女神転生Ⅳ the begin(メガテンⅣ×ペルソナ5)   作:アズマケイ

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繭の女

「なにがあるかわからない。できうる限りの準備をしてきてくれ」

 

 

アキラと約束したのは一週間後だった。迎えに行くという言葉に頷いた来栖は、ベルベットルームで今生成できる最高レベルのペルソナを揃え、ペルソナを装備に変換し、女医や武器屋が眉を寄せるようなレベルでアイテムを調達した。やがて時間はあっというまに過ぎ、アキラの指定した場所にいくと、すでに車が乗り付けてあった。

 

 

「目的地を告げる前に、まずは長話につきあってもらえないか?」

 

 

ウインカーを出しながらアキラは告げる。それは来栖に説明するというよりは、これからを覚悟するための地ならしのようだ。あるいは決意が揺らがないように口に出したい気持ちが先走る。来栖が話についていけるかよりも、アキラが自身を納得させるために言葉を紡ぐことを優先していた。それでもよかった。来栖はたまたまアキラの隣にいることができている。でもそれはアキラの18年間のうちほんの数ヶ月にすぎない期間だ。アキラにはアキラの物語があり、来栖には来栖の物語があり、ペルソナがなければ交差しようがなかった人生の交差点に二人はいる。共にいるのはほんのすこしかもしれないが、そのすこしを大切にするために暁はどうしてもアキラが知りたかった。

 

 

 

 

 

 

 

人は美しい歌を聴いて感動し、その世界観に浸ることで心を癒すことができる。文字が読めない人々のために作られた絵画や歌は、神様の存在を教えるときにそういったものを利用することで巧みに心に響かせたのだという。退屈な礼拝のお話の中で、アキラが唯一覚えているのは、賛美歌についてのお話だった。

 

 

ステージにあがった教会のお姉さんたちがよく歌っていた美しい旋律は世界観を知ることでより深く感動することができる。お姉ちゃんが一番好きだといっていたのは、ガヤなんとかという歌だったきがする。いつも子守歌にしてうつらうつらしていたから、よく覚えてはいないのだが、初めてその歌を聴いたときの感動は今でも生々しいくらいの鮮明さで思い出すことができる。感動のふるえだった。美しい旋律に取り込まれてしまいそうな、そんな恐ろしささえあった。

 

 

ソロで歌っていた外国人の女性がロシアかどこかの人だと聞いたから、日本人離れしたその外見と相まって強烈に刷り込まれたのかもしれない。アキラでさえ感動したのだ、敬虔な信徒だったお姉ちゃんはその歌の感動の先に世界観を見いだし、浸り、自分の心を癒すことができたのかもしれない。賛美歌やゴスペルが響きわたる教会で涙を流す人たちの中で浮いていたきがしてならない。なんとなく、泣いているふりをした。

 

 

隣で聞いているお姉ちゃんはぼろぼろ涙を流して、涙が止まらないと震える声でいっていた。美しい旋律とその歌詞の内容の優しさが混ざり合い、心に響くそうだが、アキラはなにをいっているのかわからなかったし、早く終われとぼやくたくなるくらいには興味なかったから涙はでなかった。お姉ちゃんがいうには、とっても古い歌らしい。膨大な種類のリズムと歌詞があって、同じ歌であっても全く違うように聞こえるけども、旋律の美しさは無条件に人の心に染み渡っていくのだと大絶賛していた。そして彼らは歌い始める。何度も何度も賛美歌は繰り返し紡がれ、その歌の世界が人々の感情と同化していく様子をアキラはみていた。不思議でたまらなかった。なにがそんなにおもしろいんだろう。

 

 

どういう意味だと聞いたら、お姉ちゃんは熱心にその賛美歌に込められたメッセージを教えてくれる。お姉ちゃんのように敬虔な信徒は無意識にそれを肯定して受け入れたが、どうもアキラはそういうのと相性が悪かったらしい。賛美歌が美しすぎて拒否反応が起きてしまっていた。美しい旋律の中にちりばめてあるメッセージが人々を取り込んでいくのを見ているのがたまらなく苦痛だった。みんなと共に歌い、感動を共有し、一体化していく周りをみているのがたまらなくおそろしくなった。アキラもお姉ちゃんも、幼い頃から賛美歌などのメロディを聴いて育った。歌って育った。その世界観の中で生きていき、その染み着いた思考は成人になる頃には染み渡っていき、離れることができなくなるはずだった。

 

 

でも、アキラはちがった。アキラの家族はみんな神様の存在をいろんな捉え方はあるけども前向きに肯定していて、アキラにとっては無糖滑稽なフィクションでしかないが、体に染み着いた大切な価値観だったり、思考だったり、世界観、精神世界にまでいたっていた。子供の頃から繰り返し聞いて、それを歌い、思考の基盤になるはずのものが受け入れられないと気づいたとき、礼拝はアキラにとって苦痛の何者でもなくなってしまった。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも近所の人も、自分の周りがすべて、新興宗教だけども地域に根ざした活動が好意的に受け入れられた教会に染まっている。アキラが自覚するころには、その世界観を否定することは家族や地域や文化をすべて裏切ることになってしまうと気づいてしまった。美しい賛美歌の旋律があって、そこには大切な思い出が蓄積されている。だから、いくら苦痛に感じても、それを否定することはできなくなってしまっていた。否定する意味もなかった。それを否定することは、大好きな家族や近所の人、まわりの人たちを否定することになってしまう。それは体が裂かれるよりつらかった。

 

 

そんな、誰にもいえない秘密をこっそり明かすことができるのは、隣に住んでいた姉の幼馴染である。のちに先輩とよぶことになる彼は、のちに姉が好きだったと明かした。

 

 

「前からいってるだろ、アキラ。お前の話はいつも長すぎるんだ」

 

「え、なにその反応。僕、結構まじめに考えてたのに」

 

「ようするに興味ないだけだろ?大げさだな」

 

「ひっどいなあ。僕の話聞いてた?」

 

「よーするに教会行くのめんどくさいし、嫌いなんだろ?ちがうか?」

 

「違う、違う、ぜんぜん違う。それもあるけど、怖いんだよ、あの歌。だから苦手。でもみんな好きにならないといけないし、嫌いっていったらめっちゃ怒られる」

 

「なにそれこわいな。夏でもないのにホラーな話するなよ」

 

 

めんどくさいのはよくわかったけど、と彼は笑った。

 

アキラのいうことは難しすぎてよくわからないけども、自分の気に入った歌の世界観がアキラの世界観でいいんじゃないかと彼はいう。彼は大好きなゲームテーマは最高に燃えるし、大好きな歌はやる気をだしたりする可能性を秘めているし、なんたって威力がある。アキラのお姉ちゃん、彼からすれば初恋の幼馴染、にとっては美しい旋律が人生を形作るレベルだとして、それがたまたまアキラと一緒じゃなかっただけだ。アキラは自分の好きな歌を思い出すべきだ。きっとアキラは無意識にその歌の世界観をなぞって生きている。自分を否定するんだから苦しいに決まってる。アキラはたまたま気づいてしまったから恐ろしくなっているだけだ。ちっちゃい頃から無駄に頭がいいからよくわからないところでつまずくのを彼はよく知っている。

 

 

「ちっちゃいころから知ってる歌の世界観が僕たちの世界観か。最高にかっこいいな。誰に聞いたんだ、それ?」

 

「教会のお兄さん」

 

「......撤回する」

 

「まだ好きなんだ?」

 

「簡単に諦められる訳ないだろ」

 

「そっか。無理だと思うけどなあ、ラブラブだし」

 

「なんでわかるんだよ」

 

「こないだ夜のドライブいってきたんだ、僕も連れてってもらえた」

 

「そのわりに盛大にdisるアキラのがタチ悪いだろ。......なあ、それってお姉ちゃんとられるのがイヤなだけじゃないよな?」

 

「なんでそうなるんだよ、違うよ」

 

「その沈黙はなんなんだよ、アキラ。否定する必要なくないか?アキラにとっては、たった一人の家族だろ。僕だって母さんの新しい恋人にいわれたら絶対にやだし」

 

 

アキラはほっとしたように笑った。

 

教会のお兄さんはいっていた。自分の愛する歌は、それ自体が自分の感情に対する訴えかけを失ったとしても、ずっと残り続けると。意志決定や性格形成に影響を与え続けると。それが賛美歌であるべきだと。アキラのお姉ちゃんにとってはそれが教会の賛美歌で、アキラにとっては彼と一緒にするゲームや幼なじみのお兄さんと一緒にいくカラオケで聞いた歌、たくさんの歌があった。心を奪われるものはたくさんあった。たくさんの歌が、アキラをひとつの思考や世界観にとどまることを許さなかった。それだけである。

 

 

「賛美歌が聞こえるか」

 

「なんだよ、急に」

 

「さあ?昨日の礼拝んときにいわれたんだ、突然。お姉ちゃんたちは聞こえたっていうのに、僕だけ聞こえなかったみたい。怖かったなあ。なにもしてないのににらまれてさ」

 

「なんだそれ。興味ないのにわざわざいってあげてるのにか?感謝しろって話だよな」

 

「うん」

 

 

突然の着信にあわてて時間を確認する。

 

 

「あ、今日、お姉ちゃんと買い出しにいくの忘れてた!ごめん!DDSはまた明日でもいい?」

 

「えっ、ここまで来といてか!?仕方ないなあ。じゃ、明日か。新しいバージョン更新されたんだ、早くやろう」

 

「うー、わかったよ。じゃあね、また明日!」

 

「ああ、またな」

 

 

それが両親がシュバルツバースから帰還せず行方不明になってから半年後の話だ。

 

 

その足でアキラはコーセイの通学路に向かった。姉はすぐ見つけることができた。一人で生垣前に座り込んでいたからである。

 

 

「どうしたの、姉さん」

 

「あ、あきら」

 

 

ほっとしたように、姉は笑った。顔色が悪い。心配するアキラに姉はいう。品川にできた教会に両親によく似た人を見かけたというのだ。半信半疑だったが、反抗期を迎える間もなく両親が亡くなり、感情をぶつけられるのではなくうちうちに溜め込む姉は弟ながら心配だった。家族がきょうだいだけなのだ、支えなくちゃ。敬虔な信徒である姉が初めて見せた違和感。これだけ必死に訴えてくるとなれば無碍にできない。今度、教会にききにいこう。それだけ約束して家に帰った。

 

 

両親がシュバルツバースから帰らず、母方の祖父母に引きとられたとき、新興宗教との繋がりを祖父母はいい顔しなかった。止めはしないが無理強いはしなかった。おかげでアキラはようやく解放された。姉がいくからいってあげている、という感覚に変わった。いずれ姉がいかなくなる日を待っていた。

 

 

数日後、教会にいってみた。

 

 

そもそも胡散臭いのだ。救世主の出現を信じており、その力によって世界が救われることを待ちわびると謳っていた。信じる者はみな救われると代表の男はいった。秩序を重んじ、すべては法の下に管理されるべきである、と。物静かな態度で慈悲深い男だった。好奇心から訪ねてくるアキラのような子供にも紳士的に教えを説くような口調で応じてくれた。みな、白地に青のラインが入った服装で統一されており、階級によって服飾が違うようだが、姉がいうような服の男女は見つけられない。男にも聞いてみたが、両親によく似た風貌の信者はいないらしい。悩みがあるなら相談に乗る、とセラピストのようなこともしているらしい男に名刺をもらい、その日は帰った。

 

 

賛美歌が聞こえた。

 

 

アキラに転機が訪れたのはさらに5ヶ月が経過してからだ。タダノヒトナリさんが家に訪ねてきた。シュバルツバースから帰還できた部隊を率いていた英雄だ。わざわざ墓前に手を合わせにきてくれた彼は、両親に似た新興宗教の信者を見たという話を聞いて、顔色が変わった。根ほり葉ほり聞かれたアキラはその真剣さに当惑しながらすべてを話した。そしたら、ひとこと、忘れろと言われた。そして、二度と教会に近づくなとも。根拠はないけれど、あの宗教団体はきな臭い噂が流れていると教えてくれた。近頃、未成年の子供が行方不明になる事件が多発している。最後の目撃証言は必ず品川、吉祥寺、もしくは白い布地に青のラインが入った人間がそばにいたと。

 

 

「姉さん」

 

 

姉が複雑な心境なのはわかった、今付き合っている男はその新興宗教の幹部クラスの人間なのだ。アキラはわからないが様々な悩みがあったに違いない。同じコーセイのクラスメイトから告白されたとこぼされたとき、アキラは幼馴染をそれとなく推したのだが近すぎて伝わらない魅力もあることを知った。

 

 

これが姉がいなくなる前日の話である。

 

 

車が品川のやたら大きな敷地がある白い建物の近くに駐車した。アキラは警備している警察に手帳をみせる。あっさりと通された。辺りを見渡す来栖に、アキラはいう。

 

 

「ここが協会だった場所。そして三年前、僕達と敵対してた組織のアジトだった場所だ。姉さんの彼氏を討伐するはめになるとは思わなかったけどさ」

 

 

三年ぶりにアキラは悪魔の巣窟だった場所に足を踏み入れようとしている。

 

 

廃墟と化した教会には目もくれず、アキラは横倒しになったドアを踏みつけて懺悔室に向かう。そして来栖とモルガナの前を照らすために懐中電灯をかざしながら、足元に気をつけるよう言葉をなげる。いってるそばからつまづいた来栖にアキラは笑った。ここからはひたすら暗くて埃っぽい隠し通路の移動だ。パレスやメメントスで慣れてるとはいえペルソナによる強化がされていない今の来栖には少々きついものがある。おい大丈夫か?と心配そうなモルガナの声がひびいた。

 

 

ようやくひらけた場所に出た。

 

 

「疲れたとこ悪いけど、ここからが本命なんだ。手伝ってくれるかい?」

 

 

三年間誰も足を踏み入れなかった地下設備。一歩足を踏み入れた瞬間に来栖は悟る。すさまじい腐臭が広がる。世界は腐敗に満ちていた。

 

 

足の踏み場もないほどのスライムのような泥の塊たちであふれている。いろいろな顔が浮かんでは消え、どの黒い液体も中央にあるどろりとした球体めがけて行進し続けている。巨大な水たまりのような、泥のような、強烈な刺激臭がする黒いものが蠢いていた。鳥肌が立つのは当然のこと、モルガナは大きく後ろに下がる。悲鳴は来栖の手に遮られ、我に返ったことで居場所を知らせるフレンドリーファイアは免れた。ありがとなとモルガナは申し訳なさそうに肩をすくめる。来栖はいつものことだと流した。

 

 

「やっぱりコープスか。なんで今更!」

 

 

アキラはにがにがしげにいう。コープスはいわゆるゾンビに属する悪魔だという。体が腐り落ち体を保てなくなり、周囲と一体化してしまい、誰が誰だかわからなくなってしまい、それでも死ねない哀れな悪魔の成れの果て。三年前みた光景だ、とアキラはいう。

 

 

地下はだいぶ広い。なにかを建築した形跡があるが、破壊された上に片付けたあとがある。

 

 

「三年前、ここで天使どもは誘拐した人間を繭みたいな蜂の巣の中に押し込んで、好き勝手してたんだ。繭に入った人間は構成を作り変えられて天使と同じになる。穢れに触れると悪魔になる改造人間になる。なにも知らなかった僕達は、繭を破壊して中にいた人達を助けようとしたんだ。天使どもが動力源だとも知らずにね」

 

 

アキラはアエーシュマを召喚する。

 

 

「もともと賛美歌は嫌いだけど、おかげで天使はもっと嫌いになったよ。まさか三年前焼き払ったコープスの中にお姉ちゃんがいたかもしれないなんてな!」

 

「わたくしは魔王アエーシュマ......憤怒と激怒の帆を張りて、血の荒海を渡る者。ふふ、わたくし好みの感情を滾らせる貴方はやはり美しいわ。惨忍なる舵取りをまかせましてよ。さあ、思う存分力を振るいなさい、わたくしが許します」

 

 

無数の蠢く死体の塊。不気味なうめき声。アエーシュマは歓喜の業火を炸裂させるため、詠唱の準備に入る。アキラはミノタウロスやバフォメットといった物理に特化した、あるいはゾンビの弱点と相場が決まっている火炎攻撃を得意とする悪魔を召喚する。ある者は銃で、ある者は魔法で、ある者は斬激で。あまりに多くのコープスたちである。広範囲魔法を使われたらその威力はどれだけ重ねがけされることか。精神を集中させていたアエーシュの警護を兼ねなら、アキラはミノタウロスやバフォメットたちとコープスを殺戮する。アエーシュマたちの足りないマグネタイトは流した血の分だけアキラのマグネタイトで補う。超特大の異界魔法がコープスたちをおそった。

 

 

「さっすがだな、アキラ。おい、暁!ワガハイたちも負けてらんないぞ!」

 

 

目に見えて蒸発したコープスたち。パーティの志気は上昇する。ふたたび大砲のような広域魔法のために準備する体制に入ったアエーシュマの邪魔をすまいと、彼らは思い思いの攻撃方法で戦果を稼ぐ。

 

アキラのおかげで弱点を把握できたならこっちのものだ。

 

 

「こい、アルセーヌ!マハラギダイン!」

 

 

すさまじい熱風が辺りをつつみこんだ。こげくさい匂いだけが残された。すべてが消し炭となった一帯を見渡し、アキラは小さく首を振る。

 

 

「火葬か、なんて笑えもしないよ。繭からお姉ちゃんを助け出した瞬間にコープスになる夢ばかり見る。どうして助けてくれなかったのか、って僕を呼んでる」

 

 

似たような症状は覚えがあるとアキラは泣きそうな顔のまま笑う。PTSDだ、きっと。三年前、ここで脱落する隊員は多かった。救出した家族や友人が腕の中で腐り落ちていく悲劇から、悪魔討伐隊をやめて復讐に走る勢力が出たことをアキラは話してくれた。

 

 

「まだ復讐に走るわけにはいかない。まだ僕はやらないといけないことがある」

 

「アキラになにかあったら俺が止める」

 

「ありがとう、暁。君のおかげでまだ僕は人間でいられる」

 

「ワガハイもいるぞ、アキラ。やらないといけないことってなんだ?」

 

「......ケイさんの事件、覚えてるだろ?まだ終わっちゃいないんだ。天使どもか、天使に復讐したい奴らかはわからない。でも誘拐事件も、失踪事件もまた起き始めてる。もうごめんだ、僕がとめる」

 

「ツギハギさんたちには?」

 

「いえるわけないだろ、討伐対象に両親がいる時点で僕は担当から外される。三年前もそうだった。もう嫌だ。知らせてもいいよ、その瞬間に僕はどんな手段を使ってでも暁とモルガナを倒す」

 

「アキラ......」

 

「だからいったんだよ。誰かを頼るのはもう嫌だって」

 

 

来栖が選んだのは、同行の続行だった。

 

 

 

 

 

翌日から、アキラは悪魔討伐隊に復帰した。そしてオフの日は、ひたすらコープスの討伐のアルバイトという日々がつづいた。フロリダのマスターはアルバイトが溜まっているとはいっていたが目撃情報が多発している。特定悪魔の大量発生は異変の兆候だ。困ったことに目撃情報は地下である。コープスそのものは呪殺魔法に気をつければ問題はない。さほど驚異の悪魔ではない。しかし数が尋常ではないのだ。焼いても焼いても減らない悪魔。さすがにアエーシュマほどの威力は望めない来栖たちでも、数を積み上げればそれなりに目減りする。

 

 

最期の遺体を焼き払い、ようやくコープスの群は消滅した。

 

 

お疲れさま、とアキラがチャクラドロップの入った袋を放る。いいかげん飽きてきたお馴染みのあめ玉を砕き、来栖は息を吐いた。ワガハイもほしいとよってきたモルガナの分はよこから出てきたピクシーが強奪してしまう。おいこら!と追いかけ始めたモルガナを笑っていた来栖はスマホをみる。アキラはため息をついた。

 

 

「クソッタレ!また逃げられた!」

 

「コープス多すぎて近づけないんだ、仕方ないだろ」

 

「わかってるけど硬すぎなんだよ、なんだあれ!未だに弱点わからないとかおかしいだろ!」

 

「で?あの球体はなんだったんだ?まだわかってないのか?」

 

「調査中だってさ。もう松田さんたちが隠してる気がしてきたよ、悪魔絵師に聞いてみたほうが早いかなあ」

 

「今回はずいぶんと遅いんだな、情報。また発生地が送られてくるんだろ?きりがないな」

 

「ほんとにやんなるね、全く!」

 

 

これで数日をまたぐコープス討伐である。正体がわからない敵に繋がる唯一の手がかりだから頑張れるが、ただのアルバイトだったらいやになっている頃だ。さすがにアキラもうんざりと言った様子で剣によりかかる。コープスを呼び寄せる謎の黒い球体をたたく任務はまだまだ続きそうだ。

 

 

ようやくチャクラドロップにありつけたモルガナは、大きく息を吐いた。

 

 

「なあ、二人とも。ぶっきみだよな、あの丸い奴」

 

 

たしかに不気味である。浮遊しながら静止し、こちらになにもしてこない。攻撃しても手応えがない。特定の攻撃以外は吸収するらしい。しかもターンごとにランダム。弱点アナライズが機能しないせいで破壊前に逃げられてしまう。コープスを呼び、なにをするでもなく中央に鎮座するのは非常に不気味だ。それもあるけど、とモルガナはうなる。

 

 

「なんかドクドクいってるだろ、あれ。近づくとどんどんおっきくなるのがなんかいやな感じだ」

 

 

まるで鼓動だ。脈打つ鼓動だ。あの球体の中に何かいる。それだけは確かだからより不気味でたまらない。そう告げるモルガナはふと周囲の視線が集中していることに気づいた。

 

 

「え、なんだよ、お前等」

 

「心臓の音?なに言ってるんだ、コープスどものうめきしか聞こえないだろ」

 

「うん、僕も初耳だな」

 

「それほんとなのか、モナ?俺、そんな音聞こえない」

 

「あ、人間には聞こえないとか?」

 

「えっ、えっ、なんだよそれ!?余計に怖いじゃねーか!なあなあ、アキラの悪魔に聞いてくれよ!聞こえるよな!?な!?」

 

 

アキラは送還する手を止めてミノタウロスに問いを投げると、うなずく。えーうそ、とアキラは驚く。みんな似たような反応だ。幻聴ではないとわかって安心したのかモルガナはうれしそうだ。しかしアキラの表情は硬い。休憩にしようか、といいながら浮かない顔のアキラに、来栖は視線を投げる。

 

 

「どうしたんだ、そんな顔して?」

 

「ん、ちょっと気になることがあってね」

 

「いいから話せ。そしたら決める」

 

「なんだよそれ。ま、いいけどさ」

 

 

アキラはそれとなく来栖をみて、たじろいだ。この目は一度見たことがある。様子を見に家まできてくれたときの顔だ。苛烈な色を宿していながら驚くほど感情が凪いでいる。ものすごく怖い目だ。真実だけを容赦なく見通している。なにをいっても誤魔化されてはくれないだろうな、と諦めにも似た気持ちになりなかまら、アキラは苦笑いする。

 

 

「あれコープスじゃないんじゃないかと思ったんだ、ふとね」

 

「え?」

 

「コープスはゾンビの成れの果てだから、死体がないとダメなんだ。いくら魔界と東京が繋がってるったって大量発生にも限度はあるよ、ゾンビは東京にしかいない悪魔だからね」

 

「物質世界だから?」

 

「そうそう、実体がないと。にたようなやつにはスライムがいる。種族としてのスライムじゃない。マグネタイトが足りなくて実体化できなくなった悪魔のなれの果て。そいつもスライムになる」

 

「悪魔だったやつがああなった?」

 

「え、それまずくないか?」

 

「問題はここからだ。マグネタイトの枯渇から生まれるスライムは今の東京にはいちゃいけない悪魔なんだ。今の東京は実体化できなくなるなんてまずない」

 

「魔界と繋がってるから?」

 

「うん、それも今年で何年だって話だ」

 

「なんか原因があるってことか?」

 

 

アキラはうなずいた。

 

 

「もしかして、あれが原因、とか?」

 

「うん、もしそうならあれはマグネタイトを吸収してる。あいつらは引き寄せられてるんじゃない。枯渇したマグネタイトを回収しようと寄り集まってるんだ」

 

「え、え、じゃあ、あの中にはそのマグ、なんとかってやつがたくさんあるってことだよな?やばくないか?」

 


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