泣き笑い   作:雨築 白良

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試験編
開幕


 

 

 

 さぁさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。

 これからお見せしますのは、美しくも奇怪な大道芸。

 蝶のように軽やかに舞う少女の空中ブランコや、屈強な男たちが演じます殺陣。華やかな衣装で綱の上を踊る綱渡りや、火吹き男、はたまた獰猛な猛獣達を見事に操ってみせましょう。

 さぁて今宵の演目は、まずは何から始めましょう。

 そうそう、サーカスといえば忘れてはいけませんね。彼等がいなくては始まれない。

 それではどうぞごゆるりと。今夜の舞台のはじまりはじまり。

 

 

 

 

 サーカスの中心にはスポットがひとつ照らされていた。

 高らかな声で宣言する団長の言葉に呼応するように、消えた光が一瞬の静寂を連れてくる。

 観客席がざわざわと落ち着きなく騒がしくなり始めたのは、そのすぐ後のことだった。全て落とされた証明が煌々と輝き、舞台全体を照らしたのだ。

 宣言を終えた団長も幕裏にはけ終えて、誰もいない部隊の中に僕はひとり踊り出る。

 

 僕が舞台に出た瞬間、感覚を鈍くさせないと耳が痛くなるほどの歓声が客席から上がる。

 しかしこれは、決して歓喜の声なんかではない。

 何時だって僕等の役割は鬱陶しがられて、目的の演目を見る為に、引っ込んでいろと叫ばれる。それでも言われるがままに引っ込まないことが僕達の役割で、お仕事なのだ。

 

 舞台に出た僕は、たった一言さえ話さない。

 

 化粧で塗り潰した自分の顔を笑みの形に大げさに歪めて、求められてもいない愛想を観客に振りまく。

 まだ誰もいない舞台上全てを使うように、軽快な動きで跳ね回って駆け回って、重さを感じさせないジャンプを思い切りとばしてから着地した。

 着地したのはぎりぎり舞台上からは落ちない端のほう。

 間違えて飛び過ぎてしまったというように大げさな動きで焦りを表現して、落ちなくてほっとするように腕で汗を拭う仕草をする。

 そしてその時には叫ぶものも格段に少なくなって、大半の観客が目線をこちらへ向けたのを確認しながら大仰に一礼をした。

 

 これで取り敢えずの、演目が始まる前の前座は終わりだ。

 最初の芸はサーカスといえばこれ、空中ブランコから始まることとなる。

 僕がいま所属しているこのサーカスでは花形に数えられており、双子の少女が魅せる息の合ったパフォーマンスには殆どの観客が釘付けになるのだ。

 

 僕が舞台を跳ね回っている間に、双子は上の器具で待機をしている。

 一度集めた観客達の視線をそのまま上に持っていくように空中を指し、その瞬間、今までかかっていた証明が舞台ではなく空中を照らすように切り替わった。

 

 誰もが僕の存在を忘れた頃に、消えた照明の闇を縫って幕裏へ。

 予定そのままであれば次の出番は二つ目の演目が終わった後だ。ひとつの演目にもそれなりの時間はあるし、二十分の自由時間は堅いだろうと考えながら使う器具の点検を始める。

 

「フーラ、ちょっといいか」

「…はい団長、大丈夫です」

 

 幾つかの器具を点検し終えた頃に、声をかけてきたのはこのサーカス団の団長だった。

 声を掛けてきたのはそちらであるのに、どこか言い惑っているような口調は重く、言葉は続かない。

 何の話だったのかという疑問は、カーテンの向こうに隠れて僕たちを見ている複数人に気づいて霧散する。

 

「すまないが、今夜の公演でこのサーカスを辞めてほしい」

「そう、ですか」

 

 簡単で、わかりやすいことだった。

 今までだって、経験してきたような同じことだった。

 

 仕事ぶりが悪いわけでは無いつもりだ。ずっと続けてきた職業だし、評判も悪くはない。

 だったらどうしてこうなるのかと考えるならば、心当たりが多すぎてどれが原因であるのかはっきりしたことは分からなかった。

 

「君の仕事ぶりは私も認めている、君の道化師ぶりは確かに素晴らしいよ。だけどね、……わかるだろう? 皆怖がっているんだ」

「……はぁ、まぁそうですね」

 

 解らない。

 曖昧にぼやかされたって僕だって困る。具体的に何が原因なのか、言ってくれないと対処も出来ない。同じことを繰り変えしかねない。

 けれど、ここでそう言ってしまえば拗れることも学んではいた。

 

「来月には怪我をして休業していた道化師も復帰して来ることになっているし、君の噂や悪評でサーカスの評判を悪くしたくないんだ。分かってくれるかい」

 

 だから分からねーですって。

 噂? 悪評? そんなこといっても一体どれのことか。

 行き成り入団して公演に参加するようになった僕を疎んだ団員達の手によって、噂とか悪評なんていうものは日々更新されている。

 全部が嘘とは言わないが、大半が眉唾物である事実は変わりはしないだろう。

 実際とは悪意のある形に湾曲された噂だって有ることだし。

 

 元々の道化師が復帰するというのもきっと、後付けの言い訳なのだろう。

 団長が僕の仕事を認めてくれていたのは本当だとは思うけれど、いま僕を見るその目に映っているのは一体どんな感情か。

 気味の悪いものを直視し、視界からそれを追い払おうとしているようにしか思えない。

 

 影から覗き見ている人影が嘲るように、ほっとしたように小さく笑う気配を感じる。

 その中には一度認識し、それ以来少しだけ意識を向けるようになったものもあって、嗚呼ここまで噂が広まったのは彼が原因なのだと理解した。

 やはり、彼には見られていたのだ。

 

 仕方のないことだと、ため息をついて頷く。

 また仕事を失ってしまった。次を探すのも手間が掛かるだろうし、数日後にはまた会いに来ると連絡を寄こしてきた彼奴には何といって説明すべきか。

 次の職場を探す苦労を慮って意識を飛ばしかけていた僕へと、言った後に罪悪感に駆られたような目を一瞬見せた団長が言葉を続けた。

 

「とはいえ、唐突に辞めろというのもこちらの都合だ。幸いにも団員が他のサーカス団とも伝手が有ったらしくてな、君が望むならば紹介してやれる。…どうする?」

 

 それはつまり左遷のようなものか。

 それとも、たらい回しというやつか。はたまた他のサーカスに体良く面倒を押し付けているともいえる。

 僕はこれに何と思うことが正解なのだろう。伝手が有った先のサーカス団を不幸だと笑うべきか、そもそも断るべきなのか。

 そんなことを考えている余裕すら無いことが、僕にとっての正解なのであるが。

 

「あ、それなら助かります。お願いします」

「……すまないね、フーラ」

「、いえ」

 

 別に此処も、僕の居場所に成らなかったってだけのことですから。

 とは、勿論言わなかった。

 僅かでも団長は僕を惜しむ気持ちは持ってくれているみたいだし、道化師としてこれ以上のことは無いのかもしれない。

 そう考えれば結構、ここは幸せな終わり方じゃあないか。

 

 殺し屋を差し向けられたり、団員が狂って襲い掛かって来た訳でもない。

 石も投げられてないし、恐れはしても虐げはしてこなかった。

 疎んで嫌悪をしても、遠巻きにして僕が去るのを待っていた。

 

 嗚呼、幸せだ。

 幸せだとか思ってないとやってらんないよ。

 好かれたい訳じゃないけど嫌われたい訳でもないんだよ、上手くいかないなぁ。

 

 心の声は荒れても平坦な感情はそのあとの芸にも影響は欠片も残さず。

 今宵の舞台も終えて役割を追い出されたピエロはまた、荷物を揃えて次のサーカスへと放浪を続けないければ。

 

「あっ、ピエロさんだぁ!」

 

 公演をやり終えた達成感をわざわざ僕がいることで壊してしまわないように、纏めた荷物を抱えてそのまま去ろうとしていた。

 そんな大荷物を抱えた僕を見つけた小さな女の子が、そう言いながら駆けて近寄ってくる。

 背中や手元に大きな鞄を持っている僕の姿を彼女は不思議そうに見ていたけれど、すぐにその零れ落ちそうな大きな瞳を瞬かせて見つめてくる。

 

「ピエロさんは今日とおなじピエロさんなの?」

 

 じっと見つめていると思えばそう問いかけてきたのは、舞台上と今の僕の姿が違うからか。

 逆にどうして僕がピエロだと分かったのだろうとも思ったのだけれど、僕が今も付けている仮面はなるほど道化師のメイクと同じ模様をしている。

 そりゃわからない筈もなかった。

 むしろ自分から主張しまくっていた。

 

 目線を合わせるようにしゃがみ込み、こくりこくりと彼女の言葉に頷いて、無意識に伸ばしかけていた手を引っ込める。

 返事をしない僕の様子に、彼女はピエロさんは話せないのかと問いかけてきたけれど、今度は首を捻って答えた。

 どうだろう。僕は話さないけれど、話すピエロもいた筈だ。元々このサーカスにいたピエロも、話すタイプの人だったらしい。客いじりの得意な、話術上手。

 できれば復帰した彼の手腕を傍で見て聞いて学びたかったけれどまぁ、クビになったからには仕方ない。

 

「ピエロさん、またここにきたらピエロさんにあえる?」

 

 そろそろどうにかして話を中断させようと考えていた合間にそう問われ、一瞬答えに惑った。

 頷けば彼女は直ぐに帰るだろう。解放されるのも早くなる。

 けれど、少し思巡して僕は首を振った。

 目尻を下げて笑顔の消えてしまった女の子に、代わりに予備として幾つか持っていた仮面を頭の上から被せて立ち上がった。

 

「僕みたいなのにはもう会わない方がいい、特に君みたいな子は」

 

 仮面の下で、そう告げたのはただの気まぐれだったのか。

 幼くまだ顔つきのあどけない女の子の瞳がよく似て見えたことが理由なのかもしれない。

 

「なんで?」

 

 子どもらしく、不思議そうに首を傾げて見上げてくる女の子に、僕は少し仮面を指で持ち上げながら答えた。

 意図せず、口元が薄く緩む。

 少し滑稽で愉快ですらあった。

 

 

 

 

「こわぁい殺人鬼に殺されちゃうからさ」

 

 

 

 





 のんびりぼちぼちと書いていきます。
 漫画を片手に書いてはおりますが、色々飛び飛びになるかもしれません。
 文章や書き方がお好みに合わないかもしれません。
 ……作者の趣味で書き始めましたが、正直原作のキャラクターがつかめておりません。

 言い訳がましく、不定期更新な作品ではございますが、のんびり辛抱強くお付き合いいただけますと嬉しく存じます。
 はい。


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