泣き笑い   作:雨築 白良

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道中、弐

 

 

 思ったよりも船酔いが酷くならなかったのは、幸福なのか何なのか。

 酔っているような時間もなかった、というのが正しいのかもしれない。

 

 先ほどよりも大きな嵐が来ると放送が流れた瞬間、他の受験生たちは救命ボートで引き返すことを選択した。

 結果、船に残ったのはこの船の船員さん達と、全く酔っている様子のない3人。そして、船酔いしながらも意地だけで残った僕。

 これくらいで船酔いなんて情けねぇ、と船長さんに言われた僕は泣いても良かったような気がする。

 でも、辛くても残ることを選択した根性だけは認めてくれるそうで、受験した理由が誘われたからというだけだと告げた時には、何でこいつ残ってるんだというような目を向けられてしまった。

 僕、被虐趣味とかではないよ。いや本当に。

 

 他2人にも何とも言えないような視線を向けられて、そんな目は向けられ慣れていないから少し堪えた。

 何もなかったのはにこにこ笑って聞いてくれたゴン坊ちゃんくらいのものだ。

 彼は理由とか事情は人それぞれで当たり前だと思っている性質らしい。うん、付き合いやすくて良い子だ。

 頭を撫でると硬い性質の髪らしく、結構わかりやすい特徴だと思った。

 

 殆ど会話には参加しなかったけれど、というか出来なかったけれど、様子を見るに他2人の性格も捻じ曲がっているようにはみえなかった。

 むしろ、驚くほど真っすぐで意思が固い人間だと思う。

 クラピカ坊ちゃんと、レオリオの旦那。

 ゴン坊ちゃんも併せて3人とも、素直で真面目で少し似ている。決めたことには頑固そうであるけれど、意外と仲良くできる組み合わせではあるんじゃなかろうか。

 と、思っていれば喧嘩していたのに仲直りしていたから、度々喧嘩をしながらも信頼関係が出来ていくのかもしれない。

 

 そして船の上でばたばたと、嵐が来てからも走り回ることになっていた僕は船酔いしている暇もなく、どうにか乗り越えることが出来たのだった。

 

「フーラ、行かないの?」

「一緒に来るんじゃないのか?」

「何だよ、一緒に行こーぜ」

 

「あぁ、うん。そうだね、一緒に行きたいな」

 

 二人で旅をしていたことはあるけれど、今まで経験したことのない複数人での連れ合い。

 サーカスでこそ団体というくくりではあったものの、大体はぶられ続けていた僕にとって、こんな形での集団行動は初めてかもしれなかった。

 

「船で言ってたけど、フーラは知り合いに誘われて参加したの?」

「うん」

 

 道すがら、ふと問いかけられた問いに頷いて返すと、話す相手の顔を注視しようとする癖のあるように思う三人の顔が、ふと僕を見て困惑したものへと変わる。

 不思議に思いかけはしたものの、考えてみれば僕はやっぱり仮面をつけたまんまで、人間は相手の顔を見て感情を理解するらしいから、それが原因なのだろうと納得した。

 

「一回断ったんだけどね、仕事クビになったから行ってもいいかなぁって」

「……そんな感覚で危険極まりないハンター試験に参加したのか…」

 

 若干呆れたような乾いた口調でそう言ったクラピカは、一度口を閉じて沈黙する。

 何か思う所があったのかもしれない。

 僕には思惑も何もないのだけれど。

 

 船長さんが教えてくれた一本杉へと向かう道中。

 お互いに少し遠慮の混じった話し方をするクラピカとレオリオは、ゴンを緩衝材にして喧嘩が勃発しないように会話をしている。

 人と話すことに慣れていない僕もそのゴン坊ちゃんを間にしているから、彼の心労はいかほどか。

 屈託なく明るい調子で話題を振る彼には思わず脱帽する。

 見習いたいものだ。ゴンのそれは生まれながらにして持っているもののようだけど。

 

「ねえねえ、フーラのその仮面ってさ、ピエロっていうやつなんでしょ?」

「そうだよ。ゴン坊ちゃんはサーカスを見たことあるのかい?」

 

 くじら島に住んでいるおやっさんが街で見て、お土産や話を聞いたことがあるのだとゴンは言った。

 直接見たことは無いらしい。

 話したおやっさんとやらは話を誇張したのかすこし大げさな表現をしていたみたいだけれど、素直に目を輝かせて語ってくれる子どもの目を曇らせるのは大人として駄目だと思う。

 

「そっか、うーんじゃあ……次の職場を見つけたらチケットあげるからさ、見に来てくれると嬉しい」

「チケット?」

「うん。僕の本職ってサーカスの道化師だから」

 

 娯楽としての意味合いが強いサーカスには、裕福な家庭の人間ばかりしかやってこない。

 元々が貧困民の為の娯楽として発展したサービス業であるのに、お金を持っている者が優先されるのは人の世の常か。

 誰の為に、と言われれば不特定多数の観客の為に働いているのだけれど、それでも少しばかり観客の幅を広げたって悪くはないと思うのだ。

 

「その仮面って仕事のやつだったの!?」

 

 お洒落とかじゃなくて?

 と、ゴンだけでなく他二人も驚いてくれるから、少し楽しくなってこくりと頷いた。

 この間サーカス団追い出されたから、今はフリーなのだけど。

 一所に留まらずにこうも各所を転々としている道化師は、僕くらいなものなのかもしれない。

 けれど仕方ないじゃないか。僕だって何処かに収まりたいけど、そのうちあちら側から拒否して来る。

 僕からサーカスを辞めたことなんて、一度きりしかないというのに。

 

「普段は化粧してるんだけど、移動が多い時とかは落ちちゃうから。そういう時はこの仮面つけてるの」

 

 丁度、僕の化粧と同じ模様だったし。

 愛着がわいて、特注で幾つか作り置きしている。

 

「いや、普段は別に化粧とかしなくても良いんじゃねえの…?」

「うーん、でも僕、ピエロだから」

 

 そう答えた僕に、それは理由になってねえよとぼやくレオリオの旦那。

 ごめんなさい。やっぱり僕って道化師だから。

 

 息をひそめて隠れているように、誰の姿もない寂れた一本道に差し掛かるとしばらくの間会話が途切れた。

 ゴンとクラピカは感じる気配を掴もうとして沈黙しているのだろう。

 警戒の様子がみえないレオリオは、気配には気づかずただ不自然な静けさに飲まれているのかもしれない。

 

 ぽつりと言葉をもらしたレオリオに、二人が注意喚起をする。

 息遣いや衣擦れの音で人がいることに気づいていたらしいが、申し訳ないことに僕もその音を耳に捉えることなど出来てはいなかった。

 レオリオの旦那はまぁ判るとして、ゴン坊ちゃんはもしかしたら森の中で遊ぶような子どもなのかもしれない。その姿も容易に想像できてしまうし。

 ただ、クラピカ坊ちゃんも聞こえていたということは彼もサバイバルをするような環境に身を置いていたということか。勝手に知識傾倒なのだと思い込んでいたが、人は外見にはよらないのだろう。

 

 会話をきっかけにぞろぞろと現れた集団は、二択のクイズを投げかける。

 後から来た男性に先を譲って様子をみることにしたようだけど、彼に問われた質問はクイズでは無かったように思う。

 僕達への出題も同じような傾向なのだろうか。

 だったら困る。僕はその問題の答えを知らない。

 

「ふざけんじゃねぇっ!! こんなクイズがあるかボケェ!!」

 

 突然怒り出したレオリオが別のルートで向かうと叫んで立ち去ろうとする。

 しかし、この場を立ち去るなら失格とするという言葉を投げかけられて足を止めた。

 

 答えのないクイズ、そんなものがあるのか。

 彼等はクイズの意味を知っているようだったけれど、審査員らしい人におしゃべりを禁止されれば今聞くわけにもいかない。

 問われた質問に答えるだけではいけないのか。

 遮られはしたものの、何かを伝えようと焦るクラピカを見つめて困惑する。

 ゴンは考え込んでいるようだった。

 

「息子と娘が誘拐されたが一人しか助けることが出来ない。1.娘 2.息子 どちらを助ける?」

 

 そんな問題を出されても、娘も息子もいないから困る。

 むしろこんな問題を出して審査員は何を答えさせたいのか。子どもが生まれてもそれがどちらの性別なのかはわからないというのに。

 時間制限は淡々と終了へ近づく。

 間違えたら皆道連れだと言うから、誰かが答えてからそれに便乗しようと思ったのに誰も何も言わない。

 ゴンやクラピカは沈黙しているし、レオリオに至っては角材を振りかぶって怒り心頭のようだった。

 

 終了の言葉と同時に彼が審査員に向けて振り下ろした角材を、クラピカが棒状の武具で止めて跳ね返す。

 また、二人の言い合いが始まった。

 

「なぜ止める!」

「落ち着けレオリオ!!」

「いーや激昂するね!」

 

 怒鳴りあいのようになったそれも、丁寧に説明をするクラピカの言葉によって怒りが収まっていく。

 さっき通って行った男の末路を説明された暁には、むしろ消沈さえしていた。

 

 正解のない問いかけ。

 いつかは選択しなければいけない大切なものの切り捨て。

 その可能性を示唆されて、それでも進むべき道へ僕たちは歩み続けなければいけない。

 

 なるほどね、ふぅん。

 

 

 

 

 

 どうでもいいや。

 

 

 

 





 ちんたらと原作そのままを書いてしまわないように努力をしてはみるものの、そうすると一気に中身がなくなるという実力不足。

 気が付けば皆殆ど会話してません。驚きです。
 ……まぁ、元々会話を書くのが苦手なわたしのせいですね、努力します。

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