つまり面倒ごとも十割増しだ!
「…………凄く、胃が痛いです先生」
「胃薬ならあるぞ」
両方の瞳から涙を、口からは血を吐き出すツナを見てリボーンは何故か持っていた胃薬を投げた。投げられた胃薬は弧を描きながら宙を舞い、ツナの手に収まる直前に何故かそのまま落下し、地面に落ちた。パリーンと音を立てて砕け散るガラス、そして中に入っていた薬が地面に散らばった。
明らかに自分の手に届いていなかったのだが、そう疑問をツナに尋ねようとするのだがその前にリボーンは口を開き、
「ちゃんと取れよダメツナ」
罵倒を浴びせてきたのであった。
「…………ねぇ、リボーン。もしかして俺ってなんかしたかな?」
「いや? お前は特に悪いことはしてねぇな。強いて言うなら――――」
「強いて言うなら?」
「お前に運が無いってことだな」
改めて突き付けられる事実にツナはため息をつき、今もなお向けられ続ける殺意に辟易する。
一晩中向けられていのは正直辛かった。寝れはしたが休めなかったのだから。
恐らくこの殺意を向けているのはγあたりだろうと確信しながら、ツナは眼鏡を外して取り出したシャープペンを自らの腹部に突き刺した。唐突のことにリボーンの眉が少しだけ吊り上がったが、ツナは痛む様子を見せることなく息を吐くとシャープペンを引き抜いて鞄の中にしまう。
「おい、今のはなんだ?」
「ちょっと胃痛が酷いからね。この眼でその原因を見つけて殺しただけだよ」
ちなみにこういう使い方なら身体を傷つけないんだよ、そう言ってツナは傷一つついていない制服を見せつける。
「どうやらその眼はかなり便利なようだな」
「そうだね。こういう使い方しかできないならそれで良かったんだけど。と、いうか他の機能とかいらないんだよ! おかげでこの眼鏡をかけてなくちゃいけないし…………」
そう言ってツナはアリアから受け取った瓶底眼鏡を手で弄ぶ。
「眼鏡は嫌なのか?」
「あまり好きじゃないかな。でもつけてないと日常生活が大変だし」
ただでさえ負担が大きいというのに何故態々外して生活しなくちゃいけないのだろうか。
楽する手段があるのならそっちを選ぶのは当然の帰結であった。
でも、やっぱり瓶底眼鏡は正直無いと思う。
「本当、どうしてこんな能力手に入れちゃったんだろうかな」
「だがその能力のおかげでユニと、そしてアリアが救われたんだ」
「その話も知ってたか…………でもアリアさんには何もしてないよ俺。と、言うか出来なかった。ユニは線が凄く見えやすかったんだけど……………アリアさんは、その」
「そうか」
ツナの言葉にリボーンは顔を俯かせ、それでいて何かを納得したような表情をする。
「それで。俺はどうだ?」
「…………ごめん、多分今のままだとできない。やるとしたらもうちょっと深く見ないといけないと思う」
「今の言葉、俺やアリアの前以外で言うんじゃねぇぞ。特にバイパーやヴェルデにはな。お前のその眼は俺達に対してあまりにも蠱惑的過ぎる」
「分かったよ。確かに、不治の病の人とかにこのことを話すと凄い駆け寄ってきそうだからね。そこまでは出来ないんだけどさ」
例えばの話だが、全身に癌が転移した人間は例え病巣を全て殺したとしても助かりはしないだろう。何故なら既に全身が食われているから。無かったものを無かったことに出来やしないのと同じように、この眼はただ殺すだけの力。決して癒す力ではないのだから。
最低限生きる力が必要なのだ。そういう意味でユニは産まれたばかりの赤子だった。だから全身に、そして魂にすら蝕んでいたナニカとの繋がりを徹底的に絶ち殺し尽したのだ。長い時間をかけて、ゆっくりと少しずつ線を断っていって、もう普通の人間となんら遜色が無い程度までには繋がりを絶つことが出来たのだ。
しかし、アリアに対してはそれは出来ない。その理由は恐らく、あのオレンジ色のおしゃぶりを持っているからだろう。そしてそのおしゃぶりをアリアが持っているから繋がりが薄かったユニとの繋がりを絶てたのだろう。
「…………なんで、アリアさんはあんな事をしたんだろうか」
心の中でツナはアリアという女性とその娘であるユニの姿を思い浮かべる。
昨日、アリアの娘であるユニがツナの婚約者になった出来事の一件、どうして自分なんかを婚約者にしたのだろうか。確かにユニと知り合いである自分を選ぶのは何となく分かるし、何より仮にもボンゴレファミリーと言うイタリア最大のマフィアの後継者候補なのだ。婚約者になるのもあり得ない話ではないだろう。
しかし、だからこそ解せなかった。アリアはツナの眼を知っている。その能力の危険性も。
そんな危険人物に愛娘であるユニを託すのだろうか。そもそもとしてユニにはもっと相応しい人が居るのではないかと思う。
だから昨日はユニを泣かせないように「少し考えさせてね、ちょっと色々衝撃が強す過ぎたから」と説得し、内容を有耶無耶にして切り上げたのだ。
「ちなみに言っておくが婚約者の件に関してはユニがアリアに頼み込んだんだぞ」
「えっ!? 何でどういうことなの!!? ユニは俺なんかよりもずっと聡明でとっても良い子なんだよ!? なのになんでこんなダメツナなんかを……………」
「なぁツナ。お前ユニと一緒に居た時もあったって言ってたよな」
「う、うん。そうだけど……………」
リボーンの問いにツナは昔のことを思い返す。
イタリアに旅行に行った時、父親に連れられて十ヶ月近くイタリアで過ごした時、そしてユニが日本に遊びに来た時の出来事を。
「その時に何か無かったか?」
「……………誘拐とか襲われたりとか色々あったよ。ユニを狙ったものがね。まぁその都度俺が撃退していたけどさ。それで大怪我を負うこともあったよ。何度もユニに泣かれたし、その度にあの子は『私なんかを守ろうとしなければ』って自分を責める時も何度もあったよ」
「…………ダメツナって呼ばれている割には度胸はあるな。複数回もあったんだろ? なのにどうして止めなかったんだ?」
「決まっているよ。守りたい、大切な人(妹分)だからに決まっているよ。大切な人(妹分)を守るのに理由なんかいらないだろ」
あの時、アリアは自分にこの眼の使い方を教えてくれた。
そしてそれと同じ位の勇気も貰ったのだ。恐怖に怯えていたらきっと自分は狂ってしまう。
対して自分は変わっていない。だから勇気を出して前に出たのだ。
その結果、守れたものがあった。こんな壊すことしかできない自分でも守れるものができたのだ。なら全力でやるしかないだろう。後悔しないように頑張るしかないのだから。例えこの身が壊れることになったとしても。
「成程理解した。ユニにとってお前がどんな存在なのかをな」
ゲシッと足を軽く蹴られて鈍痛が全身に回る。
「いっ、痛いってリボーン!!」
「たりめぇだ。この朴念仁が。マフィアのボスになるんだったらもう少し欲深になっておけ」
「うぅ…………本当にどうしてこうなったんだよ…………」
そんな感じで二人が揃って学校に向かっている時の事であった。
「あ、ツナ君――――!」
一人の少女がツナに話しかけてきたのだ。
ツナはその少女が居る方向に視線を向ける。
そこに居たのはツナも良く知る、並盛中学校のマドンナ的存在、笹川京子の姿がそこにあった。
「おはようツナ君! あれ? 眼鏡外してるの?」
小首を傾げてツナの顔を見ている京子の姿を見て、ツナは思わず固まってしまう。
何故か彼女に話しかけられてから向けられる殺意が
「おはよう笹川さん。今日はいつものお兄さんが居ないけどどうしたの?」
「お兄ちゃんは今日部活の練習だって。確か鍋つかみを付けてするスポーツだったと思うんだけど」
「…………笹川さん。俺は笹川さんの将来が心配になって来たよ」
この人、あまりにも天然すぎる。内心で彼女の兄や親友の姿を思い浮かべてしまう。
大丈夫なのだろうかこの娘は。将来悪い人に騙されたりしないだろうか。
心の中でそう考えていると京子はリボーンと話をしていた。何やら家庭教師だと告げるリボーンだったが京子は「わー、すごーい」と言って喜んでいる。この娘は本当にそれを信じているらしい。更に心配になってきた。
「あ、そうだ! ツナ君、あの時はありがとう!」
そう言うと京子はツナに感謝の言葉を告げる。
「ん…………あぁ、あの時の事か。別に気にしなくても良いよ」
「何だツナ。何かあったのか?」
「うん。ちょっとね」
それはついこの間の事である。クラスで行った掃除の事である。
とある場所を掃除をしていた京子は偶然にも自分が居るということも気付かれずに鍵を掛けられてしまい、そのまま去られてしまったのだ。
その事に気が付いたツナは鍵を取りに戻るのも面倒なのでそのまま鍵を破壊し、助けたのである。
「ううん。そんなこと無いよ。ツナ君は凄い人だよ」
「…………まぁ、そう言われると悪い気持ちにはならないけどさ。さっきも言ったけど気にしなくて良いんだよ」
きっと自分以外の人も助けた事だろう。
そう告げようとしたがその前に京子は懐からある物を渡して来た。
ツナは渡された物を確認し、それが目薬であることを理解する。
「これは…………?」
「前に助けてもらったからそのお礼だよ。でもツナ君って目が良いのに眼鏡してるんだね。いらなかったかな?」
「そっか。なら貰っておくよ。それと勘違いさせちゃってゴメンね。一応これ伊達眼鏡なんだよ」
渡された感謝の品をツナはありがたく受け取る。
「でもどうして眼鏡なんかかけてるの? ツナ君の眼、凄く綺麗なのに」
「…………あまり好きじゃないから、かな?」
京子の問いにツナはそう返す。
ツナの気持ちが理解できるのは同じような瞳を持つ者だけ、それに一般人である彼女にこんなことを言っても意味が無い。
「それじゃあ一緒に学校に行こうよ」
「良いの? じゃあお言葉に甘えて、参りましょうかお姫様」
「え?」
「ああ。気にしなくて良いよ。昔アルビート…………友達から教えてもらったんだよ。男たるもの女性に対して紳士にならなければってね」
意地悪そうな笑みを浮かべながらそう語るツナに対し、京子は僅かに頬を紅潮させながら「う、うん」と短くうなずいた。
その光景を見ていたリボーンは顔を俯かせながら一言呟いた。
「あいつに先に教えるのは女を口説くテクからの方が良いだろうか。このままだと刺されても仕方が無いんだが…………」
アルビート、リゾーナ
この二名を覚えている方はリボーンファン一級だと個人的に思います。
一応この作品にも出て来ます。ヒロインになったりするかは不明ですが。