女神転生Ⅳ the begin(メガテンⅣ×ペルソナ5) 作:アズマケイ
ぱち、ぱち、ぱち、と乾いた拍手がする。
「きみは、いつかの」
「おめでとう、怪盗サン。やるじゃん」
いつの間にか、アキラによく似た少年が穏やかな笑みをたたえて立っている。
「セラフィムより翼が多いあの天使によく勝ったな」
「・・・・・・あの映像は君が?」
「ああ、役に立ててくれたみたいで助かる」
穏やかな笑みの下は狂いきっていると来栖は知っている。あったかもしれない未来を来栖に見せては、警告をしてくる謎の少年である。人間でもシャドウでもない、悪魔の可能性が高いが来栖の前にしか姿を現さないから正体が全く分からない。ただ格上の存在だということだけはわかる。
来栖が直前に見せられた光景は、繭の女のときとは比べものにならない、陰惨なものだった。蓄音機と化している悪魔人間の賛美歌が車輪の女を叩き起こした。まるで花弁の多い白い花の開花だった。鮮やかな光沢を放つ白い花弁が次々と広がり、オゾマシイ速度で成長し、女を串刺しにする。断末魔の叫びにより車輪の女は成長を遂げ、来栖たちの前に立ちふさがったあの魔人と同じ大きさにまで成長を遂げる。そして、音もなく浮遊し、この品川区のはるか上空に舞い上がったそれは、一気に成長を加速させるのだ。
東京は11月下旬である。至る所でクリスマスに向けた音楽であふれていた。クリスマスソングとして知られるその賛美歌もまた、街中にあふれていた。クリスマス商戦にご熱心な街頭から、繁華街のあちこちから、そしてスマホで音楽を聴いている若者達のイヤホンから。ハンドベルの発表会やピアノの演奏会、ジャズバンドによるアレンジ、いろんな音楽イベントで一度は歌われるような音楽だったから、あふれていた。題名は知らないけれども、一度はどこかで聞いたことがある、そんな音楽だったから、美しい旋律は東京中を満たしていた。その賛美歌は確かに車輪の女に届くのだ。翼のひとつひとつがその音楽によって広がっていく。羽毛のひとつひとつがぶるりと震えて、ゆっくりと拡大し、それに伴い渦を巻いていく。悪魔人間はとうに翼の螺旋に飲まれてもはや車輪のように渦巻く翼の塊の中に取り込まれてしまい、見る影もない。もはや数えることすらできない、すさまじい数の翼が風もないのに震えて、広がり、どんどん車輪のように渦を巻く塊は大きくなっていった。人々の営みにより、もともと星空が見えない空はその翼の塊によって覆い尽くされ、やがては月明かりすら消してしまい、真っ黒な空が広がっていく。翼の先端はとうとう東京中を覆うほどにまで成長し、すべてを覆い尽くしてしまった頃、誰もが突然暗くなった空を見上げるのだ。
突然出現した真っ白な空。それも柔らかそうな羽毛に覆われた塊に覆われた空。驚きばかりが浮かぶ中、ゆったりときらきらと輝く羽が降り注ぎ始める。雪ではない。鳥の羽毛だ。白くて美しい光沢を持った羽である。思わず人々は手を伸ばす。それらが地上に届き始める頃、東京中を阿鼻叫喚が覆い尽くした。羽毛は軽くて柔らかく美しいが、そのひとつひとつが魔人の触媒だった。好奇心から手を伸ばした人々に突き刺さり、食い込んだ。そして悲鳴から発生するマグネタイトを吸引して、本体である魔人はどんどん力を蓄え、大きさを増し、翼から羽毛がどんどん四散していく。人々の叫びを余すことなく食い尽くした白い羽が大地を真っ白く染め上げる頃、東京は白に満ちた。降り積もっていく羽毛がすべてのマグネタイトを奪い尽くし、地上からマグネタイトを供給するものがすべて死に絶える。それでも魔人の成長は止まらない。今度は物質をマグネタイトに変換し、成長していく。無数にうごめく翼を抱える胎児はいつしかその翼の大きさに見合った大きさにまで成長し、まるで少女のような出で立ちに変わっていく。巨大な車輪のように渦を巻く翼によりがくがくとゆれる姿は、まるで拷問用の車輪に括り付けられた女性のようでもある。体が絡め取られ、身動きがとれずに苦心する女性のようにも見えた。それはひたすら、愛おしい弟の名前を呼んでいる。もはやその羽毛の下に解けてしまったというのに、延々と呼び続けていた。
繭の女とはまた違った世界の終わりだった。車輪の女は呪詛と火炎、と言う言葉が聞こえた。
車輪の女は見た目が天使だし、いかにも燃えそうな羽毛に覆われていた。だから来栖がアルセーヌに呪詛と火炎の特大魔法を命じたとき、誰も疑問を呈するものはいなかった。弱点をつかれて炎上する翼を停止させたため、成長速度が遅れて攻撃が緩むのを目視で確認した瞬間から、アキラたちは戦闘を有利に進めることができたのだ。悔しいかな。少年の警告ともとれるデジャヴュの光景がまたしても来栖たちの窮地を救ってくれたのである。
「俺の見込んだとおりの男で安心したぜ、怪盗サン」
来栖は眉を寄せる。初めて会ったときから、この少年はこちらを試すような言動が目立つのだ。
「君はいったい」
「あとはその理不尽なゲームの勝者になってから、ってことにしようぜ。お楽しみは最後にとっといた方がいいだろ?」
くつりと少年は笑う。
「脱獄の報酬は払えよ、アルセーヌ」
突如、来栖の中からアルセーヌが出現する。少年から主を守るように立ちふさがったアルセーヌは、高笑いした。炎のように揺らめく仮面の向こう側からは、間違いなく怒りが浮かんでいる。
「ああ、もちろん。貴様らの命もらい受ける」
「楽しみにしてるぜ、来栖暁。津木アキラと共に俺達を殺しに来いよ。そしたら、××の魂、返してやるって伝えろ」
にやりと笑った少年は姿を消した。
「どうしたんだい、暁。ぼうっとして」
「時々こうなるんだよ、暁は。なあ、今度は何考えてたんだ?」
心配そうにのぞき込む二人がいる。なんでもない、と来栖は首を振る。
遠くから、ツギハギ達の部隊が突入してくるのが見えた。
「なあ、アキラ」
「なんだい?」
「××ってだれかわかるか?」
アキラの表情が凍り付く。アキラ?と問いかけるより先に、取り乱したアキラに詰問される方が先だった。
「暁、どうしてその名前を!?」
「さっき、あの少年がまた現れたんだ」
「あのって、あの繭の女を教えてくれたって言う?」
「ああ」
「そいつがいったのか?××さんって」
「そいつの魂を返してやるから、俺達を殺しにこいって」
「殺し・・・?!」
「穏やかじゃねーな?そいついったい何者なんだ」
「分からない。ただシャドウでもペルソナでもないし、人間ではない」
「じゃあ、悪魔?」
「わからない。ただ、理不尽なゲームに勝ったら、っていってた」
「理不尽・・・・・・今の状況をいってんのか?どこまでおちょくってんだ、そいつ」
「なるほど、怪盗団としての活動を完遂させないと、会う気はないっていってるんだね。ずいぶんとなめられたもんだな。間違いない、そのナチュラルな上から目線は相当格上の悪魔だよ」
「どうする、アキラ」
「どうするもこうするも、ないよ。怪盗団として勝利することが条件なら、いずれ会うってことだ。そうだろ?」
「よくいったぞ、アキラ。そーだぜ、わざわざ条件にしなくたっていいんだよ、全く」
「アキラ、それで、その、××ってのはいったい?」
「ああごめん、言い忘れてたね。××さんは3年前、行方不明になった悪魔討伐隊の元リーダーなんだ。僕がずっとあこがれてた先輩でもある。その魂をそいつが持ってるなら・・・・・・いや、やめておこう。今考えたって無駄だ」
「アキラ」
「今は怪盗団のことに集中しよう、暁」
「無理するなよ」
「ありがとう。耐えられなくなったら、またドライブにつきあってくれ」
「ああ」
「今は帰ろう。ツギハギさんに怒られる仕事がまだ残ってる」
いこう、とさしのべられた手を来栖はとる。モルガナは黒猫の姿に戻り、来栖の鞄に収まったのだった。