お兄さんが非常に動かし辛かったです。
最近、とてつもなく運が悪い。
内心そう考えながら綱吉は学校に向かっていた。
元々決して運が良いとは言えなかったが、ここ最近は特にそれが目立っている。その理由は分かっている。全てはあの傍若無人という言葉を体現しているリボーンのせいである。
「全てオレのせいにすんな」
リボーンがそう言うのと同時に後頭部に赤子の土踏まずがフィットした。
何度喰らっても慣れない。と、いうか段々威力が上がっている気がする。
「い、いや……………大体お前のせいだろ…………」
「確かにオレが関わってるのも事実だ。が、オレが関わらなくてもその内爆発してたと思うぞ」
「そんなわけないだろ…………たく…………」
綱吉はリボーンに文句を垂れながらも歩みを進める。
何故かは知らないが、こんな風に平和に登校するのは久しぶりな気がした。
最近友達になった獄寺君は今日はボムを仕入れにいっているし、山本は野球の試合が近い為朝早く登校している。風紀委員会の持ち物チェックに引っ掛かる物は持っていないし、雲雀さんに目をつけられる心配も無い。
心の中でそう思いながら、綱吉は久しぶりの平穏を噛み締める。
「引っ手繰りだ! 誰か、その男を!!」
そしてその平穏が一瞬で失われた事に溜め息をつく。
「ダメツナ、こっちに来るぞ」
「言われなくても分かってるよ」
リボーンの言葉に気怠そうに返しながら後ろを向き、攻撃を叩き込もうと構える。
「退け退けぇ!!」
引っ手繰りの男は道を塞いでいる自分に対してそう怒鳴りながら突っ込んでくる。
その行動に躊躇いは無く、邪魔をしようものなら容赦なく攻撃を加えて来るだろう。
「普通なら恐怖を覚えるんだろうけど」
綱吉はそう呟きながら引っ手繰りの男の間合いに潜り込み、
「生憎普通じゃないんでね!!」
その顎にアッパーカットを叩き込んだ。
「へ、ぇ…………?」
下顎部に拳を叩き込まれたことで平衡感覚を失ったのか、男はフラフラとした足取りになり、そのまま倒れ伏す。
どうやら上手くいったみたいだ。
気絶した男を見下ろしつつ、盗まれたものを手に取りながら綱吉はほくそ笑む。
この前の雲雀恭弥との一件以来、綱吉の直死の魔眼の能力は以前よりも向上していた。それが良いか悪いかで言うならば決して良くは無いのだが、以前よりも見れるものが増えて選択肢が多くなった。
今までなら過剰ともいえる行いしか出来なかったが、今では意識を殺してそのまま眠らせる事も出来る様になった。
「ダメツナ。顔凄いことになってるぞ」
ただその代償として負担も倍以上になってしまったが。
綱吉はポケットから取り出したハンカチで鼻血と血涙を拭う。
「相変わらず見た目がグロッキーになる奴だな」
「放っておいてくれよ」
盗まれた物を返した後、綱吉達は並盛中に再び向かう。
だが、直死の魔眼を使った代償か物凄い疲労感が全身を襲っていた。
「顔真っ青だぞ」
「そりゃ、使うつもりなかったからな」
リボーンに相槌を打ちつつも身体は言うことを聞かなくなっていく。
呼吸は荒く、全身は怠く、意識は朦朧としている。
「もう、無理」
薄れ行く意識の中、綱吉は立っていられずそのまま前のめりに倒れ込む。
その時だった。倒れた自身の身体を何者かが支えたのは。
「大丈夫か?」
「は、はい。すみません…………」
自分を支えた相手に謝りながら、綱吉はその人物の顔を見る。
白髪に額に傷がある人だった。
確かボクシング部の部長をやっているという笹川京子の兄だっただろうか。
「しかし、見事な一撃だったぞ! 突っ込んでくる盗人相手に一歩も引くこと無く立ち向かうとは」
「もっと怖いのを知ってましたから」
少なくとも風紀委員長に比べればあの男等微塵も怖くは無いだろう。
「オレは笹川了平だ。ところで沢田よ、ボクシング部に入らないか!?」
「遠慮しておきます」
「何故だぁー!!」
大声をあげる了平に綱吉は苦笑いする。
ただでさえ直死の魔眼の負担が大きいと言うのに、ボクシングなんかやれば更に酷くなる。
その上、白蘭が何か企んでいるかもしれないのだ。
とてもではないがボクシング部に入る気にはなれない。
「元々病弱というか、身体が弱いのでボクシングみたいな激しいのは出来ないんですよ」
「そうか……………それならば仕方がないか」
口ではそう言いつつも完全には納得していない様子の了平に、綱吉は乾いた笑みを零す。
実際に倒れそうになったところを見せてなければしつこく勧誘されていた事だろう。
そんな事を考えながら、綱吉は了平と話しながら学校に向かった。
+++
イタリアのとある場所に存在する古城にて、一人の老年の男が椅子に腰掛けていた。
男の名はティモッテオと言い、現在のボンゴレファミリーのボス、ボンゴレⅨ世である。
「…………ふぅ」
最後の書類にサインを記したティモッテオは一息つく。
こうして長い時間椅子に座り、書類仕事に耽るのは久しぶりだった。
書類仕事自体は毎日の事で慣れている。だが歳を重ねて老いたせいか、以前ならば楽々熟せていた筈の量の書類でも疲れるようになっていた。
まだまだ若い者には負けない、とはもう言えないだろう。
だからこそ後継者を選んだのだ。
だが、
「リボーンも、今回は苦戦しているみたいだね」
自身の依頼を受けた最強の殺し屋であるアルコバレーノの事を思い返す。
さっき処理した書類の中にあったリボーンからの報告書を見る限り、育成の方はあまり上手くいっていない様子だ。
とはいえ、それも無理は無いだろう。
歴代ボンゴレの中でも沢田綱吉はかなり異質な存在だ。
ボンゴレⅠ世の直系の子孫であり、直死の魔眼という破格の異能を持っているのだ。
いかに歴戦の家庭教師といえど育てるには時間がかかるだろう。
尤も、リボーンは一流の家庭教師である為、その心配はしていない。
初めから長期の依頼なのだ。むしろこの短期間でマフィアのボスとして相応しくなったのなら逆に心配するぐらいだ。
「さて、と」
ティモッテオは軽く背伸びをし、数枚の書類を手に取る。
その書類にはボンゴレファミリーの傘下のとあるファミリー、その次期ボス候補とボス補佐候補や後の幹部候補について記されていた。
「若いボス候補同士の顔合わせ、か」
歳の近い者同士、関係を深めるのはマフィア界でなくても別に珍しい話ではない。
今、ティモッテオの手の中にある書類は其々のファミリーの中でも綱吉にと歳が近い者について記されていた。
「エヴォカトーレ……………そういえば、エヴォカトーレは昔綱吉君が過ごして事もあったな」
もし彼がボンゴレ10代目の候補にならなければ、他の候補者が生きていたならば、エヴォカトーレファミリーに引き取られていた事もあったのかもしれない。
それだけ彼と、エヴォカトーレの次代を担う者達との仲は良かった。
「綱吉君も親友との再会は喜ぶだろう」
そう呟いた後々、ティモッテオは立ち上がり部屋を後にする。
エヴォカトーレだけではない。綱吉と同い年でありながらファミリーのボスをやっているシモンファミリーや、並盛町に拠点を置いているトマゾファミリー。
「彼等との出会いはきっと、綱吉君に良い影響を与えるだろう」
歳が近い者との出会いは互いに切磋琢磨する機会を齎す。
そして、この行動が綱吉にとって良い成長に繋がるということを超直感が告げていた。
「だから、少しだけ待ってはくれないか」
ティモッテオは自らの指にはめているリングに視線を向ける。
ボンゴレファミリーの紋章が刻まれたそのリングは、ティモッテオの言葉に呼応するかのように炎を灯した。