泣き笑い   作:雨築 白良

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試験、拾

 

 

 船の汽笛のような音が遠くから聞こえた。

 それと同時に試験終了の放送と、受験生達へ掛けられた集合の催促に、走っていた足が動きを止める。

 思わずため息を吐いて、面の上から顔を覆った。

 僕は、間に合わなかったのだ。

 

 

 果たして。この一瞬間を何して過ごしていたのだろうかと自問自答に、僕は正直に答えられるような気がしていない。

 それはもしかしたら特に何もやっていなかったからかもしれないし、結果として余りにも自分が無様だからなのかもしれない。

 ヒソカだって笑わなかったよ、珍しく困った顔はしていたけれど。

 

「君は何番を狙ってたんだっけ♦」

「403番です」

「……何番を持ってるんだっけ♣」

「118番です」

「何で合格できなかったのかなぁ…?」

「獲物が罠にかかるのを呑気に待って自分から追いかけなかったからですっ!」

 

 いやぁ、だって狙いの番号が誰だったのか分からなかったんだもの。

 そんな言い訳をしたところで、だったら他の受験生に聞けば良かっただろうと言われるのだけど、聞こうと思っていた相手が既に罠にかかって死んでしまっていた。

 その後も割とのんびり受験生が来るのを待っていたけれど、彼以降誰も近くに寄って来なかったのである。

 不思議なことに。

 

「一人目みたいに罠にかかったら死んじゃうし、ちゃんと死体を傍に置いてここに罠があるよーって目印にしたのにね」

「それが原因でしょ♠」

 

 逆に人避けを作ってどうするの、と呆れたような口調でヒソカに説教されながら、僕はそういうものなのかと大人しく頷く。

 蝶が死体に群がっていたものだから、血の匂いに人も寄ってくるものだと思っていた。

 ヒソカだって血の匂いがしそうな辺りを探るのが上手いのだし。でも、そうか。そんな人間は実のところ極少数なのかもしれない。

 

「そもそもフーラのターゲットって一緒に居た四人組じゃないか♥」

 

 ふと、そう告げられた言葉に次に紡ごうとした言葉が途切れる。

 それが本当なのかと問いかける意味でじっとヒソカを見つめれば、まだ気づいていなかったのかと不思議そうな目を向けられた。

 愕然とする。嗚呼、灯台下暗しとはつまりこういうことだろうか。

 まさか何となく一緒に行動していた中にターゲット指定されるとは思わなかったし、自然と別行動になったものだから狩場が被らないようにと距離を開けていたのに。

 そんな、珍しく気遣った結果が自分の首を絞めるとは。

 

 何故自らターゲットを狙いに行かなかったのかと問われれば、僕にそれだけの実力が身についていないからだ。

 ただでさえ、山や森を知らない僕にとっては不慣れな土地。受験生達の中にはアマチュアのハンターもいると聞いていたし、それこそ罠を扱うのは僕だけではない。

 罠は仕掛けても、相手の罠に引っかかりたくは無い。

 ならば無理して相手を狩りに行くのではなく、待ちの態勢になるのも当然だろう。

 そしてふと、終了日になってから何日経ったのかと数えて、慌ててターゲット探しに奔走するのも極当たり前だといえる。

 いや、最期のは流石に僕が間抜けなだけか。

 

 四次試験に落ちて、回収された飛行船の中。次に試験も控えていない僕は肩の荷が降りた気持ちで、放送に呼ばれたヒソカを見送った。

 どうやら面談というものをするらしい。

 それがどういうものかを僕は知らないけれど、意外そうにしていたヒソカの様子を見るに、ハンター試験には意外なものだったのかもしれない。

 大人しく待っていろと言いつけられたが、誰かに会いに行く用事も無いし、ようやくシャワーでも浴びることの出来る時間だ。有意義に使うに決まっていた。

 

 僕が落ちた試験だったけれど、思ったよりも怒らなかったヒソカはどうやらご機嫌のようだった。

 またゴン坊ちゃんが何かしら遣らかしたのだろうかと思えばやっぱりそうだったようで、一応は気にかけてくれとキルア坊ちゃんに言われた手前、問いかければ聞いていないことまで語ってくれた。

 

 どうやら彼は、一度はヒソカからプレートを奪うことに成功したらしい。

 成長が楽しみで楽しみで、楽しくて仕方がないという様子で語るヒソカの、ここまで興奮した姿を見るのは初めてだったけど、こうも執着されている相手が可哀そうだという感想しか出てこない。

 ご愁傷さまです。

 飽きられるとそれはそれで面倒くさいので、遺憾なく天才性を発揮して末永くヒソカの興味を引いてやってください。

 だってその間はアイツの機嫌が余りにも良くて、僕に構いにも来ないから。

 

 ヒソカ曰くの青い果実が中々見つからない時は酷いものだ。

 もう既に独り立ちと称してサーカス団を渡り歩いている僕に、何かしら理由を付けて会いに来る。忙しいと言いながらも数か月に一回は確実にやって来るから、その度に当時所属していたサーカス団の周囲で殺人騒動が起こるのだ。

 騒動の犯人が会いに来た僕が、サーカス団をクビになるのも当たり前。

 それが何度も繰り返されればアイツが来るとクビになると思って、若干苦々しく思えてくるのも当然だろう。

 

 仕事はあっちから勝手にやって来たりしないのだ。

 探しに行かないと見つからないし、そもそも働き口も限られているのだからいい加減にヒソカから来るのは勘弁してほしい。

 会いに来いと連絡さえしてくれれば一考くらいはするのだから、何も言わずいきなりやって来る度に、嫌がらせだろうかと首を傾げる事態になる。

 もしかして本当に嫌がらせだろうか。

 以前、どこぞの団に入らないかなんてヒソカが言ってきた勧誘を、別のサーカス団への所属が決まってるからと断ったのがそんなに気に入らないか。

 

 だって入団テストが団員の誰かを殺すこととか言っていたし、それって明らかに僕が今までやってきたサーカスとは別物でしょう。

 ヒソカも所属している辺り、やっぱり普通の健全なものとは全く違うものだと思うのだ。

 もしも血祭のサーカス公演を遣っているなら、道化師は僕ではなく観客の方じゃないだろうかと言っておきたい。

 でも、それなら。

 やっぱりそこに、道化師(ぼく)って要らないじゃないか。

 

 久しぶりにすっきりとした気分で、何をするでもなく無気力にぼーっと思考を停止する。

 替えの服は下着以外無い為、部屋に備え付いていた洗濯機で洗浄後、部屋干しをして乾くのを待っている状態だった。

 服の代わりに布団に包まってはいるが、動きづらいので出来れば早めに乾いてほしい。

 ついでに服だけではなく、使っていた面も流石に不潔だろうと洗って干している途中なので、今の僕を見ても知り合いの殆どは僕だとは気づいてくれないんじゃあなかろうか。

 

 それだけ、普段の僕の格好が特徴的であることはちゃんと知っている。

 けれどこれは幼いうちからの習慣であるし、例えイロモノと言われようとも、ヒソカよりはよっぽどマシであると僕は声を大にして言いたい。

 顔にあんなペイントするのは、僕にも無理だ。

 同じどころかむしろ僕の方が化粧が濃いだろうとも言われるけど、僕とアイツじゃあ化粧の意味合いが大分違う。

 だってヒソカの化粧には意味も理由も、何もないのだから。

 それこそ、何となく続けているだけの習慣。僕のようにそれに固執している訳でもなく、飽きてしまえば化粧をすることも無くなるだろう。

 

「あー、でも今は意味があるって言ってたっけ…」

 

 飛行船内の小さな部屋で、誰もいない空間に虚しい独り言がぽつりと落ちる。

 掛かった放送は何番目かもわからない番号を呼んでいて、ヒソカの番は終わったのだろうと一人用の布団の上を占領しながら考えた。

 

 そういえば、あの一行は四次試験を合格したのだろうか。

 ヒソカの話を聞く限り、意地悪はしたもののゴン坊ちゃんの合格は確定したようだけれど、他の三人はどうだったのか。

 受かっても落ちていても関係ないしどうでも良いが、一応顔見知りにはなっているし、普通知り合いの行動とは気に掛けるものなのだという。

 何人かいた合格者の中に、小さい子が二人いたことは憶えていた。ならばキルア坊ちゃんは合格しているのだろう。

 後の二人はどうだったか。

 まぁ、死に急いでいるような人もいたし、再び見えることはそうそう無い筈だ。憶えていないものは思い出せないのだし、気楽に考えても良いだろう。

 最終試験会場まではそのまま三日飛ぶというし、刃物の扱い位はその間にでもヒソカに学ぼうと考えながら、干してある衣装に手を伸ばす。

 

「…………」

 

 つまんでみた布はじんわりと冷たく、まだまだ乾きそうになかった。

 

 





 主人公、受験失敗。
 ……いやこの結果は初めから決めていました。
 本当はもっと早く試験を落とすつもりだったのですが、思った以上に何もしないで淡々と合格していたんですよね、何故か。

 HUNTER×HUNTERの二次創作ってこのハンター試験が醍醐味だと思っているのですけど、でもどうしてか自分が書くと、意地でも主人公に合格させたくない不思議な心境。
 同じ原作の別な二次創作案もありますが、そちらでもやっぱり主人公は合格しません。

 有るべきシーンが省略されているのは、書いてみると結果だけ並べたよりも間抜けな主人公に作者が笑うからです。
 でも、仕方ないのです。
 だってこの、オリ主君のポンコツさは、設定上の仕様。

 あと、作者の文章力の無さ。

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