女神転生Ⅳ the begin(メガテンⅣ×ペルソナ5)   作:アズマケイ

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悪魔を描く者たち

 

今回の依頼人であるサングラスの男が笑いかけた。

 

 

「ようやくきてくれたね、アキラ君。時間の概念がない僕がわざわざ呼ぶなんてめったにないことなんだが、君は人間だ。百年もたったら君が死んでしまう。時間がもったいなくてね。おかげで描きたいものがたくさんあるんだ。また、付き合ってくれるね?」

 

 

アキラの報告やガントレットのデータを元に絵を描く彼は、恐ろしい再現率で悪魔辞典を更新していく。悪魔討伐隊のデータの全てはこの男の能力で成り立つところもあるのだ。ゆえに知らない悪魔がいるとこの男の目の色が変わる。ミノタウロスをつれて来店したとき、DDSをやりこんでいた時代からの相棒だと紹介した。そのときから気に入られてしまった。なんでも悪魔絵師がみたことがない姿だったらしい。かつては悪魔に特定のスキルを取得させてくれるから重宝した。今はガントレットの性能が上がり、悪魔のスキルをいつでもアキラはガントレットを通して発動できる。悪魔の力を体に入れる時点で負担は大きいが、契約した悪魔のマグネタイトを肩代わりしているのだ。それくらい当然である。

 

 

 

悪魔絵師は笑った。そして、ゆっくりと手招きする。促されるまま、アキラはステージに上がった。あまりしゃべることは得意ではない悪魔絵師は、アキラに近況を訪ねてくる。話し始めると、やはり君は面白いよと断言される。久しぶりに創作意欲が掻き立てられると静かながらその口ぶりにはたぎるものがあるようで、悪魔絵師はキャンパスをみつめる。

 

 

「僕は死を知らない。永遠の時を手にしたと同時に、僕は絵画以外のものに執着しなくなってしまったんだ。ここに来て、一番よかったと思えることは、現世の人々の心が、手に取るようにわかることだ。それが荒んでいく様子も、実によく分かるよ。人のありようによって悪魔は変化していく。興味深いことだ」

 

 

サングラスがゆがんだ彼を映す。画家は筆を走らせる。斜めに彼を見ながら続けた。

 

 

「悪魔の姿は、人間が考えたものだ。しかし、人間に悪魔を想像させた原型が必ずある。そう僕は考えている。僕はこのキャンパスにそれを描きたいんだ。僕が君たちに悪魔を現出させる媒介として悪魔辞典のページを渡すのは、その一環でもある」

 

 

悪魔絵師は新しい絵の具を走らせる。

 

 

「時たま考えるんだ。現実、いわゆる僕らにとっての世界というやつは本当に一つしかないのか、否かとね」

 

「それはメメントスや魔界ではなく?」

 

「いや、ちがうね。パラレルワールド、いわゆる並行世界のことだ。その世界にはきっともう一人の自分が存在する。その人格は、この僕を見て、何と言うだろう・・・フフ・・・きっと、腹を抱えて笑うんだろうな。なんてくだらないことで悩んでるんだと」

 

「なにかあったんですか?」

 

「いや、大したことじゃないさ。同じ、普遍的無意識から生じたという点ではシャドウもペルソナも悪魔であっても変わらないはずなんだ。それが違うものとなる理由が僕は知りたい。扱えるものと扱えないもの。その境が知りたい。所詮、人の心はままならない。君も僕からすれば絵に魂が宿った一つの形だ。君はまだ迷っている。答えはいつもすぐ近くに合って遠いものだ。だが、一度それを捕まえれば、後は迷うことはない。君にはそれが見つけられることを祈っているよ」

 

 

筆がとまる。男はキャンパスに最後の一筆をいれた。

 

 

「アキラ君はここに現実を持ち込んでくるものだから、無性に懐かしくなってしまっていけないね。死なんてとっくに忘れてしまったはずなんだが奇妙なものだ。僕はいつでもここにいる。また以前のように立ち寄るといい。ここでは、時間は意味を為さないからな。タロットは心のひな形だ。心が人の運命を回す。さて、アキラ君にはこれをあげよう」

 

 

キャンパスが一瞬でトランプサイズの小さなカードに圧縮される。それを手渡された彼は、見たこともない絵柄に見入る。

 

 

「これから君はこのカードを通して、世界の真実と戦うことになる」

 

「しんじつ?」

 

「いやなに、こちらの話だよ。ペルソナという力は、本来、神や悪魔の姿をしたもう一人の人格を憑依させることで発動するんだ。悪魔使いである君と違って、身体を強化できるのが特徴だ。本来なら特定のエリアでしかできないが、魔界と境界があいまいになりつつある今の東京に生まれたメメントスは、東京を模した分だけ境界があいまいになっていく。それがなにを意味するのか、聡明な君ならわかるだろう、アキラ君」

 

 

悪魔絵師がアキラを見る。

 

 

「そのマグネタイトに魅せられて近寄ってきた神話の存在がパレスの歪みにより変質し、人間の想像の型にはめられ、力を制約された状態に貶められたシャドウのような何かがいたとしよう。人間と契約することでマグネタイトを確保し、その想像の力で一部の力を解放できたとしたらどうなる?貶められたとはいえ神話の存在はいわば劇物だ、すさまじい負担がかかる。劇物を劇物のまま使役する悪魔使いである君ならよくわかるはずだ。そんなことを企む輩がいるかもしれない。気をつけるんだよ」

 

 

渡されたのは、スキルカードではない。ミノタウロスが描かれたカードである。

 

 

「ガントレットにダウンロードしてみるといい。先ほどいったペルソナ使いの原始的なやり方が君には向いている。すなわち神世の存在を体に降ろすやり方だ。降魔、とかつてここにきたことがある人々はいっていたよ。忠誠度や信頼関係が必要になるが、ミノタウロスとならそれが可能だろう。ただし、ペルソナ化している間はミノタウロス本体を戦闘に呼び出すことはできないから注意だ」

 

「ありがとうございます」

 

「なに、これからメメントスのガイドを頼むんだ。それくらい前払いさせてもらうよ」

 

 

 

ガントレットにダウンロードしたチャネリング機能を起動する。悪魔召還プログラムで待機しているミノタウロスをチャネリング機能に指定、連動させる。不思議な感覚がアキラを襲った。

 

「おめでとう、どうやら成功のようだね」

 

悪魔絵師は軽く拍手をしながら笑った。

 

「ペルソナは内なる自分を模した悪魔を憑依させることで異能を獲得するけれど、悪魔もペルソナもシャドウも人の無意識からいでたものという共通点はある。どこから違うのか、どこから同じなのか。それを僕にみせてくれないか、アキラ君。そしたらきっと、僕は悪魔の原初を描くヒントになると考えているんだ」

 

「まあ、今までガントレットを通して悪魔から魔界の魔法を獲得してきましたからね、それがより直接的になっただけと考えたらいいんでしょうか?」

 

「そうだね。悪魔を憑依させてその力を使うから、ペルソナ使いと同じように身体強化の恩恵にあずかれる代わりにアキラ君の属性相性もすべてその悪魔と同じになる。相性の善し悪しがあるから注意がひつようだ。それにペルソナは自身の力だから乗っ取られることはないけど、アキラ君は常にその危機感を持って挑んでくれ。そのかわり、降魔している間、ミノタウロスの技能が使える」

 

「戦術の幅が広がりますね」

 

「だろう?」

 

「召還できないと頭数が減るし、今の僕は降魔と悪魔召還を同時にできるほど慣れてないけど、使い分けたらこれはこれで楽しそうだ」

 

「そういってくれるとありがたいよ」

 

悪魔絵師は画材を抱えて立ち上がる。

 

「さあ、行こうか」

 

「はい」

 

アキラは今年に入ってから、突然スマホやガントレットに勝手にダウンロードされた謎のアプリを起動する。世界がゆがみ、物質世界と精神世界の境界線が限りなく曖昧になり、混じり合っていく。どちらでもない異質な世界は着実にその範囲を広げつつあり、以前は小さな世界でしかなかったが、今や東京中を飲み込もうとしているスピードである。そのうち東京と全く同じ面積のメメントスが形成されてしまうのではないだろうか、と危機感は募るものの、今のところ打開策はない。

 

違和感があった。いつもきている悪魔討伐隊の装備ではない。

 

 

「なんだ、これ」

 

 

思わず体を見渡す。メメントスに入った瞬間に服そうが変わってしまった。

 

白いスカーフ、白の和装、茶色いベルト、そして上から羽織る青いコート。ガントレットは装着されているものの、両脇にあるはずの小刀の位置が落ち着かない。銃が見あたらなくて困惑する。四苦八苦しているアキラに悪魔絵師は笑みを浮かべたまま待っている。

 

 

「ここに入るたび、ペンキのようなものがあたりに四散するだろう?それは僕たちが異物である証なんだ。今まではメメントスに物質世界の住人が土足で侵入してきたから、異物だった。動き一つでゆがみが生じる。シャドウでさえ、人の移ろいやすさの影響を受けて不定形だ。形を保てない。実体がはっきりしていることは意志の強さを意味する。それこそパレスが形成されるほどのね。でもアキラ君や怪盗団の彼らのように、自ら欲望を自覚し制御しうる者はパレスを作らない。代わりにふさわしい姿をとるのさ。アキラ君は今回降魔という形で大衆意識に溶けない存在と認識されたから、敵と認定された。その目印は目立つ方がいいだろう?」

 

「なんだか、昔の日本の格好みたいですね」

 

「アキラ君は悪魔討伐隊の隊員だからね。東京を守るために奔走するその意識がいまの君をそうさせているんではないかな?

 

「なるほど、わかりました」

 

 

悪魔絵師は姿が変わった様子はない。まあ、僕はもともとこちらの世界の住人のようなものだから、と冗談めかして笑われた。シャドウに同族だと認識されるなんて言い回しをしながら、スケッチブックに鉛筆を走らされるとなんだか恥ずかしくなってくる。もういいですか、と気を使って止まっていたアキラだったが、照れてるかい、と笑われてしまい、半ば強引にメメントス探索を開始した。

 

 

 

遺棄された地下鉄を空目する光景が広がる。鉄格子の向こう側にはまだ機能している地下鉄があり、一定の時間で電車がやってくる。そして並んでいた不定形の生命体がたくさん入っていき、しばらくするとその先に消えてしまう。ずっとずっと奥までシャドウを運び続けているのが見えた。それが延々と繰り返されている。地下鉄の整備士が使用する通路にしては広く、あまりにも入り組んでいる通路。どこからきているのかわからない電気の灯る通路には意味をなさない改札口があり、止まっているエスカレーターが待ち受ける。悪魔絵師を案内しながら、アキラは現在わかっていることについて説明する。時折足を止めてはスケッチブックに鉛筆を走らせる悪魔絵師は、どんどん口数が少なくなっていく。熱中し始めると態度がどんどんおざなりになっていくのは芸術肌だからなのか、自称通りの口べただからだろうか。

 

悪魔の出現が比較的少ないエリアを抜け、いよいよ大衆の精神が形成している無意識の世界が作り上げた奇妙な場所を歩き出す。

 

 

「いましたよ、シャドウ」

 

「なるほど、あれがシャドウなのか」

 

「いえ、あれはまだ姿がはっきりしてません」

 

「どういうことだい?」

 

「大衆意識に浮かんでは消える感情の固まりだからか、シャドウはみんな不定形なんです。形がはっきりしない。でも、戦闘にはいると、その感情が発露して、それに応じた悪魔の姿を模した生命体になります」

 

「へえ、それは興味深いな」

 

「松田さんと同じこといいますね」

 

「まあ、彼とは同じ部署のつきあいもあるからね」

 

「ですよね。悪魔辞典は開発部の担当でしたっけ」

 

「ああ、そうだよ」

 

「類は友をよぶですか」

 

「言い得て妙だ」

 

「そこは否定してくださいよ。だいたいこのアプリ、まだ未実装のものを先行して使わせてるだけですよね、明らかに」

 

「さあ、どうだろう?」

 

 

アキラはため息をついた。そして躊躇なく引き金を引く。攻撃を食らったシャドウは衝撃のあまり豪快に吹っ飛び、その先でどろりとしたものが幾重にも折り重なり姿が変化していく。アキラのガントレットが戦闘モードに移行することを教えてくれる。

 

 

『アキラよ』

 

 

いつもはガントレットから聞こえてくるはずの声が、アキラの中から聞こえてくる。なるほど、これが降魔なのか、とアキラは理解する。人間の頃とは比べものにならないレベルで五感がさえ渡っている。ありえない距離の情景まで情報として理解することができるのに、気が狂う気配はない。これがミノタウロスとアキラが6年間培った絆というやつだろうか。そうだとしたらすてきなことだ。悪魔の能力が我がものとして使用できる高揚感がわきあがってくる。これは注意しないといけないな、とテンションがあがりつつある自分を笑う。癖になりそうだ。

 

 

『我が主、アキラよ』

 

「ミノタウロス?」

 

『さあ、存分に我が力をふるうがいい。我が名はミノタウロス、汝と共に行くことを決めた者!』

 

「ああ!君の力、僕のために使わせてもらうよ、ミノタウロス!」

 

 

不定形から姿を脱却し、大衆の深層意識からすくい上げられた姿が形作られる。それはアキラが日々戦いを繰り広げている悪魔とよく似た存在だった。シャドウめがけて、愛刀を振り上げる。ミノタウロスによる身体強化をうけている為だろうか。いつもならガントレットを通じて取得した魔界の魔法で体を強化し、戦闘に挑む前段階が必要ないほど体が軽い。いつもならあり得ない軌道で攻撃を回避し、そのままの流れで一気に切り込む。息をのむようなスピードで一体を撃破した。悪魔絵師が感嘆した瞬間、鼓膜をふるわせるような轟音が響いた。即座にアキラは距離をとる。なにかが破裂するような音がした。どうやら増援を呼んだらしい。危機感がよぎる。ちら、と視線を走らせればスケッチブックと熱心ににらめっこしている悪魔絵師がいる。アキラはため息をつきたい衝動に駆られるが、なんとかこらえて戦闘を続行した。

 

 

侵入者に目印、は言い得て妙だとアキラは思った。次々とシャドウを撃破するけれど、きりがない。ガントレットの悪魔改めシャドウ解析をもとにガントレットで魔法を発動させるがきりがない。なにかが焼け焦げる不快なにおいがあたりに漂っている。ようやく辺り一帯のシャドウを撃破したアキラは悪魔絵師と共に先を目指した。悪魔絵師はアキラのつゆ払いにより、どんどんシャドウのデッサンをかきあげていく。悪魔と違う挙動、発言、そういったものが創作につながっているらしい。よくわからないが悪魔辞典が充実するならなんだっていいのだ。

 

どれだけ歩いただろうか。

 

 

ちゃり、ちゃり、と鎖を引きずるような不快な音がメメントス全体に響いている。

 

 

ぞわりと悪寒が走る。勢いよく振り返ると、そこには鎖を引きずる異形がいる。かなり距離をとっていたはずだが、そいつがアキラを看破するのははやかった。アキラは銃を連射させるが、あまり効いている気配はない。無効や吸収ではないが耐性があるか恐ろしく防御が高いかなのだろう。アキラは追尾してくる巨大な弾丸をたたき落とす。すさまじい轟音をたてて砕け散る壁の先には通路が見える。万が一くらったときの衝撃はきっと貫通して体が2つに割れるだろう。生かす気がないことはわかった。今すぐにでも撤退したいが許してくれそうな気配はなかった。アキラのように多様な魔界の魔法を使ってくる敵はアキラの弱点を探しているのか、いろんな攻撃を仕掛けてくるが、お生憎様場数だけは踏んでいるのだ。アキラはとんだ。衝突する寸前に体を翻し、そいつにまたがり体を翻す。そして豪快に斬撃が炸裂した。こちらも吸収や無効ではないが、耐性はある。なら問題はない。アキラは再び切りかかった。

 

 

「おいおいおい、なにやってんだ!?」

 

 

アキラの耳に聞き慣れた少年の声が飛び込んできたのは、だいぶ疲弊してきたころだった。精彩を欠きミスが続く。時折悪魔絵師がキャンパスに描いた悪魔を実体化させ、回復させてくれるが気力までは回復できない。じりじりと追いつめられているところだった。

 

 

「今回の新入りは肝が据わってるな」

 

「違うだろ、フォックス!ワガハイたちの肝が冷えてどーすんだ!」

 

「大丈夫か、アキラ!」

 

「なんとか、ね」

 

「むう、加勢するには俺は準備ができてないな」

 

「いってるばあいか!あーもう、だからメメントスで絵の題材探すならもっと上でっていったんだ!ワガハイ、嫌な予感してたんだよおっ!」

 

「加勢するぞ、モルガナ」

 

「わーかってるよ!新人見殺しにするほど怪盗団はバカじゃねーぜ!

 

「ありがとう、助かる」

 

 

ずいぶんと精鋭部隊である。怪盗団の活動ではないようだ、人数が半分ほど足りない。それでも今のアキラにとっては最高の援軍だった。

 

 

『我は逢魔の略奪者アルセーヌ。暁よ、今一度我が力が必要か?ならば存分にふるうがいい!新入りに怪盗団の実力を披露するのだ』

 

「言われなくてもやってやる。力を貸せ、アルセーヌ」

 

 

来栖の背後に、黒の翼を持つ真っ赤なタキシードと真っ黒なシルクハットをきたペルソナがちらついた。なにかの術式を唱え始めた来栖を先んじてモルガナがアキラのところに駆け寄る。

 

 

「さあ、我が決意の証を示せ、ゾロ!弱気を助け、強気をくじく!正当派ヒーローってのはこういうもんだってこと、みせてやるよ!」

 

 

二足歩行の黒猫がフェンシングの剣を構えた勇ましい男を召還する。そして、大量の金色色の閃光が舞う。追従する形でアキラにもすさまじい力がたぎってくるのがわかる。アキラはモルガナの支援を受けた加護により、さらにスピードを上げて接接近し、その武装の合間を縫って接近し、間接を切断する。悶絶が聞こえる。詠唱がやみ、あたり一体に魔界由来の魔法が発動する。自然の力を宿した光があたりに四散した。爆発音がして、閃光が走り、辺り一帯が焦土とかす。敵は躊躇することなく、直下からアキラにその太刀を振り下ろした。鈍い音がひびく。ミノタウロスの強化により気絶までは避けたがすさまじい痛みがおそってくる。反射的にその武器をつかみ、はなすまいと妨害する。アキラに迫る第二打に来栖は暴風を打ち落とす。爆発的に四散した光がとけていった。

 

 

「大丈夫か、アキラ!よーし、待ってろ!」

 

 

ゾロを呼びだしたモルガナは全体に回復を命じた。

 

かすかに聞こえた声は、何かを発動させる。アキラの生存本能が悲鳴を上げていた。アキラが来栖をかばえたのは、ほぼ反射的だった。周囲にあるものが粉みじんになる。殺意をたぎらせた一撃が過ぎ去った周囲が瓦礫とかす。二人の無事をわきあがる粉塵の向こうから確認したモルガナは暴風をたたきこむ。ありがとう、と返した来栖にアキラは笑う。冷静さを欠きながらも、繊細さを欠きながらも、アキラは太刀をふるった。

 

 

物言わぬ骸になるのは、あの男をこの手でほふってからだ。許されざる蛮行だけは阻止しなければならない。ここで終わるわけには行かない。躊躇せず敵の目の前まで踏み込み、その武器を受け止める。じわりと血がにじむがこらえられる。積み重なった瓦礫から金色の閃光が光る。あたりが光に包まれた。

 

 

 

 

 

待合所があるエリアにようやくたどり着いた来栖は、迷うことなく全面ガラス張りの大型の待合室に飛び込んだ。多数の椅子が設置され、たって電車を待つことができるようにスペースも確保されているそこは、怪盗団にとって休憩の合図らしい。シャドウの出現する確率がとても低いことも相まってようやく一息つくことができる。自動販売機、無人の売店が鎮座しているが、そこにある新聞、雑誌、軽食はどれもよく似たなにかであり、読むことはもちろん食べることはできない。残念ながら個室を提供するほどのスペースはないらしく、周囲を囲っており冷暖房完備なところが再現されている程度にとどまる。それでも、モルガナカーには冷暖房がなく、現実世界の環境が反映されるメメントスではこれから夏に向かう季節柄、単純に暑いのだ。一歩はいればひんやりとした空気があたりを包む。あーつかれた、とモルガナは大きく伸びをする。おつかれ、と来栖から水筒を渡されたモルガナはうれしそうに受け取ると一気に飲み干した。来栖から渡されるお茶に置いておいてくれ、といいながら側の椅子を叩いた祐介は、その返事を待つことすら惜しいのか熱心にスケッチを書き込んでいる。祐介の向かいに座ったアキラの隣で、悪魔絵師はぱらぱらと溜まったデッサンを眺め見ている。記憶の中に刻まれたものと向き合うように鉛筆を走らせている。来栖はアキラにもお茶を差し出した。

 

 

「ありがとう」

 

 

一応携帯食は持ち込んでいるが、冷えたお茶があるならそちらの方が体も喜ぶだろう。お言葉に甘えて受け取ったお茶を口にすれば、ひんやりとした感覚が一気に身体を落ち着かせてくれる。ようやく精神的に落ち着くことができそうだ。

 

 

「アキラたちはどうしてここに?なにか事件でも?

 

「いや、違うよ。この人は僕の組織の開発部の人でね、メメントスのことが知りたいから連れて行ってくれって頼まれたんだ。いわゆる護衛任務。来栖君は?」

 

「似たようなもの、だな」

 

「みたいだね」

 

 

アキラは苦笑いした。悪魔絵師も祐介もお互いに似たようなことをしているにも関わらず、スケッチブックに目を向けたままいっさい口にしない。ただ黙々と作業を進めている。これならあちこちモルガナカーでかけずり回らなくてもよかったのに、とすっかり身体を来栖に預けてリラックスモードの黒猫はぼやく。どうやら彼はコウセイの美術の特待生であり、マダラメのパレスを攻略した時の衝撃から極度のスランプに陥っているらしい。その脱却に向けてメメントスという新しい題材に目下挑戦中なのだという。集中し始めたら周りが見えなくなるのだ。来栖がつゆ払いを申し出た結果、今日はずっとメメントスに潜りっぱなしなのだという。

 

 

「元はといえば、ジョーカーが悪いんだぞー」

 

 

膝の上のモルガナの両頬をつかんでぐりぐりし始めた来栖の目は笑っていない。

 

 

「なにすんだよ、ジョーカー!元はといえば、ジョーカーがフォックスの約束いつまでも放置すっからワガハイまで拉致られたんじゃないかあ!」

 

「うるさいモルガナ」

 

「やめろおっ!八つ当たりすんならスカルにしろよな!フォックスにジョーカーの忙しさの理由ちくったのスカルだぞ!」

 

「スカルはいつかシメるからいいんだ。今はモナ」

 

「なんでだあっ!」

 

 

羽交い締めにされてくすぐられ始めたモルガナは、ひいひいいいながら涙目になって大笑いし始める。アキラは助けを求められるものの、来栖の目が若干マジになっているため、流れ弾を回避することを優先することにした。先輩のSOS無視するな新入り、とモルガナの悲鳴が聞こえるが、リーダー命令で待機を命じられてしまえばアキラは肩を揺らしながら待つしかない。ひとしきり笑った後、気づけばモルガナがくすぐられて疲れたのかぐったりと伸びていた。

 

 

「一応、理由を聞いてもいいかい?」

 

「いいのか?」

 

 

モルガナを盾に使われ、次はお前がこうなる番だと言外に言われ、アキラはやめとくよと笑った。

 

 

「さっきからなにを楽しそうにしてるんだ、おまえたち」

 

 

ようやく次回作の構想に納得がいったのか、不思議そうに来栖たちを見てくる祐介にモルガナは恨めしげに見上げるだけだ。捕まった宇宙人のごとくぶらさがっていたモルガナだが、来栖はようやく膝の上に戻した。

 

 

「いや、なんでもない。それより、かけたのか?」

 

「ああ、テーマについては方向性が固まった。今度は構図、構想、想像を膨らませるにはデッサンあるのみだ。今日はとことんつきあってもらうぞ、ジョーカー」

 

「はは、フォックスは熱心なんだね」

 

「俺の協力をしてくれると言ったのは、他ならぬジョーカーだからな。だが、モナが言ったとおり、多忙な男だ。約束を取り付けるのも一苦労でな、スカルが深夜にメールすることを教えてくれなかったらもっと遅れるところだった」

 

「それについては謝るよ、フォックス。でも、ここのところ毎晩真夜中に爆撃して、メメントス、ルブランで夕飯の繰り返しはそろそろ勘弁してもらいたいんだけどな」

 

「なにをいっているんだ。前は町医者、その前はゴシップ記者、その前は占い師、メイド服の女だ。真夜中のメールをやめたらお前はまた俺の誘いを断り続けるだろう。約束は早いもの順だといったのはお前だろう」

 

「確かにそうだけど、限度がある。今月の奨学金はどうしたんだ」

 

「もうないからルブランに世話になってるんだが」

 

「いいかげん、そのよくわかんねえものにお金つっこむ浪費癖なおさねーとやばいんじゃねーか、フォックス?」

 

「ふん、モナはわかっていないな。何事も経験からだ。有名になった画家はいずれも様々な女性遍歴や人間関係、人生経験があってこそ、その豊かな表現力が磨かれた。その片鱗はジョーカーがみせてるじゃないか。さすがはリーダーだ」

 

「いやそれ違うと思うぞ?」

 

「フォックス」

 

「ん?なんだ、ジョーカー」

 

「・・・・・・天才か」

 

「だろう!」

 

 

なにいってんだこいつら、とモルガナは大げさにため息をついて見せた。

 

 

「なるほど、これがアキラ君がこれから入団する怪盗団か。ずいぶんと楽しそうだね」

 

 

悪魔絵師はようやくスケッチブックから顔を上げた。大きなサングラスから表情は読みとれず、その恰幅の良さからくる威圧感がある。しかし、人好きのする笑みと落ち着いた口調から警戒心はなくなった。画材を片づけながら悪魔絵師はスケッチブックだけ抱えてアキラの隣に改めて腰を落ち着ける。祐介はようやくアキラの同行者に興味がわいたようで、なにやら思考を巡らせる。

 

 

「もしかして、画集を出されたことがありますか?」

 

「ん?ああ、まあね。これでもささやかながら個展や画集といった活動をしていた時期もあるよ」

 

「やはりそうか、なら、何度目かの画集の企画で、斑目と、いや、斑目先生と対談したことがありませんでしたか?」

 

「よく知ってるね」

 

「俺は、いえ、僕は斑目先生に師事していたんです」

 

「ああ、なるほど。そのときにもしかしたら会ったのかもしれないね。僕は展覧会に出展するのではなく、商業絵を描いていた人間だ。それでも、斑目先生はどこか印象に残ったらしくてね、あちら側からの提案だった。興味深かったことを覚えているよ」

 

 

だからか、と祐介はひとりごちる。目の前の男が描くものは非常に特徴的だ。斑目の家に住み込みで絵ばかり描いていた頃、斑目が編集者が持ち込んでくる企画の資料として持ち込んでいた表紙をすぐに思い出すことができた。商業絵を作るデザイナーとの対談は非常に珍しかったことも相まって祐介の印象に残っていたのだろう。ピカソや岡本太郎を好んだ斑目にしては珍しい対談だったから。

 

 

「今もそういった活動を?」

 

「いや、ここにいるからわかるだろ?僕は今アキラ君の組織にいるんだ。そして多くの悪魔について描かせてもらってる。その悪魔を生み出した人間の想像力の源泉になったものが是非とも描いてみたいんだ。その悲願を達成するためにも、こうしてメメントスにつれてきてもらったというわけだ」

 

 

たんたんとではあるが、饒舌に語る悪魔絵師にアキラは祐介が気に入ったんだと言うことがすぐにわかった。スランプ気味だという祐介はその語りをうらやましそうに見つめている。俺も是非ともその境地までいきたいものだ、という言葉は少々落ち込んでいるようにも見えた。

 

 

「僕はアキラ君の組織に入るときに名前は捨てた。今は悪魔絵師と名乗っている。人のうちに住まう神と悪魔を描く絵師とね。また会う機会があればそう呼んでくれたまえ」

 

「悪魔絵師、ですか」

 

「悪魔ばっかり描いてるから悪魔絵師か、すんげえな」

 

「悪魔を描いているということは、俺たちが知らないシャドウについて知っているんですか?」

 

「今日シャドウに会うのは初めてだったけど、どうやらシャドウは悪魔とは違った形で絵に魂が宿ったようだね。だから、君の問いにはYESと答えるとしよう。しかし、あれでは本物とは呼べない。もう少し修行が必要なようだね、シャドウを生み出している誰かさんは」

 

「なら、ワガハイたちが知らないシャドウの情報、もらえるかもしれないな!」

 

「その程度ならいくらでも渡すよ。ただし条件がある。君たちのペルソナを見せてもらえないか?ペルソナが使える人間はとても少ないからね」

 

「わかった。怪盗団らしく取引といきましょう、よろしくお願いします」

 

「悪魔絵師に会いたいなら、僕に連絡をくれれば仲介するよ」

 

「ありがとう、アキラ」

 

「どういたしまして」

 

「誤ったイメージは現実に直面することで修正されるが、自分というイメージだけは修正することができない。修正できるチャンスはそう多くはないが、答えはいつもすぐ近くにあって遠いものだ。それを捕まえれば迷うことはないだろう。君の悩みも解決するといいな」

 


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