女神転生Ⅳ the begin(メガテンⅣ×ペルソナ5)   作:アズマケイ

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車輪の女②

大聖堂の周りを囲う塀をよじ登り、真っ白な建物の周りに施されたきれいな装飾をよじ登る。塀の遙か下には、二人一組で歩いている真っ白なローブを着た教徒とおぼしき人間がみえた。アキラは苦い顔をする。どうしたんだ、ときいた来栖に、アキラは腕にある端末を渡してくる。

 

そこには悪魔が表示されていた。

 

アークエンジェル

 

下級第二位に位置する天使。なお、天使の階級は天使と大天使にわかれるもの、さらに細かく分かれるものとに分類される。前者は名前のある有名な天使はすべて大天使とされ、それ以外はすべて天使という位置づけだった。しかし、後の世でつくられた分類では、大天使というくくりでしかなかった天使がさらに細かく分けられた階級に割り当てられたため、役職と地位が矛盾している。そのためどういった解釈がなされるのかで今でも議論がわかれている。ミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエルの四人ももとは大天使(アークエンジェル)であった。アークエンジェルの役目でもっとも重要なのは、神の意志を使者として伝えるということである。いわば人間と神の意志を使者として伝えるということである。いわば人間と神の間の橋渡し的存在であり、天国における戦士であり、悪魔たちや身の軍勢と戦う際にはアークエンジェルらが点の軍勢を率いた。

 

「ここまでメメントスが浸食しちまってるんだ。まともな人間はいないって考えた方がよさそうだぜ」

 

「倒すか?」

 

「いや、やめておこう」

 

アキラは不安げにあたりを見渡す。

 

「賛美歌が聞こえないか?」

 

「賛美歌?」

 

「なにも聞こえないけど」

 

アキラは唇をかむ。

 

「アキラは聞こえるのか」

 

「ああ、聞こえるよ。おかしいな、あのときは聞こえなかったのに、どうして」

 

「落ち着け、アキラ。どっちから?」

 

「あっち」

 

指さす先には、おそらくミサを開くと思われる大聖堂の一番大きな建物が見える。ステンドグラスがみえるから、様子をうかがうことはできそうだ。大聖堂の見張りは異様なほど厳重である。メメントスに取り込まれたことで、シャドウが出現し、そこにつられてやってくる悪魔を警戒しているのか。それともシャドウという最上級のマグネタイトの塊を補給するために目を光らせているのか。さすがにそこまではわからない。これまで培ってきた怪盗団としての経験則から、見つからないルートを的確に見つけ出し、アキラたちは目的地を目指す。やがて大きな鐘が設置されているメインの建物の死角になるところに入り込んだふたりは、そっと中の様子をうかがった。

 

ステンドグラスは、文字を読めない人々に信仰を伝えるために設置されているため、モチーフとなる神話がわからないと意味がわからないただのきれいなガラス細工の作品に過ぎない。だが厳格にわけられた色、描かれている花ひとつに込められた意味、そういったものをひとつひとつ拾い上げていくことで、同じガラス細工でも受け取る情報はすさまじいものとなる。かつてそういった環境にいたためだろうか、アキラは置かれているステンドグラスの意味をひとつひとつ読み取ることができているようだ。聖書の有名な一場面が多いのだが、そのうち1つを見て、アキラは歩みを止めた。

 

「どうした?」

 

「これだけ違う。初めてみたな、こんなデザイン」

 

幼少期にみた記憶である。8年もたち、あたらしいものが加わったと考えてもいいが、はめ込まれているガラスはほかの作品と古さは変わらないように見える。

 

「これは天使?」

 

「でも羽が黒い」

 

「となりにいるのは女の人だな、これ」

 

「たぶん、ミサ?いろんな人がいるしな、うん。でも、着てる服が」

 

「賛美歌?」

 

「なんでそう思うんだ?」

 

「だって、これ、ここに」

 

アキラが手を伸ばす先にはなにか外国語の言葉が彫られている。英語ではないがアルファベットが使われている。ラテン語だろうか、それとも古い英語圏の言葉だろうか。わからないものの、アキラがいうには見たことがある単語だという。小学生のころ、お姉ちゃんと一緒に行ったミサで配られたひらがなの歌詞がついていた紙にはこの文字があった気がするという。

 

「とりあえず、のぞいてみようぜ」

 

「そうだな」

 

来栖に促され、アキラは立て付けが悪くなっている窓のひとつをあける。ここでようやく来栖とモルガナは女性の歌声を聞いた。アキラがいっていた賛美歌とはこのことだろうか、どうしてアキラにだけ聞こえたのかはわからないものの、背筋が寒くなる歌声だと来栖は思った。ベルベットルームでは、慰問にきているオペラ歌手がスピーカーごしにきれいな旋律を聴かせてくれた。牢獄に押し込められてはいるものの、彼女の歌があることである程度正気を保てている部分はあるのだ。イゴールとの対面はいつも鉄格子ごし、双子の看守は見張り、つめたくて狭い牢獄で、足かせをつけられ、囚人服を着せられている来栖にとっては彼女の歌だけが正常を保ってくれていた。それとはあまりにも落差がある。たしかに美しい旋律だ。だが、こう、心の中が塗りつぶされるような、ざわざわとしたものがこみ上げてくる、そんな不愉快な違和感と同居している、そんな音色だった。アキラはやっぱりすきではないようで、眉を寄せている。モルガナはうーん、と首をひねる。なにがこんなにいやなのか言葉に説明できない。アキラたちは様子をうかがう。

 

「あれは、」

 

「知ってる人か?」

 

「ああ、僕がお姉ちゃんといってた教会で、賛美歌を歌ってた人だ」

 

「じゃあ、やっぱりこっちに越してきたのか」

 

アキラはためいきをついた。

 

「違う、そうじゃない。いっただろ、モルガナ。ここにまともな人間は誰もいないって」

 

「じゃあまさか」

 

「3年前、僕たちの手で倒した悪魔の一人だ。でも、悪魔は本体をたたかないと分霊がたくさん生まれるから正直きりがない。本体が死んでも分霊はしなない。だから、彼女は分霊だと思う。本体は倒したはずだから」

 

「あんなにきれいな人なのにか」

 

「違うぞ、モルガナ。ここにはきれいな人しかいないんだ」

 

「そ、そういわれるとなんか怖くなってきたな」

 

どうやらミサの会場は戦闘が行われたらしい。会場はあらゆるものが破壊され、壊され、そしていろんなものが持ち去られている。おそらくここで悪魔討伐隊の作戦は決行され、誰もいないということはすでにいろんなことが終わったあとなのだ。隊員を見つけることはできないが、別のところにいったのだろうか。いやな予感がよぎるたびにアキラは必死であたりを見渡す。

 

白い独特の形状の衣装に身を包んだロシア人の女が賛美歌を歌っている。ドアが開いた。警備にあたっていた男女が入ってくる。この建物を警備していた幾人も入ってくる。どんどん並んでいく白いローブを着た人々。

だれも何も言わないのがただただ恐ろしかった。そして賛美歌がやむ。

 

そしてアキラと来栖、そしてモルガナは異様な光景を目撃することになる。

 

それは突然ロシア人の女の前に出現した。アキラたちが必死で討伐しようとしていた、魔人が生まれる卵である。白いローブを着た人々はそれをあがめるように恭しく礼をした後、ひとり、またひとり、と囲っていく。ふたたび女が歌い出す。

 

「どくどくいってるぞ、あれ。やばくないか」

 

モルガナは思わず身構える。

 

来栖は強烈なめまいに襲われた。恐ろしいほどの静寂があたりを包む中、巨大な繭が巨大な繭の鼓動がどんどん大きくなり、何かが産声をあげた瞬間が浮かんでしまった。アキラを探してあの巨大な繭を引きずりながら這い回る女がいたことを思い出してしまった。大丈夫か、と心配そうにのぞき込むアキラとモルガナに、気にするなと笑った来栖は冷や汗をぬぐう。その直後だ。

 

強烈な光があたりを包み込む。

 

すべてが白に塗りつぶされる。

 

視界が開ける。

 

「アキラ、どこ、アキラ」

 

「おねえ、ちゃ、」

 

ありし日の姉の声がする。アキラはひどくぐらいついたようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはいびつな天使だった。巨大な車輪に小さな子供が括り付けられているような、そんな姿をしていた。その車輪は壊れているのか、不安定な動きをしていた。子供は底の抜けた壺を抱え、羽の生えた靴をはき、そしてくたびれた服を着ていた。すべての髪が束ねられているが、その不安定にゆれる車輪のせいで髪は今にもほつれてしまいそうだった。

 

賛美歌が鳴り響いている。

 

車輪に見えたそれが動き始めると、すぐに車輪ではないと来栖たちは理解する。それは白い羽毛で覆われた塊のようだった。よく見ると、巨大な塊の中で膨大な数の翼が螺旋のように渦巻いているのがわかる。翼の大きさはまちまちで、数メートルのものもあれば、数センチのものもある。共通しているのは、すべてが白く輝く光沢に覆われているということだ。とても柔らかくしなやかな翼は、折り重なり、とぐろを巻き、その塊の中心には胎児のように体を丸めた人間のようなものがいる。すべての翼はその人間のようなものの脊椎から生えていた。

 

「アキラ」

 

十代の少女の声が教会の大聖堂に響き渡る。

 

「おねえ、ちゃ」

 

ぶわりと光が舞った。いや、羽毛が舞った。きらきらと粒子のように広がった羽毛があたりに四散する。来栖は鳥肌がたった。アキラの声にあの塊は反応している。アキラの声が聞こえたのだろうか、隣にいる自分がかろうじて拾えるレベルのつぶやきだったのに。あきらかに塊から生えている羽毛が反応した。新しい翼が生え、羽毛が成長し、塊が大きくなった。成長したのだ。とっさに来栖はアキラの口をふさいだ。

 

賛美歌が響いている。

 

翼で覆われた塊は何も音を発しないが、賛美歌、アキラの声、それらに反応してどんどん大きくなっているのが分かる。やがて賛美歌をオルゴールのように延々垂れ流し続けていた、奇妙な衣装に身を包んだ目が死んでいるロシア人の女性が、その塊と隣接するまで成長してしまう。大きくなった翼が女性を飲み込んでいく様子を来栖たちは見ていることしかできなかった。彼女は三年前アキラたちが倒した、人間から悪魔に変異した悪魔人間なのだという。本体はすでに死んでいるから分霊である。はじめから助ける気などみじんもないアキラの冷酷さにぞっとしながら、目の前で展開されるオゾマシイ悪魔の誕生を目撃することしかできない。見た目は柔らかそうな翼なのに、それはあっというまに女性の体を貫き、突き刺さり、やがて賛美歌は苦痛を伴った断末魔に姿を変えた。翼が成長する速度がさらに速くなる。

 

中央にいる膝を折っている胎児のような塊が目を覚ました。翼の成長が加速する。それは白く輝く光と灼熱の炎を伴った、膨大なマグネタイトによる暴力だった。モルガナが反応することができたのは、あの翼が車輪のように渦を巻いている魔人の誕生をずっと前から予感していたからなのかもしれない。とっさにアキラと来栖の手を引いて転移魔法を叫んだのと、吹き出した灼熱が彼らの頬を焼いたのはほぼ同時だった。あの灼熱の中で無表情のままうずくまっている何かが見えた。

 

「こい、アリラト!」

 

アキラが叫ぶと同時に魔方陣が形成され、巨大な黒い石が出現する。奇妙な彫り物がある黒石は浮遊したまま、アキラたちを守るように鎮座する。

 

教会の壁が豪快に爆ぜる音がする。衝撃で瓦礫が四散し、きれいに整備されていた中庭が一瞬にして、瓦礫の雨に飲まれてしまった。少しだけ遅れて、耳をつんざくような音が響いた。瓦礫が瞬く間に教会の中庭を破壊していく。あっという間に庭園は崩壊し、破裂し、アキラたちを揺らす衝撃がおそってくる。舞い上がる砂埃、土煙で視界は最悪だが、アキラは端末を手放さない。迅速に来栖たちも戦闘態勢に入る。冷静さを失っては何も分からないまま取り込まれる。それだけはわかったのだ。

 

「ありがとな、アキラ。助かったぜ」

 

「いや、お礼を言うのは僕の方だよ。ありがとう、二人とも」

 

「話はあとだ。くるぞ!」

 

来栖の声と同時だった。視界をふさいでいた粉塵が一気に消し飛び、あっという間に見晴らしが良くなる。何もかもが吹き飛ばされ、えぐられた地面しか残らない。先ほどまで様子をうかがっていた建物は見る影もなく、むしろ大きなクレーターが大地をえぐっている。その中心部には、見上げるほどの大きさにまで成長した螺旋に渦巻く翼で覆われた生命体がいる。大聖堂の敷地と近隣住宅の境などもはや分からない。転がった車、東海仕掛けの建物ばかりが目につく。浮遊しているのだろうか、それはゆったりとしたスピードでこちらに近づいてくる。音も何もないというのに、その塊が動くだけであらゆるものが消滅していく。繭の女となにが違うというのだろうか、マグネタイトに物質を変換するという性質は変わっていないというのにこちらの方がオゾマシイのはどうしてだろうか。

 

螺旋を描く翼に覆われ、もはやどこにあるのかすら分からない胎児のような塊は、起床したらしい。明確な意思を持って来栖たちのところに近づいてくる。威圧すら感じるのは気のせいではない。アキラにはかくれんぼをしているのか、早く出ておいでと優しく呼ぶ姉の声が聞こえてくるという。当時17歳だった、女子高生だった、6歳の弟に手を焼く優しいお姉ちゃんのまま、精神が止まっている。時間が止まっている。彼女は目の前の青年がアキラだとはもう判断がつかない。ただお姉ちゃんと呼ぶ声に反応しているのかもしれない。すべては憶測だ。なにせ相手はなにも語らない。自我などない。魔人は死そのものだ。自然現象に自我などない。何も感じていない、感情が一切抜け落ちた声にも関わらず、アキラの脳内はその声がお姉ちゃんだと脳内保管してしまうのだ。実際に聞こえているのが姉によく似たおぞましいなにかなのだという現実を直視するのを拒否している。アキラは心臓が暴れ回っている。

 

「来てくれ!アエーシュマ、アリラト、ミノタウロス!」

 

今のアキラにできるのは、来栖たちと共にこのおぞましい天使を倒すことだけだった。悪魔召喚プログラムが起動し、鮮やかな光を放ちながら、突如空中に魔方陣が形成され、そこからアキラの仲魔が召還される。アキラの使役する悪魔はこわいやつばっかりだと茶化されたのは今に始まったことではない。8年前からアキラにとって天使に名を連ねるすべては敵なのだ。迅速な行動は経験故だ。アリラトによる能力強化の魔法が来栖たちにももたらされる。本来あるべき能力を大幅に強化し、それを補強する回復魔法がかけられる。来栖もモルガナも悪魔使いとしてのアキラと戦いを共にするのは初めてだった。補助に特化していると自称するだけはある。アキラは後方支援に徹する気のようだ。今の状態では激情が先に来て戦えないという判断からだろうか、あのオゾマシイ姿から姉の魂を解放してやりたいと願うのはほかならぬアキラだというのに。来栖はペルソナを呼ぶ。アキラがそのつもりなら、来栖は代わりにあの天使を討つだけだ。アエーシュマたちから取得したという魔法砲台と化すための詠唱を始めたアキラとアエーシュマの支援を期待しつつ、来栖は短刀を振りかざす。モルガナと来栖は翼の車輪を回す女に攻撃を仕掛けた。

 

それはさながら死の舞踏だった。渦を巻き襲いかかってくる翼を避け、取り込もうとしてくる翼を避け、無数の羽毛に阻まれている本体が姿を現すのを懸命に待つ。ペルソナにより強化された身体能力に、アキラとアキラの仲魔により重ねがけされた強化魔法により、拮抗できていた。翼は来栖たちが攻撃することにより発生する音により成長を加速させているようだった。次第に攻撃のスピードが加速しており、一定の動作をくりかえす自我のなさがかろうじて回避を可能にしていた。万が一、この魔人が悪魔として人格を獲得するまでに成長していたら間違いなく手に負えなくなる。今のうちに殺す必要があるのだ。なにがなんでも。それがせめてもの手向けだった。

 

来栖は跳躍した。その戦闘における初めての前進だった。力をためたことにより、一時的に爆発的な加速を可能にする。機械的なルーチンで最小限のロスで攻撃を避け、アルセーヌを呼ぶ。

 

「こい、アルセーヌ!エイガオン!」

 


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