泣き笑い   作:雨築 白良

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試験、捌

 

 

 着地は無様なことに背中からだった。

 ちゃんと足から落ちたっていうのに、この体たらくは恥ずかしい。

 しかも、僕が落ちた部屋には既に二人の受験生がいて、着地に失敗して背中を強打した挙句、しばらく悶絶していた一通りの行動を見られていたのだから本当に。

 

 落ちた小部屋の道はどうやら三人用だったみたいで、一つの鎖に繋がれた三つの手枷を書かれた指示の通りにそれぞれが片腕につけると、隠していた扉が開いた。

 この道はどうやら罠の道と名付けられているらしい。

 これから三日間ほどよろしく、と言っていた彼等はわざわざ名乗りを上げてきたから、人当たりが良いだけで僕の知り合いではなかったらしい。

 落下して痛みに悶えていた僕に心配そうに声を掛けて来たから、てっきり何処かで会ったことがあって僕が忘れてるだけなんだろうと思っていた。

 

 石造りの面白味もない通路を淡々と歩く。

 一歩足を踏み出したり、身じろぎするだけでも音を立てる手枷の鎖はそれぞれが1メートル程の長さがあって、ただ歩く分には邪魔になりようもないけど、ふとした動きが阻害されて若干苛立つ。

 罠の道という割に仕掛けが少ないのは、もしかしたらこちらがメインなのかもしれないと考えた。

 完全に邪魔にはならないけど、意識していないと動きにくくて、けれど意識していれば時が経つほどに、身体だけではなく精神までもが拘束されているような錯覚を覚えるある種の忍耐。

 拷問、と言い換えてもいいかもしれない。

 精神実験、と言い表した方が適切かもしれない。

 単純ではあるけど時を重ねるほどに精神が破たんして自暴自棄になり、最悪狂いかねない精神攻撃。

 

 僕達の前に顔を出したことは無いけれど、この試験の担当官は相当意地が悪くて性格の悪い人間なのだろうと小さく笑った。

 三人が縦に並んで一番前を歩いているのが僕だったから、そんな僅かな行動にも気づいた後ろの人が訝し気な声をあげたけれど、その声には確かな苛立ちの色が混じっているのが感じ取れる。

 既に彼は策中に嵌っているのだろうと考えたら、なんだかとても可笑しくなった。

 

「なーんでもないよ」

 

 先頭を歩く僕の顔が彼等には見えないのを良いことに、楽しさを隠すことなく思うままに口元を歪める。

 彼等が僕を先頭にして歩かせているのは僕を背後にしたくないからで、先頭を歩かせることで罠探知機代わりにしているのだろうけど、精神攻撃が中心だったならばそれは全くの逆効果になるのだ。

 

 想像してみればいい。

 どれだけ歩いても大した変化のない、一方通行でうす暗い石造りの通路。

 左右を見ても何も面白いものはなくて、前を見ようにも狭い通路では、縦に並んで歩いている分前の人の頭ばかりが目に入る。

 一寸先は闇。

 仕方がないから足元に目を落としてみれば、片手とはいえ手を拘束する枷。しかも、前や後ろを歩く相手の動きに合わせて、時折意図せぬように引っ張られる。

 詰まらなくて、面白くなくて。ならば意識を遠くに飛ばして順応しようにも、不意に引っ張られる腕や定期的に音を立てる鎖に邪魔をされるのだ。

 些細なことだけど、積み重なれば苛立ちは酷くなる。三日間という長さは、人を狂わせるには十分すぎた。

 

「――――え、ぁ…」

 

 真っ先に精神が追い詰められて正常な判断が出来なくなったのは、案の定真ん中を歩いていた男だった。

 気が狂うまでは流石にいかなかったけれど、仮にも僕達が歩くのは罠の道。

 些細な迷いや失敗で、人間は簡単に命を散らす。

 壁から突き出てきた鉄杭を避けきれずに身体に風穴を開けた男を見て、最後尾を歩いていた男は酷く動揺しているようだった。

 目の前で人が死んだことで、今度は何とか耐えていたこの男も精神的に追い詰められてしまったかもしれない。

 

 どうしようかと首を傾げて、まあ死んだならばそれで良いかと思い直す。

 一番初めの部屋の説明文にも、三人で協力しろとか全員で出て来いとかそういうことは書いていなかった。

 三人集めて枷で繋いで、それらは全てお互いを足枷とすることが目的だったのだろう。

 集団としてより集められた人間には、関係を亀裂させることが一番の崩壊になる。お互いの足を引っ張り合い、果てには同士討ちなんてものが起これば、他人の不幸を蜜とする人間からしてみれば美味しい餌だろう。

 

 一歩さえも自律して歩くことの出来ない死体が枷に引っかかっても邪魔なだけなので、手枷に繋がれたその腕だけを僕は切り落とした。

 ひとり真ん中がいなくなったことで長くなった鎖は少しだけ圧迫感が無くなったような気がして、顔を青ざめて道にしゃがみ込んでしまった男の前に僕もしゃがみ込んでみる。

 どうかしたのかと問えば、何を言うでもなく力無さげに彼は首を振った。

 口元と胸元を掻くようにして掴む様子に、もしかして吐きたいのだろうかと思ったのだけど、昔見たことのある真似をして背中をさすろうとすれば、拒絶するように嫌がられてしまった。

 

 放って置けというならば、放って置こう。

 この道がどれ程長いかは知らないけど、時間はまだたっぷりある筈。

 

 男が立ち上がって歩けるようになるまで持ち直すのを待ちながら、ぼうっと先の見えない暗闇を眺めていれば、のっそりと背後の影が立ち上がった気配がして振り返る。

 僕が振り返った瞬間、びくりと肩を跳ねさせた男に対して微妙な気分になりながら、もう大丈夫なのかと問いかければ怯えた様子で頷かれた。

 

 最初は打算も込みで人当たりの良い気さくな男のように思っていたのだけど、どうしてここまで怯えられたものか。

 真ん中の男が罠に引っかかったのを、助けようともしなかったからだろうか。

 それとも、目の前で人が死んでもこの男のように動揺したり気分が悪くなる様子を見せなかったからだろうか。

 首を傾げて考えても男が怯える理由がわからなくて、取り敢えずはただ歩いて先へと進むことにした。

 怯えられるのも、その理由がわからないのも何時もの事なのだから、考えていたってどうしようもない。試験が終わっても解らないままだったら後でヒソカに聞こうと考えて、足を踏み出した。

 

「……ま、待ってくれっ! お願い、おね…」

 

 ぶちゅりと肉の潰れる音が聞こえた。

 この音を聞くのは結構久しぶりかもしれない。最近のヒソカのマイブームはトランプ遊びに戻ったようだし、僕の身の回りに肉を潰して遊ぶような悪趣味な人も最近はいない。

 

 同じような道がずっと続いた罠の道を歩き続けて着いた先は、簡素な闘技場に似た造りの部屋だった。

 そこで待っていた三人の試練官に勝負を求められて、既にこちらの一人死亡していることで勝ち抜き戦を提案され、指名された男の方から部屋の中央に出たのだけど、余りにも怯えていたその男は、あっさりと死んだ。

 部屋に置いてあった鍵で、取って良いと言われた手枷は外していたのに、何かに縛られているように動かなかった彼は一体何にそこまで怯えていたのか。

 

 先ほど告げられた勝ち抜き戦というのがまだ有効ならば、目の前の三人を自分一人でどうにかしなくてはならないのだと気付いて、困ったものだと溜息を吐く。

 嗚呼、もう。どうしようか。

 

「えーっと、とりあえず。……時間勿体ないのでいっそ、纏めてしまいません?」

 

 

 

 

『406番フーラ、三次試験通過第十四号。所要時間43時間17分』

 

 試験中、何回か聞いたような声がそう告げて視界が一気に明るくなった。

 試験通過の言葉もこの声が告げるならば、おそらくこの人が三次試験の試験官なのだろうと何となく思って、だったらこの人こそが意地の悪い試験の考案者なのだと面白くなる。

 

 誰かが既に辿り着いていないだろうかと、扉の並んだ広い空間を見渡した。

 十数人の受験生らしき人がちらほらといる中に座り込んだヒソカの姿を見つけて、気が滅入りそうな時間がやっと終わったのだと再認識した僕は、思わず駆け寄りそうになる。

 そしてふと思い出して、手に担ぐようにして持っていた盾代わりを手放して捨てた。

 伸びをすれば、強張っていた筋と関節が軋むような音が耳に残る。流石に自分より重い人間の身体を盾代わりに持ち歩くのは骨が折れた。

 意識が無くなると生き物の身体は重くなるらしいし、やっぱり人間の死体はそのまま持ち歩くものじゃあない。

 

 要らない荷物も捨ててある程度身軽になり、今度こそヒソカの元へと駆け寄って勢いのままに抱き着く。

 吃驚してひっくり返ってしまえば良いと思いながら勢いも殺さずに飛びついたのに、僕がそうすると見越していたのか、直前には抱き留める準備さえしていたこいつは瞬間さえも体勢を崩すことは無かった。

 なんか悔しい。内心子どものような駄々を捏ねつつ、嫌がらせに試験中に付いて殆ど乾いた血をヒソカの自慢の衣装に擦り付ける。

 

「お帰り、フーラ♦」

 

 何も言わないでただしがみ付く僕に、いつも通りに笑う彼はそう言った。

 もうやだ、と小さく零した声を聞きながら、慣れた動作で僕の頭をそっと撫でる。

 

「疲れたかい?」

 

 うん、疲れた。

 こくりと頷いてゆっくりと掴んでいた手を離せば、僕の顔色を窺うようにしてヒソカの目が見降ろしていた。

 急に視界が塞がれて手を顔に当てれば、取り上げられていた仮面を被せられているのだと気付いて外れないように固定する。

 そうしてやっと、一息を付けたような気がした。

 

 試験中、道の途中に設置された厠の鏡で何度か化粧は直していたのだけど、あんな環境では崩れたり落ちたりしているのではないかと気が気じゃなかった。

 一人になってからは誰にも会うことも無かったけれど、無様な面で人前に立つのは苦手だ。笑ってくれるならいいけど、子ども何かは泣くことがあるものだから。

 僕は泣き止ませ方なんて知らない。だから、泣かれてしまうと困るのだ。

 

 






 他の原作キャラとの絡みフラグだと思った? 残念っ、モブでした~って回。

 だって原作キャラって色々な意味でつかみ切れていないのだもの。
 メインの四人すら扱いきれていないという体たらく。だからこの作品のキャラクター達の口数は驚くほどに少ないです。
 画面外ではめっちゃ喋っているような様子を脳内補正しながら読んで下さい(?)

 いっそ括弧を使うことなく会話を完結させてしまうような作者が、小説の、それも二次創作なんてものに手を出しちゃいけなかったんや……。
 でも、まだ書きます。

 がんばる。

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