶらー」

「うにゃあああ!」

 ひとしきり猫少女と戯れる。何て楽しい午後の一時だろうか。にゃんこと遊ぶのは癒されていいなぁ……

「ふぅ、あー楽しかった……」

「にゃ……にゃああ……身も心も思いっきり弄ばれてしまったのにゃ……」

 影を外し、木の枝をその辺に放り投げる。猫少女は疲れ果てたのか、その場にぺたんと座り込んでしまった。

「もう、どっか行くにゃ……! 疲れたからまた寝るのにゃ……!」

「おう、お疲れ様」

「誰のせいで疲れたと思ってるにゃ!!」

 猫少女は最後にふしゃーと威嚇して、別の木陰へ行ってしまった。最後まで猫々しい奴だ……

 

 

「さて、たっぷり遊んだし、俺もまたぶらぶらするか……」

 満足した俺はその場から離れようと振り返る――

「――ぬおっ!?」

「うふふふ……」

 ……振り返ったのだが。目の前には見知らぬお姉さんがにこにこと笑いながら立っていた。

 突然の闖入者に思わずしげしげと眺めてしまう。中々の金髪美人さんだ。シスターっぽい紫色の服装に頭に被ったヴェール、察するに修道女さんか何かだろうか? この世界だとどうなのかは知らないが。

「ええと、どちら様でしょうか……?」

「うふふっ、通りすがりのお姉さんよ。名乗るほどのものじゃないわ」

 俺が猫少女にしたような説明をしてくれるお姉さん。……という事は。

「……もしかして、さっきの見てました?」

「ええ、最初から最後まで、余すことなく見させてもらったわ。それにしても貴方――」

 一旦言葉を切ると、こちらの顔を覗き込んでくる。覗き込んでくる目には妖しい魅力が嫌というほど湛えられていた。

「中々見どころがあるわね。お姉さん感心しちゃった」

「ええと、それはどうも……?」

「ええ、あのにゃんこ相手に中々の弄びっぷりだったわよ……最後の方の、『こんな奴の思い通りになっちゃいけないのに、体が勝手に動いちゃう……!』って展開、本当に素敵だったわ……凌辱され尽くし、苦悩に満ちたにゃんこの表情……ふぅ……」

「は、はぁ……」

 困惑する俺を余所に恍惚とした表情で溜息をつくお姉さん。仕草が無駄にエロい。

 ……にしても、この人危ない人かな……?

「ああ、ごめんなさい。出先で思いがけぬものが見られてちょっと悦に入っちゃった。うふふふっ」

「いえ、お構いなく。なんか気に入ってくれたようで何よりです」

「……でもね。あんなのじゃまだまだ生温いわ」

「……はい?」

「私だったらもっと苦しめる事が出来る。あのにゃんこの苦悶と恐怖の表情をもっと堪能することが出来る。貴方よりも、ずっとずっと上手く出来るわ!」

「あの、言ってることが分からないんですが。俺はあのにゃんこと遊んでただけ……」

「私の前ではそんな建前は言わなくていいのよ? 確かに他の人に堂々と言える趣味じゃないってのは分かるけど」

 何か勘違いしていらっしゃるのか、うんうんと頷きながら納得するお姉さん。あの俺、加虐趣味とか無いんですが……

「まあいいから見ていなさい。先達としてお姉さんがお手本を見せてあげる♪」

 困惑する俺を残し、歩き始めるお姉さん。向かう先には猫少女が眠りこけている。この短時間でもう寝入ったのか、あのにゃんこは。

 ……これから何が起こるか分からないが、すごく嫌な予感がする。逃げて。超逃げて。

 でも怖いもの見たさで呼び起こしたりはしない俺なのでした。いやぁ、実際何が起きるのかわくわくですよ。

「―――。――――」

 そんな俺を余所に、ゆったりと歩みを進めるお姉さん。何処からともなく本を取り出し何事かを呟く。気のせいか、手に持っていた本が光ったような……?

「……はっ?」

 本に意識がいった次の瞬間、お姉さんは跡形もなく消えていて――

「うにゃああああ!?」

「うふふふっ、つーかまーえたー♪」

 声のした方、猫少女の眠りこけていた方を見ると、お姉さんが猫少女の尻尾を握って嬉しそうに笑っていたのでした。何という早業だろう。いや、あれは魔法の類か……?

「今度は何なのにゃ!? 尻尾を掴むのは誰にゃ!?」

 突然の事態に混乱しながらも、状況を確認しようと試みる猫少女。尻尾を捕まえている何者かを確認し驚愕に目を見開く。

「げえっ!? ベロニカ!!」

「はぁい♪ お目覚めね、良い顔してるわよ? うふふっ」

 確認すると同時に、大量の冷や汗をかきながら震え始めた。それと対照的にうっとりと微笑を浮かべるお姉さん。予想通りの反応が得られたのか、とても満足そうだ。

 猫少女の反応を見る限り、やっぱりこのお姉さんヤバイ人なの……?

「何をする気にゃ! 取り敢えず尻尾離すにゃ!」

「やーねぇ。そこの黒い子とは楽しく遊んでいたのに、私と遊ぶのは嫌だなんて。連れないにゃんこね。お姉さん悲しいわ……」

「遊んでないにゃ! 勝手にあいつが絡んで来ただけにゃ!」

 ふしゃーと抗弁しながらもがき続ける猫少女。だがその努力も空しく、拘束から逃れることは出来ないようである。あの尻尾にはそれほど力が入らないようだな。

「そんなにはしゃがなくても、ちゃんと遊んであげるわ、よっ!」

「にゃあ゛あ゛!?」

 そう言い放つと一息に尻尾を結ぶお姉さん。すごい、猫の尻尾を結ぶ人とか初めて見た……やられた猫少女の方も凄まじい鳴き声出したな……

「くすくすっ、良い声出せるじゃない。もっと鳴いてよ? ほら、ほらっ!」

「や、やめお゛お゛ぉ゛ん! にゃあ゛あ゛あ゛!!」

「うふふふっ! じゅーりん♪ じゅーりん♪ あははははは!!」

「にゃあ゛あ゛あ゛あ゛!!」

「あの黒い子も楽しんでいたんだもの。今日くらい、私だって自分で楽しんでもいいわよね? 『嗚呼。主よ、我を許し給え』……なーんちゃって♪ うふふっ、あっははははっ!」

「お゛お゛お゛お゛ぉん!!」

 ぐいぐいと尻尾が引っ張られるたびに閑静な街中に絶叫と哄笑が木霊する。

 おお、神よ。あなたの従僕たるシスターが現在進行形で外道を行っています……見るも無残な光景だ……

 そんな光景を見て少なからずいた行き交う人々も最初は凍り付いてたけど、今はもうなるべく危険人物には関わり合いにならないようにと、そそくさと立ち去ってしまっている。

「ねえ、おかーさん? あのひとなにしてるのー?」

「しっ! 見ちゃいけません!」

 こんな具合に。まあ普通そうするよね。

 なので俺もそうすることにした。矛先がいつこっちに向くか分からないしな……

 ……十中八九原因は俺なんだろうけど、あのお姉さんを御する自信とか微塵も持ち合わせていませんので。主よ、我を許し給え。

 あちらが盛り上がっている最中なのを利用して、息を殺しなおかつ最速でベンチへと帰還。荷物を確保した後に跳躍。影を蹴り、直近の建物の屋根伝いに逃走を図る。

 ……さらば、猫少女よ。

 短い付き合いだったが、お前の猫々しさ、嫌いじゃなかった、ぜ……

「さあ、黒い子さん、ちゃんと見てなさい。これからが本番よ! って、あらら、どっか行っちゃった……?」

「……にゃああ……うにゃあぁあ……」

「……まあいいわ。それにしてもあなたの鳴き声、やっぱり最高よ♪ もっともっと鳴かせてあげるから、お姉さんと仲良く遊びましょうね~♪ 今度はこの尻尾を……」

「も、もうやめるにゃ! 尻尾はそこに入れるものじゃないにゃ!? お゛ぉ゛ぉ゛ん゛!? 助げでにゃあ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……」

 ……背後から断末魔の如き絶叫が聞こえたが、振り返らずに屋根から屋根へ、とにかく遠くへと駆ける。行先に当てなど無いが、とにかくあの悪夢のような光景から逃れるために。遠く、ひたすらに遠くへ……

 

 

「はっ……はっ……はあっ……」

 屋根を走る。飛び移る。走る。飛び移る。

「は、はあっ……ふうっ、酷いものを見たぞ……」

 悪態を付きながら走るのをやめる。流石にこれ以上は走れそうもない。ぜえぜえと肩で息をしながら呼吸を整える。

 戦闘はそうでもないけど、単純な運動はやっぱり苦手だなぁ……苦手意識が固定観念として根付いているのがいけないんだろうか。

 あれから遮二無二走り続けた俺は疲労の極致にある。この矮躯で荷物を両手に持ちながら、屋根から屋根を伝って走り続けたのだ。疲れない訳がない。誰かに良く走ったと褒めて欲しいくらいだ。

 ……こんなに疲れるのだったら途中で止まってもよかったんだけど、ほら、あのお姉さん変な転移とか使ってたし? 中途半端な所で安心して立ち止まったりしたら余裕で追いつかれそうだし?

「まったく、にゃんこで癒されたと思ったら、恐ろしい人が出て来たせいで台無しだよ……」

 癒しのプラマイ収支で言ったらぶっちぎりでマイナスだ。ダブルスコア付けてるくらい。

 呟きつつ屋根から跳躍し、裏路地へ降り立つ。また着地と同時に周囲も見渡す。……特に人目には付いていないようだ。例のお姉さんもいないな。

「大分走ったけど、ここはどのあたりかな……」

 裏路地から表通りへ出て、空を仰ぎ方角を確認してみる。なるほど、また南側へと戻って来てしまったようだ。世界花の逆を見ると例の大門も見ることができる。

 ついでに近くの時計で現時刻もチェック。

「時間はっと。……ああ、もう四時か。随分油を売っちゃったな……」

 エニシダと食事をしたのが二時だから、あれから二時間も経ってしまったのか。遅いんだか早いんだか……だがまあ、ビワパラさんという思わぬ収穫を手に入れたので良しとしよう。

「ああ、それにしても本当に疲れた……」

 またしても溜息と共に愚痴が零れる。こう易々と出てしまうあたり、早々に何処かで休憩を入れなければいけないな……

 疲れた体を押し表通りをそぞろ歩く。歩きながら視線を巡らせ、何処か休憩できそうな場所を探す。あった。通りに面しているどこかへと通じる階段。あそこなら座れそうだ。

「はふぅ……」

 矢も楯も堪らずに座り込んでしまった。まあここなら人通りも少ないし、迷惑にはならないだろう。また、座ると同時に紙袋からビワパラさんを取り出し、気の赴くままにモフモフと撫でる。ほとんど発作的な行動だ。しばしモフモフと戯れる。

「お前はこんなにモフモフで可愛いのに、何で俺はこんな疲れてるんだろうな……」

 自然とそんな独り言が出てしまう。だがその声に応えてくれる者はいない。ビワパラさんもぐにぐにと形を変えながら癒してくれるばかりだ。

 それにしても疲れた心と体にモフモフが染みる……何やらちらちらと人の視線を感じるが、もはやどうでもいい。俺には早急に癒しが必要なのだ。

「…………」

 衝動的に抱きかかえて、ボフッと頭を押し付ける。さながら抱き枕やその類の扱いだが、そこは流石のビワパラさん。比類なきモフリティで俺の要求に完璧に答えてくれた。

「……………………」

 ……ああ、これはまずい。疲れからかはたまた安心からか、眠気がどっと押し寄せてきた。

 驚くべき肌触り。気持ち良すぎる……何という気持ち良さ……恐るべきモフリ……ティ……

「………………すやぁ……」

 ……こんなところで寝るなんて我ながら不用心だとは思うけど、まあしょうがないよね。疲れたら休む。眠い時には寝る。これ重要ですよ。覚えておきましょう。無理のし過ぎは本当にやめたほうがいい。ほら、人生まだ長いんだし。

 そんな言い訳を薄れゆく意識で思いながら、安らかに寝入る俺なのでした……

 




彼は否定してますが、ベロニカさんの言うとおりそっちの素質も中々のものです。あてられてちょっと信条を緩くするくらい。
それにしてもベロニカさん書くの本当に楽しい。愉悦麻婆食べさせたい。

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