女神転生Ⅳ the begin(メガテンⅣ×ペルソナ5)   作:アズマケイ

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コープ中盤

「や、まさかと思って声かけちゃったけど、ほんとに君だとは。こんなとこで会うなんてね、怪盗フリークくん」

 

「大宅さんこそ。なんでここに?怪盗ネタですか?」

 

「うんうん、君はこの調子で私のノルマ達成に貢献してくれたまえ。それはそれとしてさ、最近神舞供町の喫茶店に出入りしてるよね?なになに、実はアルバイトだったりするの?」

 

「よくわかりましたね」

 

悪魔を討伐するちょっとどころじゃない危険なアルバイトだけどな、と看板の中でモルガナがにやにやしている。喫茶店フロリダで請け負った悪魔に関する依頼をうけるアルバイトだ。喫茶店フロリダでのバイトには変わらない。だれもウエイターや裏方としてのバイトだとは一言もいっていないのだ。なにも間違ってはいない。

 

「ふふん、記者の勘なめないでよ、なんてね。簡単だよ、あの喫茶店に入ってく君をみかけたもんだからついね。いやー、助かる」

 

「どうかしました?」

 

「いやー、私ら恋人(のふりしてる怪盗ネタ提供者と記者の)仲じゃん?人捜してるんだけどさ、なかなか捕まらなくてね。やっとこさ昔のツテ頼ってたどり着いたのが、よく出没するっていう喫茶店フロリダなわけ。ね、さすがに入りづらいから手伝ってよ」

 

「俺がいるのに男捜してるんだ」

 

「あっはっは、安心してよ、君(の怪盗ネタ)が一番だってね。私が探してんのは同業者。フリーな記者なもんだからほんと捕まらなくてね、困ってんの。アルバイトしてんなら見たことない?藤原っていう元新聞記者のおっさんなんだけどね」

 

「藤原?」

 

「お、らっきいー。ほんと私もってるなあ。その反応からして見たことあるんだ?」

 

来栖はうなずいた。アキラを初めて喫茶店フロリダで見かけたとき、話していた記者だったはずだ。悪魔討伐隊の隊長であるツギハギへの仲介を頼む代わりに、アキラが6、7年前行方不明になった姉の誘拐事件を解決するため悪魔が関わっていたという証拠を渡した男。一応、茶色い中折れ帽子とサングラスをつけている男か、と聞いてみると間違いないと大宅は返した。

 

「もしかして、怪盗がらみ?」

 

「うーん、残念だけど今回は別件。ほら、ララちゃんとこで話した件、私からのお願いぶっちぎって音信不通になりやがったのあいつなの」

 

「ほんとうに?」

 

「ほんとに。信じらんないでしょ?一応、同業者として仲良くやってたつもりなんだけどね、こんちくしょう」

 

別件ではない、つながっている、と来栖はいいたくてもいえないでいる。彼女、大宅一子は、かつて某出版社の精鋭雑誌記者としてコンビをくんでいる女性がいた。彼女はある大物政治家の不正にかかわるスキャンダルを入手し、裏取りをすすめているさなかにその大物政治家が不審死。あきらかに他殺だとわかる状況なのにホテルは施錠され、証拠が一切見つからない完全犯罪の殺人としてゴシップネタとしてネットを騒がせた。彼女は政治家が不審死を遂げる直前、最後にあった人物であり、重要参考人だったが雲隠れしたのだ。行方は大宅すらわからない。一人残された大宅は様々な方面からの圧力に屈した上層部により社会部から三流記事の部署に左遷、今はほとんど飼い殺し状態になっている。今は来栖経由で入手した怪盗団関連の記事を書いており、そこそこ評判となっていることで怪盗がらみとかこつけて、こうやって表だって動きやすくなっているのだ。大宅から聞いた大物政治家の不審死は、まさにメメントスにおけるシャドウ、人にとっての行動基準である欲望を根こそぎ奪ったときに発生する廃人化、そしてそれにともなう衰弱死、そのものだ。メメントスの存在を関知し、それを悪用している人間の存在はパレスの主の言葉から見え隠れしている。大宅のかつての相棒もその餌食になったのではないか、と来栖は気が気ではない。

 

 

大宅は政治家の不審死と相方の行方を知りたがっている。それを知る同業者が深入りするな、と忠告してにのべもないとグチっていたのは覚えている。スナックで酒浸りの彼女が見慣れているため、こうやって素面の状態ではきはき話すのは妙に新鮮だった。それにしても、大宅がいっていた同業者のひとりが藤原だとは。世間は狭いものである。明らかにメメントスにおける廃人化と関わっている事件だ、深入りしようとする抵抗手段を持たない彼女に、藤原が諦めろと諭すのはわかる気がした。

 

 

「電話じゃだめだと思って、直談判しにいくの。つきあってくれるわよね?」

 

「わかった」

 

「やりい。今日は私が奢るからさ、言質取るためにフォローよろしくね」

 

大宅はウインクする。来栖は苦笑いした。

 

 

「やあ、来栖君。君も佐倉に似てきたね」

 

 

若い頃は女性遍歴が豊富だったという居候先の佐倉惣治郎は定番のネタである。おおかた前回の依頼人であるケイの母親、コカクチョウだった女性のことをいっているのだろう。心外だからやめてくれと来栖は正すのだが、訂正される気配はない。しゃべった覚えもないことまでネタにされることを考えると、おそらくアキラが来栖をネタにしているのだろう。来栖はためいきである。たぶん、ここに来てはいるのだ。なんとなく、そう思った。

 

 

あの日からアキラはSNSに顔を出さなくなったし、メメントスへの召集も反応がない。電話やメールをしてみるが電源がそもそもはいっていないか、電源が届かない場所にあるか、全く反応がない。シュバルツバースを調査するための南極調査部隊で、帰らなかった両親が実は生きていた。しかも新興宗教の警備を担当している天使になっていた。察するに余りある状況だが、こうも連絡が取れないと心配になる。

 

 

もしここに藤原が来ているなら、ついでにアキラについて聞いてみよう。そう思った。

 

 

「ちょうどよかった、来栖君。アキラ君がこないから、結構アルバイトがたまってるんだ。気が向いたらまた来てくれよ」

 

「やっぱりアキラ、来てないんですか」

 

「うーん、まあ、副業なとこあるしね、うちのアルバイトは。仕事が忙しくなっちゃうと、どうしても来れないだろうしね。なにか聞いてるかい?」

 

「いえ、なにも。連絡が取れないから心配で」

 

「あー、まあ、忙しいときはほんと連絡する暇ないみたいだしね。そんな心配しなくても大丈夫だと思うよ、アキラ君は昔からああだから。きっとそのうち、無理矢理休暇取らされてうちにグチりにくるさ」

 

「あれ、マスター、アキラ君きてないのかい?」

 

「ああ、藤原さん。そうみたいだよ」

 

「あちゃー、困るんだけどな、取り引きした直後のタイミングでこなくなるとか。責任感じちゃうんだけどな」

 

カウンターですでにコーヒーを飲んでいた男が肩をすくめる。茶色の中折れ帽子とサングラスをみにつけ、のんびりとコーヒーを楽しんでいる男は、どこか浮き世離れした雰囲気を持っている。飄々とした佇まいの男は来栖をみて、やあ、と笑った。来栖はかるく会釈する。アキラもそうだが、悪魔のような非現実的な事象に関わりが深い人間はどうしてこうも妙に隙がないのだろうか。大宅のかつての相棒の現状を知っているあたり、裏社会にも通じているからなのかもしれないが。

 

「君、どっかで・・・・・・ええと、ああ、そうだ。金髪の友達とここきてたことあったね」

 

うなずいた来栖に男は息を吐く。

 

「僕の記憶力もまだまだ捨てたもんじゃないな」

 

『こいつと会ったの三ヶ月くらいまえだぞ、よく覚えてるな』

 

まったくだ、と来栖は思う。デニムのジャケットにカーゴパンツとずいぶんカジュアルな格好をしており、アキラのように悪魔召喚に使う端末はもちろん、ツギハギのように負傷の傷もない、みてくれだけなら一般人だ。おそらく悪魔と直接対峙するような仕事ではないのだろう。ずいぶんと余裕ある笑みである。食えない笑顔がなにを考えているのかよくわからない不安さをあおっている。サンイズデットというロゴが入ったドクロマークの太陽があしらわれたTシャツは、竜司と似たセンスを感じた。

 

「君、ちょくちょくアキラ君とバイトしてるんだろ?最近あえてないってのは本当なのかい?」

 

「ぜんぜん連絡が取れなくて」

 

「どれくらい?」

 

「一週間くらい」

 

「うわ、そんなにか。参ったな、僕もアキラ君がいないと津木さんがろくに話聞いてくれないんだけど」

 

うーん、と困ったように肩をすくめた。その困り顔の原因は、ちゃっかり隣のカウンター席を陣取って、隣のおっさんのつけでケーキセットひとつ、なんてしている大宅がいるからだろう。注文を促された来栖は、便乗して同じものをたのむ。おいおい、初対面の人間になんてことするんだ、と藤原は笑う。常連でアルバイトやってるならぜんぶふっちゃって大丈夫だろうと丸投げしてくる大宅に、来栖はモンブランを勧めた。アキラが討伐した悪魔が材料に使われていると冗談めかして笑っていたことを思い出す。なんど来てもそこまで奇抜な味はしない。きっと冗談だ、と思いながら、来栖たちは店内を見渡した。

 

 

 

「で、なんでここにきちゃうかな、一子ちゃん」

 

「私の性格把握してるくせに雲隠れなんかするからよ、ばーか」

 

「おーこわいこわい。でもま、ここまで心配してくれる友達がいて、あの子も幸せだな」

 

「もったいぶってないでさっさと話せよ、チキンやろう」

 

「チキン野郎はやめてくれ、僕に刺さる。さて、じゃあマスター、奥の借りるよ」

 

「はいよ」

 

「ありがとね、来栖君。たすかった」

 

「そんなことないさ」

 

「ふっふっふ、次なる活躍に乞うご期待ってね。じゃ、私はこいつが吐くまでここにいるわ」

 

「おいおい、勘弁してくれよ」

 

「うっさいばーか」

 

 

ケーキとコーヒーを携えて、大宅は一番奥の席に引っ込んでいく。

 

 

「そうだ、来栖君」

 

「え?」

 

「アキラ君が心配なら、一度悪魔討伐隊の支部に行ってみたらどうだい?」

 

「でも俺、アキラの連絡先しかしらなくて」

 

「ああ、そういう。ならこれ使うといい。僕の名前を出したらなんとかなるよ、たぶん」

 

 

来栖は藤原から名刺を受け取る。フリーライターの藤原、そしてアキラの上司であり、いまの保護者でもある津木隊長の連絡先だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくきたな」

 

「失礼します」

 

まあはいれ、とツギハギは応接室を促し、静かに扉を閉めた。

 

「ひとつ確認したいんだが、アキラは君たちのところに来てないのか?」

 

「え?」

 

「一応休みをとるなら、どのあたりにいるのか報告する決まりなんだ。すぐに召集をかけられるようにな。てっきり君たちと遊んでると思ってたんだが」

 

「え、いや、ぜんぜん。アルバイトはしばらく中止だって連絡来てから、ぜんぜん会ってないです。電話もメールもつながらないし、フロリダにも来てないっていうし」

 

「なんだと?まったく、高校生に心配されるとはなにやってるんだ、あいつは」

 

頭が痛いのかツギハギはため息をついた。

 

「てっきり仕事が忙しいのかと思ってました」

 

「俺は遊ぶのが忙しいのかと思ってたがな」

 

「てことはもしかして」

 

「ああ、こないだの月曜から休暇申請だしてそれきりだ。こっちには帰ってきてない」

 

「え?」

 

「たまりにたまった有給を消化させてくれといってきたから、月曜から俺はみてない。てっきり君たちと遊んでるんだと思ってたんだが」

 

「は?え、あの?」

 

「三年ほど前に、ここではいろいろあってな。アキラは一番仲がよかった友人を三人、いや二人失ってる。もう一人は未だに行方不明だ。すっかりふさぎ込んで仕事ばかりやってたんだ。君たちと会ってから、だいぶん笑うようになったから安心してたんだが・・・・・・目を離したらすぐこれだ」

 

ツギハギはメモを広げると端末からなにか書き写し、来栖に渡す。

 

「違反だがこれくらいは大目にみてもらうとするか、まったく。いくつになっても心配をかける。こいつがアキラの現在地だ。どこに行ってるのかはしらんが、帰ってくる場所はここしかないからな」

 

それは吉祥寺にある開業医の住所と電話番号だった。そういえば、シュバルツバースの調査で両親が行方不明になったあと、姉とアキラは引っ越したといっていたはずだ。もしかして、姉が悪魔に誘拐される事件を目撃し、その報復などを考慮してツギハギと暮らすようになる前はここに住んでいたのだろうか。

 

「心配じゃないんですか?」

 

「もちろん心配だ、家族としても、部下としてもな。だがどうも昔から俺はこういったことは苦手でな、うまくいった試しがないんだ。連絡こそ取ってるんだがみるか?」

 

ツギハギから見せてもらえたログには、友人と遊んでいることを偽装するような画像が添付され、位置情報も特定可能な情報が並んでいる。代わり映えのしない内容である。悪魔討伐隊をまとめ上げ、防衛省にある本部に掛け合う中間管理職もかねているツギハギはただでさえ多忙な身だ。慢性的に人員不足である。ひとり休むだけで凄まじい負荷がほかの隊員にかかる。まして正規の隊員になってまだ1年のアキラだが、ここに12の頃から住んでいるのだ。下手をすればずっと年上のツギハギより少ししたくらいの在籍であり、古参の域にいる。見習いのまねごとの方がずっと長かったのだ、それに加えて正規になるまでの3年間は私生活をなげうって仕事に打ち込む日々だった。それを考えるならたかが1週間という感覚が隊員たちにはあるようだ。今までの功績や組織への貢献度を考えると、1週間くらい好きにさせてやれ、それくらい許してやれ、という雰囲気が生まれているという。

 

「じいちゃんの家に1週間ほどいく、といわれて不審に思うやつなんぞここにはいないさ」

 

「なるほど・・・・・・わかりました。ありがとうございます」

 

「ああ。これからいくんだろ?気をつけてな」

 

「はい」

 

来栖は悪魔討伐隊の支部をあとにした。

 

「はいはい、どちらさまですか」

 

初老の女性の声がする。アキラの祖母だろうか。来栖はシュージンの後輩であり、今日遊ぶ約束をしていること、連絡がとれなくて困っていることを告げる。ツギハギのログには午後から来栖と遊ぶという報告が羅列していたのだ、この時点で察しがいいアキラならわかるだろう。どうやらいるようだ。ドラマのテーマ曲が流れ、しばらくして再び女性がでた。

 

「あなたが来栖さんかしら?」

 

「あ、はい」

 

「今、ちょっと手が放せないみたいだから、伝えるわね。今日はうちで遊ぶ約束してるんでしょう?大丈夫だそうよ。うちに来るの、はじめてよね?家はわかる?」

 

「××病院ですよね?」

 

「ええ、そうよ。クリニックの反対側に入り口があるから」

 

「ありがとうございます」

 

「いいえ、こちらこそ。アキラが誘ったのにお手数おかけしてごめんなさいね」

 

「じゃあ、失礼します」

 

「はい、どうもね」

 

門前払いは免れた。ほっとした来栖は息を吐く。アキラは話してくれるつもりではいるようだ。

 

井の頭公園以外で吉祥寺をこうして目的にするのは初めてかもしれない、と来栖は思う。都心から15kmばかり西に位置する武蔵野市の一角にある街だが、いったことがなかった。なにせ4月に起こった井の頭公園の猟奇的な殺人事件はまだ未解決のままである。現場から離れたところは封鎖がとかれて数ヶ月、アキラと待ち合わせたり、杏たちと遊んだりしているが、気にする人は気のするのだろう。そのせいだろうか、駅周辺の人影はまばらだった。

 

吉祥寺駅の近くに隣接する駅前のビルはなぜか封鎖されている。改装などのポスターも特に見あたらない。

 

異様に駐車スペースが空いている病院を通る。さっきから救急車とよくすれ違う気がした。そういえばあの病院は経営不振が続いて、どこかの会社に買収されたとニュースに出ていた気がする。

 

そして井の頭公園の事件現場近くなのだろう、黄色いテープが貼られたほど近くを通る。大正6年に開園した武蔵野の面影を色濃く残す広大な公園が見えてきた。案内図には広大な敷地内に遊歩道、動物園、美術館などの文化施設が整っているようだが、半年前に起こった殺人事件のせいで閑静な公園は人の出入りが減っているようだ。警察の巡回はもちろん、現場となったエリアは未だに警察が見張っているのだ、中の様子はうかがうことができない。もしかしたら、メメントスの影響でこちらの世界にわき出してきた悪魔が関わっているのだろうか。だがさすがにここでペルソナが使えるか試すわけにはいかない。今はアキラの様子を見に行くことが先だ。規制線が張られ、物々しい雰囲気の井の頭公園の一角は異様な雰囲気がただよっていた。

 

吉祥寺のアーケード街が見えてきた。サンロード、チェリナード、ローズナードの通りを中心に様々な店が軒を連ねている。こころなし人の入りが悪い気がする。アキラがアジトに持ち込むお菓子はたいていここで調達したものだったことを来栖は思い出す。もしかしたら、非番の時はわりと頻繁に祖父の家に顔を出しているのかもしれない。

 

なんか買ってくか?と顔を出すモルガナにそれもそうだなと来栖は足を向けた。

 

閑静な住宅街の一角にそのクリニックはやっていた。住宅とクリニックが一体化しており、車が何台か止まっている。ぬいぐるみやチャイルドシートがあるから、どうやら子供連れがよくくるようだ。ガラスに営業時間がかいてある。どうやら午後から休みのようだ。クリニックに用があるわけではない。来栖は自宅の方の玄関にいくとチャイムを鳴らした。

 

「はいはい、どちら様ですか」

 

どこかのんびりとしている女性の声が聞こえてきた。

 

「来栖です」

 

「ああ、あの。はいはい、どうぞ」

 

いらっしゃい、とアキラの祖母は招き入れてくれた。どうやらアキラは二階で待っているらしい。来栖はスリッパに履き替え、階段を上った。

 

「空いてるよ」

 

声はずいぶんとかすれていた。

 

「や、久しぶり」

 

「よかった、死んでるのかと思った」

 

「あはは、冗談。さすがに死ねないよ」

 

ずいぶんと眠そうな顔をしている。

 

「寝てないのか?」

 

「寝れないんだ。やっとうとうとし始めたのに」

 

「それはごめん。でも心配するだろ、普通」

 

「うん、そうだね。ごめん」

 

どーぞ、との言葉に甘えて来栖は中にはいる。おかれているものは基本的に小学生の頃のものなのだろう。ちょくちょく家には帰っているようで、さすがにランドセルや教科書などはないが、ものが少ない印象を受ける。やはり生活の拠点は悪魔討伐隊の支部にある独身寮なのだろう。勉強机やベッド、タンスといったものは小学生の時に買ってもらったものがそのまま使われており、ずいぶんと古いキャラクターもののデザインが目立つ。わりかし綺麗なのはあの祖母が定期的に掃除しているからのようだ。

 

アキラはほんとに眠いようで、うつらうつらしている。

 

「ごめん、ほんとに眠いんだ。少しねかせてくれ」

 

「何分?」

 

「30分、すぎたら起こしていいから」

 

「わかった」

 

よほど気を張っていたのか、ほとんど気力で今まで行動してきたのだろうか。ぷつんと糸が切れたように眠ってしまった。全く起きる気配がない。少々心配になるが規則的に肩は上下しているし、呼吸も聞こえる。慢性的な睡眠不足なのだろうか、ずいぶんと疲れている様子を受ける。すでに1週間が経過している。たしかに追いつめられても仕方ない状況にあるのだ、人間は睡眠を3日取らないと死ぬらしいが睡眠を妨害させるだけのこととアキラは戦っているのだろうか、ここまで動ける強靱な精神には感服するほかない。だが頼ってくれても、と思うのだ。

 

結局、1時間半、起こすのが忍びなくて待っていた。

 

「ごめん、今何時?」

 

「3時」

 

「!?」

 

アキラは飛び起きる。

 

「起こしてくれていいっていっただろ?!」

 

「寝てないんだろ?」

 

「そうだけど。いったけど。でもさ、来栖君」

 

「無理するなよ」

 

「・・・・・・ほんと君は。かなわないなあ」

 

アキラは頬を掻いた。

 

「ツギハギさんからなにも聞いてないんだ、その様子だと」

 

「まかせるっていわれた」

 

「えー」

 

「1週間もみんなに嘘ついてなにしてたんだ、アキラ。俺はいいけど、ツギハギさんたちにまで嘘つくのはどうかと思う」

 

「ああうん、ごめん。まったくもってその通り」

 

「そんなに頼りない?」

 

「そんなわけないだろ」

 

「手伝えない?」

 

「頼りたくなるからやなんだよ」

 

「なんでいけない?」

 

「僕がいやなんだ」

 

「なんで?」

 

「そうやって手を伸ばしてくれた人はいつだって僕の前からいなくなる。父さんも、母さんも、姉さんも。そして先輩も」

 

「ツギハギさんがいってたのってその人?」

 

「ああうん、まあ、そんなとこ」

 

「3人も?」

 

「3人も」

 

「つらかったな」

 

「うん」

 

アキラはめをふせた。

 

「僕が守りたい人はいつもいなくなる。一緒にいるっていったくせに自分から突き放す。後は任せたってそればかりだ。ずるいひとばっかりだ」

 

「それで一人で追いかけていたのか」

 

「そうだよ」

 

「大事なことを忘れてるな、新人は」

 

「?」

 

「怪盗団の掟をだ。いっただろ、なんにしろターゲットを狙うのは全会一致だって」

 

「正気かい?これは僕の個人的な事情だし、さすがに会ったばかりの君を巻き込むのは......」

 

「別に個人的な事情に巻き込まれるのは初めてじゃない。嫌なら俺とモルガナだけ。だから頼れ」

 

「どうだか。そういう人に限ってぜんぶ背負い込んでいなくなるんだ」

 

「アキラがそうだからじゃないのか」

 

「類は友を呼ぶって?冗談にもならないよ」

 

「少なくても俺は心配した」

 

「ああ、うん、そうか。そうなるか。似たようなことやってるね」

 

「アキラ」

 

「ほんときみはもう、わかったよ。僕の負けだ」

 

かなわないなあ、と首を振ったアキラはため息をついた。

 

「ここから先は本当に危険だ。しかもアルバイトじゃないからお金は出ない。途中で抜けるのはなしだ。それでもいいかい?」

 

「何度もいわせるな」

 

「わかったよ、来栖くん。いや、暁。これからは僕の個人的なことに君を巻き込むことになる。よろしく頼むよ」

 


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