女神転生Ⅳ the begin(メガテンⅣ×ペルソナ5)   作:アズマケイ

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コープ開始

世界は漠然とした痛みに満ちていた。

 

「アキラ」

 

彼に呼ばれて、アキラは振り返る。ずっと探し求めていた悪魔のわき出す源泉が、悪魔討伐隊の本拠地である防衛省の地下の無限発電所ヤマトだった。そこを破壊することは地下にブラックホールを形成し、東京ごとすべてを吹き飛ばすことになる。そこを掌握することは悪魔と東京中のエネルギーをすべて手にしたことを意味する。対立する2つの勢力の最終目標がそこである。もう一刻の猶予もない。アキラはいらだちも隠さず怒鳴る。焦りが先行するあまり、言葉尻はさらに鋭い。

 

 

転がり落ちるように階段を駆け下りていたアキラを彼は引き留め、立ち止まる。手をふりほどこうとするアキラの手を強く握りしめた。困惑するアキラに、彼はなにかいう。音声はないがアキラはその意味を理解する。今にも泣きそうな顔で、お願いだから嘘だといってくれ、とアキラは訴える。しかし、彼は首を振る。あちこちが炎上している。焦げ臭い、肉の焼かれるようなにおいが立ちこめていた。

 

 

彼の言葉にアキラは目を丸くした。その意味を悟り、血の気が引く。一瞬呼吸をわすれた。それだけ衝撃だったのだ。ふざけるな、そう思った。これは怒りだ。ここまで強烈な殺意を抱くほど怒り狂っているのは、この現状をどうしようもできなかった自分への無力さ。理不尽さにあらがう力を持つにはあまりに遅かった嘆き。そして劣等感や嫉妬、様々な要因が一気に爆発した。どうしようもない感情の爆発だった。すべてが崩壊する。足下がもろとも崩れ去ってしまうような、感覚。奈落の底に突き落とされたような感覚。それは絶望だと初めてアキラは知った。

 

 

誰よりも憧れていた先輩に突き放された。この、状況で。勢いに任せた言葉だけが先走る。今まで押し殺してきた感情があふれた。彼の隣で肩を並べることができるような存在になりたい。その一心で今まで追いかけてきたのに。親友であり、相棒であり、誰よりも信頼されるような、隣にいることがあたりまえみたいな、そんな存在になりたい。年齢差、境遇、そしてあらゆる状況が奇跡的に重なって今のポジションに落ち着いたアキラにとって、かえって呪縛だった。それを見せつけられる羽目になっている。

 

 

アキラは我を忘れていた。未だかつてないほどの激情に任せた、支離滅裂な叫びだった。アキラは彼のように英雄にも、救世主にもなれない。なるつもりもない。みんなのためといいながらいつもアキラが守りたいのは紛れもなく彼のような日常を作っている周りの人々だけだった。ただ彼らとずっとともにあれるなら。それを他ならぬ彼らが振り払っていったのだけれども。憤りをにじませた言葉を聞いて、彼はただ静かに聞いていた。

 

 

「守れない約束はするもんじゃないね」

 

「ほんとですよ。共に行こうっていったのは、あなたじゃないですか、××さん」

 

 

それはエゴだとあざけることができれば、どんなに楽だっただろうか。あなたは最低だとせせら笑うことができたらどんなに愉快だっただろうか、でも、そんなこと、世界がひっくり返ったってできるわけがないのだ。すきだった、と悪魔に誘拐され未だに消息が知れない姉に秘めていた思いをたった一度だけ彼はいった。アキラが大きくなるにしたがって姉とよく似た笑い方をするようになったとしんみりしていたことを、なぜあのタイミングで思い出してしまったのかわからない。もう嗚咽混じりの泣き声である。なんとか絞り出す言葉はせいいっぱいだった。頭をなでられ、つらい決断を強いるけど後は頼むといわれてしまう。

 

 

「今、どんな顔してるか、わかってます、×××さん?泣いてるじゃないですか。そんなの、卑怯ですよ」

 

 

彼のいうとおり、きた道を引き返していったアキラは、悪魔討伐隊本部にいる津木たちの部隊と合流し、防衛省の最深部を目指した。

 

 

とほうもないマグネタイトが観測されたのは、ヤマトの目前だった。分厚い入り口からでさえ、強烈な光が漏れ出て迸る。瞼の裏に残像が残り、アキラは世界の終わりを悟った。彼の名を呼んで手を伸ばしたが、届かない。彼がなにをしようとしているのか、アキラはわからなかった。でも、これが永遠の別れであることは、あの会話で察していた。アキラは叫ぶ。さようなら、すらいわせてくれないなんてひどい人だ、と冗談でめかして笑うことができるようになったのは、つい最近である。世界が金色の螺旋に包まれ、気づけばなにもなかった。ヤマトを確認してみたが、敵対していた勢力の頭領は彼に打たれたらしく、残党しかいなかった。でも、彼もいなかった。必死で探したが骨一つみつからないでいる。まただ、とアキラは思う。アキラの大事な人はいつも行方不明になってしまう。

 

 

「や、久しぶりだね、アキラ君」

 

「あなたは、松田さん」

 

「津木隊長から話は聞いてるよ。大変なことに巻き込まれてるみたいだね」

 

「いえ、僕が望んでやってることです。そんなこと」

 

「相変わらず仕事熱心だ。そんな期待新鋭の若手をささやかながら応援させてもらうよ。ガントレット貸してくれるかな?」

 

「はい」

 

 

アキラはアームに装備していたハンドベルトコンピュータを取り外して、白衣姿の男に渡す。ガントレットは、悪魔を掃討する上でなくてはならない端末であり、悪魔討伐隊に入隊する時必ず支給される。もとはシュバルツバースで国連の探査部隊の為に作成されたものをブラッシュアップし、改良したものだ。未だに行方不明の両親がつかったものを手にした瞬間から、アキラは戦うことを誓った。その端末の改良や新たなプログラムの製造を一手に担っているのが、悪魔討伐隊研究開発班所属の技術者である松田なのだ。端子をつなぎ、データをダウンロードしているメガネの男は、アキラが悪魔討伐隊に入隊を志望する見習いだった頃からよく知っている。

 

 

悪魔に姉を誘拐され、瀕死の重傷を負った12歳のアキラを悪魔討伐隊が保護することができたのは、彼が開発した悪魔召還プログラムをアプリゲームに偽造してネット上にばらまいたからなのだ。つまりは命の恩人である。それを教えてくれたのは、3年前、行方不明になった青年だった。彼は悪魔討伐隊のエースともいうべき人間で、リーダーでもあった。姉の幼なじみであり、アキラにとっては年の離れた幼なじみだった。アキラは彼の背中を追いかけて悪魔討伐隊を志した。彼から松田について聞いたことがあるのだ。

 

 

松田はDDSネットという掲示板の管理人だった。そこはプログラミングが大好きな人たちが集まり、コミュニティを形成している場所であり、連日連夜様々なプログラムが公開され、活発な交流が行われる土壌が形成されていた。彼は自作でパソコンをつくることができるくらいには、技術者だった。そして高校時代からその掲示板の常連だった。忘れもしない10月某日、松田がデビル・バスターというゲームを掲示板に投稿した。リアルの友人からプログラムをブラッシュアップし、より洗練されたフリーゲームにしたいという提案だった。常連たちは深夜のテンションもあって盛り上がり、あっという間に完成、掲示板の名前をとってDDSと名付けられたフリーゲームは後日配信された。その完成度が某携帯獣のパクリゲームだったのも相まってネット上で話題になり、興味本位でダウンロードする若者たちの間でささやかなブームになった。彼からDDSを教えてもらい、姉のスマホに勝手にダウンロードして遊んでいたアキラである。ただのゲームだと思ってやりこんでいたプログラムが、東京を跋扈することになる悪魔の解析や交渉という驚異的な威力を発揮するだなんて誰が思う。

 

 

「ガントレットの性能を上げておいたから、確認してね」

 

「はい、わかりました。ありがとうございます」

 

「それとさ、こないだの事件、どうだった?」

 

「井の頭のですか?」

 

「うん、どうも古巣だから気になっちゃってねえ」

 

 

アキラは目を伏せる。あんまり気持ちがいい光景じゃなかったのはたしかだ。事態の沈静化に出動を命じられ、現場に突入したとき、一面に広がっていたあの陰惨な光景を思い出すと気分が沈む。かつての同僚の死を察した松田は、そうかあ、と残念そうに笑った。うまくいけば引き抜きたかったんだけどねえ、という言葉はどこか寂しげだ。

 

 

松田は井の頭公園近くにある防衛省の外郭団体である量子物理学研究所のスタッフであり、瞬間転送装置というオーバーテクノロジーの開発に関わっていたのだ。物質を電子情報に置き換え、瞬間的に移動させる画期的なシステムをシュバルツバースの情報によってつくりあげたシステムの開発者は、悪魔召還プログラムの生みの親だ。本人曰く、今では無作為にネット上に悪魔召還プログラムをばらまいたこと後悔しているようで、そのプログラムを渡すのは見込んだ人間と方向を転換しているらしい。なにせDDSはセーフティ機能がない。悪魔が召還者の器量を越えていた場合、その先に待っているのは交渉の余地のない死、もしくはマグネタイト補給のためのタンク、被害は多岐にわたる。でもはじめからその方針だとアキラは間違いなく死んでいた。なによりDDSが使える若者を集めた悪魔討伐隊はそもそも結成されなかった。

 

 

タマガミ配下の病院に幽閉されてしまった彼を救出することが、タマガミに設立された悪魔討伐隊から、東京から悪魔を掃討する悪魔討伐隊に方向転換する大きなきっかけだった。今でこそ表向き悪魔討伐隊の反乱ともいうべき行動はタマガミが許したことで、解散の危機は免れている。でも、それは悪魔討伐隊が3年前の戦争で思想の違いで分裂し、内紛状態になったため、かつての半分以下の戦力しか残っていないのもきっと大きいのだ。悔しいけれども、今は力を蓄えるときなのだ。だから松田がいてくれることはとても心強いのである。その報復が古巣の研究所が対立する組織、もしくはタマガミの息がかかった組織の悪魔使いが放った悪魔による虐殺事件だったとしても。

 

 

「ペルソナ、シャドウ、メメントス、パレス、新しくデータを更新しておいたから確認してほしい。うん、やっぱりおもしろいね、ペルソナ使いか。悪魔使いとの違いが気になるところだ。できれば今度つれてきてくれないかい?」

 

「いいですけど、お手柔らかにお願いしますよ、松田さん。彼らはペルソナという特別な力があるけど、ふつうの高校生です。なにかあったら今度こそまずいことになりますよ」

 

「うーん、そうか、残念。なら、ふつうじゃないアキラ君にがんばってもらうしかないな」

 

「またそういう流れですか、もう」

 

「まんざらでもないくせに。コードネームとか決めちゃうんだろ?ガントレットのコードネームも本名からそっちに変更したらどうだい?」

 

「絶対いやですよ、僕!?」

 

「ふっふっふ、いやあ研究がはかどるなあ。是非ともアキラ君には怪盗団としてたくさんデータを持ち帰ってもらいたいね。怪盗家業、がんばるんだよ」

 

「いや、あの、僕はですね」

 

「わかってる、わかってる。子供はみんなルパンにあこがれるものさ」

 

 

はっはっは、と松田は笑ってアキラの頭をなでる。松田とアキラが出会ったのは15のときだった。3年たったところで、扱いはかわらないのである。

 

 

「今日はオフかな?」

 

「はい、ちょっと遊びにいこうかなって」

 

「そうか。引き留めてわるかったね。いってらっしゃい」

 

「はい、失礼します」

 

 

一礼して去っていったアキラを見送って、松田は目を細めた。

 

 

「すまないね、アキラ君。私はこれ以上の干渉は許されていないのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・喫茶店ルブラン、ここか」

 

 

ちりん、と年季の入った呼び鈴が来店を知らせる。つけっぱなしのテレビが先月おこったばかりの井の頭公園の殺人事件について報道していた。報道規制がかけられ、悪魔なんて人知を越えた存在が主犯である上、政治的思惑が根深い今回の事件が解決することはない。真相に近づこうとした人間は取り込まれるか、排斥されるかはわからないが、非日常から日常に戻ってくることはきっと不可能だ。そんなことを思いながら、こんにちは、とアキラは店主に声をかける。

 

 

「いらっしゃい。ん、どっかでみた顔だな」

 

「フロリダで、ですかね。佐倉さんのお店、ここらへんにあるとマスターに聞いていたのできちゃいました。ちょっと用事できてたので」

 

「あー、そういわれてみれば、そうだ。いつもきてる常連の。そうか、こういう店好きなんだな?」

 

「はい、大好きです」

 

「そうかそうか、ならゆっくりしてってくれ。一応聞くがなんにする?」

 

「そんなの決まってるじゃないですか。カレーとコーヒー、ください」

 

「あいよ」

 

 

フロリダとは方向性が違うものの、趣があるシックな雰囲気が魅力の喫茶店ルブランは昔雑誌に載ったこともある知る人ぞ知る名店なのだ。フロリダは活気があるが、それはお酒がでない悪魔関連の仕事に携わる者たちの社交場の側面があるからだ。お酒が飲めるようになれば、べつの社交場に連れて行ってもらえる予定だが、あと2年はかかる。日常の象徴として最高の環境である喫茶店は紛れもなくこちらだ。アキラはあたりを見渡しながら一番奥のカウンターに座った。

 

 

「見渡したってそんなおもしろいもんはないし、ずっと見られてちゃ緊張しちまうだろ。テレビみてな、テレビ。どうせ今の時期はなかなか客がきてくれないからな、あっちのソファに座っててくれ」

 

「あはは、わかりました」

 

 

アキラはテレビが見やすい位置にあるソファに移動する。店内を見渡していたアキラは目を留めた。

 

 

「あれは?」

 

「ああ、これか?預かってほしいっていうから飾ってるんだ。いい絵だろ。うちにはもったいないくらいだ」

 

「へえ、そうなんですか」

 

「そうそう。たぶん、模写ってやつだよな。赤ん坊はなかったはずだ」

 

「あ、そうなんですか?僕、美術ってあんまり興味ないからわからないんですよね」

 

「安心しな、俺もパソコンで調べただけだ」

 

「あはは」

 

「あいにくうちは豆の販売はしてないんでね、ほしかったらフロリダにあたってくれな?」

 

「はい、わかってますよ、残念ながら。マスターから聞いてます」

 

「ならいいけどな」

 

 

佐倉は軽口をたたきながらカレーとコーヒーのセットを出してくれた。

 

 

「チャンネル変えてもいいですか?」

 

「あー、そうだな。せっかくきてくれたのに、これじゃ食う気が失せちまう」

 

 

佐倉は夕方のワイドショーにチャンネルを変えてくれた。8年前、不倫報道と愛人が猟奇的な殺人事件の被害者になってしまったことで、世間を騒がせた元政治家秘書の代表候補出馬の噂が取りざたされている。これもどうかと変更をかさねる。5年前に1年の休養をして復帰したアイドルが20さいになり、お酒やたばこ、水着といったものが解禁された影響かスポットライトが当てられた番組が流れている。消去法でアイドル特集が流れ始めたルブランの外は相変わらずの雨模様である。今の時期は商売上がったりだから、今日をきっかけにまたきてほしいと佐倉はそれとなくアキラにふる。アキラは二つ返事でうなずいた。佐倉はうれしそうに笑った。そしてフロリダについて、世間話が続く。お手製のメニューを眺めていたアキラは、ふと時計をみた。そろそろだろうか。ずいぶんと長居している。番組は天気予報にかわっている。

 

 

裏口はないらしい。ルブランの扉をあけて、ただいま、とぼんやりとした声が聞こえる。天然パーマに黒縁のメガネをした真面目そうな青年が入ってきた。もぞもぞと鞄が不自然に動くたび、彼は持ち直している。アキラを見つけた彼は目を見開いた。

 

 

「おう、帰ったか。今は営業中だから、さっさと引っ込むかどっかいってろ」

 

「うん」

 

『お、アキラじゃねーか。めずらしい』

 

 

もしかしなくても、鞄の中にいるのはおなじみのモルガナのようだ。重くないんだろうか、とどうでもいいことを考えながら、アキラは軽く会釈した。

 

 

「あ、君はたしか・・・・・・そうだ。よくフロリダにお使いにきてる・・・・・・バイトくんだっけ?」

 

「にたようなもん、です」

 

「おいこら、お客さんだ。口の聞き方考えろ、来栖。すまねえな、ちょっと事情があって預かってるんだ。バイトなんていいもんじゃない、居候だ、居候」

 

『家にすら入れてもらえてないけどな、にゃはは』

 

「おう、なんだその目は。おいてやってるだけいいと思え」

 

『ほんとゴシュジンはジョーカーに容赦ねーな!しっかし、演技上手だな、アキラ。さすがは政府機関のくせに怪盗団に肩入れするだけはあるぜ!』

 

「さっきからにゃーにゃーうるせえな。おい、来栖、餌の準備してやれ」

 

「わかった」

 

「餌箱はあっちのおくな」

 

「うん、わかってる」

 

『ワガハイ、まだおなか減ってないんだけどな。ビックバンバーガーであんなどでかいの平らげたこいつの食べっぷり見てたからむしろ気分悪い。うっぷ』

 

 

アキラは思わず吹き出す。

 

 

「まあ学生鞄から猫でてきたらそうなるか。なんか、めっちゃ懐いちまって追い出すに追い出せないんだ。ごめんな、すぐ引っ込めるから」

 

「いいですよ、気にしないでください」

 

 

アキラは笑った。しばらくして、私服に着替えた来栖が降りてくる。そしてカウンターの手前にある黄色い電話ボックスを使い、どこかに電話し始めた。そしてたくさんの洗い物を抱えて近所にあるコインランドリーにいくといってしまう。モルガナをつれていないということは、すぐ帰ってくる気だろう。あんなにたくさんあってすぐ終わるのか不思議に思っていると、どうやら代行サービスを呼んでいるらしいと佐倉は教えてくれた。バイトに精を出しているのは知っている。だからお金があるのだろう。コインランドリーくらい自分でやればすむのに、なにをそんな一生懸命洗濯乾燥する必要があるのかよくわからん、と肩をすくめる。佐倉のいうとおり、来栖は家に帰ってきた。あわただしく二階に上がっていく。どうやらどこかに出かけるようだ。

 

 

「もうこんな時間だ。僕、そろそろいきますね。ごちそうさまでした」

 

「おう、またきてくれ」

 

「はい、是非」

 

 

アキラはルブランを後にした。四軒茶屋駅についたあたりで着信がある。でてみれば、来栖からだった。

 

 

「聞いてない!!」

 

 

珍しく取り乱した文面である。アキラはこみ上げる笑いのまま、おちゃらけるキャラのスタンプを送信した。

 

 

「言ってないし」

 

「びっくりした。アキラって暇なんだな」

 

 

気に入ったのか、ノリがいいのか、じとめのキャラクターがこっちをみてくる。

 

 

「急にシフトの変更があったから暇になっちゃってね」

 

「休みの過ごし方がわからないおっさん?」

 

「やめてよ、僕まだ18だ」

 

「暇なら暇っていってくれればいいのに」

 

「暇」

 

「今も?」

 

「今も」

 

「今どこ?」

 

「四軒茶屋のターミナル前」

 

「!?」

 

「あれ、知らなかった?」

 

「知ってるけど、定期使えるから使わない」

 

「ああそうか、なるほど。懐かしいな、定期とか」

 

「ってことは車?」

 

「ターミナル前(二回目)」

 

「ざんねんだ」

 

「なにをたくらんでるのかな、君は」

 

 

意味深な笑みを浮かべたスタンプが送られてくる。TAKE YOUR TIMEのロゴは、美術学校の特待生をしている祐介がデザインしたとあって、かっこいいものとなっていた。これはきっと来栖が使っているペルソナのアルセーヌがモチーフなのだろう。なにも知らない人間にはアルセーヌ・ルパンかルパン三世、怪盗キッド他世の中にあふれた怪盗というイメージがうかぶはずだ。もっとも、アキラにとっては、来栖暁その人なのだが。

 

 

「待ってろ、すぐいく」

 

 

やけに男前な返事に笑ってしまう。彼女に向ける言葉じゃないんだから。さて怪盗団のリーダーはなにを持ちかけてくるだろうか。しばし、アキラは思考の海に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベッドに寝っ転がったまま、スマホをいじっている来栖の上に我が物顔でのっかったモルガナは、興味津々でのぞき込む。

 

 

「やめろ、モルガナ。手元が狂う」

 

『ワガハイに隠れてなにしてるんだ、ジョーカー。ワガハイとジョーカーの仲だろ、みせろよ』

 

 

近所にすむ闇医者か、メイドの副業にいそしむ訳あり女担任か、それとも数日前に知り合ったばかりの飲んだくれ女記者か。年上好きかとモルガナがにやにやするくらいには交流が深まっている。誰が本命だとちゃちゃをいれても、今のところ来栖から明確な返事が返ってきたことはない。おいこら、と抵抗する来栖をくぐり抜け、スマホをのぞき込んだ黒猫は、知り合ってからちょくちょくターミナルの使い方や悪魔と遭遇したときについて質問するため、フロリダで会っているアキラ相手だと気づいて落胆する。

 

 

『なんだ、違うのか。また質問?』

 

「ああ。アキラに、いや今回はツギハギさんに聞きたいことができた」

 

『お、やっと動くのか?情報提供してもらおうって?』

 

「ああ。こっちの手の内はだいぶ見せたつもりだし、そろそろ踏み込んでもいいんじゃないかと思って」

 

『やっとか、長かったな!やーけに慎重だからヤキモキしちまっただろ!』

 

「仕方ないだろ、モルガナ。あっちはなんて言おうが政府の側にいるんだ。俺たち怪盗団とは立場が違いすぎる。今は俺たちがパレスを消せる唯一の存在だから黙認されてるだけなんだ。もしパレスの消し方がバレた瞬間に手のひら返しなんてされたらたまったもんじゃない。交渉する前にある程度カードが欲しかったんだよ、パレスのことがバレても期待される位置にいないといけない」

 

『やけにミリタリーショップに入り浸ると思ったらそのせいか!』

 

「ああ、そうだよ」

 

『なるほどー。お前がちゃんと考えてるのはちゃーんと見てたぜ。やっぱお前ついてるよな、そういうこと考えなきゃいけないけど、そんだけ価値のあるやつらと知り合えてんだから』

 

「それほどでもない」

 

『いうなあ、このやろ。で、どんな感じで切り出すんだ?生徒会長の依頼してる奴はもうわかってるだろ?』

 

「今回はそっちじゃない、もっと大きいのを狙いに行く。ミリタリーショップで得た情報も、生徒会長がいってたやつも、どっちも大きなお金が動いてる。今まで必要なかったのに、いきなりだ。岩井さんもいってただろ、嫌な予感がするって。三年前みたいなお金の流れを感じるって。たぶんアキラたちは知ってるはずだ」

 

『あー、そういやイワイ、そんなこといってたっけ。今回のターゲットもアキラの言ってた戦争で勢力拡大したっていってたな。なるほど、うまいことわかれば次のターゲットがすぐ見つかるな』

 

 

来栖はうなずいた。アキラは夜にシフトが入っており、返事は日中の方が多い。だが今日は休みのようで、速攻で返事が来た。返事はすぐするタイプらしい。どおりでルブランにいるわけだ。出会ってまだ一週間と少しである。びっくりしないほうがおかしいだろう。あのときは一日でいろんなことがありすぎたのだ。

 

ターミナル前で待っているらしいからいかなくては。来栖はベッドから起き上がった。

 

 

「今日はどこいくんだ、暁」

 

「フロリダで竜司たちと勉強してくる」

 

「ったく、教えなきゃよかったか?高校生がコーヒー一杯で粘るような店じゃねーんだ、俺の顔はつぶすんじゃねーぞ」

 

 

口ではそういいながら、どこかうれしそうな佐倉は、ついでに届け物を押しつけてくる。学生鞄と紙袋を抱えて、来栖はルブランをあとにした。アキラとターミナル前で合流し、喫茶店フロリダに到着すると、一番奥の席に向かう。ここのマスターはどうやら悪魔討伐隊御用達の店のようで、悪魔に関する依頼も請け負っている窓口だとようやく教えてもらえたのだ。怪盗団の話とも絡んでくるため、SNSよりはよっぽど安全なセキュリティである。アキラたちと対立しない限りは。マスターに届け物を渡して、来栖はアキラのところにきた。モルガナが鞄から這いだして大きくのびをする。動物がしゃべるのもあっさりと受け入れてしまうあたり、マスターもただ者ではないのだろう。メニューを注文すればわざわざモルガナ用にも用意してくれるので、モルガナはたいそうこの喫茶店が気に入っていた。

 

 

「待ってたよ、来栖君。そろそろくる頃だと思ってたんだ。渋谷にまでメメントスが広がったのは、僕らも確認してる。その中心にあるパレスもね。なにかするつもりなんだろう?なにが聞きたいんだい?」

 

 

うなずいた来栖はマスターにメニューを注文しながら、ここまでの経緯をかるく説明した。

 

 

「すごいな、想像以上だ。君の情報網には驚かされるよ」

 

「大したことじゃない」

 

「いうね。で、不自然なお金の流れのバックになにがいるのか知りたいだっけ?それは次のターゲットという意味で?それとも警戒するため?」

 

「もちろんどちらも考えてる」

 

『ワガハイたちの活躍を認めさせるには、どんどんビッグを狙わねーといけないからな。今回、渋谷のマフィアがターゲットなんだ、今度はさらにグレードあけてかねーとな!』

 

「そっか・・・・・・なるほど。わかった、ツギハギさんに聞いてみるよ、返事はそのあとでもいいかい?」

 

「ああ、はじめからそのつもりできてる。さすがにアキラだけで判断できることじゃないだろ」

 

「そういってくれると助かるよ、来栖君。なるべくいい返事が出せるようがんばるとして、だ。うーん」

 

 

アキラは少々思案する。

 

 

「ただ、この案件をツギハギさんに投げるには、ちょっと条件があるんだ」

 

『条件?』

 

「今のままだと、こちらも釣り合わないからいってみてくれ。俺たちはなにをしたらいい?」

 

「君たちがターゲットにするかもしれない人間は、僕たちの最終目標のうちの一人なんだ。このままだと僕たちは同じターゲットを狙うことになる。共同戦線といきたいところなんだけど、僕たちが敵対してる時点でわかるだろ?相手は悪魔使いなんだ。今の君たちの実力をはからせてほしい。そうすれば、ツギハギさんを説得しやすくなるし、仲間も協力してくれる」

 

『おお、そりゃ願ったり叶ったりだぜ!今んとこ、ゾンビコップみたいな雑魚しかいねーけど、今回は渋谷のあちこちで悪魔がでるようになっちまってるからな!ほんと悪魔討伐隊が規制線はってくれなきゃ、ワガハイたちも安心して怪盗できねー。メメントスやパレスに悪魔が入り込んだら、ワガハイたちもその掃討作戦に協力しきゃなんねーならな!』

 

「ただ、どうやって実力をはかったらいいか考えなきゃいけないんだ。なにかいいアイディアないかい?」

 

「それなら、アキラも俺たちに同行してくれないか。そうすれば一番わかりやすいと思う」

 

『あ、それいいな!アキラはペルソナねーけど、ペルソナよりおっかねえやつ従えてるし、倒し方も知ってるし、問題ない』

 

「それにツギハギさんから俺たちのことを一任されてるんだろ?規制線の段取りとか楽になるんじゃないか?」

 

「君たちはほんとこう、人をその気にさせるのが得意だね。ああ、そうなる気はしてたんだ。でも、それだけじゃだめだ。ターゲットになる人間はそこらへんの悪魔とは比較にならない神霊レベルの悪魔を使役する。その戦いに挑めるだけの実力があるかはからせてくれ」

 

『アキラの仕事に参加しろってことか?』

 

「もちろん、いきなりはじめからとはいわないよ。さいわい、シャドウと同じ姿をした悪魔は、同等の価値観で存在していることがわかっている。つまり、雑魚は雑魚ってことだ。悪魔はそもそも成長しない種族なんだ。変化しない、成長しない、ただそこにある自然現象から崇拝は始まったからね。だから、君たちがメメントスでみたことあるシャドウを教えてくれないか。それにあわせた任務をシフトに入れるから」

 

「わかった。でも今はそれどころじゃない。怪盗団は全会一致が原則なんだ。いずれ返事する。今は保留でいいか?」

 

 

もちろん、とアキラはうなずいた。これはお互い様である。それに怪盗団に同行することが決定したのだ、現状を把握する必要があるのはアキラの方である。

 

 

さっそく来栖が怪盗団メンバーにアキラの臨時加入を知らせると、TLがにわかに活気づく。リーダーにより事情説明がネット上で行われている間、モルガナが代わりに説明をはじめた。

 

 

「これは責任重大だな。わかった。よろしく頼むよ、ジョーカー?」

 

 

アキラは手をさしのべる。来栖はしっかりと握手を交わした。

 

 

「ところでアキラ、悪魔はどうする?」

 

「そうだな・・・・・・悪魔にとってシャドウが徘徊するメメントスやパレスは格好の餌場だ。僕のマグネタイトで補える上に、好き勝手行動しない、最小限の影響しか与えないレベルの悪魔だけ連れて行くことにするよ。もちろん、僕の一番の相棒だ。信頼してくれていい」

 

『話が早くて助かるぜ。ちなみにどいつなんだ?』

 

「魔獣ミノタウロス、彼にするよ。僕が一番最初に仲魔にした悪魔だ」

 

『えええ!?あの偉そうな牛野郎呼ぶのかよ!あの女の人はだめなのか?』

 

「アエーシュマはだめだ、パレスは個人の精神世界だろ。影響がでかすぎる」

 

『むうう、そういうことなら仕方ねえ。たーだーし!怪盗団の中では、ワガハイが先輩で、アキラは後輩なんだ、そこんとこ、よーくあの牛野郎にいっといてくれ!!』

 

「え、あ、う、うん、わかったけど・・・・・・来栖君、僕のミノタウロスがなにかした?」

 

「ああうん、まあ」

 

「ほんとに?ああもう、なにしたんだよ、ミノタウロス」

 

 

アキラはためいきをついた。

 

 

「ミノタウロスは僕が初めて仲魔にした悪魔だから、いつまでたっても僕を12歳だと思いこんでる節があるんだ。ごめんよ、モルガナ」

 

『ま、まあ、アキラがそんなにいうなら許してやらねえこともねえけど・・・・・・って、え、12?』

 

「12って、6年も前?そんな小さい頃から?」

 

「まあね、悪魔使いにはよくあることさ」

 

 

アキラはなんでもないように笑う。

 

 

「それより、こちらの世界でもパレスの影響で、近づこうとする悪魔が活発化してる。はやいこと怪盗団の仕事をやらなきゃいけないね。新入りとして、精一杯つとめさせてもらうよ。今後ともよろしく」

 


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