しんしんと月が夜を照らすテントの中で、彼女達は息を殺していた。
静まり返ったキャンプ内の音を全て耳で拾えるように、誰かが着たら直ぐに察知して逃げられるように。
ぶるりと時折酷く震える身体は、決して夜の冷えた空気だけが理由ではない。
「――――ねぇ、帰ってきた?」
一人の少女の声が、僅かな蝋燭の火だけが灯りとして存在する暗闇の中に溶けた。
その声に答えるようにして、もう一人の少女の声が同じ空間に吸い込まれる。
「ううん、帰ってきてないよ」
やっぱり、と口に出す代わりに吐息が漏れた。
お互いの存在を確かめ合うように相手の手を握りしめたまま、寝具に横たわる少女達は、直ぐそこに迫っているようにさえ思う恐怖に怯える。
「……ダートおじさんには教えるべきじゃなかったのよ」
「だって教えてって言ってきたのはおじさんだわ」
「そうだけど、でも私たちが教えなければ…」
「私たちが教えなくても誰かが気づいたのよ」
切っ掛けになったのは彼女達だった。
けれど、彼女達がそうしなくとも、何時かは誰かが同じように気付いて、同じように彼はこのサーカス団から追いやられていただろう。
「……彼は悪くない」
「悪いのは私たちとおじさんだわ」
「でも、悪気はなかったのよ」
悪気はなかったけれど、好奇心とは時に恐ろしいものだ。
知りたいからといって他人の、知られたくない部分を探り当ててしまうのはどちらにとっても不幸である。
誰にだって、逆鱗というものはあるのだから。
「おじさんは見つかったのよ」
「悪魔に見つかってしまったの」
「きっと今頃殺されてしまっているわ」
「次はきっと、私たち」
握った手が震えているのは、自分だけではなく相手の手もまた震えているからなのだろう。
蒼白になった顔色だけではなく、食が細くなるにつれやつれていった少女達の姿は、余りにも憐れで滑稽だった。
それはまるで、存在しないものに怯える道化のように。
「ラナ」
「ナジェ」
「死ぬときは一緒よ」
「二人一緒に死のう」
ひたりひたりと、テントの外を徘徊して近づいてくる足音は幻聴か。
「嗚呼、悪魔が来る」
「ダートおじさんを殺した悪魔が遣って来る」
足音が聞こえた。
静けさの中、二人を探してさ迷い歩きながら、夜を闊歩する誰かの足音が耳に届く。
それが誰の足音なのか、彼女達の言う悪魔が誰であるのかも、恐怖で既にいかれてしまった少女達にはわからない。
「…怖いわ」
「怖いよ」
嗚呼、嗚呼。
夜も更けた闇の中、
「「紫紺の目をした悪魔が殺しに来る」」