女神転生Ⅳ the begin(メガテンⅣ×ペルソナ5)   作:アズマケイ

11 / 21
姑獲鳥奇譚②

アキラから連絡があったのは、1週間後のことだった。

 

滝水の家は調布市の奥、深大寺近くの閑静な住宅地からはずれた竹林の奥にあった。竹林の手前で車を止めたアキラより先に降りた来栖は、その先に続く小道を見つける。

 

「はえー、ぜんぶ私有地かよ。滝水の実家、金持ちだな」

 

モルガナは大きく伸びをしながらつぶやいた。

 

「あ、来栖さん」

 

「お、噂をすればさっそく来たぜ」

 

「こんばんは」

 

「こんばんは。今、帰り?」

 

「ええ、部活の帰りなの」

 

ケイはどこか恥ずかしそうにしている。あのときは補導されないようにがっつりメイクをしていたから、ずいぶんと大人びて見えたが今はどこからどう見ても普通の高校生だ。ここでようやくアキラはケイがコーセイの学生だと気づく。このジャージは祐介がルブランに泊まったとき、パジャマ代わりにきていたはずだ。こんなことなら制服でかえればよかった、とケイは後悔しているらしい。制服とジャージの合わせ技はクラスメイトがよくしてたなあ、とアキラは思う。なつかしい。

 

「お待たせ」

 

「あ、津木さんも。どうしたんです?お母さんに用事ですか?」

 

「うん、そんなところ」

 

「じゃあ、案内しますね」

 

「お願いできるかな?一応、アポはとってあるんだけどね」

 

「わかりました。ちょっと待ってくださいね」

 

竹林を囲う生け垣の先にケイは手を伸ばす。そして機械に向かって話をはじめた。どうやらセキュリティはそれなりに機能しているらしい。

 

アキラから聞いた話では、滝水の実家はそれなりに昔から悪魔を使役してきた家系のようだ。悪魔に対する知識も対応も知っている。跡継ぎが悪魔を嫁にしても受け入れてしまうくらいには寛容らしい。金持ちの考えることはよくわからないとはアキラの談である。

 

精神世界の恐るべき隣人は、一定の距離を保たなければ、デビルサマナーはいい意味でもわるい意味でも影響をうけてしまう。関係が破綻するのは目に見えているのに、絡みついた糸をたぐり寄せて、深い関係になってしまう者たちが一定数はいるらしい。人間が死ぬのが先か、いつかくる別れに悪魔が耐えきれずに手を出してしまうのか、チキンレースははじまっている。アキラが知るだけでも人間ではなくなる呪詛をかけられてしまった者、物理的に一緒になってしまった者、懇願されてなくなく手を下した者、あまたの終わりがある。先人が悲劇に見舞われていることはわかっているのに止められないのが恋なのだとしたら怖いなあ、とアキラは他人事のようにつぶやいていた。たしかに12のころから、そんな苛烈な恋愛模様を目の当たりにしてきたら、普通というものが遠くなってしまっても無理ないかもしれない。だから、コカクチョウと滝水の関係について、あんなに淡々としてたのか、と来栖は思った。いちいち気にしていたら精神が持たないのだろう。だから未だに恋人できたことねーんだな、と笑ったモルガナをアキラは否定しなかったが、肯定もしない。ただ苦笑いを浮かべただけだった。でもその手は信号待ちの間鞄の中に手を突っ込み、モルガナが呼吸困難で死を覚悟するまでくすぐり倒したから思うところはあったようだ。

 

 

ケイは、なにも知らないままでいてほしい。コカクチョウと滝水のいつか迎える終わりを目の当たりにしないままの人生を歩んでほしい、とコカクチョウは望んでいるように思う。音を立てて門が開いていくのを確認して、ケイが振り返る。

 

「いきましょう、来栖さん、津木さん。迷子にならないように、しっかりついてきてくださいね」

 

ケイがいう通り、竹林はまるで山道のような小道以外先を許してくれるところはなさそうだった。

 

「おーい、ケイちゃん」

 

ずいぶんと歩いたところである。ようやく母屋があるという小道の岐路にたったとき、竹林の中から声がした。来栖は反射的にケイを守るように側に寄せると、あたりを見渡す。突然抱き寄せられたケイは顔を赤くしたまま硬直した。鞄の中から顔を出したモルガナはあっちだと身を乗り出し、腐葉土の大地に降り立つ。すでに忍ばせていた端末を構えているアキラの視線の先には、見慣れない民族衣装の少女がいた。いや、少女たちがいた。

 

「ケイちゃんってどれ?」

 

「どれだろ?」

 

「おーい、ニンゲン。死にそうな顔してるのがケイちゃん?」

 

一見すると、寒い地方にありそうな真っ赤な民族衣装を身にまとった、普通の黒髪長髪の少女たちだ。空を飛んでいること以外は。目を凝らせば、それは赤毛ではなく、鳥のはねだとわかる。髪と鳥の翼の境界が曖昧になり、民族衣装との境界がわからなくなる不思議な造形をしたイケイの少女たち。間違いなく、ケイの母親がいっていたコカクチョウたちの嫌がらせで派遣されている悪魔だろう。

 

「近づいたらだめだ、来栖君、モルガナ。こいつらは怪鳥モーショボー。モンゴルに伝わる悪しき鳥。幼くして死んだ少女が変異して生まれた悪魔だ。顔を鳥に変えて頭蓋骨を割って延髄を啜るえげつない悪魔だよ」

 

えげつない警告に来栖たちの顔がひきつる。ケイは通り越して真っ青だ。アキラの失礼すぎる解説に、不満げに顔をゆがめた彼女たちは口々にひどーいと口をとがらせる。

 

「レディに向かってなんてこというの、ニンゲン」

 

「そーそー、口の聞き方がなってないぞー」

 

色白のかわいらしい少女たちは、艶やかな黒い髪の先端を羽のように左右に広げ、飛び交っている。一生懸命羽をばたつかせながら、3体、4体、と姿を現し始めた彼女たちの目は煌々と輝いている。

 

「アタシたちだって好みがあるんだから」

 

「いくらニンゲンがおいしそうなマグネタイトたれ流してても、こうも生意気だと食べる気なくなるー」

 

ねー、と両手をあわせ、まるで鏡写しのように少女たちは来栖たちをみる。無邪気な笑顔が今はただただ恐ろしい。きゃはは、という笑い声が乾いた破裂音で絹を裂く悲鳴に変わる。

 

「食べなくて結構だ、さっさと消えろ」

 

ばっさりと切り捨てたアキラは端末から悪魔を召喚する。そして、火炎攻撃を命じた。幾度も退治してきた悪魔なのだろう。銃撃と火炎が弱点だと看破したアキラは容赦なく防衛省から支給されている銃を打つ。

 

「おそーい」

 

「っ!?」

 

「アキラ!」

 

後ろから抱きついてきた少女がアキラの首に指を這わせる。その冷たさとこれからなにをしようとしているのかわかっているアキラの抵抗は迅速だった。んー!とだだをこねる子供のように離れようとしない彼女をアキラの使役する悪魔が火をとばす。髪が燃え、悲鳴を上げた彼女は一瞬ひるんで手を離す。アキラは身を翻して銃口を向けた。発砲するがモーショボーは身体が吹っ飛んでも抱きつこうとしてくる。黄緑色に発光する蛍光塗料が四散した。

 

「バフォメット、マハムドだ!」

 

「だからおそいってば!いっしょにいこうよ、ニンゲン」

 

次の瞬間、モーショボーの身体が粉々に四散する。

 

「アキラ!」

 

巻きおこる爆発に巻き込まれたアキラと使役する悪魔の姿が見えなくなる。助けにいこうとするが他のモーショボーたちが容赦なく暴風をたたきつけてくる。耐性があるモルガナがあわてて来栖を支援するが、今度はかばっているケイめがけてモーショボーが飛んでくる。

 

「いやあっ!」

 

たまらず悲鳴を上げたケイをかばう来栖を背に、モルガナがその突撃をはじき返した。

 

 

「ワガハイたちもいくぞ、暁!」

 

「ああ」

 

「ケイのこと頼んだぜ」

 

「いわれなくても。こい、アルセーヌ!」

 

黒い羽があたりに四散する。赤を基調としたカラーデザインとシルクハットのように伸びた頭部、そして黒い翼が強烈にケイにやきついた。黒と白の仮面をつけた異形は、長い爪、ハイヒールのように長い足を蹴り上げ、来栖の背後に降り立つ。

 

『己が信じた正義のために、あまねく冒涜を顧みぬ者よ』

 

凛と響く男の声は、紛れもなく来栖の声である。ケイは始めてみるペルソナの力に愕然としている。デビルサマナーではない、とわかったのだろう。アキラのように召喚機を使う気配がないのだ、突然現れた異形の秘めた強い意志は紛れもなく来栖由来のもの。瞬きすら忘れて見入っている。

 

『我の名を呼んだな、来栖暁。今一度我の力が必要か。ならば存分にふるえ、その怒りを』

 

初めて対面したときから、もうひとりの自分は己の原動力が怒りだと称した。ならこのわき上がる激情をぶつけるのが来栖のとるべき行動なのである。迷いはなかった。

 

 

「マハエイガオン!」

 

 

モーショボーの身体が呪詛にむしばまれ、闇にのまれて消えていく。少女たちの悲鳴が木霊した。

 

 

「アキラ!」

 

「津木さん!」

 

「おいおい、大丈夫かよ、アキラ!」

 

 

ようやくあたりを覆い尽くしていた砂埃が消え、視界が明瞭になる。そこに倒れている姿を見つけた来栖たちは駆け寄った。けほ、と口の中に入ってしまった土を吐き出し、乱暴にぬぐったアキラは大丈夫だよといいながら軽く手を振った。その手を取り、引き上げてくれた来栖に笑いかける。

 

「心配してくれてありがとう。あ、モルガナ、魔法はいいよ。無駄に場数はふんでないよ、身体だけは丈夫なんだ」

 

「にしては下手こいたけどな!」

 

「僕としたことがうかつだった。だいぶん、事態は悪い方に向かってるみたいだね。まさかケイさんがいるのにバイナルストライクかましてくるとは思わなかった」

 

身体の土を払いながら、アキラはケイをみる。

 

「急いだ方がいいかもしれない。ケイさん、たてる?」

 

「あ、はい、大丈夫です。でも、津木さんは」

 

「僕なら大丈夫だよ、いつものことだ。ほっとけば直るさ。そんなことより、先にいそごう。時間を稼がれてしまった」

 

 

 

コカクチョウの繁殖のために、数少ない仲間になる可能性があるケイを連れ帰ってほしいという願いとあきらかに矛盾した状況である。いやな予感しかしない。不安な顔をしたままケイは道を案内する。来栖たちは先を急いだ。

 

 

 

「ここに来たということは、もはや人間の姿に未練はないわけね?つまらない遊びもやっと飽きたみたいだし。さあ、アタシたちのところに戻ってきなさい。一緒に人を狩る者となりましょう」

 

「残念だけど、そうはいかないわ。たとえ同族であろうとも、あの人とケイにけがをさせた時点で貴女たちは私の敵よ。話が違うわ」

 

「いつの話をしてるのよ、もう7年も8年も前じゃない。今のアタシたちは、そんなどうでもいいこと、とっくの昔に興味なくなってんの。わかる?なんでそこまで人間にこだわるの?わからないわね。悪魔は悪魔、いくらアタシたちが人間に化けられるからって、人間になれるわけじゃないのよ?人間とずっと一緒になんか生きられやしないわ。さあ、バカなこといってないで、そこの人間共を食い殺して悪魔の姿に戻るのよ、ほら」

 

「嫌だといってるでしょう。私はあの人と、ケイと、一緒に生きると決めたのよ」

 

「そう、残念だわ。すっかり人間に毒されちゃって。だからアタシは反対したのよ、最後まで。仕方ないわね。いやだってんなら、無理矢理連れて行くまでよ」

 

「そうはさせないわ」

 

彼女がコカクチョウに戻ったとき、お母さん、という声が響いた。

 

「あ」

 

ケイは言葉が続かない。

 

「ケイ、こっちに来ちゃだめよ。津木さん、来栖さん、力を貸してもらえる?」

 

 

「もちろん」

 

「ああ」

 

「ケイ、こっから先はいっちゃだめだぜ、あぶねーよ」

 

「あ、あ、」

 

彼女は悲しげにほほえむ。

 

「ごめんね、ケイ。こんな化け物で。できることなら、私が貴女のお母さんになりたかったわ」

 

先ほど爆発四散したモーショボーを蘇生する魔法を唱えるコカクチョウを前に、アキラと来栖は戦闘体制に入る。上り始めた月が竹林を明るく照らし始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月が竹林を照らしている。

 

凄まじい風が荒れ狂う。ケイたちの強奪の邪魔をするアキラと来栖を排除しにかかる数多のモーショボーたち。もろとも爆発しようと群がってくる少女たちめがけて、乾いた銃声が響きわたり、アキラの召喚した悪魔の放つ業火が少女の悲鳴ごと焼き払う。来栖の放った呪詛はすべてを蝕み、粉々に四散させる。コカクチョウがモーショボーを倒しても倒しても蘇生させるところを真っ先に目撃した二人の意志疎通は早かった。コカクチョウを狙った方が得策だ。アキラは端末を操作し、新たな悪魔を召喚する体勢に入る。属性相性がわからない来栖はそのロスタイムをカバーしに、ナイフを抜いた。ケイの母親も来栖と共に凄まじい火炎を広範囲にわたって発動させる。一瞬にしてなぎ払われたモーショボーたちによって、コカクチョウを守っていた布陣が一時的にがら空きとなった。

 

 

「こい、アエーシュマ!」

 

黄緑色の目が痛くなるような蛍光塗料があたりに四散する。あふれるそれが魔法陣を形成し、向こう側から召喚された女は妖艶に笑った。

 

「わたくしは魔王アエーシュマ、憤怒と激怒を張りて、血の荒波を渡る者!さあ、残忍なる舵取りを任せしサマナー、アキラ。今回はなに用かしら?」

 

「コカクチョウを凍らせてやれ」

 

「あらぁ、こわいこわい。でも了解よ、アキラ。あの悪魔はいけ好かないにおいをしているわ。情緒ってもんがないやつはわたくし嫌いなの」

 

 

アキラの召喚した悪魔が親玉を叩くために魔法陣から飛来するや否や、身体に這わせている不気味な造形の木々が地面に突き刺さる。壷を抱え、くるりと浮遊したまま翻るスカート。来る攻撃を避けるべく、幼児の泣き声によく似た甲高い音が響きわたり、強烈な風の渦を産み落として敵は空高く舞い上がる。その直後、コカクチョウの足下から氷の木々が這いだし、一気にコカクチョウの全身を貫いた。発光した黄緑が粒子となって四散する。

 

 

「そこか!頂いていく!」

 

 

属性相性を把握した来栖はアルセーヌを呼ぶ。高らかな笑い声と共に飛来した真っ赤な怪盗は、身動きがとれないコカクチョウめがけて、凍てついた暴風をたたきつける。かんしゃくを起こした赤子のような声が木霊した。蛍光塗料に似たえげつない発光を繰り返す液体の雨が降る。降り注ぐそれが頬に落ち、つうとケイから伝い落ちる。

 

 

「あ」

 

 

やったぜ!とうれしそうに飛び跳ねるモルガナの傍らで、呆然としているしかなかったケイは、ふと手のひらをみた。ぽたた、と落ちてくる液体は赤色ではなく緑色である。そして発光している。

 

 

「あ、あ、」

 

「だ、大丈夫か、ケイ?落ち着け、それはマグネタイトだ」

 

 

それが悪魔を形作っているマグネタイトであるとアキラ経由の知識をモルガナは披露した。やがて気化したそれはすぐに消えてしまい、痕すら残らず粒子はあたりに消えていった。マグネタイトは貯蔵することがきわめて困難なエネルギー体だ。だからこそ、物質世界である現実に生きる悪魔はその調達に誰しもが苦慮するのである。そんな話が右から左に抜けていく。ケイはじっと掌を見つめている。ずるずると地面に座り込んでしまったケイは、なにかにおびえるように縮こまる。寒いわけでもないのに身体のふるえがとまらない。顔面蒼白になったケイは、あふれてくる涙をこらえることができない。

 

 

「どーしたんだ、ケイ?どっか痛いのか?」

 

 

モルガナは心配そうにのぞき込む。ふるふる首を振ったケイは、言葉が出てこないのか、呼吸するのがやっとなのか、紫色の唇をふるわせた。悪魔使いの来栖がつれているから、普通の猫ではないとはじめから思っていたらしいケイである。二足歩行の黒猫がモルガナだ、と認識した瞬間からケイにも声が聞こえるようになったらしい。魔界と現実世界のゆがみの中心だったコカクチョウを倒したからだろうか、モルガナは元の黒猫にもどっている。竹林を揺らす風の音だけが静かに流れている。武装をとき、銃を装填、端末を操作する音が聞こえる。モルガナとケイを案じてかけてくる足音がする。ケイの尋常ではない反応に、ふたたび羽毛をぬいだコカクチョウは、悲しげに目を伏せた。

 

 

「ケイさん、大丈夫かい?たてる?」

 

「ごめ、な、さ、力が」

 

「どうしたんだ、モルガナ?」

 

「マグネタイトみたらこうなっちまったんだ。なあ、どうしたんだ、ケイ?」

 

「やっぱり私が悪魔なのはいやだったのよね?ごめんなさいね、今まで隠していて」

 

 

ケイはぶんぶん首を振る。ちがう、それだけはちがう、そういいながら首を振る。来栖たちは顔を見合わせた。てっきり母親が人間ではなくコカクチョウであることにショックを受けたのだと思っていた。ケイは父親が悪魔使いだと知っている。だから神話などの本を読むのが好きだし、父親のことを尊敬しているから仕事の内容を聞くのが好きだという。きっとケイのことだ。コカクチョウだとばれた瞬間に、いつか自分もコカクチョウになる運命にあり、それに抵抗するか受け入れるか選択するときが来ると理解すると母親は覚悟していた。ちがう、とはっきりいわれたことで母親の表情はほっとしたい気分だが、ケイが明らかにおかしいため心配なことがわかる。

 

アキラは泣いている幼い女の子を相手するように、ひざを折り、うずくまっているケイの目線にあわせる。嗚咽が混ざり始めたケイをのぞき込み、辛抱強く対応するアキラ。やがてちいさくうなずいたケイは、すっかり力が入らないようでアキラに背負われると母親の案内で母屋に向かったのだった。

 

 

応接室に通された来栖たちに、ケイが母親に付き添われてやってきたのは、30分後のことだった。

 

 

「津木さん、来栖さん、ありがとうございました」

 

「一度ならず二度も助けていただいて、ほんとうにありがとうございます」

 

 

女性二人は深々と頭を下げる。ケイは泣きはらした顔をしている。それでも出てきたのはお礼を言いたかったから、そして伝えなくては行けない、という気持ちが羞恥心を上回ったからなのだろう。向かいに座ったケイは、たったひとこと、思い出した、とだけ告げた。

 

 

「津木さん」

 

「なにかな?」

 

「悪魔討伐隊には、×××という人、いませんか」

 

「×××・・・・・・ああ、ニッカリさん?うん、いるよ」

 

 

ニッカリは通称で本名は違う。でもみんなアキラが悪のりで呼び始めたあだ名を呼び始めたものだから、諸悪の根元は本名をすぐに思い出せなかったのだった。ケイはうれしそうに笑った。

 

 

「私、ニッカリさんに助けていただいたんです。また、機会があれば逢わせていただけませんか。お礼がいいたいんです」

 

「うん、いいよ。たぶん、ニッカリさんも喜ぶと思う」

 

 

民間人が逢うにはちょっと面倒な手続きがいるんだけどね、と前置きして、アキラは話し始めた。悪魔を討伐する組織は、秘密裏に政府機関でも民間機関でも存在している。アキラが所属する悪魔討伐隊は、防衛大臣であるタマガミが創立、主導権を握る政府機関である。従来の政府機関は都内のオカルト事件の解決に奔走する点は、民間と変わらないが解決の方法には政府の要請が優先される。それぞれの管轄する省庁の立場で捜査に参加し解決にあたるため小回りが利かない。海外の進めている霊的な兵器の調査や悪魔がらみの国際的な陰謀を政治に持って行ってしまう。続発する政治家に対する悪魔の憑依に、内々で強権を発動できるところは紛れもなく強みだったが、様々なしがらみはいつだっ手現場にいる人間にとっての憂いだった。それ故に悪魔討伐隊のように表向き民間機関に偽装した小回りが利く部隊は、始まりはタマガミの私的な投資から始まった。タマガミが防衛省の大臣になったことで所属は防衛省の特殊2課となった。タマガミが某国と取り引きして入手したシュバルツバースの情報をもとに、霊的な存在を実践支援に用いる研究を行う施設から派生し、実践する人間がやがて部隊となった。霊的な国土防衛のため、能力に特化した者を先導役とし、少数部隊の実行部隊を有するまでに規模が拡大した時期もある。それがアキラの知る悪魔討伐隊だった。主に異世界化した地域の解放作戦を担当し、日本に関わる霊的な侵略に対応するため様々な実験が行われ。実践に耐えうるとされたものが投入された。それが3年前までの話。今は日本の防衛に関わらない些細な事件、と政府機関が切り捨てる事件を中心に処理することが多い。

 

 

アキラの上司であるツギハギをはじめとした、最初期の悪魔討伐隊は、警視庁や自衛隊のエリート、シュバルツバースの調査隊に属していた者などで構成された一種のSWATで、武装に関しては様々な権限を有していた。東京地下に存在する無限発電所ヤマトの警備という大義名分があるため、特例的に銃を保持することが許されている。そこにシュバルツバースにしかいなかったはずの悪魔が出現するようになり、水面かでその存在がささやかれはじめ、スマホのアプリで爆発的に認知度が高まった。松田によって悪魔召喚プログラムを偽装したアプリ、通称DDSがばらまかれ、使いこなす若者が出始めた。DDSは個人が持つマグネタイト量を参考にアプリが起動できるか、できないかで適正を見極めていた。それを起動できた若者たちこそがアキラが尊敬してやまなかった先輩であり、失踪する直前までつきあっていた姉の彼氏であり、最後まで仲良くすることができなかった喧嘩友達だった。

 

 

きっとケイを助けてくれた滝水と共にいた男性は、最初期の隊員だった。そして×××という名前、そして使っていた悪魔なら間違いないだろう。

 

 

小さな女の子がないている。たくさんの人間が倒れている中、生存者がいると叫ぶ声がする。むせかえるような血の香りをまとい、誰の血かわからない赤をかぶり、ケイは泣くことしかできなかった。その感情の発露から発生するマグネタイトによってくる悪魔をなぎはらい、駆け寄ってきてくれたのはだれだったのか。ケイの記憶の向こうで、アキラの持つ悪魔召喚プログラムがダウンロードされた端末は見つけることができなかった。お父さんとお母さんがと繰り返し泣いているケイに、驚きの余り目を見開いた男性はよかった、とだけつぶやいた。こんな小さな子供までさらおうとしたのか、悪魔め。その言葉は怒りに満ちていた。

 

 

 

 

 

ケイの脳裏によみがえる幼少期の忌まわしい記憶。コカクチョウたち、来栖たち、彼らの激戦による濃厚な血の香りにケイは思い出してしまう。余りにも久し振りな感覚だ。思わず飛び込んだ廊下からは、怒号と悲鳴が飛び交っている。まさに阿鼻叫喚、いてもたってもいられなかった。ケイは知っている。どんどん強くなる血の香り。そこに混じる異形のにおい。人間だってその違和感にさえ気づければ、わかるのだ。それは日本であるまじき殺し合いだった。

 

 

「私のお父さんとお母さんは、私が小さい頃から吉祥寺近くにある教会に通っていたんです。私も一緒でした。お菓子を買ってもらえるから、いくのが楽しみだったんです。あの日は日曜日で、みんなでお話を聞きにいった帰りでした。みんなで歌を歌ったんです。いつも教会で歌うんですけど、そのときは教会にまだ人がいるのか誰かが歌っているのが聞こえてきました。私、歌うの好きだから、ちょっと難しい歌だったけど、とってもきれいな歌だったから歌ったんです。そしたら、お母さんたちが喜んでくれて。いつも上手だってほめてくれるんですけど、そのときはものすごく喜んでくれて。誕生日でもクリスマスでもないのにケーキを買ってくれたんです。そして、明日、学校だけどお休みして教会に行こうって。私の歌、すぐにでも神父様に聞かせてあげないと行けないって。マラソン大会が近かったから、体育でるのいやだったんで、私、うんっていったんです。そしたら、いい子だな、ケイは、それでこそ、うん、その先はわからないです」

 

「無理に話さなくてもいいよ、ケイさん」

 

「ううん、だめです。津木さん、私の事件のこと、追いかけてくれてるんですよね?お父さんとお母さん、殺した人捕まえるために。なら、私も思い出したこと、話さなきゃ」

 

「そういうことなら・・・・・・うん、続けて」

 

「たくさんの悪魔が私たちを取り囲んで、私を連れていこうとしたんです。あと1人足りないから、つれていけって」

 

「あと1人?」

 

「はい、3人まであと1人って。お前は別格だからって。そのとき、おとうさんとおかあさんは・・・・そしたら、教会の人が来てくれたんです」

 

「教会の?」

 

「はい、たぶん。教会でいつも警備なのかな、白い服を着て、教会の外や中を二人で歩いてる人たちだったんです。でも、」

 

アキラの目がすっと細くなった。

 

「ケイさん、聞きたいんだけど、いいかな」

 

「は、はい」

 

「白い服の二人は、ケイさんを助けてくれた。保護してくれるはずだったけど、悪魔に負けた」

 

「・・・・・・はい」

 

「悪魔みたいに、マグネタイトまき散らして消えた」

 

「どうしてそれを?」

 

「企業秘密、かな」

 

 

信じてくれないかもしれない、を言い当てられ、ほっとしたのかケイの言葉はふたたびそれを補強するような形で進んでいく。最後にアキラはスクラップブックを広げ、事件の質問者リストから見覚えがある人間がいないか確認を求めた。

 

 

「あれ?あれ?どうして、でも、あれ?」

 

 

協会関係者の写真を見たケイは固まる。

 

 

「この二人なんだね?」

 

「はい」

 

 

来栖はケイの反応と写真を見比べ、まさかとアキラをみる。

 

 

「現場にはケイさんの両親の遺体しかなかったんだ。なら、そこにいた人間はみんな悪魔だった、そういうことだと思うよ。悪魔は死んでも魂さえ砕けなければ蘇生させることが可能だ」

 

「そんな」

 

「ケイさん、事件はまだ終わっちゃいない。わかっただろ、その教会には近づいちゃだめだ。いいね?」

 

「は、はい」

 

うなずいたケイにアキラは満足そうに笑った。協力してくれたおかげでだいぶ事件の全体像が見えてきた、と感謝したものの、すべてが終わるまで話すわけにはいかないから、とアキラは断る。ケイは残念そうだが、うなずいた。来栖は促されて立ち上がる。そしてケイたちに門の前まで見送られ、車に乗り込んだ。車はゆっくりと走り出す。

 

 

「アキラ」

 

「どうしたんだい、来栖君。なにか気になることでもあった?」

 

「さっきのスクラップ、ケイのお母さんにも同じ人を見せてたよな。もしかして、知ってたんじゃないか?はじめから」

 

「教会の人間が悪魔だって?」

 

「ああ」

 

「だとしたら?」

 

「なんでわざわざ確認するんだ?藤原って人からの情報は正しかったんだろ?」

 

「子供の頃の記憶なんてあてにならないからね」

 

「ケイのことか?ならなんで」

 

「違うよ、僕のこと」

 

「え?」

 

「12歳の僕のこと。ケイさんにも、滝水夫妻にも確認がとれたから、僕はいよいよ現実を受け入れなくちゃいけないってわけだ。覚悟はしてたけど正直きつい」

 

「待ってくれ、アキラ。話が見えない」

 

「グーグルで検索すればすぐにわかるよ、調べてみたら?シュバルツバース調査隊、3号艦エルブス号、観測班」

 

 

ああ、それは。入力するまでもなく、かつてモルガナにシュバルツバースについての検索結果をみせたから履歴にすぐでてきてしまう。アキラの両親の記事が飛び込んできた。

 

 

「ごめん、来栖君。正直、僕自身頭が混乱してるんだ。しばらく、この案件は僕に預けてくれないかな」

 

 

もちろん、と来栖はうなずいた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。