泣き笑い   作:雨築 白良

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少しだけ描写注意、ってそこまででもないですね。



試験、参

 

 

 

「油断して血ぃ流してやんの」

「大丈夫さ、これくらいだったら流しても余りある青い果実を見つけられたからね♥」

「それってゴン坊ちゃんのこと?」

 

 確かに面白く成長しそうだよね、と言えば、ボクの得物なんだから手を出すなと釘を刺される。

 出すかよ、ヒソカじゃあるまいし。

 僕の売りはお客様への丁寧な対応。殺戮快楽者でも何でもないし、むしろどうして僕が手を出さなければいけないのかを問いたい。

 

「で、何で君はここにいるのかな♠」

 

 先ほども問われた言葉がもう一度投げかけられ、沈黙した。

 ふと顔をあげてみれば、レオリオを担ぎ上げている左腕が見える。右腕に、それも小脇に抱えられているこの状態には色々な意味で不満しかないけれど、文句を言っても此奴は僕の背が低いからだと言って取り合いもしないのだ。

 甚だ不愉快だ。僕だって身長170は超えている。ヒソカや他の奴らが高すぎるだけなのだ、うん。

 

「そういえば何時だったかな、パドキアの辺境辺りを巡っていたサーカス団が団員全員惨殺されたっていうニュースを聞いたよ♣」

「……へぇ、そんなニュースあったんだ。知らなかったなー」

「警察が現場に踏み込んでみたら、どうやらそのサーカス団ってフリークショーを専門にしていたみたいでさ♠ ――――次の職場はどの辺りだって言ってたかな、フーラ♥」

 

 現実逃避をしてはみても、こいつは自分が聞いているときに逃がしてくれない。

 気まぐれや遊びで引き延ばしてはくれるけれど、基本的に快楽主義なヒソカを信用してはいけないのだ。

 諦めて、ため息を吐く。

 

「はぁ……確かに、殺したのは僕だよ」

「全員?」

「一人も残さず全員、目撃者も込み」

 

 公演中でもないサーカス団に居る目撃者なんてお客様ではないから、それこそ団員以外しかいないのだけれど。

 そしてフリークショーをやっていたそこでの団員以外となれば、言わずとも知れるだろう。

 

「誰が団長かわからなかったからさ、派手にやらかしちゃった」

「それで目撃しちゃった見世物も全員殺したと♣」

「……駄目だった?」

「ボクが駄目だとか言えないんだけどね♦」

 

 そりゃあそうだ。殺しがいのある人間を探すことが生きがいのようなこの男が、人を殺してはいけないだなんて他人に説教できる筈もない。

 いや、でもぶつかって謝らなかった男には説教したんだっけ。

 おまけとして相手の片腕吹っ飛んだみたいだけども。

 

 殺したことに対して、何かを思っているわけでは無いらしい。

 それならどこが引っかかっているのかといえば、ヒソカが気になっているのはどうして僕が彼等を殺したかということなのだろう。

 

 仕事に忠実で、必要もないのに殺さない僕が。

 鞭打たれても焼きごてを押し付けられても、仕事である限り僕は手を出さないし、サーカス団を害さない。

 そんな僕が今更、見世物になっている人間や幼子を見たって激昂する訳もない。

 そもそもが、その見世物であった彼等も殺しているのだし。

 

 ヒソカに何故かと問われれば、答えなければいけないだろう。

 気の乗らない重たい口を持ち上げて、僕は動かす。

 

「腕を、ね。――――左腕を、切り落とされそうになったんだ」

 

 その前にいたサーカス団の団長が持ち出してきた転勤話。

 彼も言っていたけれど、そのつながりを持っていたのは団員の誰かだったらしい。

 その“誰か”が持ってきた話というのが、僕に対しての悪意に塗れていたのだろう。次の職場として紹介されたのは、見世物を中心とするフリークショー。

 僕はその誰かに売られていたのだ。団長も、僕自身も知らないままに。

 ……知っていたのかもしれないけれど。

 

 フリークショーを基本とするサーカス団が、普通のピエロを必要とはしない。

 何をやっても滑稽で、笑えるような道化師が舞台上を駆け回らないと見世物にも前座にもならない。

 だから。

 団長が言うには、足を切り落としてしまえば歩けなくなってしまうから。

 右腕では利き手で無い方を切り落としても滑稽さが薄れてしまうから。

 利き手である、身体のバランスをとる片腕の、左腕を切り落としてしまおうということだった。

 

 足の指でもいい。でも、それでは客から見えない。

 耳でもいい。音が聞こえないなか踊らせたならば、どんなに滑稽な踊りを見せてくれるものか。

 目は駄目だ。この目は珍しくて良い見世物になる。

 指では物足りない。ジャグリングをして物を落とすだけならば何も面白くない。

 

 左腕を落として、その後舌を切り取ろう。

 いや、やはり舌を先に切るか喉を裂こうか。そうすれば悲鳴を上げても静かだろう。

 

 喉ならまだいいかもしれない。

 どうせ仕事中は話さないんだ、本当に話せなくなるだけだから。

 だけど、腕は駄目だ。

 腕がないと何もできない。今までできていた芸も出来なくなるだろうし、そうなれば後はただ朽ちていくだけだ。

 それを受け入れることは、僕にはできなかった。

 

「だから、団長を殺そうと思って。頭を潰せば逃げても追って来れないでしょう?」

 

 あのサーカス団の要は団長だったから。

 指揮系統さえ麻痺させれば簡単に逃げられるだろうと思ったけれど、いざ実行に移してみればどの顔が団長だったのかわからなくて、仕方ないから団員全ての頭を落とした。

 そうしたら檻の中に居た見世物が見ていることに気づいて、警察に情報が行って追われるのも嫌だったから殺した。

 

 実際、警察も殺し屋もなにも追ってきた様子が無かったから、間違いではなかったと思う。

 僕の対応は僕にとって間違いではなかったけど、他人には間違いなようだから。

 

 ただ、十数日経った今でも夢に見る。

 赤いスープのような一面の水溜りと、具材のようにごろりと肉塊が転がった部屋の中に自分が立っている光景。

 手も足も頭もない胴体が天井から吊り下がり、傷口からはまだ新鮮な血が滴って波紋をつくる。

 恐ろしい訳では無かった。

 殺したのが初めてな訳でもない、ヒソカと一緒に放浪をしていれば死体はいくらでも見たし、彼奴を殺そうとする相手を始末させられたこともある。

 だけど、そんなことは今までなかったから。

 

「道化師を続けられなくなるかもしれないなんて、考えたことも無かったんだよね」

 

 物心ついた時には、既に僕はそうだった。

 言われるがままに道化師としての技術を学んで、自分の顔を塗り潰すように化粧をして、まだ幼いうちから舞台の上に立っていた。

 それが当たり前で、そうあるべきで。ヒソカに辞めればいいと言われても、こう育った僕がそれ以外のことをしている姿すら想像がつかない。

 

 腕がなくなれば軽快に飛び回ることが出来なくなる。

 足がなくなれば歩くことすら出来なくなる。

 喉くらいなら良いけれど、それ以外のどこかが欠けてしまうだけで僕は道化師じゃなくなってしまうのだ。

 それが堪らなく嫌で、不快。ただそれだけの事だった。

 

「今考えると、月明かりで見える程度だっただろうし、やろうとすれば罪を押し付けることだって出来たんだろうけどさ」

 

 自分が自分でいられなくなってしまうような恐怖に、僕だって冷静では無かったのだろう。

 化粧を落として僕であった特徴さえ無くしてしまえば、気付かれなかっただろうことにさえ頭が回らなかった。

 服を着替えてしまえば良かった。

 月明かりの下で、どうせ僕の髪色は黒にしか見えない。

 特徴的なこの目の色も、殺害現場と共に連想されるのは全く別のものだろう。

 

「……ヒソカ?」

 

 問われたから正直に答えたというのに、肝心の本人が沈黙していることに不安を覚えて名前を呼んだ。

 見上げてみれば、いつもニヤニヤと弧を描いている口元が釣りあがっているようには見えなくて、首を傾げれば気づいた彼がこちらに目線を落とす。

 ちゃんと笑っていた。いつも通り、何かを企んでいるような楽しそうな笑み。

 気のせいだったのだろう。

 もし気のせいでなくとも、ヒソカだって笑いっぱなしが疲れることも有るのかもしれない。

 

「何でもないよ♦ 君がそこにいた証拠はちゃんと消したのかい? ほら、前のサーカス団とか♠」

「その可能性は低いと思ったけど、一応見世物の中でも体格が近くてまともな体つきに見えるのを僕の死体に偽装したよ」

 

 ちゃんと着ていた衣装を着せて首を落として、四肢も綺麗に切った。

 目は僕のを刳り抜いて嵌め込むわけにもいかないから、代わりに彼のものを刳り抜いて取った。

 化粧にまで意識が向かなくて気づいたのは後だったけれども、予備の仮面一つ死体の傍に転がしといたからきっと大丈夫。

 前の団員がそれを見せられても、僕のものだって証言してくれるだろうから。

 

「あ、ちゃんと取った目は生ごみに捨てたよ」

 

 だから今も持っていたりはしていない。腐らないようには出来るけど、そんなもの持っているだけでばっちぃから。

 

 よしよし、良くできました。と、両手は塞がっていたけれど代わりに口でヒソカは言った。

 そんな年齢でもなくなったし、僕だって頭を撫でろと我儘は言わない。

 それよりも腕に担がれた僕の代わりにヒソカが背負っている荷物の方が気になって、心配で仕方がない。

 早く休憩時間とか就寝時間が来ないだろうか。

 できれば個室が良い。昔、心配し過ぎて人の前で開けて確認したら、酷く怯えているような気味悪そうな視線を向けられたことがあるから。

 

「その荷物、あんまり揺らさないでよねヒソカ」

「箱の中はちゃんと揺れない仕組みだって前言ってたじゃないか♣」

「うん、だけどやっぱり駄目」

「……次の試験、また走らされなければいいね♠」

「そーだね」

 

 襲ってくる湿原の動物や通りがかりの邪魔な受験生を、ヒソカの指示で縊りながら会話を終える。

 わかりやすいように各所にばら撒けと言うし、多分これは道標なのだろう。

 ゴン坊ちゃんやクラピカ坊ちゃんの為の。

 出来るだけ血の匂いがするようにとも告げる辺り、こいつもゴンを野生児だと判断している。間違いは無さそうだけれど、現代の子どもにその判断はいかがなものか。

 まぁ、彼に関してはくじら島という島で山を遊び場としていたらしいから、確かに野生児なのだろうけれども。

 

 ふと、視界に続いていた木々がなくなって、開けたところに着くとヒソカは足を止めた。

 頭を持ち上げれば建物が見える。

 扉の上には二次試験が正午からである旨が書かれていて、ここが会場なのだと理解できた。

 

 ぽんと放り投げられるように抱えられていた手が解けて、久しぶりに足が地に着く。

 荷物を返してもらって、思い切り伸びをしながら受験生たちが集っているのを確認すれば、ヒソカはレオリオの旦那を気に凭れさせて立てかけていた。

 

「置いてくの?」

「ずっとボクが抱えている訳にもいかないからね♥」

 

 ふーん、と返事をしながらしゃがみ込んで見ていれば、レオリオの顔が腫れていることに気が付く。

 そういえばヒソカに殴られていたんだっけ、彼。

 適当に眺めて観察していれば、彼を宜しくと言われてヒソカは歩いて行ってしまう。

 多分、途中で連絡をとっていた相手と合流するんだろう。

 

 一緒に行動をしていても、僕が目を付けられるだけだ。だったら必要な時以外は別々に行動していた方がお互いに良い。

 わかっている。これは、子どもみたいな我儘だ。

 理解はちゃんと出来ていて、それでもどうしてか口角が下がる。

 

 嗚呼本当に何故だろう。

 彼奴と協力関係に有る相手が……少し、気に食わなかった。

 

 

 





《おまけ》

「ボクが居なくなった瞬間機嫌が悪くなるんだから、フーラったら可愛いなぁ♣」
「鬱陶しいし聞いた覚え無いんだけど、なにアレ、ヒソカの弟?」
「んー、そんな感じかな♦」
「そっか、じゃあ仕方ないね」
「仕方ない、仕方ない♥」

 可愛い弟だから仕方がない。

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