女神転生Ⅳ the begin(メガテンⅣ×ペルソナ5)   作:アズマケイ

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コープ終盤

「残念なお知らせだよ、暁」

 

アキラの声が暗い。

 

「どうしたんだ、アキラ」

 

「ツギハギさんにばれた」

 

「えっ、繭の女が?」

 

「いや、違うな。僕たちが追いかけてた魔人の卵がツギハギさんたちのところにまで情報があがっちゃったみたいでね、対策本部がたてられることになったんだ」

 

「えっ」

 

「案の定、僕は担当をはずされたよ」

 

「アキラの姉が繭の女の本体だって、誰も知らないんだろ?なのにか?」

 

「お姉ちゃんの方じゃない」

 

「まさか、シュバルツバースの?」

 

「ああ、天使の眷属になっちゃってる父さんと母さんの方だ。二人ともマスコミに顔出したことあるからすぐ身元が割れちゃった。どうやら、今、繭は品川の大聖堂にあるらしくてね」

 

「ケイの両親が通ってたあの教会か」

 

「うん、そうだよ。どうやら3年前に本部を壊滅してから、行方不明になってる幹部の一部が入り込んでるみたいだ。さすがに入れてもらえなかった。これでも直談判したんだけどな。おかげでまた休みたくもないのに休暇をもらったよ。どうしようかな」

 

ためいきしかでてこないアキラは、どこか投げやり気味になっている。繭の女の誕生を阻止しろという謎の少年の助言通り、ダメージを与える方法を把握し着実に攻略していたはずなのだが、失敗続きである。物質世界のものを問答無用でマグネタイトに変換する黒い液体が噴出する前にすべてを燃やし尽くさなければならないのだが、来栖とアキラのペルソナ、悪魔、そして銃火器では火力がぜんぜん足りないらしい。実力不足を痛感しているアキラは、寝る間も惜しんで任務やアルバイトをシフトに入れ、少しでも強い悪魔を手にするために懸命なのを来栖はつぶさに見てきた。さすがに無理をしすぎているときは止めた。それがアキラが求めていることだと知っているから。来栖がアキラを見放したが最後、アキラは焦燥のあまり地獄の業火を求めて強力な悪魔と自身を生け贄に邪教の館で悪魔合体の儀式を執り行いかねないのである。どうもアキラの先走る焦燥の正体は感情から発生するマグネタイトから使役する悪魔に垂れ流されているようで、強かな者はアキラをそそのかすようなそぶりを見せてはミノタウロスに睨まれてスマホに戻っていく。我が主を頼んだぞとミノタウロスにいわれてしまっては、ますますアキラから目が離せない来栖である。

 

「追い出されたのか」

 

「まあ似たようなものだよ。独身寮だとみんなの動きがわかっちゃうからね。それに後からついて行きかねない。ああもう、なんで筒抜けなんだろう、僕の行動パターン」

 

「どれくらい?」

 

「休暇?」

 

「ああ」

 

「二週間くらいかな」

 

「長いな」

 

「でしょ?やんなるよ全く。今度はちゃんと遊べよだってさ、くっそう」

 

ツギハギに釘をさされた時のことを思い出したのか、アキラは悔しそうだ。あんなんだから未だに独身なんだよ、と不満をぼやくアキラに、来栖はカレンダーをみながらいった。

 

「またあのクリニックに行くのか?」

 

「んー、どうしようかな。さすがにまた休みだとおじいちゃんたちを心配させちゃうかなーと思ってね。ホテルかな、高くつくけど」

 

「うちにくるか?」

 

「え、ルブラン?」

 

「ソファでよかったら貸す」

 

「ほんとに?それは助かるな、いちいち車で迎えにいく手間が省けてありがたいよ。でもいいのかい?佐倉さんにいわなくて」

 

「大丈夫、たぶん」

 

「あはは、期待しないで待ってるよ。だめだったら滝水さんのところにでも転がり込もうかなって思ってるんだ。退院したらしくてね、進捗が聞きたいらしい」

 

「女子高生がいるから?」

 

「うるさいな」

 

「たしかにケイは美人だけど、一般人だろ」

 

「でも悪魔について理解があるのは得点たかいよ、僕的に」

 

「やっぱり女子高生だから?」

 

「だから違うって。あ、そうか。もしかして狙ってる?」

 

「なぜわかった」

「年上趣味じゃなかったのか!これは大ニュースだ。他のメンバーに知らせないと」

 

「おいバカやめろ」

 

「あはは、冗談冗談。それじゃあ、学校がんばって」

 

「ああ、ありがとう。今日はどうするんだ、アキラ?」

 

「ん、今日はいつも通りフロリダでアルバイトでもしようと思ってね」

 

「わかった。学校が終わったらすぐにいく」

 

「ありがとう、待ってるよ」

 

スマホを切った来栖の足下でうろうろしていたモルガナが近くの棚からテーブルによじ登り、学生鞄の中にすっぽりと収まる。

 

「ってことはアキラ、今日からうちに泊まるんだよな?」

 

「そうだな」

 

「やったぜ、お土産は寿司にしてくれってメッセ送れよ、暁!」

 

回らない方の寿司の差し入れを持ってきてくれるのは、たいてい給料日なのだと覚えてしまったモルガナはご機嫌だ。ケイと知り合ってからもう1ヶ月以上たっていることを思いだし、時間がたつ早さを自覚する。滝水が退院できるほどなのだから、当然といえば当然だ。

 

 

滝水の家に二週間もいればきっとアキラとケイは仲良くなるだろう。もともと彼女がほしいといってはばからないアキラである。悪魔に関する理解がないと仕事について明かすことができない。一般人にたいするハードルの高さは、ケイははじめから低くなっているのだ。さすがにそれは難敵すぎるからやめて欲しい。

 

 

まして、暁やモルガナが止めているからまだ人間でいられる、なんてこぼすアキラである。コカクチョウにいずれ変異する運命にあり、それに抵抗するか受け入れるかの二つの道に思い悩むケイと共にいたら、もしかしたら、がよぎってしまうのだ。さすがに仲間が悪魔になるのは寝覚めが悪すぎる。アキラにはせめて自分が東京にいる間は人間でいてもらいたい。

 

 

悪魔は変化しない生き物なのだという。成長しない、変化しない、人間と契約することでより強い存在に変化することもあるがあくまで人間との関係ありきのイレギュラー。そしてより強い存在への渇望は本能であり、悪魔同士で合体という邪教により強い存在に生まれ変わることもまた肯定される、力ありきの世界だという。もしアキラが悪魔になったら、永遠に今の精神のまま年も取らずにずっとそこにあり続けることになる。それはなんとなくいやだった。生きることは変わり続けることだ。まだアキラがこちら側の世界に未練があり、その楔のひとつが怪盗団というのなら、来栖は邪魔する気しかないのだ。

 

階段を下りていくと天気予報が聞こえる。どうやら今日は不安定な天気のようだ。

 

「おはよう」

 

「おう、今日は早いな」

 

「着信に起こされた」

 

「あっはっは、また遊びの誘いか?人気者はつらいな、色男」

 

「残念だけど男」

 

「お、どいつだ?」

 

「暁」

 

「へえ、久しぶりだな。なんだって?」

 

「急な休みが取れたけど金がないんだって」

 

「ほお、警備会社ってのは大変だな。薄給なのに最近物騒だからろくに休みもとれねえっていってたもんな、こないだ。やっととれた休みだ、用心棒ってことで泊めてやってもいいぞ。好きなだけ泊まってけ」

 

「ありがとう」

 

「ただし金は払わせるなよ、こないだ断りそびれちまったからな」

 

初めてアキラが家にきたとき、1日ルブランの来栖の部屋でゲームをしたり、マンガを読んだりしながら晩ご飯までご馳走したことがある。門限の関係で夜遅くまでいられなかったものの、祐介たちがわりとそのコースをたどるので、すでに夕飯の仕込みに入っていたら遠慮されたときのことを思い出したらしい。佐倉と来栖に押し切られる形でご飯をご馳走になったアキラは、社会人にもなってなにも出さないのは、と思ったのかこっそりテーブルにカレーセットの代金をおいて帰ってのである。来栖の友達からお金は受け取れない、と来栖にわたされたそのお金。そのまま返しても受け取ってくれないだろう、というわけでミリタリーショップで購入した新規装備品の足しになった。アキラはなにも知らないけれど、返ってきているのだ。

 

「わかった、そういっとく」

 

「ああ、そうしてくれ。今日からか?」

 

「うん」

 

「よし、じゃあ席に着け。そろそろメシにしよう」

 

「あれ、双葉は?」

 

「好きなアニメの一挙放送とラジオをぶっ続けだからな、まだ寝てるぞ」

 

「そっか、わかった」

 

「今日は雨降るかもしれねえ、傘もってけよ」

 

「わかった」

 

「なーなー、暁。もっとでっかい傘買おうぜ?ワガハイ濡れちまう」

 

「はいはい、おまえの分は今用意してやるよ」

 

テーブル席に着いた隣のイスによじ登るモルガナに佐倉は笑いながら返事をする。ちがうんだけどな、とにやにやしながら、ご飯は楽しみなようでモルガナはご機嫌だ。

 

「お金はいらねーから、寿司にしようぜ、寿司!食べ物なら返せないしな!」

 

「そればっかだな、モルガナ」

 

「いいじゃねーか!元はといえば、ワガハイ留守番してる間に寿司食ってくるおまえ等がわるい!お土産もねーし!」

 

「だからごめんって」

 

「だめだな、誠意は形が重要だぞ、ジョーカー。だから今すぐアキラに寿司をねだるんだ!」

 

「おいおい、いつまでスマホさわってんだ。メシの時くらいおいとけ。おめーもにゃーにゃーうるせえんだよ、静かにしろ」

 

「なんでワガハイまで」

 

不満げに鳴くモルガナに、ほんとうに言ってることがわかってるような返事をする、賢い猫だと佐倉は感心したようにつぶやく。その言葉にちょっと機嫌がよくなったモルガナは皿の上のに食らいつく。猫じゃねーけどな、の言葉に説得力は皆無である。

 

ちなみに、来栖が出したメールの返信にはそこそこ値段が張りそうなお寿司が添付されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『来栖君、悪魔討伐のアルバイト、いつごろ行ける?』

 

『今忙しいんだ、ごめん』

 

『わかった。じゃあ、来月にしよう。シフト期限金曜だからそれまでによろしく』

 

『了解』

 

来栖の予定は早めに予約しておかないと、あっというまに先約で一杯になってしまう。優先順位は女性陣、怪盗お願いチャンネルのクエスト、多すぎる趣味、そして男性陣。女性、とりわけ怪盗団の活動に重要な人物だとかこつけて、連日連夜いろんな年上の女性と会っているとは竜司のタレコミだ。誰が本命だ、とモルガナがちゃちゃを入れても、さあ?と笑うだけでなにもいわないものだから、彼らの間では来栖は女好きという暗黙の了解が生まれていた。こっちが策を講じないと平気で放置を決め込む厄介な友人に、祐介や竜司は寝る寸前を見計らって、嫌がらせのようなタイミングで遊ぶ約束をぶっ込むそうだ。数日続けばたいていは音を上げた来栖が渋々応じてくれるという。アキラもそうした方がいい、と提案されたが、今のところ実行したことはなかった。

 

 

 

アキラが来栖にメッセージを送るのは、悪魔討伐のアルバイトの日だ。怪盗団の実力をみるにはリーダーである来栖に相談した方がいいとの判断である。悪魔討伐のちょっと危険なアルバイトの誘いをしたとき、夕方から夜にかけて時間が拘束されるから、真っ先に予定を入れる。だから1ヶ月前に決めてしまおうと提案したのは他ならぬ来栖だ。もちろんアキラはそのやる気を感じて快諾した。定期的に怪盗団のペルソナの成長具合を確認するには、毎日会うより期間をおいた方がいい。怪盗団がもっとスケールの大きい巨悪を求めており、その情報ルートとして悪魔討伐隊であるアキラを期待しているのは知っている。なら、それに答えるのが筋というものだ。

 

 

なんとなくメッセージのやりとりと眺めてみる。代わり映えのしない内容だ。アルバイトの内容、待ち合わせ、依頼人、参加するメンバー、打ち合わせ、交わす回数こそ多いが怪盗団と協力者のやりとりだ。そういうスタンスなんだから今更である。

 

とはいえ、さすがになんとなくルブランに顔を出しただけで驚かれたのはショックだったアキラである。3年前のあの日から、仲のよかった同僚、もしくは30以下の若い先輩たちは半分以下になってしまった。仕事の量は変わらないのに人員は増える気配がない。当然仕事に忙殺される。ただでさえ、かつての同級生たちと会う機会に恵まれない特殊な仕事だ。もう2年もたつと大学に進学した友達とは話題が会わなくなってしまうし、高卒組と遊ぶ機会があっても気を張っていないと世間との接触が寸断されて数ヶ月がざらな仕事だ。おいてきぼりを食らってばかりいる。話すにしても特殊すぎて話すに話せない。自然と交流は減ってしまい、たまに予定があった友達、オフが重なった同僚と遊ぶくらいだった。

 

せっかく悪魔について知っている子たちと知り合ったのだ。いつまで怪盗団をするのかはしらないが、もうちょっと仲良くなってもいいかもしれない。たまには誘ってみるか、とスマホを眺める。

 

『ついでに空いてる日、教えて。どっか行こう、みんなで』

 

そういえば最近遠くにいってないなあ、と思いながら愛車を添付する。なんとなくノリで投げたメッセージである。ものの数秒で既読がつく。反応はやいなあ、と笑っていたアキラはまさかの電話に戸惑いを隠せない。え、何で電話、と動揺するアキラに、当たり前だろ、と来栖はうれしそうに笑った。

 

「大げさすぎるだろ、来栖君」

 

「どこがだよ。タイムラインは見てるのに反応ないし。映画とか、遊びにいったとか、ぜんぜん食いついてこないから、興味ないのかと思ってた」

 

「いや、反応してるだろ」

 

「アキラもいきたいって?いったことないだろ。どっか行こうって今日が初めてだ」

 

「あのさ、仕方ないだろ、気軽に遊べないのは。僕の仕事はシフト制だし、悪魔が出たら非番だってすぐ動員かかるんだ。振り替えなんて死んでるし」

 

「俺たちがパレスを消したらオフの日も長くなるっていったのは、アキラだろ。でも反応ないだろ、いつも最後にちょっと顔出すだけだし」

 

「君たちのやりとりが面白いから、つい読んじゃうんだよね。というか、タイムラインの流れが早すぎるんだよ。追いかけてるだけでもう話終わってるし。明らかに授業中にやってるだろ」

 

「あれで早いとかアキラ、ほんとに18?」

 

「う、うるさいなあ。僕以外はみんなガラケー世代のおっさんばっかりなんだよ!だいたい寮の電波が死んでるんだ、察して」

 

「え、今、寮からしてる?俺たちが来たとき、圏外だったけど」

 

「当たり前だろ、部外者が気軽にスマホ使える部隊がどこにいるんだ。僕たちの敵はスマホ使って悪魔召喚するんだよ?」

 

「あ、そっか」

 

「たまにそういうとこ抜けてるよね、来栖君て」

 

「うるさいな」

 

すねたようにつぶやく来栖にアキラは笑う。

 

「じゃ、みんなの空いてる日、聞いといてくれるかな、来栖君。僕の車でどっかいこう」

 

「せっかくだから遠くがいいな」

 

「残念ながら僕は東京から出られないよ」

 

「任務が入るから?」

 

「緊急のね」

 

「ターミナルは首都圏にしかないのか?」

 

「え?うーん、さすがに主要都市にはある気がするけど。えー、やだな。なんで女の子じゃなくて男の子乗せないといけないんだよ」

 

「惣治郎さんと同じこというんだな、アキラ」

 

「え、ほんとに?心外だなあ、あの人昔は結構遊んでたってフロリダのマスターいってたよ。人のこといえないだろ、来栖君。君だって噂はかねがね聞いてるよ?」

 

「竜司か?祐介か?」

 

「早いね、察するの」

 

「どっち?」

 

「どっちもかな。だいたいさ、僕のやってる仕事考えてよ。女の子と会う機会が壊滅的に少ない上に、一般人の恋人作るの絶望的な職場だからね?ああもう、いっそのこと悪魔の恋人でもつくるかなあ」

 

「それだけはやめとけ」

 

「君にだけはいわれたくないかな」

 

「アキラって恋人ほしいんだ?」

 

「できたらね。楽しいなとは思うよ、想像だけど」

 

「いってて悲しくないか?」

 

「うるさいなあ」

 

「アキラ」

 

「なんだよ」

 

「今度のオフはいつだっけ」

 

「嫌味?二週間は暇だよ」

 

「暇?」

 

「暇」

 

「なら、さっきの話、どこいくか考えとく。あとでメッセ送るな」

 

「あ、まじな流れだこれ。わかった、ターミナルどこにあるか調べておくよ」

 

「ああ、よろしく」

 

 

一度支部に帰還した理由を聞いたツギハギに笑われ、バツ悪そうにアキラはほほをかいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんとに人が住むところなのか、ここ」

 

「今はましな方だよ。きたばっかのころはもっとすごかった」

 

 

写メをみせてくれた来栖にアキラは思わず二度見した。完全なる物置である。保護観察を請け負う人間は事前に調査が入ると思うのだが、そうではないのだろうか。

 

 

「何日かかったっけ、モルガナ」

 

「んー、3日くらいかかってないか?」

 

「3日?!」

 

「ほんと屋根裏のゴミ屋敷だったんだぜ、ここ。あっちに全部押し込んであるけど、それが全体に広がってた感じだからな。ワガハイが来たときは粗方片づいて、使えそうな者を引っ張ってくる作業してたけど」

 

「最初は一日かかったんだ、惣治郎さん手伝ってくれなかった」

 

「ほんと最初は暁に風当たりきつかったよなあ」

 

「まあ、知り合ったばかりだったし、よく知らなかったしな」

 

「お疲れさま、っていった方がいい?」

 

「いや、いいよ。今はそれなりに居心地よくなってるし」

 

「住めば都?」

 

「まあな」

 

 

今でも十分雑多な部屋である。潔癖性の人間なら発狂しそうな部屋だ。さいわいアキラは12の時から隊長の津木と二人暮らし、18からは独身寮で男だらけの共同部屋である。お世辞にもきれいとは言い難い環境で育ってきたつもりだが、そんなアキラでもヒドいといわせるような部屋だった。

 

 

光源は2つの裸の豆電球のみ。階段を上がってすぐ飛び込んでくるのは年季の入った棚。両親からの仕送りがつめこんである巨大な段ボールが雑に押し込まれていて、埃がかぶらないようにタオルがかけられていた。スペースを確保するために押し込んだものは、階段の向こうにある渡り廊下の先の物置にぶちこまれている。自転車、梯子、棚、ぼろぼろのさび付いた棒、いろんなものがほこりをかぶっている。ここに移動させることからはじまったようだ。私物が入った棚の向こうは地デジ対応のブラウン管テレビ、レトロゲームがつないである。

 

 

そしてぼろぼろのシミだらけのソファ。ピッキングツールなどのメメントスで欠かせないアイテムを生成する。作業机は工具などが並べられている。そして物置から救出したという観葉植物は、数年放置されていたにも関わらず生きていたという。ないよりはましということで、唯一の緑だった。そしてその両脇には棚、棚、棚。怪盗団の仲間、あるいは利害関係が一致した協力者との思い出がつまったものがいろいろ並んでいる。モナリザの彫刻、有名なアニメのフィギュアなどくれた人間がすぐ特定できてしまうのはきっと笑うところ。これはこれで来栖の友好関係を象徴しているようだった。

 

 

「でもさ、来栖君」

 

「ん?」

 

「テレビとかゲームより、もっと買うものがあるだろ」

 

 

とりあえず、近くにあったベットに座ったアキラはあまりの感覚の落差におどろく。

 

 

「よく寝られるな、こんなとこで」

 

「ああ、ベッド?」

 

「ベッドですらないだろ、これ。モルガナもよく寝られるね」

 

「ワガハイは暁の上にのっかるからな」

 

「今の時期だとあったかいんだ、モルガナ」

 

「あはは、カイロ代わり?それにしたって寝返り打てないだろこれ、痛そう」

 

「案外そうでもないよ?」

 

「いろんな意味で尊敬するよ、来栖君。ソファという選択肢はないのか」

 

「だって足伸ばせないし」

 

「いや、そうだけどさ、うーん」

 

 

酒瓶を運ぶプラスチックケースをひっくり返して敷き詰め、その上からベッドマットをひき、上からシーツをかけただけ。簡易ベットだってもう少し寝心地がいいだろう。びっくりするほど固いそれはベットというにはあんまりな寝床だった。アキラの反応も部屋に人を招くたびみてきた反応なのだろう、来栖は特に気にする様子はない。ああまたか、そんな声すら聞こえてきそうだ。かったいなあ、とぺしぺし叩いているアキラに来栖は笑う。

 

 

「まあなれたよ」

 

「そっか、まあ、来栖君がいいなら僕は何もいわないけどさ。東京の冬はほんと寒い。悪いこといわないから、ストーブだけは用意してもらいなよ」

 

「そんなに寒いのか、東京って」

 

「あー、モルガナも来栖君も東京の冬は初体験か。結構冷えるよ、こういうとこだとなおさらね。寒すぎて目が覚めちゃうんじゃない?」

 

「うげ、そんなに寒いのか」

 

「電気ストーブじゃたりない?」

 

「無理無理、外と気温が変わんなくなるよ、きっと。せめて石油ストーブつかいなよ、暖房ないんだからさ」

 

「夏は暑すぎて死にそうだったけど、今度は寒すぎて死にそうになるのか・・・・・・暁、今回はちゃんと用意しようぜ」

 

「ああ、やすいの探してみる」

 

「リーダーが体調崩して寝込むとか大変なことになるからほんと頼むよ、来栖君」

 

「ああ、そうする」

 

「うん、そうしてくれ。リーダーが倒れちゃ大変だ」

 

 

みんなそういうんだな、と来栖は思う。訳ありで副業をやっている女担任も、来栖の部屋をみて驚いていた。食生活、生活環境、いろんなものが不安にさせるようで、家事代行サービスのはずなのにまるで母親のようなことまで口に出し始めている。さすがにちょっと辟易しはじめていた来栖である。無意識に伸びた手が髪の毛をいじった。

 

 

「もしアテがないなら、寮からもってこようか、ストーブ」

 

「うん、探してなかったらよろしく」

 

「わかった」

 

「じゃあ準備するか」

 

「ああ」

 

「坂本君たちは?」

 

「祐介と買い出しにいってる」

 

「じゃあ遅くなりそうだね」

 

「だな、たぶん歩いてくる」

 

「電車賃浮かせてアイスでも買う?」

 

「いや、じゃがりこだと思う」

 

「だよね」

 

 

いつだって竜司や杏からの差し入れのコンビニ袋から、真っ先にじゃがりこはなくなっていく。無限じゃがりことか、CMでやってた食べ方をやってるあたり、祐介が好きなのはみんなわかっているのでわざわざ買ってくるのだ。今回はあとから割り勘になるだろうから、買い出しに出かけた祐介はすきなものをどんどこ詰め込んでくるに違いない。祐介だけなら心配だが、竜司も一緒だ。そういうところはきっちりしていることに定評がある彼がいるなら安心して任せることができる。

 

 

「まさかブラウン管テレビを見るとは思わなかったよ」

 

「向かいの店で売ってたんだ」

 

「まじか。すごいなあ」

 

 

レトロゲーム機をどけ、DVDプレイヤーを引っ張り出す。端子に接続し始めた来栖の横で、アキラは借りてきたDVDを並べる。どんな映画なんだ、とアキラの背中によじ登ってくる。うわ、とくすぐったいのか首をすくませたアキラは、モルガナを降ろそうと手を伸ばす。不満げに鳴いたモルガナは反対側に飛び乗った。そのうち諦めた彼は後ろに書いてあるあらすじを読み上げ始める。どれも面白そうだなあ、とモルガナはしっぽを揺らしながら待っている。できた、という声に振り返る。

 

 

「どうする?一応みれるか確認する?」

 

「ブルーレイじゃないだろ?」

 

「もちろん」

 

「ならいいよ。たまに映画みるけどばぐったことはないし」

 

「そっか、ならいいか」

 

「さーせっかくの映画観賞だ、どれみる?」

 

「あ、もうみていいんだ」

 

「メッセ来たけどまだかかるみたいだし」

 

「わかった」

 

 

 

 

 

 


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