今回は閑話みたいなものです、結局何も進んでない。
後半から別視点、的なものがあります。意味は特にないです、多分。
「飛行船の中探検しようぜ」
「うんっ、フーラも一緒に行く?」
「のんびりしたいから僕はいいかなぁ」
また後でね、と告げて軽く手を振りながら駆けていく子ども達を見送った。
疲労困憊な様子のクラピカ坊ちゃんとレオリオの旦那が休みたいとぼやくのに頷きつつ、ようやく訪れた休息にため息をついて荷物を背負い直した。
この後にあるだろう試験では、走らされなければいい。
再試験では崖から飛び降りさせられたし、空中ブランコはどこのサーカスでも花形だったからやった事はあったものの、崖を登るのは流石に初めての経験だった。
慣れないことはするものじゃない。
指先の筋肉を扱うことは良くあるけれど、ロッククライミングの経験も何もない僕が崖をよじ登るのは思った以上に大変な作業で、変に力んでしまったのか軽くは有れど指を負傷してしまった。
欠けた爪は適当に整えておけばいいけれど、血の滲む擦り傷や縦に入った罅に関しては、治るまでそれなりの時を必要とするだろう。
幸いとすれば、爪が剥がれたり食い込んだりはせずに済んだというところか。
下手なものよりまどろっこしくなくて楽だと同行人達は言っていたけれど、あれはあれで危険である。
正直、またやりたくは無いものだと僕は思った。
やりたいことは無いけれど、やりたくないことはそれなりにある。
とりあえず今は次の試験の為にも休息が必要で、不安を煽るような言い方で与えられた嘘の言葉を交わしながら適当に眠れる場所を求めてさ迷い歩いた。
「フーラ♠」
聞きなれた声に呼ばれた気がして周囲を見渡せば、まるで避けられたかのようにヒソカの周りには人がいなかった。
事実、避けられたのだろう。
作りかけのトランプタワーは使われていないものは床の上に転がっていて、少なくとも一度は出来上がっていたのだと予想がつく。
あくまで予想であっても、完成したものを怪しい笑い声を上げながら壊して悦に浸っている男なんて、傍から見れば変態くさい。
あぁ、そういえばヒソカは立派に変態だったっけ。
「……つかれた、かえりたい」
「ボク達に帰る場所なんてないよ♦」
疲労から来る眠気に口調がおぼつかなくなるのを感じながら、手招きされるままに傍に寄る。
引きずってしまわないように抱えていた鞄を床に置いて座り込めば、顔を覗き込まれているような気がした。
仮面越しに顔色を窺っても意味ないだろうと思いながらうつらうつらと重たい頭を揺らしながら舟をこぎ、限界だと悟って目の前の身体へと体重を預ける。
「ひざ、…かして」
嗚呼、眠い。
まともに眠ったのは何時だっただろうか。しばらくは、気を抜けば刺されそうな気がして気を張ってばかりいたものだから、ようやく警戒せずに眠れるような気がした。
深く眠れば夢もみない。
「そんなに疲れるなら、道化師やサーカスに拘らなければ良いのに♣」
一緒に行こうって言ったじゃないか、と拗ねるような声が聞こえて、疲れたのは試験のせいだと口を開こうとし、閉じる。
口を開くのも、目を開けるのも億劫だった。
そして、簡単に言わないでほしいと勝手に拗ねる。
僕に出来るのは、これだけなのだ。
道化師しか僕に出来ることはなくて、道化師である為にはサーカス団に入らなければいけない。
働かなければ金銭は手に入らないし、先立つものがなければ生きることさえ難しい。
子どもの頃は、ただ必死だった。
でも、年を重ねて行く度にそれではいけないのだと悟って、心にもある程度の余裕が出来るようになったから、自分の足で立たなくてはいけないと思った。
僕だって、いつまでも子どもじゃないのだ。
拠点として借りたホテルの中で、ヒソカの帰りをいつまでも待っている訳にはいかない。
「ぼく、は……人形じゃないよ、ヒソカ」
墜落するように引き込まれてしまいそうな眠気のなか、ぽつりと言葉を零してみれば、数秒の間が開いて、無言のままに仮面が取られたような気がした。
そのまま眠るのに窮屈ではあったから、抵抗もせずに僅かに身じろぎする。
「馬鹿だな、人形なんて思ってないよ」
のっそりと重たい瞼を持ち上げても、朧げな視界は輪郭くらいしか判別できなくて、諦めて静かに目を閉じた。
まだ幼い頃、子育てをしたことがある筈もないぎこちない動きで頭を撫でてくれた手が、昔より小さく感じて、自分が大きくなったのだと思い出す。
目元をなぞるように撫でてくる指に、昔から良くそうされていたものだと遠く意識で考えた。
ヒソカだけではなかった。どうやら、僕の目の色はとても珍しいものらしい。
数年前に滅びたという何処かの民族が瞳ほど有名ではないけど、極まれにしか見かけることのないこの色は、ともすれば売り物にされるのだと。
道化師の仮面を被っている時には対して目立たないそれも、舞台上に立って化粧だけの時には大勢に晒される。
それでも、道化師として転々としながら生きるためには、珍しいらしいこの目が呼ぶ話題性に乗っかるしかないというのもまた事実なのだ。
そういえば以前、ヒソカが言っていた。
酔狂なことに、この目に惹かれたらしい人間が複数いるのだと。
殆どはサーカスから別のサーカスへ渡り歩く僕の後を追い、それに財産を注ぎ込むことを楽しみにしているらしいけれど、一部の人間は金を払ってこの目を手に入れようとしているらしい。
後者はまだ理解できるけれど、前者に関してはちょっと僕には理解できない。
追いかけることに金を掛けるってどういうこと。ヒソカに問いかけても害はないとしか返って来なくて、変人はいるものだと思うしかない。
後者の方からの被害にあった覚えも僕には余りないのだけど、誰かが雇ったであろう殺し屋やらの中にもしかしていたのだろうか。
ほのかに感じられる人の体温を感じながら、再び意識はぼんやりと薄くなって溶けて行く。
無駄なことを考えすぎてしまっていた脳裏がゆっくりと、停止した。
静かで落ち着いたものになった呼吸が一定になったのを確認し、ヒソカはゆっくりと撫でていた手を止めた。
見下ろした足の上には、身体が冷えないように手足を丸めて眠っている自分より二回り程小さな青年が頭を乗せて眠っていて、久方ぶりの感覚に若干機嫌が上方修正される。
誘ったのは自分ではあったけれど、まさか本当に参加すると彼は思っていなかった。
いつも通りにすげない返答があっただけで、何に誘ったかもとうに青年は忘れ去ってしまっているのだろうと考えていたのだから。
素直なようでいて強情なこの青年を、ヒソカは愛おしいとさえ思っていた。
例えるならばそう、親類の情とでもいうべきか。
家族のような同類のような。幼い時分から共にいたものだから、歳の離れた弟のようにさえ錯覚する。
お互い情が欠けていて何処か歪であることを知っているけれど、それでいて誰よりも相手が自分に似ていることもまた、理解しているのだ。
執着はしていない。
けれど、依存はしているのかもしれない。
フーラはその記憶を掘り返すことを嫌っているけれど、ふとした時、彼はあの記憶――――青年と出会った時のことを思い出す。
正しくは初対面ではなかったけれど、お互いの存在を確固として認識したのはその時だっただろう。
ヒソカはその子どもの背景も性格も、何を背負っているのかも知りはしなかったけれど、気まぐれに踏み入れたその場所で座り込んだ子どもを見た時、何の理由もなくそう思えた。
――――嗚呼、ボクに似ている。
生まれも育ちも、似通ったところはあるけれど全然違う。
それでも、やっぱり何かが似ているのだろうと時を重ねながら言葉を重ねながら納得していった。
馴染まない、馴染めない。馴染む理由が無い。
欲しいものは余りなくて、それでもほしいものは有って、だけどそれは在ってはくれない。
似ているようで似ていない。それでも確かに二人は似ていて、だからこそ自分とは違う愚かしさを持つ子どもの手を取った。
無欲で強欲な、かわいそうな子。
何を求めているのかなんて未だ自覚していないフーラの行きつく先を、彼は何ともなく知っていた。
だって、青年は彼と似ているから。
ひっそりと、愛おしく思いながらも嘲るように、憐れむようにうっそりと笑う
今回は、もしかしたら何となく二人の妙な関係が読み取れなくもないかもしれない曖昧な回。深い意味はないです、うん。
ヒソカって何歳なんでしょうね。何となくイメージで、この話ではフーラが幼い時も同じような姿だったってことになってます一応。
結構ねつ造してます。性格も過去もねつ造しています。
こんなんヒソカじゃねえよ! とか、他にも原作キャラ達の性格が崩れていく可能性がありますが、少なくともこの話ではそんな風なのだと思っていただけると有難いです。
……ゆで卵の話がとばされている…?
地の文に少し書いてあるだけだって?
だって淡々と言われるがままにしか主人公が動かないのだもの。
作者知ってる、原作を生かしつつ盛り上がる面白い文章を書けるのって文才がある人だけだって。
ゆで卵は、作者による誤魔化しの犠牲になったのだ……。