女神転生Ⅳ the begin(メガテンⅣ×ペルソナ5)   作:アズマケイ

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お袋を改心させてほしい②

シャドウは共通して強烈な金色の瞳が特徴である。そして隠しようのない、体を形作っている不定形の黒い物質。シャドウ自身を形作る過程で成形から漏れてしまった液体が、背後でゆらゆらと音を立てながら波打っている。足下は冷たいはずのアスファルトと同化し、人外の存在であることを来栖たちに教えてくれる。

 

彼女の殺意が明確な意思を持って怪盗団に向けられた。

 

 

『またあなたたちなの』

 

 

もちろん彼女と怪盗団は面識はない。接点もない。ただ誰かと混同しているようだ。

 

 

『この子は私が責任をもって育てます。だから放っておいて』

 

 

そこにだっこされているのは、どこをどうみても小学低学年ほどの大きさの女の子である。ベビー服を着せられてあやされているという異様な光景でなければ、きっとほほえましい母親と赤ちゃんだったに違いない。みているだけでぞわぞわとしてしまい、大切な何かが削れてしまいそうな光景だ。

 

 

『あの子はだめだった。文明なんて野蛮なものに触れてしまった。知識は人を堕落させると教えたのに。捨てるものがなく、知識も無く、貧乏で純粋であれと教えたのに。腐ったリンゴは箱ごと捨てなきゃいけないわ。この子だけでも守らなきゃ。そして返さないといけない。3歳までは神の子だったのに。もう6年も過ぎてしまった。はやく返さないといけない。ああどうしよう、腐ったリンゴは箱ごと捨てなくちゃいけないのに』

 

 

ぶつぶつと訳の分からないことをつぶやいて、鬼気迫る様子で彼女は無表情のままされるがままの我が子をあやしている。

 

 

『国を創るのに我々は知識を持ってはいけないのよ。伝統はいらない。病院はいらない。学校もいらない。お金もいらない。私たちは新しい理想郷で生きるのよ、選ばれたのだから』

 

 

そして不気味な子守歌が聞こえる。

 

 

『私たちはこれより過去を切り捨てるの。泣いてはいけないわ。泣くのはこれからの世界をいやがっている証。笑ってはいけないわ。笑うのは昔の生活を懐かしんでいるから。私たちは帰るの。ひとつになるの』

 

 

やばい、という言葉が怪盗団の脳裏によぎる。静寂を破ったのは、来栖の言葉だった。

 

 

「それを、その子は望んでいるのか?」

 

 

ぴたりと彼女の動きが止まる。そして来栖の方を見る。どうしてそんなことを聞いてくるのか、まるでわからないという顔で、ゆっくりと首をかしげた。不気味だった。自分が言っていることの異様さがまるでわかっていない、純真無垢な顔だった。

 

依頼が正しければ、依頼人の妹は生まれてから一度も母親の手を離れたことがないらしい。幼稚園にも、託児所にも、保育園にも頼らず、ただひたすら家に閉じ込め、自分のむちゃくちゃな教育をひたすら施していたという。ここまで来ると自治体の人間が出てこないということは、出生届が出されていない可能性すら浮かんでくるが、さすがに来栖はそこまでわからない。ただ依頼人が妹と交流を持つこと自体忌み嫌い、まるで人形のように溺愛という名の虐待を延々し続けていたというのだ。極貧の生活の中で、このままでは死んでしまうと妹を見殺しにすることと葛藤しながら、最終的に空腹に限界を感じた彼は万引きの末に引き取り先に父親を指定し、脱出することができたという。このままだと妹がしぬ。母親が犯罪者になる。それだけはいやだと依頼人はいつも同じ言葉を結んでいた。匿名のコピペはそれだけ必死だったのかもしれない。食生活すらままならないせいで、どうやら彼はまともに学校に通うことすらできていなかったようだ。小学生すらしっているはずのネットマナーすらろくにわかっていないのかもしれない。

 

怪盗団の目を引くため。その目的のために、多少脚色はあるだろう、と正直来栖たちは思っていた。三島がピックアップする依頼はたいていそんな感じだからだ。しかし、その母親のシャドウと相対する今、来栖たちは確信せざるをえなくなる。名前も知らない匿名の依頼人は、ほんとうに妹を救ってほしくて、母親を改心させてほしいと願っているのだと。

 

やるしかない、そう決意を新たにしたときだった。シャドウが口を開いた。

 

 

『だから貴方は腐ったリンゴなのよ。たとえ私の子供であっても、この子にとっての毒でしかないわ』

 

 

彼女はどうやら依頼人と勘違いしているようだ。微笑みながら殺そうとしてくるシャドウに来栖たちは身構える。どろりとシャドウがとけていく。大衆意識という精神世界の中で、明確な意思を持っている者は異物として扱われる。すべての動きがぶちまけられたペンキのように四散し、消えていく。怪盗団の陽動とも似ているはっきりとした意思の発露に感化され、うつろいやすい不定形の中でも比較的形を保っていたシャドウはさらに存在を強固なものにしていく。それが怪盗団の場合ペルソナであり、シャドウの場合は伝承として知られている神話上の存在だった。ただそれだけの違いである。

 

 

液体をすべて飲み込んで、ふたたび彼女のシルエットは再構成される。ただし今度は別れ坂の山乙女と来栖たちは呼んでいるシャドウに変貌を遂げた。

 

 

「ハリティーか、我が子だけは可愛がってる悪魔なんだけどね。ちょっとその姿はいただけないかな」

 

 

アキラは強い口調で返す。ハリティの姿をしたシャドウの腕の中には、べつのシャドウが生成されていく。

 

 

破棄された地下鉄には不釣り合いな子守歌が聞こえてくる。なかなか泣き止まない我が子をあやしているハリティ。その姿は異様だった。ほつれがひどく、あちこちに乱雑な修復の後がある茶色いクマのぬいぐるみである。それをまるで我が子のようにベビー服を着せて、女の子なのだろうか、リボンをつけて、まるで人間のように扱っている。茶色いぬいぐるみは彼女の腕の中に抱かれ、がくがくと体を揺さぶっていた。そのぬいぐるみはよく見ると口のあたりに大きな牙がはえており、口からは真っ赤な血が滴っている。このぬいぐるみはただのぬいぐるみではない。中に何か居る。それに気づいてしまった来栖たちは、いいようのない悪寒に晒された。

 

ちぐはぐに繕われた腹の中からこぼれているのは綿毛ではなく、無数の毛だと気づいてしまったからだ。全身を毛で覆われた何かがぬいぐるみの中にいる。小さな何かがその茶色い布の裂け目からこちらをのぞいている。それにあちらも気づいたらしい。ぎょろりという大きな目が腹のところから大きく動いた。そして、ハリティの子守歌が静かにやんでしまう。

 

彼女は生気の無い目で来栖たちを見据えた。

 

 

「あのシャドウは・・・・・・!?」

 

 

初めて見るシャドウである。怪盗団の動揺を感じ取ったアキラが銃を構えた。

 

 

『さあ、我が主よ。我が名を呼べ。馳せし、その名を!』

 

 

せっかちだなあ、とアキラは笑う。けれども躊躇はなかった。

 

 

「頼むよ、ミノタウロス!」

 

『我が名は魔獣ミノタウロス。唯一至高の古き盟約により参上した。さあ、何を望む、我が主よ』

 

「まずは回復役を叩く!バグスは放置だ」

 

 

あいわかった、という言葉と同時にミノタウロスにより身体強化の恩恵をうけたアキラは、そのまま一気にハリティに向かって切り込んでいく。バグスの戦闘開始と同時に発動した強化魔法により、ハリティもバグスもあるまじき攻撃性能の恩恵を受けているのだ。頭数は確実に減らさなければならない。貫通効果を持つはずのアキラがバグスを放置と宣言する時点で、物理攻撃に対する何らかの対策がとられていると把握した来栖は魔法の発動の準備にかかる。

 

我が子をかばうようにバグスを抱き込んだハリティは、その布地を翻し、呪術を唱える。強烈な閃光があたりに広がった。強烈な光がまぶたに残像を焼き付け、視界を遮る。ミノタウロスの強化がなければひれ伏していただろう。あいにくアキラの性能自体はあいにく極端なほど運と速さと魔にふっているのだ、この程度でめまいにはならない。確率を上昇させる呪詛など振りまかれるより先に叩かなければ。来栖は地面を蹴った。

 

 

どご、という鈍い音がする。

 

 

強烈な一閃により我が子を放り投げてしまったハリティは絶叫する。たたみかけたアキラだったが、一撃で屠るにはいかなかったようだ。発狂したハリティはバグスではない、おそらく依頼人の妹なのだろう、ひたすら女の子の名前を叫んで狼狽する。ヒステリックに泣き叫ぶのは、ハリティの姿をしているだけでただの女性が本体なのだと強く意識させるものだった。アキラがその刀を抜こうとしたとき、ハリティはマグネタイトが垂れ流されるのもかまわず強く握りしめる。

 

 

『ああ、憎らしい、憎らしい。そうやって貴方は私からなにもかも奪っていくのね』

 

 

超至近距離から雷撃がたたき込まれる。ぐう、とアキラの苦悶の声が漏れた。利き手が全く力を入れることができない。ばちっという火花が散る。さいわい感電は免れたが強烈な電撃はアキラの動きを鈍くする。今度はバグスの超至近距離のトリプルワンが炸裂した。口が切れたのか赤が四散する。けほ、と咳き込んだアキラは乱雑に口元をぬぐった。追撃しようとするハリティたちの前にまっすぐに伸びてきた影がたちふさがった。

 

 

「固まってくれてありがとよ!いっけえ、ゾロ!」

 

 

暴風がたたき込まれる。ハリティは甲高い声を上げて倒れ込む。

 

 

「もういっちょ!」

 

 

いよいよ気絶してしまった。その隙をつき、モルガナは杏にバトンタッチする。ようやく回復魔法が飛んできてくれたおかげか、アキラは少しだけ動きが戻る。

 

 

「いよっしゃ、いくぜ!」

 

 

ペルソナの名を高々に宣言し、竜司は追撃を命じる。物理攻撃が通用するとわかってしまえばこちらのものだ。

 

 

合室でしばしの休憩タイムとなった怪盗団は、今回の戦利品を眺め見る。

 

「うーん、これって売れるのか?」

 

「せめて洋服だったら売れると思うんだけどなあ」

 

「おもいっきりベビー服にアレンジされちまってるな。これってイワイんとこで引き取ってくれんのか?」

 

「微妙じゃない?さすがに無理そう」

 

「怪盗団はいつもここで得た戦利品を資金源にしてるんだよね?これって、あちらの世界ではどうなっているんだい?」

 

「それについては心配無用だぜ。こいつは精神世界でシャドウの核となってたもの、欲望の発生源、つまりは概念がかたまってできた偽物だ。すっげえ執着してたんだ、精巧なのはあたりまえ。どこまでいってもよくできた偽物だぜ。ほんものがあるとしたら、それはシャドウの持ち主のそばに相変わらずある」

 

「なるほど、認知上の人間みたいなものか」

 

「そういうこと。メメントスを突然封鎖しちまう認知上の悪魔討伐隊がほんとに本人と連動してたら、今頃サムライはスプラッタになってると思うぜ」

 

「たしかに混乱して差し違えたり、金ばらまいたり、自爆したり、いろいろえらいことになってるだろうね。自分で言ってて怖くなってきたよ」

 

「あはは、大丈夫大丈夫。ちゃんと生きてるよ」

 

ひとしきり笑ったあと、アキラはその白い布地に青の特徴的な刺繍が彫り込まれているベビー服を見つめ、来栖をみた。

 

「もし買い手がないなら僕が引き取るよ。お金がいるなら払うけどいくらにする?」

 

「えっ、君が?」

 

「どうしたんだよ、いきなり。もしかして同僚に赤ちゃんいるとか?ならやめとけよ、こんなとこで手に入れたやつとか」

 

「スカルの言うとおりだ。さすがに俺は反対するぞ、サムライ。バグスがつけてたベビー服なんて曰く付きにも程がある」

 

「いやいやいや、違うからね。さすがに僕だってそんな横着しないよ。僕の目当てはこの刺繍だ。べつにベビー服のまま引き取りたいわけじゃない」

 

「たしかに綺麗な刺繍だけど、どうしたの?」

 

不思議そうな顔をしている怪盗団に、アキラは告げる。今回の竜司が持ち込んできた案件は、実は悪魔討伐隊が追いかけている集団と深い関わりがあるらしい。凶悪な悪魔がらみの事件をいくつも起こしている疑惑が取り沙汰されているカルト集団。3年前の戦争で壊滅状態にはしたものの、有力者が何人も行方不明になっており、東京に潜伏していることだけ判明しており、懸命に足取りを追っているという。むろん監視対象のひとつ。警察とも公安とも仲が悪い悪魔討伐隊は、横の連携から証拠物件などの情報提供を求める余裕はない。こうやって独自に証拠を集めていかないといけない。だから、と続けるアキラに来栖は今回の初陣の報酬代わりに持って行けと渡した。これを所持していること自体がそのつながりの証拠となる。本人がそれを持っているのは間違いないわけだから、悪魔討伐隊にとっては信奉者かその協力者か末端だろうが情報がつかめたら大成功らしい。

 

「うーん、このままだと歓迎会の資金にはちょっと足りないかもね。どーする、ジョーカー。もう少し粘る?」

 

「みんな調子はどうだ?俺は正直まだ居座りたい」

 

「刈り取る者が出てこねえくらいの時間ならいいぜ」

 

「俺達はまだ余裕があるが・・・・・・」

 

「ああうん、僕のことなら心配しないでくれ。ただ運転はたまには休ませてくれるとありがたいな」

 


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