「ようこそ、特殊害獣駆除科へ。私達は貴女達を仲間として歓迎しましょう。これから、よろしくお願いします。有希君、朱里君」
その言葉を背に受け部屋を出た有希と朱里は今日中に書ける物だけ書いて残りの書類は持って帰る事になった。
その時に二人とも財布の中にキャッシュカードを入れておいたため、口座番号は書けたのだが、本部を出てからすぐ口座を確認した結果、確かに仕送りとは明らかに別の金が入っていた。
具体的には二人の元々入っていた金が倍近くに増えていた。二人はそれを見て仕事が早いなーと現実から目を背ける事しか出来なかった。
そして、話を聞くのに結構疲れた二人は先ほどのジョンの無茶振りで本当に二人にスイーツを奢る事になった深海と原田と共に駅前に出来た、高級スイーツ店に来ていた。
「そ、その……ご馳走になります」
「そんなに申し訳ない顔しなくてもいいんだよ。女の子にこれくらい気前よく奢らないと男として失格だからな」
並んで座る有希と朱里の前には、男と女の、特殊害獣駆除科に所属するオペレーター、深海純一郎と原田智美が座っている。
その内の男、深海の言葉に原田は怪訝な目で深海を睨んでいた。
「好印象与えてモテようとしても無駄よ?」
「いや、そんな事考えてないから……って、俺とお前で割り勘だからな?」
「えっ?」
「えっじゃねえよ。当たり前だろうが」
「お昼、何度奢ってあげたかしら……確か……」
「よぉし、今日は俺の奢りだ!じゃんじゃん頼んでくれ!」
何かを人質にされれば人間は弱い。深海も、今までの弱みを人質にされた結果、先ほどまでの割り勘という考えを変えざるを得なかった。
明らかにここでの出費は原田から奢ってもらった物全てよりも遥かにかさむのだが、ここでこう言わないと原田から何をされるのか分からない故の、腹切りでもあった。
きゃー、深海君素敵ーと言いながら早速店員に高い物を中心に注文をする原田は鬼のように深海には見えたが、控えめな注文をする有希と朱里は余計にいい子に見えた。
「えっと……深海、さん?そんなに落ち込まないでください……何だったら私と有希は自分で払いますから……」
「いや、いいんだ!男に二言は無い!東雲ちゃんと錦ちゃんも好きな物を頼んでくれ!どうせ独身の成人男性なんてそんなに金は使わないからな!」
とは言っても、やはり控えめになってしまうのは仕方がない。それを見た原田が有希と朱里の分も勝手に頼んだ。それでいい、それでいいんだと言う深海の目には涙が浮かんでいたが、有希と朱里は目を逸らす事しか出来なかった。
そして、注文の品が来る間に深海と原田は改めて自己紹介を行う事にした。
「さて、俺は深海純一郎。去年からあそこでオペレーターをやってる二十三歳独身だ。彼女募集中だから、合コンとかあったら誘ってくださいお願いします」
「まぁ、この馬鹿の言葉は真に受けない方がいいわよ?あ、私は原田智美。これの同期の二十三歳よ」
「これとか言わないでくれるか……まぁ、これからは俺たちがジョンさん達の手の届かない所をサポートしていくから、よろしく」
深海の言葉に二人はよろしくお願いします。と頭を下げる。深海は別に頭は下げなくてもいいよ。と言って笑い、原田は特にこの男には下げなくてもいいわよ、と深海を煽り、深海は貴様ァ!!と叫ぶ。流石に貶され過ぎて怒った深海だが、原田は周りの人に迷惑よ。と一蹴する。
そして届いたスイーツを原田は何の遠慮も無しに口にし、有希と朱里も暫く困惑してからいただきます。の一言と一緒に食べ始めた。
深海は甘い物が苦手なためコーヒーのみ。しかし、目の前でゆるーくスイーツを食べている有希と朱里を見て少し破顔したのだが、原田に察せられて足を踏まれた。見物料としてはまぁまぁだろう。と涙目になりながら思った。
「あ、そういえば、深海さんと原田さんってかなり仲がいいみたいですけど昔からのお知り合いなんですか?」
「高校の時からの腐れ縁よ。仲のいい同級生って感じね」
「この職場に入れたのは原田のコネのお陰だから余りこいつにはデカい顔できないんだよなぁ……」
「大学受験失敗した貴方を拾ってくれた私の親に感謝する事ね」
ちなみに原田の両親は特殊害獣駆除科のオペレーターで今は主に二人の退社後に入る形でオペレーターをしている。
「あはは……本当に仲がいいんですね」
「腐れ縁っていうのはそうそう切れないような物なんだよ」
「仲の良さに関しては有希ちゃんと朱里ちゃんには負けるけどね~」
「そりゃあ、幼馴染ですから」
あははと笑いあう三人。そして深海はそれを眼福眼福と見守る。この景色、大体数万円である。プライスレスで見られるほどこの笑顔は安くはなかった。
暫くすると、有希と朱里もそこまで深海と原田にそこまで遠慮を抱かなくなったのか、段々と普通の笑顔を見せるようになってきた。そして深海の財布の中身が危険域に入ってきた。主に何の遠慮も無しにバンバン注文をしまくる原田のせいだが。今飲んだコーヒーが血の代わりに口の端から流れてきそうだった。
そろそろ原田の注文のせいで一旦コンビニに行って預金を崩してこないといけないかと思い始めたころ、一回だけだが、大きな振動が鳴り響いた。店内がざわつき、原田と深海の携帯が震えた。二人がそれを確認すると、すぐに表情を切り替えて二人を連れてレシートもとっとと手にしてレジまで走った。
「すみません、日本政府の者です。この付近にズヴェーリが出現しました。至急客の避難をお願いします」
「あと、これお代です。お釣りはいりませんので!」
深海が一足先に外へと走って車に乗り込み、原田は有希と朱里の手を取ってすぐに深海が乗ってきた車に乗ってそのまま二人を乗せた。
「ちょ、ズヴェーリが出たんですよね!?なら、私が行かないと……」
「大丈夫よ。もうすぐあの子が来るから。深海、早く車出して」
「分かってる!」
深海がアクセルを吹かして車を走らせる。駐車場から出て暫く走り、建物がそこそこ開けた場所に行くと、青い巨人が街中を歩いていた。
歩いてくる方向は深海の車。真っすぐこちらに進んできていた。
「っていうか、何でこうも連続でズヴェーリが出るんですか!!?」
「分からないわ!けど、出たら出たで倒すのが私達の仕事よ!」
有希の言葉に原田が声を軽く荒げて返す。そして、原田の携帯が震え、それを確認すると安堵の表情を浮かべた。
「さぁ、来るわよ。悪を断つ正義の剣が」
原田が窓の外に視線を向ける。その数秒後だった。空から赤色の機械神が飛来し、ズヴェーリを両断した。
「く、草薙ノ剣……」
空中で胸部と肩の増強パーツと同化し、両肩から前後に伸びるバーニアが着いた、エクスターナルブースターと呼ばれる飛行用追加パッケージを切り離した草薙ノ剣が地に降り立つ。
エクスターナルブースターはそのまま何処かへと飛び去っていき、草薙ノ剣は既に握っていた刀を改めて両手で構える。ズヴェーリは両断されたのにも関わらず、真っ二つになった体は自動的に集まっていき、再び人型を形成する。
しかし、草薙ノ剣は動じない。相手に攻撃される前に草薙ノ剣は走り出し、そのまま一度首に向かって刀を振るう。ズヴェーリはそれを防ごうとするが、ズヴェーリの剣に変形させて刀の軌道上に置かれた腕ごと草薙ノ剣は一刀両断。首をそのまま斬り飛ばす。
しかし、ズヴェーリはすぐさま首を中心に再生しようとし、体が一瞬で球体状に変わり、地面に落ちた首と同化する。しかし、それこそ草薙ノ剣が、咲耶が狙っていたもの。刀を振りかぶり、そのまま投げる。
投げられた刀は球体になったズヴェーリの中心にある赤い球体、コアを一撃で貫いた。その一撃でズヴェーリは体を保てなくなり、そのままゼリー状になって消えていった。
草薙ノ剣は投げた刀を回収して背中に格納し、視線を別の方向に向けた。その視線の先には、有希。
草薙ノ剣から感じる視線は、やはり昨日のような殺意に塗れた物ではなく、有希を守ると誓ったような、妙に優しすぎる視線だった。
そして草薙ノ剣は消えていった。後に残ったのは車の走行音だけ。
「凄いでしょ、咲耶ちゃん。何時もこうやってすぐにズヴェーリを倒してくれるのよ」
自慢するような原田の言葉に有希は沈黙で答えた。
それは決して機嫌が悪いから、その言葉に答えなかったわけではない。草薙ノ剣の戦う姿が凄く恰好良く見えて、その雄姿をその記憶の中に刻み込んでいた所だからだ。
原田はそれを悟って何も言わずに笑顔のまま朱里の方に振り向いた。
「錦ちゃん。貴女はどう思った?」
「えっと……凄い人並な言葉なんですけど……凄かったです。それと、かっこいいと思いました」
「うん。そうよね。私もそう思うわ」
ただ、と原田は言葉をさらに紡ぐ。そして有希も外に向けていた視線を原田の方へと向けた。
「貴女達もあの凄くてかっこいいデウスマキナのパイロットなのよ。それを忘れないでね。貴女達は私達の希望なんだから」
人々の希望の先を行くもの。希望を叶えるために人々の先を行くもの、ビヨンドホープ。彼女等は既にその希望のパイロットなのだ。二人はその言葉を受け取ってしっかりと頷いた。
深海は二人の様子をバックミラー越しに確認すると、空気を読んでから口を開いた。
「このまま二人ともアパートまで送っていくよ。今日はゆっくりと休んでくれ」
「明日は放課後に一回来てもらうから、その気でね」
原田の言葉に二人はしっかりとはい。と答え、原田のうん、いい返事ね。の言葉を最期にデウスマキナの話は終わり、女三人寄り添った姦しい話に入った。ちなみに深海はその間、かなり居心地悪そうな顔をしながら、さながらタクシーのドライバーのように空気になるように徹底した。
車から流れる深海の趣味の音楽を聴きながら二人はアパートまで送られ、また明日の声と共に二人は去っていった。
人類の希望。一人なら重すぎる言葉も二人ならきっと抱えきれる。二人はアパートの扉の前に立って頷きあい、我が家の扉を開けた。
そしてそのほぼ同時刻。ズヴェーリを討伐した咲耶は自分の愛用のバイクから降りて自分の住んでいるアパートへと帰宅した。彼女の両親は特殊害獣駆除科に関係があり、特殊害獣駆除科が予算の使い過ぎで悪い立場に立たされないように毎日色々な場所を飛び回っているため、基本的には家に居ない。故に、咲耶は一人暮らしだ。
咲耶はそのままフラフラと寝室へと入っていき、そのまま自分の寝ているダブルベッドに倒れこむように寝転がり、そのまま自分の枕に顔を埋めて大きく息を吐いた。
今日は早退と言って学校を飛び出してきてしまったため、もう戻ろうにも戻れない。暇であった。
咲耶はそのまま仰向けになってからヘッドボードに立てかけてある写真立てを手に取った。その写真にはツーリングに初めて連れて行ってもらった時に不意打ちで撮った遥の写真が入っていた。
「大丈夫よ、遥……私が貴女の残した物を守るから……絶対に、命に代えても……だから、もう少しだけ、もう少しだけ、待ってて……」
咲耶の唇から紡がれる言葉には、彼女の身勝手な願望が詰まっていた。その言葉を否定する者は、いない。
咲耶さんのメンタルェ……