泣き笑い   作:雨築 白良

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試験、伍

 

 

 

「そういえば後で聞こうと思ってたんだけどさ」

「ん、なーに?」

「フーラを試験に誘った知り合いってヒソカのことだったの?」

「そうだよ」

 

 ゴン坊ちゃんの問いに、僕は頷いて返事を返す。

 思わぬ過去の恥を暴露する結果になってしまって、誤魔化すように二次試験へと話をそらした後の事だった。

 ついでに程度の疑問だったのかそれ以上の追及は特になかった。

 何か言いたいような、戸惑っているような。そんな気配はいくつか感じ取ってはいたけれど、聞かれてもいないことをわざわざ話す道理もない。

 聞いたとしてもそれに答えるかどうかは別問題でもあるけど。

 

「それよりさ、スシってなに? 食べ物?」

「試験官が食べ物って言ってんだから食べ物だろ?」

「知らない、食べたことねーもん」

 

 話をそらすように、戻すように問いかければ、返って来たのは一様に知らないという返事。

 二次試験の最初の関門はどうにかなったけれど、第二の関門であるこれには僕は太刀打ちできない。せめて何らかのヒントでもないだろうかと周囲を見回したけど、知っていそうな人間はごく少数だった。

 どっかの民族料理だから知らない人も多いと試験官が言っていたけど、僕が思うグルメのヒソカも知らないみたいだから、よっぽどマイナーなのだろう。

 そんなものを試験に出されても、どうしろというのか。

 

 それにしても、料理か。

 ただ走り続けるだけの試験も結構精神的な苦痛を感じたりしたのだが、今となってはそちらの試験の方がよっぽど良心的だったのだろう。

 技術というものを求められた時、役に立つのはどうしたって経験なのだから。

 土壇場に独学で学び取るなんて超人的なことは出来っこないし、普段目にもしていないようなことを実際にやろうとしても想像すら出来はしないのだ。

 

「あー……どうしよう、もう」

 

 困った困った。

 変に淡々と考えてしまうせいで困っているようには見えないかもしれないけど、本当に困り果てていた。絶望的だ。僕の力なんかじゃこんな状況覆せない。

 

 もし、僕がスシとやらを知っていて尚且つ作れるというならば。知らないらしいヒソカにも教えて二人で合格なんていう道も有ったかもしれないのに、今更になって“もし”を言ったって仕方ないのだ。

 残念、無念。試験はまた来年か。

 いやその時にはちゃんと次のサーカスを探し終えているだろうから、来年はヒソカひとりが頑張ってくれるだろう。

 だって、道化師をしていてハンターカードの出番なんて人生の何処にも無いし。

 

 試験が終わったら何をしよう。しばらくは職場を探すのを控えて、彼奴の傍にいてやろうか。

 嗚呼、そういえばヒソカも近年は少し忙しそうにしていた。

 前に会いに来たときは団長の招集がどーたらと言っていたので、もしかしたら僕みたいにフリーでサーカスでの公演をしているのかもしれない。

 それなら仕事の邪魔をするのは無粋か。

 

 殆ど合格を諦め終えた上で、スシというものがどんな形をしているのかを皆で首を捻って考える。

 ニギリ……握りと言われると、何時だったか食べたオニギリというものしか思いつかない。あれは何を使っていたのだったか。

 

「形は知らないが、文献で読んだことが―――確か……」

「魚ァ!? お前ここは森ん中だぜ!?」

 

 ライスを何かしらの形で使うのだろうと多少いじくりながら、相談をしていた筈のレオリオの旦那が突然大声を上げる。

 瞬間、声が大きいとクラピカに物を投げつけられていたので、クラピカ坊ちゃんがスシのことを何か知っていたのかもしれない。

 

 森の方へと走っていく受験生達に追いつかんと、クラピカ坊ちゃんに腕をとられて走り出す。

 途中事情を聞けば、盗み聞きがうんたらと言いながら説明をしてくれた。

 

「スシってのに魚を使うんだと!」

「え、魚?」

「ああ。具体的にどういうものなのかまでは知らないが」

 

 魚かぁ……うわぁ。

 思わず顔を顰めて、元々やる気の起きなかった気分が更に盛り下がる。

 

 僕はあまり魚が好きではないのだ。

 味がどうとか、気分的にどうとか、そういう意味ではない。単純に小骨が多く、けれどそのまま食べるわけでもなく骨を取りながら食べなくてはいけないその食べ方が面倒くさい。

 栄養がどうとか言われたりもしたけど、だったらいっそ磨り潰して粉々にしてから食卓に出してくれとおもう。

 彼奴は食感にもうるさかったからやってくれた事なんて皆無だけど。

 

「うわきも…」

 

 うねうね動く、生きている魚を目の当たりにして思わずつぶやいた。

 ゴン坊ちゃんが軽やかに釣り上げて、それにキルア坊ちゃんも楽しそうに参加していたけれど、どうしてあんなきもいモノに直で触れるのか不思議でならない。

 

 どうにか会場まで持って……持ってきてもらって、土台の上に置いてくれたのだけど、まだ生きているらしい魚は弱った様子でうねっていた。

 眺めていたらそのうち息絶えないかと思って見下ろしていたら、その目が合ったような気がして背筋がぞっとする。

 うん、気持ち悪い。

 

 暫く待ってもまだ動くので、準備されていた包丁を適当に手に取って眼下に構える。

 いくつか並んでいたけど種類は別に見ていない。とりあえず大きくて分厚い刃物を選んだ。

 片手では持ちきれないので、両手で掴んで持ち上げる。気味が悪い頭の部分を取り敢えず切り落としたかったから、勢いよく構えた包丁を振り下ろした。

 

「……って、ちょっと待てフー…」

 

 クラピカ坊ちゃんの静止の声が聞こえた気がしたけど、突進したグレイトスタンプが止まれないように僕だって手を止められない。

 大きな音がして、振り下ろした厚刃が魚の頭と胴体を両断する。

 

 力を込め過ぎたと僕でも気づいたその包丁は、反動で手から放てると飛んで行った。

 綺麗に弧を描いて、立っていた僕の後ろの方へ。

 叫び声は上がったけど悲鳴は聞こえなかったから、多分突き刺さって死んだ人はいなかったのだと思う。

 

 数回、瞬きをして目を丸くした。

 状況を理解しようと土台の上を確認して、分厚くはなかった木の板が真っ二つに割れているのを眺めながら息を吐く。

 

「あー、びっくりした」

「びっくりしたのはこっちだボケェ!!」

 

 レオリオの旦那に怒鳴られながら、板とや包丁と一緒に吹っ飛んで床に落ちた魚の胴体を拾いあげた。

 これはまだ使えるかな? 無理か、大勢の目の前で落ちたし。

 

「いやぁ、ごめんごめん。料理なんてしたことなくってさ」

 

 誤って指を切り落としたりなんてしていないだろうかと確認してきたクラピカ坊ちゃんに、へらりと笑って僕は返す。

 両手を見えるように広げてみせれば、彼はほっとしたように息を吐いた。

 

 料理なんてしたことない、それは言葉のままの意味だった。

 物心ついた頃から芸を磨いて、舞台に出るようになっていた僕にはいわゆる下積み時代というものがない。

 ジャガイモの皮むきや、皿洗い。雑用や掃除も担当したことなんて一度もなくて、ましてや誰かが料理をしている姿を見ることがある筈も無い。

 ヒソカと二人であちらこちらを放浪していた頃だって、大体は外食だった。

 偶に手料理を作ってくれることもあったけど、どうしてかヒソカは僕をキッチンには入れてくれなかったから、作っている様子を眺めていたこともないのだ。

 

「……刃物も専門外だしなぁ…」

 

 ぽそりと、無意識にそう呟いていたことに自分で気づいて口を噤む。

 包丁を握ったのも初めてだったから、それがどれだけ切れるものなのかも分からないままに力いっぱい振り下ろしてしまった。

 失敗だ。

 だけど、失敗というのはそれが間違いだったと学ぶこと。

 まな板というらしい土台までぱっくりと割ってしまったのだから、これは多分大失敗というものだろう。

 

 試験が終わったら、やっぱり暫くは彼奴の傍に居よう。

 料理とは言わないから少しくらい、刃物を持つ練習をした方がいい。

 もしかしたらそのうち、ナイフを持ってのジャグリングをする機会があるかもしれない。その時になって手が滑って腕に突き刺さったりしたら、正直目も当てられないだろう。

 あの失敗は、遠くで見ていてもちょっと痛そうだった。

 

 ちょっとした事件もどきが起こってしまっても、ハンター試験ともなれば良くあることらしい。

 騒めきは直ぐに収まって、使い物にならない魚の胴体だけが目の前に転がっている。

 泥だらけになったその断面もとうてい綺麗だとは言えず、どれかというと潰して千切った時の様子に少し似ていた。

 

 魚を分けようとしてくれる申し出は断った。

 実際の所、僕はこの試験を殆ど諦めているし、それなのに試行錯誤こねくり回されても魚の方が嫌だろう。

 第一、滑っている魚に触りたくはなかった。

 

 何もする気が起きなくて、取り敢えずぼーっと空を見上げる。

 走り続けていた時には容赦なく纏わりついて来ていた霧も無く、見上げた先の空は青い。

 気が付けば霧の水分を吸って肌に張り付いて来ていた髪も乾いていて、このまま目を閉じれば寝れるのではないだろうかと思った。

 

 試験を合格するために、あれやこれやと手を尽くしている受験生たちの騒めき声が遠くに聞こえる。

 その声が時折大きくなったり小さくなったりはしたけれど、ぼんやりとした思考はそれらを言葉とは捉えていない。

 

 ふと、傍に誰かが寄ってきた気配がして目線を落とした。

 落とした目線が捉えたのは僕より頭一つ小さい身長で、思わず手を伸ばしてその頭を撫でくる。

 手触りの良い猫っ毛だった。

 

「やあ、キルア坊ちゃん。試験は終わったの?」

「っだから、なでんなっっての!」

「だから癖だって言ってるじゃんか」

 

 撫でる度に良い反応をしてくれるからこそ余計にやめられないと言えば、彼は怒るだろうか。

 この様子ならば殺気を向けられることは無いだろうけど、やりすぎたら殺してやろうかくらいには考えられるかもしれない。

 面倒くさい、引いた一線を見極めることは苦手だ。でも人付き合いはこれからの為にも学ばなければいけないというから。

 

「時間切れ。試験官が腹一杯になったんだってさ」

「へぇ、それは合格者少なそうだね」

 

 そんなに長時間ぼーっとしていたつもりが無かったからそう告げれば、キルア坊ちゃんは解りやすく目を逸らしながら言いづらそうに頬を指で掻いた。

 

「あー…っと、合格者はいないらしいぜ」

「え、いないって?」

「合格者ゼロ、全員脱落」

 

 いやいや、まさか。そんな試験があるものなのか。

 そういえば合格者がいない年もあるという話を何処かで聞いたような気もする。だったら、確かに全員が不合格となったのだろう。

 どうしてそうなったのかは、僕の記憶には定かではない。

 周囲を見回した時には確かにスシというものを知っているだろう人もいた筈なのに、知っていた奴は何をしていたのか。

 

「随分と呆気なく試験が終わったものだね」

「だよなー、内容もそんなに面白くなかったし」

「…キルア坊ちゃんは面白さを求めて参加したのか」

 

 それは何というか、彼らしいと言えばいいのか。

 誘われてやることが無いから暇つぶしに参加した僕もどうかとは思うけど、その理由も真面目に参加した受験生にとっては挑発的な内容だろう。

 

 なんにしても、試験が終わったなら帰る準備をしなくてはいけない。

 凄惨な姿を晒している魚を何処かに捨てて、走る途中に落としているものが無いかどうか持ち物を点検しなくては。

 間に合わせで借りた服も汚れてしまって、着替えないと外では悪目立ちするだろうし。取り敢えずはどこか近辺のホテルを借りないと今夜寝る場所もない。

 

 再び意味もなく空を見上げる。

 思考の裏でこの後の予定を組み上げていた僕の意識を引き戻したのは、そのしばらく後にやってきたゴン坊ちゃん。

 彼が告げた、再試験の実地だった。

 

 

 






 何で君はわざわざオリ主君に話しかけに来たの、キルア。
 いや、まぁこの子ったら周囲に興味持たなすぎるから話しかける相手がいないと間が持たなかったんですけども。
 ええっと……怪しい人物を見張りにでも来たんじゃないですかね…?(適当)

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