女神転生Ⅳ the begin(メガテンⅣ×ペルソナ5) 作:アズマケイ
魔人を孕んだ黒い球体が繭の女を産み落とすまで、秒読み段階に入っている。謎の少年から受け取った悪魔のデータはただちに松田に送られ、解析が行われた。謎の少年の忠告どおり、繭の女の弱点は火炎と銃撃。体力が減ると近くにいる物質を無理やりマグネタイトに変換し、様々なマグネタイトがとけこんだスープの中に溶解させる呪詛を放ってくる。その対象は生命体ならば全てが対象であり、万が一仕留め損なったら待っているのは悪魔の存在が世間に知られてしまうレベルの甚大な被害が予想された。なにがなんでも黒い球体の時点で屠る必要がある。そのためには黒い球体がターンことに弱点が変更され、それ以外は吸収してしまう能力が最大の難関となった。アキラたちが討伐に失敗すればいずれ人は繭の女の餌食になり、死の気配によってきた魔人たちが湧き出す危険エリアとなるらしい。謎の少年の話を聞いたアキラは血相変えた。もともと魔人は満月のみ恐ろしい低さの確率で出現する悪魔なのだ。ただでさえ途方もなく強く、すぐに復活する。そんな悪魔の出現が常態化などおぞましい現実が待ち受けていると想像するのは容易い。松田にいわせれば死そのものが跋扈する世界などわずかな可能性だろうが摘み取らなければならない。アキラは謎の少年から受け取ったデータから新しくアプリをもらい、探知できる機能を追加した。そして来栖とともに黒い球体が出現した場所にいそいだのである。
送られてきたデータを入力する。アキラは未踏の地であるターミナルに転送された。転送完了の電子音が聞こえる。立て付けの悪い扉を開くと、真正面には機械が鎮座していた。悪魔の姿は見えない。
低いコンピュータの唸る音が響いている。静寂が支配する薄暗いこの空間ではやけに響いた。あたりを警戒しながら、電源を探る。ターミナルにほど近いところにスイッチがあった。あたりが一様に明るくなる。コンピュータの前には大きなモニタが設置され、電源が復旧したことでスイッチが入ったらしい。砂嵐のあと、ノイズ混じりの映像が流れ始めた。引き寄せられるようにアキラは前に経つ。
それはアキラが経験した事件のニュースや新聞、マスメディアの情報を乱雑にまとめた映像だった。
2010年頃から奇怪な事件が立て続けに起こり、猟奇的な殺人事件が多発し、行方不明者が急増する。不穏な、オカルト的な噂が流布しはじめる。震度5以上の大きな揺れがありながら震源地が特定できない奇妙な地震が東京を中心に頻発した。吉祥寺は謎の大災害に巻き込まれ、政府は戒厳令を発動、自衛隊によって封鎖されてしまう。地震はやまない。交通機関は寸断され復旧のめどが立たず、避難命令が出たが輸送手段のめどが立たないのか連絡がない。混乱した人々はSNSや掲示板で情報を求めた。しかし、信憑性ある情報は真っ先に死に、根拠のない無作為な言葉に埋め尽くされていく。そのうち、DDS、通称悪魔召還プログラムと呼ばれるアプリとANS、通称悪魔分析プログラムというアプリが勝手にスマホや携帯、ノートパソコンにダウンロードされる事件が相次ぐ。そして、某国から発射されると一方的な最終通告があった核攻撃、それを防ぐように指示を出すダダノヒトナリ特別顧問がアキラがかつて慕っていた先輩を呼ぶ。アキラが乱入したところで映像は終わっていた。
「悪趣味だな、誰だよこんなの残したのは」
アキラは顔をしかめる。
「内部カメラ使われてないか」
「ああ、うん。たぶん悪魔討伐隊から離脱したグループのアジトだったんだよ、ここ。技術班が抜けちゃうとこうやって情報が抜かれる」
「核兵器って恐ろしい言葉が出てきたような」
「あのときは僕らも死を覚悟したよ。なぜ落ちなかったか、今でもわからない」
「ずいぶんと古い映像が残ってたな。まさか当時の映像が見れるなんて思わなかったぞ、ワガハイ」
「僕もだよ」
「なんかこわいな」
うん、とうなずこうとしたアキラだったが、沈黙したまま、静かに愛刀に手をかける。
「どうしたんだ、アキラ?」
「さがってて、モナ。新手だ」
アキラの視線の先にはいつの間にか消えたモニタ。その鏡状態となった真後ろが映る。ずるりとした液体が溢れてきて、床から黒い塊が湧いてきた。来栖たちは身構える。
「貴方たちもこの世界の苦難から逃れたいのね、かわいそうな人の子よ。死は誰にでも平等にやってくる。さあ、手を取りなさい。私とひとつになればなにも怖くはないわ」
アキラは唇を噛む。来栖は心配でアキラに視線をなげる。繭の女と同じ声だ。恐らくは。
「お姉ちゃんの声で語るな、悪魔風情が」
恐ろしく冷え切った声が響いた。今から生まれ落ちようとしている魔人の声がする。声が響きわたる。黒い球体の真下に魔法陣が形成され、すさまじい殺気を放ってくる悪魔が召還された。
「勝手に決めつけるな」
「そーだぞ!ワガハイたちの人生がどうかなんてワガハイたちがが決めるんだ。お前に決められてたまるか」
「僕は僕の道を切り開くだけだ。悪魔だろうが神だろうが必ず出し抜いてみせる。そのためだったら、なんだって利用してやるさ、たとえ僕の命だろうとね!」
アキラの返事は即答だった。何事も最後まで諦めるな。決して諦めなければ、いつか希望が見える。そして、希望は決して人を見捨てない。先輩と共に行方不明になってしまった特別顧問のダダノヒトナリの言葉だ。今は亡き戦友からの言葉だと聞いていた。いつかアキラに託したいとも言っていた。その理由を知ることは永遠にないが、それでも構わない。
「おあいにくさま、僕は諦めが悪いんだ。少なくても、お前の手を取るかもしれないやつよりはずっと。だからここで死ね」
すさまじい閃光が炸裂する。閃光弾にも似た特大魔法の洗礼を皮切りに、アキラたちの魔人狩り、掃討作戦は始まった。
魔人たちの討伐には半日を要した。
最後の1体を撃破し、黒い球体の弱点をパターン化する方法により攻略したアキラたちはアジトへ帰還する。任務を終えた証として、スマホの写真を提出すると、提示された通りの報酬と貴重な能力アップのお香が支給された。
翌日、同じ依頼がアキラのスマホにやってくる。どうやら取り残しがいたらしい。あらかた掃討したはずなのだが、珍しいこともあるものだ。召集に応じてくれた来栖たちを首を傾げながらも、もう一度シェルター内に再侵入する。黒い繭は平然とした様子でアキラたちの前に立ちふさがる。どうやら同じ個体のようで、アキラに業火でなぶられた憎悪から真っ先に攻撃してきた。少々苦戦しながらもなんとか撃破し、出現場所とおぼしきコンピュータやディスプレイを丁寧に破壊し、ふたたびアキラたちは帰還する。報酬はやや減少したが、復活したデータを提出した分が補填され、全体的には黒字になった。
さらに翌日。
今度こそ、別のクエストを受注しようと試みたアキラだったが、飛び込んできたのは再々調査の依頼である。3度目ともなれば嫌な予感しかしない。案の定、黒い球体が復活したという悲報である。埒があかない。これは一度相談した方がよさそうだ。アキラは来栖たちを呼んだ。さすがに3回も同じ任務が続くとうんざりといった様子の面々だが、討伐が先である。
すっかりなれてしまった討伐のルーチンをこなし、アキラはあたりを見渡した。
「やっぱりどこか別の場所から転送されてるのか?」
「でも回線は見あたんないぜ?」
「回線はすべて切断したはずだよ。転送は考えられない」
「そうだよな。うーん、どう思う?アキラ」
投げられた質問に、アキラはぺたぺたと冷たい機械をさわりながら、考えているから静かにしてくれと告げた。わかった、とうなずいた来栖あたりを見渡す。
「なにを悩んでいるんだ、僕は。よく考えろ。ターミナルはそもそも魔界からエネルギーを供給しているんだぞ。壊したものはもはや選択肢には入らないはずだ。それはわかってる」
アキラは上を見上げる。煌々と電灯があたりを照らしていた。
「暁、モナ」
「なに?」
「なんだ?」
「伏せてろ」
「え?って、おうわっ!?」
おもむろにガラクタを投げつけたことで、火花が散る。ガラスの砕け散る音がして、あたりは一瞬で真っ暗になった。
「ちょ、おい、アキラ、なにしてんだよ!?」
「うるさい、モナ。静かにしてくれ」
「でも・・・・」
「いいから」
悲鳴をあげそうになって、口をふさがれていたモルガナは、ばしばし手をたたく。息を殺す後ろ姿を手探りで探り当て、手を離してくれとのばそうとした。だんだん目が慣れてくる。そのうち、電気が復旧したのか、あたりは明るくなった。モルガナはあわてて来栖から離れる。アキラは我関せずと上を見上げたままだ。
「やっぱりか。本命はこっちだ」
「どういうことだ?アキラ」
「そーだぜ、アキラ。ちょっと教えてくれよ、一人で納得してないでさ」
「黒い球体を復活させてる奴がわかったんだよ。犯人はこいつだ」
アキラがにらむのは電灯だ。疑問符がとぶ2人を後目に、来栖はアキラを見上げる。
「ここの電気はどっからか知ってるか?」
「うーん、そうだな。さすがにそういうことは、本部に聞いた方が早いんじゃないかな。松田さんがターミナルを設置したはずだし」
「じゃあ、聞いてくれ」
「なるべく早く。球体がまた復活しちまう」
「わかった」
アキラは苦笑いして、メールを送る。
10分ほどして、松田から返事がきた。
今から6年ほど前のこと。今はなきメシア教との抗争で劣勢になっていたガイア教の過激派が、封印していた邪神を復活させようとした時の儀式の遺産がまだ生きていることが判明した。このシェルターを管理する自立した独立発電所とコントロールするコンピュータに仕込まれた悪魔召還プログラム。それが諸悪の根元である。発電で得たエネルギーをマグネタイトに変換することで、黒い球体を何度も復活させている。このプログラムにはセキュリティがくまれており、そこにハッキングするウィルスを松田が放ったところである。これから発電所の場所を教えるから、そこにいるであろう本体の黒い球体を討伐してほしい、ときた。
「えーっと、つまり、発電所は壊しちゃだめってことか?」
「そうなるね。ライフラインが使えないと大変だ。仕方ない」
「えー、でも面倒だな。黒い球体が人質にとったらどうすんだよ、発電所」
「僕らが戦うのはこれで4度目だ。その分利がある。問題はないよ」
「アキラ、なにか他に策はないのか?」
「松田さんがDDSを止めてるんだ。その間は黒い塊は復活できない。再起動する前に無力化してしまえばいい」
ウィルスと人智の及ばない戦いを繰り広げた黒い球体がそのウィルスを取り込むことでさらなる進化を遂げ、電霊として再臨していたと知るのはその後だ。
「暁!」
アキラの声が飛ぶ。いいのか、と振り返ると、早くしてくれ、僕の決意が揺らがないうちにとアキラは口走る。
「ああ、わかった。期待に応えてみせる」
「誰モガ同ジ量ノ時間ヲ持ッテイル。貴様ラ人間ハ過ギサッタ日々を思イ出スノデハナク、過ギ去ッタ瞬間ヲ思イ出スノダ。過去ノコトハ過去ノコトダトイッテ、片ヅケテシマエバ、ソレニヨッテ、貴様ラハ未来ヲモ放棄シテシマウコトニナル。サア、【次コソハ】ト自ラヲナグサメヨ。ソノ【次】ガ貴様ラヲ墓場ニ送リ込ムソノ日マデ」
「暁!」
「ああ、アキラ。行くぞ!」
彼らの戦いは始まる。呪怨を残し、黒い球体は姿を消した。来栖は大きく息を吐く。
「大丈夫かい、アキラ。一度支部に戻ったほ・・・・・アキラ?」
じわりじわりと目尻から熱いものがこみ上げてくる。ぬぐってもぬぐってもあふれてくるそれに、感情の高ぶりも押さえきれなくなってきたようで、アキラはそのまま乱雑に顔を拭い、目を真っ赤にした。泣き顔を見られてしまった気恥ずかしさからか、やけにアキラは視線を合わせない。目が赤いのをみられたくないのかもしれない。
「その、ありがとう」
「ああ、どういたしまして」
バツ悪そうにアキラは頬をかく。
「泣くのは倒してからだよね」
その昔、地上を見張る任務を与えられた天使団エグリゴリが人間の娘に魅了されて堕天したことがある。彼らは巨人ネフィリムを始めとした悪霊を生み出して地上を荒廃・堕落させた末にアザゼル達が幽閉されて、大洪水によりノアの一族を除いて全ての生物が滅ぼされた。洪水から二世代の時が経った頃、ネフィリムや悪霊がノアの子孫を脅かしたことから、神は悪霊を捕縛する為に天使達を派遣した。 このとき、一人の天使が神に「悪霊達を自分の部下として残し、人間を堕落させ、滅ぼす任務に使用できるようにしてほしい」と懇願した。神はこれを承諾し、悪霊の十分の一をその天使に与え、残りは予定通り捕縛させた。 この懇願を行った天使こそが、マンセマット、敵意の天使とよばれている。
敵意の天使であるマンセマットは、試練によって人の神に対する信仰を見極めようとする必要悪である。天使でありながら堕天使を従えているから、そう呼ばれていた。
マンセマットは配下を駆使して人間を堕落させ滅ぼし、カラスなどを用いて不作をもたらしたり、預言者に対する数多の試練を与えたりした。特に有名なのはモーセの海渡りだろうか。預言者モーセと対立したエジプトの背景にはマンセマットの協力があった。モーセとファラオの宮廷にいる魔術師の術比べでは魔術師側に力を貸したし、モーセがヘブライ人を連れて国外に脱出した時は、モーセを追撃するようエジプト人達を唆した。
さらにエジプトにすら敵意をむき出しにして、信仰に沿わない家の子供や建物を全て破壊するようなことすらしてのけた。
彼を敵対者としてのサタンの原型とみなす人もいる。サタンもマンセマットも神に許されているか否かに違いはあるが、神の信仰に貢献している意味では同じなのだ。
今、大天使たちは混迷のただなかにいる。創造主の預言が聞こえないのだ。創造主が明確な意志を示さないことは、大天使に救済の解釈を強いた。人間を徹底的に管理するのか、人間の統治を見守り不干渉を貫くのか。どちらが神の意志なのか対立は深まり、四大天使とマンセマットの勢力は決裂した。四大天使は無垢なる人間と小さな箱庭を用意する道を選び、世界を滅ぼすために手を回す。マンセマットは方法こそ違うが神への信仰を試すため、様々な工作に出ていた。
魔界と人間界がはじめて接触したシュバルツバースにて、マンセマットは人間の手駒を手に入れることに成功する。敬虔な信徒のロシア人の女だった。クルーの変装をして彼女に接触し、以後苦境に立たされるとどこからともなく現れ手助けをした。潔癖症で劣悪な環境や悪魔の苛烈な攻撃に精神的に不安定になっていった彼女が信頼してくれるのははやかった。主である“神”の命を受けてシュバルツバースに降臨したと称し、数多の天使を配下に従え『良き霊』という言葉を使うなど、天使然とした振る舞いをした。らしくないと部下に笑われたのも今は昔だ。言葉の端々に人間を馬鹿にしたような物言いが漂い、隠しきれていないと警戒する人間がいたが、彼女は盲目的にマンセマットを信じた。このときのマンセマットの目的は現在の人間を支配する“天使の歌唱”の獲得と、それによって人類から神の意を伝える者のみを選別し、一つの霊に統合することだった。現在の人間は古代から「変容」しているため、普通の天使の歌唱が無効化されてしまう。そこで、マンセマットは現代の人間を天使に変えて歌唱機とし、バニシング・ポイントを通じて地上を歌唱の力で満たして、他者と争い合うことのない、ただ『神』のみを崇める世界に変えようとした。 マンセマットがいう“新たな高み”とは、実際は地球を神のために作り変え、それを手柄に天使からさらに上の存在になることが目的だった。天使はみな火から生まれたため、土から生まれた人間を見下しているのだ。ただの道具としかみていない。このときは残念ながら一部の人間の活躍により探索部隊の天使を崇める盲目な魂にしてひとつに統合化する作戦は失敗したが、彼女は手に入った。天使の詠唱、いわば人間を強制的に無垢なる人間にかえる広範囲の呪詛を撒き散らす蓄音機はマンセマットのものになった。
次にマンセマットが蓄音機の彼女と一部の探索部隊から引き込めた信徒たちが根を下ろしたのが吉祥寺だった。もともと四大天使が世界を滅ぼす前に無垢なる魂を選別して繭にいれる作戦の拠点となる新興宗教の本部があった。しかも信徒が信者だった。無垢なる魂を横取りするために紛れ込むのは簡単だったのである。
悪魔討伐隊の噂を耳にした信徒に意図的に情報をリークさせたり、戦局を撹乱させたり、四大天使に対する妨害工作を繰り返した。もちろん四大天使は気づいていたが、マンセマットがそういうものだと知っている。異なる立場で神の信仰を実践しているに過ぎない。だから見逃された。悪魔討伐隊に協力したり、悪魔と人間への不可侵を保つという契約を取り付ける仲介者になったり、悪魔討伐隊が東京における地位拡大の悪魔側の後ろ盾を務めるまでいたるとは思わなかったようだ。彼の目的は四大天使たちと同じく“主の意思を実践すること”である。 ただし四大天使が人間を管理すべきという方針を取ったのに対し、マンセマットは人を見守る立場を取ることこそ神の言う天使の役目であると主張した。対立していた。さらに“秩序”は人自身によって保たれるべきというスタンスだった。でも、今の人間世界を滅ぼし、無垢なる人間だけ生き残らせてから、がつく。四大天使もマンセマットも人間を滅ぼすまでは共通認識だった。
人間を神の望む姿に作り替え、その人間のみが永遠に神を信仰する国を作ろうとした計画のため地上に降りていたマンセマットは、無垢な子供を選別し、誘拐した。動きやすくするために宗教法人の形で東京に根を下ろし、表向きは新興宗教の活動に尽力。裏では人々の意識を根本からねじ曲げる賛美歌の蓄音機をならし、その賛美歌に反応する人間だけを狙った。賛美歌を聞き取ることができるのは、無垢なる魂になる可能性がある人間だけだ。反応を示した子供を中心に誘拐し、あ秘密裏に建造した繭に幽閉した。巨大な蜂の巣である。六角形の部屋で子供達は問答無用で遺伝子操作を施され、来るべき環境に備えて改造、強化、が行われた。自我を持たない人間ができあがる。神を信仰するためだけに生まれた人間ができあがる。動力源は天使だ。人間でありながら、天使と同じ構成の人間の誕生である。
神を盲信する人間にするため、自我を奪う徹底したギミックはどこまでも無慈悲だ。さすがは火から生まれた天使、愛すべき同僚。土から生まれた人間が神に愛されたことがよほど気にくわなかったらしい。神は人間を自らを模して作ったから愛すべきなのに。その人間から自我を奪ったらそれは神が自らを模したという事実を貶めていることにも気づかないとは。自我が芽生える、もしくは大天使がいない状況下になると、自動的に神に愛される前の土人形に貶め、強制的に神に盲目にさせるギミックは神を冒涜するにもほどがある。人間を道具としか考えていない口でそううそぶいた。
いずれ天使に造られた子供達は、文明を放棄し、原始的な生活をする選ばれた始まりの民として繭から出され、生活をはじめる。赤子のように無知で、無垢で、真っ白な人間の世界ができる。神の御心に沿うような人間として生まれ変わるのだ。
残念ながらこの計画も失敗に終わったが。
四大天使と背反する思想から神の意志を示そうとするマンセマットが四大天使の協力をしていながら、悪魔討伐隊の支援の中心だと判明した時点で瓦解ははやかった。マンセマットは大天使でありながら堕天使や魔神の軍勢を率いることを神に許されている。人間を誘惑し、迷わせる、試練を与えることで神への信仰を示そうとする特異な天使だ。天使勢力にいるにもかかわらず、ルシファーに宿命づけられた定義と同じ存在である。計画は失敗に終わった方が神の信仰に貢献したことになる。三年前、気にいっていた青年は行方不明になってしまった。退屈していたところである。
久しぶりに面白いものがみれたとマンセマットは笑う。
「そう、気を落とすなよ、アキラ」
青年はうなだれていた。四大天使が放棄した繭の中である少女の遺体が悪魔を降ろす特異な体質が変質しマグネタイトを溜め込み、蟲毒となった繭の中でコープスを取り込みなにかが生まれようとしている。その討伐に失敗したらしい。傍に誰もいなければすぐに参上して唆かすことができたが、仲間がいる時点で難しい。
「ありがとう、暁。僕から誘っておきながら励まされてばかりだね。そうだ、君のいうとおりだよ。こんなところで落ち込んでいるわけにはいかない。今度こそ、お姉ちゃんをこの手で」
青年は拳をつくる。
「棺桶が空の葬式はもうごめんだ」
「そういえば、どこかで...?」
マンセマットはしばらく思考の海に沈む。そして思い出す。いつもの敵意の天使の姿ではなく、大天使の姿となり、人間に変異する。
「たしか、この姿のときに...?」
人間の皮をかぶったその天使は、おぞましいほどに美しい男だった。魅入られるほど妖艶で玲瓏な青年だ。同時に恐ろしい。いつもするりと心の中に入り込んでくる上に、人付きのする穏やかな笑みをたたえていながら、見下している。その瞳の奥に欲望を解放することを是とする矛盾した信条が浮かび、抵抗することを待ち望む恐ろしさが付与される。似ていながら全く違う。普通の天使との違いからくる擬態の異質さ。
「ああ、賛美歌が聞こえなかったガキか?」
マンセマットの口元がつり上がる。もしこの姿で現れたらどうなるだろうか。青年の感情を激しく揺さぶるだろうか。マンセマットの脳裏に濁流のような高ぶりがちらつく。ようやく線が繋がった。
「あのときの見習いか」
濁流のような高ぶりは怒りでもない、悲しみでもない、ただ驚くほど凪いでいた。そのゆらぎをみるたびに、マンセマットは楽しかった。
これはお膳立てしなくては。繭は今どこだ。そしてあの信徒は。ふふ、とマンセマットは笑う。
「私はどうあがいても絶望的なこの状況の中でも、最後まであがき続ける人間が美しいと思っているから協力してさしあげるのです、人間よ。どうか最後まで私を楽しませてくださいね。くれぐれも私を興ざめさせないように」