泣き笑い   作:雨築 白良

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試験、壱

 

 

 

 

 審査員の謎かけお婆さんが教えてくれた会場まで案内してくれるナビゲーターというのは、凶狸狐という喋る動物だった。

 話せる獣を魔獣と呼ぶらしい。クラピカ坊ちゃんは博識だ。

 しかも人間に変身するらしく、そういうのを変幻魔獣というそうな。

 

 喋るし身体も大きいし、説明をされるまで毛皮を着た人間だと思っていた。

 種族名を言われてもキリコという人なのだと思ってしまって、クラピカには呆れられ、レオリオには驚かれ、ゴンにはあらゆる部分が人間の骨格とは違うのだと諭された。

 ごめんなさい、僕完全に足手まといでした。

 

 ただ、夫婦の振りをしていた娘さんと息子さんの嘘には敏感に気づいていたものだから、お情けで僕も認めてもらえたのは有り難かったと思う。

 三人が居てくれて本当に良かった。

 もし僕だけで参加していたら、役として娘さんを浚う魔獣の姿をみても『場所間違えたかな』とスルーしてしまっていたと思う。

 現に、魔獣を見止めた瞬間武器を構えた三人の走り回る姿を、僕はぼーっと見ていたばかりだったから。

 レオリオに手伝うように言われようやく動いて、旦那さん役だった人の嘘に気づいたというのが一通りの流れだったか。

 

 キリコさん達の顔を見て、見分けたらしいゴン坊ちゃんは本当にすごいと思う。

 僕には出来ない。到底できない。どんなに頑張ったって彼のその目だけは、僕に模倣することは出来ないんじゃあなかろうか。

 

 空を飛ぶことも出来たらしいキリコさんに連れられて、僕たちはザバン市の試験会場へ。

 試験会場は、そうとは解らないように定食屋にあるらしい。

 皆なかなか納得しなかったけれど、案内されてみれば奥の部屋が会場行きのエレベーターなのだから、驚きを通り越して感動さえ覚える。

 

 小部屋のようなエレベーター内には、ただの合言葉では無かったのかじわじわ網の上で焼かれているお肉。

 それはまさしく焼肉。…あとで代金を取られたりするのだろうか。

 折角準備をして貰っているし、何より現在進行形で焼かれているお肉が焦げてしまうので、僕たちは席に座って焼けたものから食べ始めた。

 

「お前、本当に何も知らねーでテスト受けに来たのか!?」

 

 分厚い焼肉を咀嚼することに一生懸命になっていて、ぼーっと周囲の状態すら把握していなかった僕は行き成りの大声に頭をもたげる。

 再び言い合いになっている二人の様子を見るに、ハンターという仕事がどういうものなのかをゴンに説明しているようだった。

 

 ハンターの持つライセンスカードの価値。

 ハンターという権威が持っている富と名声への切符。

 文化や希少動物を保護し、犯罪者を取り締まるという活動。

 それを行うハンターが持つ知識と身体、信念。

 

 流し聞いているだけでも面倒くさくなるハンターの付与価値と義務。

 言い合いの果てには意見を求められてしまったゴンの助けを求める視線を見なかったことにして、最後の一口を口の中へと放り込む。

 食事の間だけ目元まで持ち上げていた仮面を下へおろせば、今更になって僕が顔を半分出していたことに気づいた二人の言い合いが止まっていた。

 

 いや、見損ねたと悔しがられても口しか出ないようにしていたし。

 というかもうエレベーター着いちゃったから。

 

 開いた扉の向こう側には、都会の街中にでも行かなければ見ないであろうほどのごった返す人混み。

 けれどそこへ行っても体格の良い男ばかりがいるようなこの光景を見ることは出来ないだろう。

 人混み特有のむわっとした生暖かい空気が、冷たいはずの地下道へと広がっている。

 数えるのが面倒な程の人数がいて誰一人の顔すら、僕には覚えることが出来なかった。

 

「何人くらい居るんだろうね」

「君たちで405番目だよ」

 

 横で周りを見渡してそう言った少年の問いに、応える声がある。

 地下道の壁に通っているパイプの上に座っていたその人は、両方の口角を持ち上げながら親し気に話しかけてきた。

 細められた目と、他の受験生達から時折注げられる視線に僕は首を傾げる。

 

 凶狸狐さんにも一応認められていた洞察力であるし、これくらいは直ぐにわかった。

 彼は“嘘つき”なのだ。

 

「おっと、そうだ。お近づきの記だ、飲みなよ」

 

 渡されたのは、四人分の缶ジュース。

 一人一本ずつ分けろということらしく、ふと見回してみれば地下道内にも幾つか同じ缶が転がっているのが見えた。

 誰かが同じように貰って、飲み終えた後なのかもしれない。

 

「はい、これフーラの分」

「あぁ、ありがとう」

 

 ぼへっとしている間に僕の分も受け取ってくれていたらしく、受け取ろうと手を伸ばす。

 缶を掴んだと思った瞬間、それは床に転がっていた。

 

「……あ、」

 

 空けていないはずの缶の口から、中身が流れ出て床を濡らす。

 それ以上流れ出ないように持ち上げて起こすと、半分以上が零れてしまっていた。

 

「ごめんなさい、トンバさん。折角貰ったのに手を滑らせてジュース零しちゃったみたいで」

「いや大丈夫、もう一本あるからそれを…」

「うーん、でもまた落としちゃったら申し訳ないですし。僕、一応飲み物持参してますから」

 

 すみません、と口調だけ神妙に謝るかたちをとれば、もう何も言っては来なかった。

 代わりに勢いよく口にジュースを流し込んだゴン坊ちゃんが中身を吐き出して、やっぱりなと言わんばかりに二人がジュースを捨てる。

 聴覚や視覚だけでなく味覚まで超人的らしいゴンに驚きながらも、やはり細工をされていたのかと内心思った。

 

 そもそもが、35回も落ちているのに受験し続けていることがおかしいのだ。

 そんなことをしているくらいならばもっと別のことをやり始めればいい。受かりたいならば数年を消費して確実に鍛えた方が確実だ。

 なのに毎年受験を続けているというのは、合格を目指す以外に目的があると言っているようなもの。

 彼の場合は、真面目に試験を受けに来た新人の純粋な思いを踏みにじることだろうか。

 どうやら楽しんでいるようで何よりであるが、巻き込まれるのは僕だって御免被る。

 

 さて、と。

 

「そろそろ合流しようかなぁ…?」

 

 うーん。腕を組んで首を傾げながら、考えた。

 いやどうせ話しかけても、自由に試験を受けておいでと言って放置されるだろう。

 彼奴のことだ、僕がここに来たことになんてとっくに気づいているだろうし。見つけていても来ないということは、別行動をしていろということなのだろう。

 

 まぁ、仕方ないか。

 きっと受験者達の中でも彼奴は、悪い意味で目を付けられているだろうから。

 あのこらえ性の無さは今もまだ変わっていないらしい。

 

「……あれ、そういえば今日って何日?」

 

 ふと、疑問を口に出す。

 結構な余裕をもって出たつもりの僕であったが、着いてみれば貰った番号も406番。それだけの人数が既に集まっていてまだ来るのだろうかと、不思議に思った。

 

「七日だ、今日が試験当日だな」

 

 その疑問にクラピカが答えると、結構ギリギリであったことにレオリオが驚く。

 僕も驚いた。しかしゴン坊ちゃんにかかれば間に合ったから大丈夫、となってしまうのだから色々と凄い。

 彼等がいなければ、本当に僕はここへと到着できなかったかもしれない。

 危なっかしく何とか間に合ったような状態で受ける試験というものは、はたして何をさせられるのか。

 

 思考が打ち切られたのは、突如鳴り響いたベル音が鳴り響いた時だった。

 

 カイゼル髭というのだったろうか。

 髭を生やしている団長だと大抵がその形へと整えている見慣れた髭。それが特徴的で、着ている服も併せてもしやサーカス団を営んではいないだろうかと期待しそうになる男性が一次試験の試験官らしい。

 

 後を着いてくるのが一次試験だと言って、歩いているような動きとスピードで地下道を進んでいく。

 それを慌てて追ったはいいものの、僕たちが走らなければ追いつかない時点で普通にできる動きじゃないことは一目瞭然であった。

 多分、アレだ。

 あの人もきっと彼奴が言っていた念能力者というやつなのだ。

 そうでないと生身の身体であれを再現するのは至難の業であるし、ちょっと変わった技はそうだと思えって言われていたから、その筈。

 

 背中に背負った大きな荷物を持ち直しながら、憂鬱になった。

 行先も走る距離も時間も不明なまま。

 求められているのは終わりの見えない状態でも耐え続ける精神力なのか、ただ単純に持久力か。あるいはその両方かもしれない。

 

 困ったものだ。

 そういう方向の試験があるとは思っていなかったから、僕は荷物を預けることもしていなかった。預けたくもないけれど、それでも長時間を揺さぶってしまうよりはまだマシだったろう。

 

 走りながら荷物を気にして、腕で抱えながら出来るだけの衝撃を殺す。

 こんな状況に置かれてしまえば、できるだけ早く目的地に着くことを祈る他なかった。

 

 

 

 






 だいじぇすとだいじぇすと。
 そうでないと話が……というよりも文が書けません、はい。

 ようやく試験です。
 でもやっぱり走るばかりの描写。次回は特に語り主が考え事ばっかりする回になるでしょうねぇ。
 ……作者の技量が足らんのです。


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