女神転生Ⅳ the begin(メガテンⅣ×ペルソナ5)   作:アズマケイ

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姑獲鳥奇譚

「え、こられない?」

 

スマホ越しに困惑するアキラの声が聞こえてくる。来栖はすっかり水っぽくなってしまったアイスコーヒーを飲みながら、様子をうかがってみるがまだまだ電話は長くなりそうだ。えー中止かよ、せっかく杏殿の誘い断ってきたのに、と来栖の鞄の中でモルガナが不満そうにぼやく。

 

もともと気が滅入る依頼だったから、中止になるならそっちの方がいい。そう来栖は思う。悪魔退治を手伝ってほしいという、アキラに言わせれば陰鬱な声が指定してきたのはフロリダ。深夜の12時。さすがに真夜中出歩いているところを見つかり、補導されて佐倉に話がいってしまえば、ようやく勝ち得た信頼が一気に失われてしまう。それは困ると仲介のアキラに頼み込み、なんとか時間をずらしてもらったのに、肝心の依頼人が遅刻、しかもこられないかもしれない、もう約束から1時間もたっているのにだ。はあ、と何度目になるかわからないため息のあと、アキラは申し訳なさそうに戻ってきた。

 

フロリダで名前を出すと、すでに依頼人の名前で予約が入っており隅の席に案内された。この時点で嫌な予感はしていたらしい。遅れるかもしれないが絶対に待っていてくれと言われていた時点で。

 

「もう少しまとう、来栖君」

 

「じゃ、そのあいだの料理はアキラもちな!」

 

「うん、仕方ない。いいよ、僕が誘ったしね」

 

「やった!なにする、ジョーカー?」

 

「そうだな、じゃあ、これを」

 

「おごりとわかった途端容赦ないな、君」

 

「ばっかいえ、ビックバンバーガーのチャレンジ制覇する男だぞ、ジョーカーは。サンドイッチひとつで腹一杯って柄かよ」

 

「たしかにそうだ」

 

アキラは苦笑いして、万が一今回の依頼がキャンセルになった場合の段取りを組み始めた。時間をつぶすついでに店内を見渡していると、カウンターに若い女性が一人いる。ボックス席には中年の男女が座って談笑している。ここにいるのは悪魔に関わる職業の人間ばかりだそうだから、きっとふつうの職業の人はいないのだろう。フロリダはいつもより客足が少ない。どうやら依頼も少ないようでマスターはいつもよりひまそうだ。

 

オーダーを頼んで料理が並び、夕飯をかねた食事も終わり、すっかり皿が片づけられた。そろそろ悪魔討伐隊の本部に行って悪魔絵師の依頼を受けようか、とアキラが提案してきたころ。突然の轟音が響く。ドアを蹴破って入ってきたのは悪魔だった。押し止めようとしたカウンターの女性が強烈な一撃を食らって豪快に吹っ飛ぶ。あやうく巻き込まれかけた来栖はアキラに誘導され、難を逃れた。なんだなんだと飛び出したモルガナは自身が二足歩行の姿になっていることを確認する。どうやらフロリダがメメントスと現実世界の境が曖昧になる現象に飲まれてしまったようだ。中年の女が悲鳴を上げる。男はマスターに声をかけ、女をスタッフルームに押し込んでいる。

 

「アキラ君、頼んだよ!」

 

「はい、わかりました。マスターはツギハギさんに連絡、お願いします」

 

悪魔退治の専門家がいてくれて助かった、とマスターの言葉を背に、青いコートをなびかせアキラは魔獣に拳銃を向ける。

 

「ワガハイたちも行くぞ、ジョーカー」

 

「ああ、いわれなくてもわかってる。平穏な時間は取り戻させてもらう」

 

討伐が完了したことを知らせているアキラの隣で、モルガナは大きく伸びをした。

 

「ほんと物騒だな、悪魔をけしかけてくるなんて、どこの悪い奴なんだ」

 

「まったくだ」

 

「ワガハイたちも気をつけような、ジョーカー」

 

「ああ」

 

ツギハギへの連絡を終えたアキラをマスターが呼び止める。どうやら依頼人も悪魔の奇襲に合い大けが、今回の依頼は延期、穴埋めはいずれする。代わりに今フロリダにいる家出した娘をこっちまでつれてきてくれないかという依頼だったらしい。

 

ようやく目を覚ました女性は、よく見ると背伸びしたいお年頃の女子高生だった。

 

「助けてくれてありがとうございます」

 

お辞儀する彼女に事情を聞いてみる。

 

「私、滝水ケイといいます。ごめんなさい、ご迷惑おかけして」

 

ケイは父親が悪魔使いであり、何度かここに来たことがある。ちょっとした喧嘩で行くところがなくなり、ここで時間をつぶしていたらしい。お父さんが大けがをしたと聞いて、さすがに顔色が悪い。衝動的な家出のようだ。ケイがいうには、今回の悪魔襲撃は父親が追いかけている悪魔からの報復らしい。人間に化け、人間社会に紛れ込んでいる宿敵は、こうやって何度もケイたちを襲撃するらしい。けがをしたら宿敵の思うつぼだ。傷が重いなら動けない。入院場所がアキラたちの組織とつながりが深いところだと判明してちょっと安心のようだ。

 

「お父さん、おかしいんです。ここのところ、お父さんもお母さんもおかしくて。ちょっとしたことで怒られて」

 

滝水が追いかけている悪魔について、ケイはなにも知らされていない。ただこれを肌身話さず持っていろといわれただけだ、と差し出されたのはお守りである。どうやら悪魔を寄せ付けない由緒正しい神社のもののようだが、アキラは管轄外である。詳細はわからない。葛葉に聞けばわかるかもしれないがそれはまた別の話だ。

 

送ろう、と来栖が提案すると、さすがに父親が大けがを負ったとなれば気分も変わったらしい。ケイはあっさりとうなずいた。悪魔退治の専門家がいることも心強いようである。そしてケイは来栖たちにつれられて、吉祥寺の郊外に足を踏み入れたのである。

 

「ケイ、なにをしていたの!」

 

玄関を開けるなり血相かえてかけてきた母親の悲鳴がひびく。ごめんなさい、と縮こまるケイに母親はあきれ顔である。人様にまでご迷惑をおかけして、とめまいを覚えるのか、頭が痛いのか眉を寄せた。そしてアキラたちに気づいた彼女はどちら様でしょうかと困ったように続けた。

 

「私をここまで護衛してくれたの」

 

「護衛って、まさか、ケイ、またヘアリージャックにおそわれたの?大丈夫だった?」

 

「うん、大丈夫。来栖さんと津木さんが助けてくれたの」

 

「まあ、そうなの?こんなに若いのにデビルサマナーだなんてすごいわね。娘を助けてくださりありがとうございます。ってことは、ケイが家出したときお父さんが連絡入れていたのはあなたたちだったのね。ところでうちの滝水は?」

 

「今治療を受けています。命に別状はないかと」

 

「えっ」

 

「申し訳ありませんが、滝水さんの希望で入院先をお教えすることはできません。俺がくい止めるから心配するな、という伝言を預かっています」

 

「・・・・・・そう、ですか、ありがとうございます」

 

「お母さん、なんでお父さんそんなことになってるのに、なにも教えてくれないの?私のこと嫌い?」

 

「滅多なこと言うもんじゃないの!ケイはもう寝なさい、今何時だと思ってるの!」

 

「お母さん!」

 

「お母さんはこの子たちとちょっと大事な話があるから、ほら、ケイは先にご飯たべなさい。夜食用意してあるから」

 

おなかが空いているのは事実なのだろう。不満げな顔をしたままケイは引っ込んでいった。大きくため息をついた母親は悲しげに目を伏せる。もう限界かもしれない、とつぶやかれた言葉は悲痛に満ちている。

 

「ねえ、来栖さん、津木さん。うちの旦那からの依頼はケイをうちまで送り届けることなんでしょう?それなら、お金は出すから、別件依頼を受けてはもらえないかしら?」

 

「どんな依頼です?」

 

「うちの旦那が追いかけている悪魔の目的は私なの。だから、送り届けてくれないかしら?そこですべて終わらせるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別件依頼を受けるにしろ、断るにしろ、事情を聞かなければならない。ケイを滝水の実家にあずけ、急かす彼女を説き伏せ、来栖とアキラは事情を聞くため場所を移動した。なるべく人に話を聞かれない落ち着いたところ。しかもあまり距離が離れていない場所。悪魔に関する依頼をうけるとなれば、もういけるところは限られてくる。フロリダは数時間前の悪魔の奇襲で後かたづけを強いられており、休業状態。ミッドタウンのレストランは営業時間が17時から。あとは井の頭恩賜公園は日中だと目立っていけない。そういうわけで、アキラは来栖たちを悪魔討伐隊の支社に案内したのだった。

 

「というわけで、応接室使わせてもらいますね、ツギハギさん」

 

「だから毎回事後承諾を求めるな、アキラ。それとツギハギはやめろ」

 

「だって事前に連絡したら断るじゃないですか」

 

「あたりまえだ」

 

「でも、今回の件はあれに関わってるので退きませんよ、僕は」

 

はあ、と大げさにため息をついたツギハギは、好きにしろとだけいって応接室を指さした。軽くこづかれたものの、アキラが全く悪びれる様子もないあたりいつものことなのだろう。来栖と彼女は、アキラに案内される形で隊長部屋の奥にある応接室に通された。質のよいソファで待っていると、コーヒーを持ったアキラがやってくる。ツギハギが煎れようとしていたから、あわてて取り上げたらしい。ツギハギにやらせるとクリープと砂糖をいれた状態で煎れるので、香りも風味も飛んでしまい、ただのカフェインを飲むだけの液体と化すので飲めたものではないという。今回の犠牲者は僕だけですんだ、と冗談めかしながら、インスタントですけど、とふたつちゃんとしたものが出されたのだった。

 

「どこから話したものかしらね」

 

コーヒーに口を付けてから、彼女はアキラと来栖を見て、静かに目を伏せる。しばしの沈黙の後、意を決したように彼女は顔を上げた。

 

「見てもらった方が早いわ。ちょっと、これをみてもらってもいい?」

 

そういいながら、彼女はどこからともなく高そうな毛皮を出してきた。突然出現したそれは、まるで鳥の羽のようだ。色はとても美しく、クジャクのようだと来栖は思った。藍色から黒に流れ、そして翡翠色に変化していく鳥の羽でできた毛皮は、すっぽりと人を包んでしまえそうな大きさである。突然出現した羽毛に戸惑っている来栖と対照的に、それをみたアキラの表情は変わらない。彼女が突然依頼してきた理由も察しがついていたのだろうか、予感めいたものはあったがここで初めて確信を得たのかもしれない。じっと毛布を見つめる眼差しは恐ろしいほどに冷静だった。アキラと来栖の反応を見比べ、彼女は小さく笑うとその毛皮ですっぽりと身体を覆った。

 

「えっ」

 

来栖は愕然とする。毛皮があっという間の彼女を覆い隠し、一体化していくではないか。まるではじめから彼女の一部だったかのように、両手をすっぽりと覆った毛皮は彼女をきれいな青い鳥に変化させていく。翡翠色から黒藍色に変化していく翼と化した両手、翼の先端と同じ翡翠色に変化していく肌の色。着物と見まちがうような、身体の一部なのか、装束なのかよくわからない藍色の鳥の羽。足と着物と羽毛の境界がかぎりなく曖昧になり、彼女の面影はその顔つきだけとなる。その怪しい美しさを備えた鳥となった彼女は、変異した髪を手慣れた様子で結い上げると、野鳥の頭部を人に落とし込んだような造形になっていく。たった数分の出来事だった。

 

「来栖さん、は私のような悪魔は初めてみるようね。私は怪鳥コカクチョウ。ケイの母親を名乗ってはいるけれど、本当は滝水と契約している悪魔なの。とって食べやしないから、安心してはもらえないかしら」

 

くすりと笑う彼女に、ケイの母親の面影がある。来栖はうまく飲み込めないまま、うなずくしかない。

 

「これ、みる?」

 

アキラが装備している端末をはずし、なにかを起動させ、来栖に見せてくれた。

 

コカクチョウは人間の少女を誘拐しては自分で育てることで仲間を増やすと中国に伝えられる悪魔らしい。普段は鳥の姿をしているが、羽毛を脱ぐことができ、羽毛を脱いだあとは人間の女性となることができる。子供がいない状態のコカクチョウは人間の少女をさらっては養女にして育てることを好み、養女としてさらわれた少女は同じコカクチョウになる運命なのだという。

 

目の前にはコカクチョウという悪魔であり、滝水さんの仲間である悪魔。しかもケイの母親ではないと明言するコカクチョウ。来栖は思わず問いかけた。

 

「ってことは、ケイは?」

 

「お察しの通り、ケイは私が、いえ、私たちが引き取った子供なの」

 

口振りから察するに悪魔と使役する人間以上の関係ではあるようだ。

 

「一応聞きますが、誘拐したわけじゃありませんよね?」

 

「もちろん。あなたの仕事を増やすことはしていないわ」

 

「ならいいんです」

 

あっさり言及をやめたアキラに来栖は戸惑う。コカクチョウに育てられた少女がコカクチョウになるというなら、なんらかの事情でひきとったケイが彼女に育てられるのはまずいのでは。来栖の挙動を察したらしい彼女は、説明する気力がようやく沸いてきたようで重い口を開いた。

 

「6年、いえ、7年ほど前になるかしら。来栖さんも津木さんもたぶんケイと同年代でしょう?東京のあちこちで未成年の子供たちが行方不明になる事件があったんだけど、しってるかしら?」

 

彼女の問いかけに来栖はうなずいた。まだ小学生だったが、全国ニュースで何度も流れていたし、今でも番組改編の時期の特番で一度は取り上げられる迷宮入りの事件だからわかる。アキラも同じなのか似たような反応だ。

 

「コカクチョウは少女をさらう習性をもつ悪魔よ。だから犯人ではないかと疑われたわ。その調査に来ていた滝水と私は知り合ったの。忘れもしないわ。私たちの疑いを晴らすため、協力体制を敷いた私たちはたまたま誘拐されかけた女の子を助けたのよ。それがケイだった。まだ小学生の女の子だったわ。家族と出かけた帰りに襲われたのね、きっと。彼女以外はみんな死んでたからくわしくはわからないけど」

 

「まさか、悪魔に?」

 

「結局、犯人は今も捕まっていないからわからないわ。私たちも調べたけれど、悪魔が襲ったとしか思えない惨状だったとしかいえない。なにせ、何も残っていなかったのよ。すべて燃え尽きたあと。身元不明の焼死体が転がっていただけ。おかげでケイは自分の名前以外、ぜんぶ忘れてしまった。病院で目を覚ましたケイが私たちを見てなんていったと思う?お母さん、お父さん、っていったのよ」

 

彼女は悲しげにため息をついた。

 

「犯人が捕まらない限り、顔を見られたかもしれない犯人がケイを殺しに来る可能性が捨てきれない。だから、私たちは政府の機関に掛け合って、世間体は夫婦として彼女を子供に迎えることにしたの。こんな状態で、なにも解決しないまま7年もたってしまったわ。今更、帰れるわけがないじゃない」

 

苦悩に満ちた告白は続く。

 

もともと彼女はコカクチョウたちに向けられた疑惑を晴らすため、人間たちと協力体制をとる代表として派遣され、滝水と契約を交わして仲間になった。滝水に惹かれ、仲間以上の関係になっている。でも、彼女を派遣したコカクチョウたちはそうではない。あくまで代表として彼女を派遣しただけ。ただでさえ現代の東京でコカクチョウたちが数を増やすには、非常に雑多な手続きが必要となる。そんな中、彼女がケイを育てているということは、コカクチョウたちにとってとても大事な事実なのである。ケイをコカクチョウにして、一緒に帰ってこい。彼女が派遣されたときから背負っている任務である。もちろん滝水はすべて把握しており、コカクチョウたちからの嫌がらせを懸命に払いのけていたが、ここのところ嫌がらせがエスカレートしている。いくら事情を説明しても、色恋沙汰にうつつを抜かしていると端から相手にされない。

 

「それで、一人、コカクチョウたちに話を付けようと?」

 

「ええ。最悪、私一人だけでも帰ろうと思っていたわ」

 

「ケイはどうなる?」

 

「でも、これ以上あの人にもケイにも迷惑をかけたくはないわ」

 

難しい問題である。来栖はなんと答えたものか悩んでいた。するとアキラがおもむろに立ち上がり、応接室から出ていく。いきなりの行動に見つめていることしかできなかったが、1冊のファイルを片手に戻ってきた。

 

「これを見てもらっても?」

 

アキラが差し出したのは、彼女が説明した子供の連続誘拐事件のスクラップブックだ。当時の写真の切り抜きや事件が起きた場所の報告書などが時系列順にならんでいる。ぱらぱらとめくりだしたアキラはページを差し出す。

 

「この事件の少女がケイさんですか?」

 

 

「ええ、そうよ。よく覚えているわ。この記者の人、しつこかったから」

 

当時の忙殺された日々を思い出したのか、彼女はあからさまに嫌そうな顔をする。ケイの誘拐未遂事件のルポのようだが、その記事は他の新聞記事と比べてずいぶんと詳細な取材が行われたことがわかる。当時の個人情報の扱いがずさんだったこともあり、特定できてしまいそうな内容だ。それでもルポはシリーズのようだから、ずいぶんと熱心に追いかけていた記者がいたのだろう。藤原という名前をみつけた来栖の脳裏には、フロリダで初めてアキラを見かけたとき同行していた男がよぎる。間違いない、このスクラップブックは悪魔討伐隊の資料ではなく、アキラが個人的に集めているものだ。

 

「この写真、ほんとですか?」

 

スクラップブックの一番新しいところをめくったアキラは、彼女に提示する。

 

「よくこんなものが残ってたわね。ええ、そうよ。たしかにケイの家族はここの教会に通っていたわ」

 

ケイの家族が身元をはっきりと判断できない状態になるまで燃やされる形で殺され、ケイだけが誘拐未遂。あきらかに怨恨である。家族の周囲をさぐるのは当然だ。アキラが見せたのは警察から事情を聞かれた人間の中にリストアップされたある新興宗教の関係者だった。

 

「ありがとうございます。藤原さんからもらった資料なんですけど、本物かわからなくて。いかんせん、警察のとことうちは仲が悪くて、資料見せてもらえないんですよね」

 

「あ、やっぱりあの記者の人からのタレコミだったの?相変わらずすごい人脈してるわよね、あの人」

 

「でも、どこまで本当かわからないのが困ります」

 

「ふふ。でも、津木さんがその資料をみせてくれたってことは、まだあの事件は終わってないとここでは思ってるってことよね?」

 

「もちろんですよ。何一つ終わっちゃいない」

 

「そういってもらえて安心したわ。ありがとう」

 

「いえ、どういたしまして」

 

「その、よかったらなんだけど、私と一緒にコカクチョウたちの説得に来てくれないかしら。その資料と津木さんたちの証言があれば、もう少しだけ待ってくれる気がするの」

 

ちら、とアキラは来栖をみる。来栖は間髪入れずにうなずいた。ほっとした様子でアキラは笑うと、快諾したのだった。予定については彼女とアキラのやりとりで確定したら、すぐに来栖に送ることになった。彼女はしばらく滝水の実家に身を寄せるということで、送り届けたのだった。

 

「つきあってくれてありがとう、来栖君」

 

「オレはいただけだ。なにもしてない。それに、アキラだけでよかったんじゃないか?」

 

「とんでもない。君がいてくれたおかげで、僕がどれだけ冷静になれたと思う?僕一人だったら、こうはいかなかったよ、きっと」

 

「そうか?」

 

「うん、きっとそうだ。間違いなく僕はあの人を傷つける暴言を吐いたに決まってる」

 

「え?」

 

「どうして助けてくれなかったんだって、ね、うん。どうして、ケイさんだけ」

 

その言葉は押し殺していた怒りに満ちている。アキラの目が恐ろしくなるほど据わっているのが見えた。

 

「アキラ?」

 

「え?」

 

「大丈夫か?」

 

「あ、ああ、うん、ごめん、来栖君。・・・・・・僕としたことが。まだまだだなあ。だからツギハギさんに怒られるんだ」

 

いつもの調子に戻ったアキラである。来栖はほっとした。

 

「そのファイル、アキラのだろ?なんでそんな熱心なのか聞いてもいいか?大丈夫?」

 

「ああうん、いいよ。どうせ隠すことでもないし、新聞のアーカイブを見ればすぐにばれることだし。ケイさんみたいに誘拐される子供はたくさんいたんだ。それと同じくらい、その子の帰りを待ってる家族もたくさんいるってことだよ、来栖君」

 

アキラはまっすぐに来栖をみる。

 

「僕の姉さんも誘拐されたんだ、悪魔に。そして助けようとした僕は悪魔たちに襲われたけど、DDSのミノタウロスが助けてくれた。ここの傷はそのときの。シュバルツバースから父さんたちが帰ってこなかったから、姉さんと僕はおじいちゃんの家に引っ越した。でも、今度は姉さんが誘拐されて、ケイさんと似たような事情で僕はツギハギさんに引き取られたんだ。12の時から、ここが僕の家だ」

 


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