創世機神デウスマキナ   作:黄金馬鹿

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某小説大賞に落ちたのでこっちに流します


Chapter1.1

 一人の少女が夢を見た。それは、懐かしい夢であり、忌まわしい過去であり、始まりの時であり、忘れてはいけない瞬間。彼女を、東雲有希を構成するのに無くてはならない過去。

 それは、三年前。人にとってその三年の価値、時の過行く感覚は違うだろう。だが、有希は当時十四歳。思春期であり、一生に一度の中学生としての時間。そこから三年。まだ二十歳にもなっていない少女からしたら、十分に過去と言える程前の話だ。

 彼女は親友、錦朱里とのショッピングの約束のため、とあるショッピングモールに来ていた。そこは有希の住む街の中では一番大きなショッピングモールであり、同年代の少女や大人も来る大規模ショッピングモールと言える場所だった。しかし、有希はそこに早く来すぎてしまった。時計が一時間狂ってるのを忘れ、まだ持ったばかりの携帯電話を確認すること無く来てしまったため、一時間の暇が出来てしまった。

 メールで朱里に連絡を取れば、朱里はメールを文面から分かるほどの慌てっぷりで返してきた。確か、その時はそれを見て一人笑っていたと思う。もう、朧気な過去の夢だ。あまり詳しくは覚えていなかった。だが、一時間暇が出来たのは覚えている。この三十分後が運命の別れ道だったから。

 その時に返したメールは、たしかこう口にしながら打っていた。

 

「慌てなくてもいいよ。時間通りに来てね……っと」

 

 思えば、このメールは正解だった。早く来てと駄々をこねていたら、朱里をあの悲劇に巻き込んでしまっていた。そう、悲劇に。

 この過去を悪夢と分類させるに相応しい悲劇に。

 それから三十分だろうか。空を見上げながら待っていた。その日は快晴の空が広がっていて、平和だと思っていた。確か、その時は何でか朝にニュースを見ていた。

 デウスマキナと呼ばれるロボット。それは、今日本が直面している特異害獣として分類される四十メートルの体長を持つ化物、ズヴェーリと戦える唯一の手段。その特集がやっていた。

 日本を守る機神、デウスマキナ。青と白の機体と赤の機体。それが青色の巨大な人型の、液体が形を成したような化物、ズヴェーリと戦う映像。それをボーッと思い出していた。

 その時だったか。急に鳥達が激しく喚き合い、空へと飛び立ったのは。凄い。有希はそう呟いていた。だが、その直後には地震かと勘違いする程の地面の揺れが発生した。立つこともままならず座り込むと、誰かが叫んだ。

 

「ズヴェーリだ!ズヴェーリがこっちに来るぞ!!」

 

 その声に反応して周りを見渡すと、いた。ズヴェーリだ。巨大な体を揺らしながらこっちへ近付いてくる青色の化物。人の頭となる部分に赤色の球体が埋め込まれたそれは正しく化物と言っても過言では無かった。

 ズヴェーリは不定生命体。その体を自在に変形させることが出来る。きっと、このズヴェーリは飛行形態と呼ばれる、飛行機のような形に変形し、空気を取り込み吹き出すことでここまで来てから再び人型に変形したのだろう。

 だが、そんな事はどうでも良かった。何故なら、逃げなくてはならないから。

 誰かがズヴェーリに背中を向け走り出したその瞬間、ショッピングモールは地獄へと変わった。人波が押し寄せ、我先にと逃げる人達。その波に巻き込まれた有希は人に弾き飛ばされ、壁に頭を思いっきりぶつけた。意識朦朧な彼女を助ける者は誰一人として居らず、有希は壁に寄りかかってそのまま気絶していた。

 目が覚めたのは何分後か。頭の鈍痛に顔を顰めながら起き、立ち上がり周りを見渡せば、ショッピングモールのすぐ側に青色の化物がいた。

 有希は声を出す事すら忘れ、腰が抜けてしまった。このままズヴェーリがショッピングモールを壊せばその衝撃や瓦礫で死んでしまう。生きる事を諦め掛けたその時、空から一筋の流星がズヴェーリへと落ちてきた。

 白と青の巨大な機械。テレビでしか見た事がない正義の味方、強きの敵、デウスマキナ。

 

『そこの女の子、早く逃げろ!!』

 

 背中に巨大なブースターのような物を装着し体当たりをズヴェーリへと喰らわせたデウスマキナはブースターと分離し地に足を付けた。

 人を守る鋼の化身、デウスマキナ。その両手にはトンファーらしき武器が握られ、そのデウスマキナはそれを構え、ズヴェーリを正眼に置く。そして、中から少女の声が響き、有希に避難しろと言ってきた。

 

「そ、その……腰が抜けちゃって……」

『何っ!?くっ……咲耶、早く来てく……ぐぁっ!!?』

 

 有希が立てずに居るとデウスマキナのパイロットらしき少女が何か言っていたが、その間にズヴェーリがその手を剣のようにしてデウスマキナへと振るった。

 その一撃でデウスマキナの装甲が切り裂かれ、衝撃で倒れてしまう。四十メートルの巨体を持つデウスマキナはそのまま有希の方へと倒れていき、ショッピングモールを押し潰した。

 飛び散る瓦礫とガラスの破片。土埃が巻き上がり、有希は本能に従って両手で頭を庇って伏せる。そして、全身に降り注ぐ細かな元建物の残骸。その細かな暴力に呻き声が断続的に上がる。

 それは何分か何秒か。ただ必死に全身を打つ衝撃に耐えていると、それはふと止んだ。そして、顔を上げるとそこにあったのはデウスマキナの頭。

 

『くそっ、ローラーで……』

 

 デウスマキナからモーターが回転を始めたような甲高い音と地面を削るような音が響く。デウスマキナの背中にはローラーが付いていると聞いたことがある。それで逃げようとしたのだろう。

 だが、それよりも先にズヴェーリが動いた。ズヴェーリはその体を小さくしながらも手を伸ばし、その先を刃へと変え、デウスマキナへと突き刺し、地面に串刺しにした。

 

『うわぁっ!!?』

 

 その時のデウスマキナから発せられた少女の悲鳴は今でも覚えている。そしてそれと同時に上がったデウスマキナの装甲からの小さな爆発も。

 

『パワーダウン!?エンジンがやられた!?』

 

 そしてズヴェーリはその体を戻しながらデウスマキナへと近付き、デウスマキナを串刺しにしながら馬乗りになる。

 

『ヤバイ……そこの君!早く逃げるんだ!』

 

 少女の本当に悲痛な声が響き渡り、その声に有希の体が無理矢理動かされる。後ろを見た時に確認出来たのは、ズヴェーリが胸を庇ったデウスマキナの腕を切り飛ばした所。その腕は有希の方へと飛び、近くへと落ちた。

 その衝撃で体が吹き飛ばされ、玩具のように地面を転がされ、止まった。デウスマキナの近くに。

 

『くそっ、動け!動けよビヨンドホープ!!』

 

 だが、現実は無情だった。完全に抵抗する手段を失ったデウスマキナはそのままズヴェーリの剣で全身を何度も刺されていく。

 そして、最後に刺さったのは胸の中心。そこを剣が貫いた瞬間、光が溢れ出した。

 

『……ごめんな、咲耶。もう、一緒にバイクに乗れねぇや』

 

 まるで遺言のように小さく発せられたその言葉。それが聞こえた直後、デウスマキナから光が溢れ、全身から小さな爆発が起こり、そして光は有希を包み、そのまま感じた事のない程の熱を全身で感じ――――

 

「――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ――目が覚めた。叫びながら目を覚まし、布団を蹴り上げながら早まる動悸を抑えるように胸に手を当てながら体を起こした有希は荒くなった息を整え、汗で額に張り付く髪の毛を退けながら周りを見渡す。

 そこはアパートの一室。自分達の部屋だ。ベッドの隣を見れば、幸せそうに寝ている親友、朱里の姿がある。それを見てからやっとさっきの光景が夢であり、過去である事を理解した。

 窓を見れば、カーテンの隙間からは僅かに光が差し込んでいる。まだ夜明け直後だろうか。寝直してもいいが、目が覚めてしまった。布団を剥がされて物恋しそうに手を動かす朱里に布団をかけてから有希はベッドを降りた。

 あの日、有希はデウスマキナの爆発に巻き込まれた。全身大火傷、一部炭化している大怪我。だが、そんな生きているのが不思議な状況から有希は助かった。命を繋ぎ止めた。

 驚異的な回復力を見せつけ、医者から引かれる程の回復を遂げた有希は一週間後には全身が包帯で包まれたミイラになりながらも目を覚ました。

 体中の毛は全て燃え尽き、生きているのが不思議な状況なのにも関わらず意識を取り戻した彼女は面会遮断の病室で何度かの手術を繰り返して一ヶ月後には火傷の跡こそあるものの、生き残った。

 そこから半年。彼女は病院を退院。火傷の跡は僅か。正しく人外的な回復を見せ付けた彼女は医者から祝福され退院した。

 

「……あの時の火傷の跡、もう消えちゃったんだよね」

 

 もうあれから二年半経った。火傷の跡は完全に無くなり、あの日、爆発に巻き込まれたのが嘘なのではないかというレベルにまでなった。

 だが、そんな面白そうなネタをマスコミは見逃す訳がなかった。デウスマキナの爆発から生還した少女。全身大火傷の状態から僅か半年で退院。後遺症も無し。正しくマスコミやテレビが好みそうな案件だろう。連日連夜、有希から何かしらのネタを聞き出そうと有希の家には記者やカメラマンが押し寄せた。その誰もが有希を心配する目ではなく、面白い見世物を見るような目で見ていたのは、最早ただの恐怖だった。

 一切の取材を断り、部屋に篭もり続けたあの日。有希は人の目とカメラの光。そして、火がトラウマとなり、近付けない状態になってしまった。外見が何とかなろうと、中身はそうとはいかなかった。

 布団に包まり外からの視線に耐えながら暮らしていく中、彼女を助けてくれたのは家族と親友の朱里だった。

 親は有希を厄介者として扱わず、毎日話しかけてくれた。毎日美味しいご飯を作ってくれた。毎日泣き言を聞いてくれた。朱里は一人で買い物に行き、外に出れない東雲家のために毎日コッソリと裏口から入って食材を届け、学校の授業と勉強を教えてくれて、話し相手になってくれた。

 いつも朱里は有希を助けてくれた。何度謝ったか。何度泣いたか。何度お礼を言ったか。朱里はそれを叱り、慰め、笑顔で受け止めた。謝らないで。泣かないで。どういたしまして。その言葉が有希の心の支えとなってくれた。

 二年半経った今でも人混みと人の視線、カメラの光はトラウマだけど、何とか朱里に恩返しをしようと料理を初めて、火のトラウマは克服できた。全部、朱里のおかげだった。

 初めて作った卵焼きは形が崩れて所々焦げてて。それでも朱里は笑顔で美味しいと言ってくれた。その笑顔こそが有希の生きている意味とも思えた時期もあった。

 

「……ありがとね、朱里」

 

 寝ている彼女の、瞼に軽くかかる前髪を払いながら有希が呟く。その声は彼女には聞こえていない。聞こえていたら今頃顔を真っ赤にして悶絶していた所だ。ベッドの上の彼女を起こさないように小さな声を漏らしながら伸びをして着替える。今の肌は年頃の乙女にピッタリな傷一つ無い肌。

 今の体に感謝しながら有希は制服に着替え厨房に立ち、IHクッキングヒーターの電源を入れ、朝食、目玉焼きとトーストを作り始める。克服したとは言っても苦手なものは苦手。火を使わないIHがある事に彼女は何度も感謝した。だからこそ、こういう悪夢を見て火への恐怖が大きくなってしまった日でもこうやって調理することが出来る。何時もは朱里が朝食を作っているが、早く起きてしまったのも何かの縁だと作り始めた朝食。気がついたら夕食や昼食レベルの量になっていましたとはならないように気をつけながら卵をフライパンの上に落とす。

 油が弾けるいい音を聞きながら調理をし続けること数分。寝室の方から足音が聞こえてきた。フライパン返しを持ちながら音源を確認すれば、そこにいたのはまだ寝ぼけ眼の朱里だった。どうやら、油の弾ける音で目が覚めたらしい。

 朱里の寝ぼけ姿を見るのは久しぶりだった。何時もの朝食当番は朱里。そのため、必然的に早く起きるのは朱里の方。だから、朱里の寝ぼけ姿は見ようと思わないと見れないものだった。

 暫らく目を擦る朱里。そういえば、彼女は三年前目が覚めて面会可能になった時は医者を張り倒してまで来ようとしていたっけ。と親伝えに聞いた話を思い出して小さく笑うと、少し目が覚めた朱里にその声が聞こえていたのか、その顔が段々と赤くなっていった。

 

「も、もう。笑わないでよ、有希」

「ごめんね、朱里。朱里の起き抜けってそんなに見たことなかったから」

「だからって笑わないでよ……」

 

 ごめんごめん。と笑いながら謝っていると、朱里が唐突に今日はどうしたの?と心配した様子で聞いてきた。まぁ、そう思うのも仕方が無いし事実だ。それに、彼女は心配してくれている。それを無碍にする事なんてできない。

 有希は簡単に今朝、三年前の夢を思い出したと言った。三年前。それだけで朱里はどんな夢を見たのかを全て察した。表情を軽く曇らせながらも、有希の表情に恐怖が無く、無理した笑顔も無いのを確認してから朱里はあまり抱え込まないでね?と言ってソファに座ってテレビを見始めた。この時間帯で面白い番組なんて無く、あったのはニュースだけ。そのニュースを見た朱里が呟いた。

 

「デウスマキナ……」

 

 かつて、十年前程から話題の尽きないワード、デウスマキナ。ズヴェーリに対抗する手段の一つにして最善策。そして、最強の戦力。日本のロボットマニアの心を掴んで離さないスーパーロボット。

 その一機。赤いデウスマキナが市街地で刀を振るって三対のズヴェーリを僅か数分で葬る映像が流れていた。ニュースキャスターはそれを絶賛しているが、朱里の心境は複雑だ。デウスマキナは有希を殺しかけたロボット。憎むべきロボットだ。だが、朱里もデウスマキナには守られたことがある。何度も市街地に現れるズヴェーリの被害には朱里もあった事がある。その時に助けてもらったのが、あの赤色のデウスマキナだった。

 デウスマキナを動かしているのは人間だ。時にはミスをする時もある。有希が大怪我をした時だってあの白と青のデウスマキナは爆発し、パイロットは死んだ。その代わりに有希は助かった。朱里の心境は複雑そのもの。デウスマキナは人を守るために、爆発し死んでしまう可能性を孕んだ戦いを、力ない者の為に引き受けてくれている。だからこそ、恨めず感謝できず。どっちつかずの思考回路に三年前から陥っていた。

 だが、有希は恨んでいない。寧ろ感謝している。それも思考の平行線をさらに伸ばす要因でもあった。

 複雑な表情でテレビを見ている朱里の前に皿が置かれた。その上にはベーコンとトマトとレタス。それからスクランブルエッグ。そしてトースト。それが二つ。

 

「……目玉焼きは?」

「これが成れの果て」

「失敗しちゃったんだね」

「面目ないです……」

 

 どうやら目玉焼き作りは何でかスクランブルエッグ作りになってしまったらしい。卵焼きならまだしも、何故目玉焼きがスクランブルエッグに変貌するのか。良く分からないが、朱里は醤油をかけていただきますと言ってから一口。

 

「うん、美味しいよ、有希」

「よかった~……じゃあ、私はケチャップでいただきます!」

 

 一口食べて頬を緩める有希を見て朱里の頬も緩んでいく。その表情にはかつての申し訳なさと後悔を目一杯貼り付けていた三年前の面影はない。

 朱里はテレビのチャンネルを変えた。そのチャンネルはまたしてもニュースだったが、デウスマキナの話はしていなかった。朱里も緩めた頬のままスクランブルエッグを口に運んだ。カーテンの隙間から差し込む光はスクランブルエッグに当たってスクランブルエッグを少しだけ光らせていた。




たった一か月で全身大やけどの状態から復活した主人公。最早人間ではありませんねぇ……

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