並盛町にあるとあるおでん屋、そこは昔ながらの伝統がある屋台でやっている店で、そこの店主は昔からこの並盛町でおでん屋を営んでいた。
夜になると仕事終わりの中年サラリーマン達が店にやってきて酔っぱらっていく。
その際に出る愚痴を聞くのが店主にとって毎日の日課だった。
しかし、何事も例外と言うものはあるようで本日店にやって来た客人は中年のサラリーマンでは無く、二人の少女だった。
「ああ、リボーン……………愛しい人」
「本当に可愛いですよね、キュートなリボーンちゃん」
一人の少女は高校生ぐらいの女性と言う表現の方が適切な外国人だった。勿論未成年には見えない。
もう一人の少女は中学生ぐらいの少女だった。しかもよく見たら着ているのは偏差値の高い女子中学校、緑中の制服だ。
本来ならば未成年であるというのにも関わらず彼女達はおでんをつまみにしながら日本酒を飲んでいた。既に一升瓶を三本も開けている。
しかし店主は冷静だった。よく考えればこの町は並盛と言いながらも住んでる住人は全然普通じゃない。
つい先日だって並盛中学の旧い学ランを羽織った少年や銀髪の少年がおでんを食べに来ていた。
だからおかしくないのだろう。よくあることだ。
店主は見て見ぬふりをすることにした。それが夜の町で暮らす賢い者の生き方である。
「でもビアンキさんもリボーンちゃんと知り合いだったんですね。ハル、驚いちゃいましたよ」
「ええ。彼とはイタリアに居た頃からの付き合いよ。彼との日々はとってもスリリングだったわ」
二人は日本酒を飲みながら話を酌み交わす。
結構度数の高い酒だったというのにここまで飲めるとは、出来る人たちだ。
感心する店主の心を知らず、二人はかぱかぱと飲み干していく。
すっかり酔っぱらってる二人の会話はどんどんと弾んでいく。
何やらツナと呼ばれている少年に対し互いに意見を交わしているが、さっきのリボーンという人物に比べ何やら物騒な言葉をつらつらと連ねているが店主はあくまで店主だ。
真面目に仕事をこなして四十年も生きてきたのだ、守秘義務と言う物がある以上どうすることもできない。
「リボーンは殺し屋だったのよ。それも超凄腕の」
「またまた~、ビアンキさんって嘘が上手――――はひっ? な、涙…………もしかして本当なんですか?」
何やら物騒な言葉が聞こえたが店主は無視していた。
それにしても今日は月が綺麗だ。
「それにね、リボーンが今家庭教師をしている沢田綱吉って奴はね。とんでもないクソガキなのよ」
「はひっ!? く、クソガキって……………一体なにかあったんですか?」
「実はね―――――」
ビアンキから語られた言葉を聞いていた少女はどんどん顔を真っ青にしていく。
そして同じように聞いていた店主はこう思った。
――――明日から別の場所で店やるか。
×××
あの日以降、ユニとの間に少し距離が出来た。
と、いうのもこれからどんな風に接して良いのかが分からないのだ。
綱吉の方は十年後以降もあんなに好意を示してくるユニの姿に、ユニは恐らく十年後の自分と出会ったことにより互いに混乱している状態なのだ。
――――十年後のユニ、綺麗になってたな。
ついそんな邪なことを考えてしまい、綱吉は顔を横に振る。
何を考えているんだ自分は、あれは十年後のユニだぞ。妹分でしかないユニだ。
ついちょっとした悪戯はする時こそあれど、あれだって加減したりしている。妹分だからこそ大切に思ってるし、ちょっと過保護すぎるのではないかと思う時だってある。
だからこそこんな邪な感情を持ってはいけないのだ。
「最近お前変だな」
「ちょっと黙ってよリボーン…………」
「お前の考えていることは分かるぞ。お前しか見ていなかったが十年後のユニのことを考えていたんだろう」
読唇術でも使ったのか、リボーンは綱吉の考えを簡単に見抜く。
「まぁ、ユニはルーチェの孫だからな。将来は美人になるだろうから、その気持ちは分かるぞ」
「お前何歳だよ……………」
「秘密だ。それにしてもツナ、お前すれているように見えて意外と純情だな」
「うるさい!」
リボーンに指摘された為、顔を背ける。
顔を真っ赤にして否定している時点で図星だと言っているも同然だが、否定したかった。
「俺から言えることは一つ、ユニを泣かせたらお前を地の果てまで追いつめてから殺す」
「そんな無茶言うなよ! 泣かせないようにはしてるけどさ!! でも…………ずっと泣かせないようになんてできるわけがないじゃないか」
昔、ユニを守った時に一度大怪我を負ったことがある。
それが原因でユニは物凄く大泣きした。
「俺は弱い…………俺なんかよりも強い奴はいくらでも居る。ユニを狙う奴等から守れない」
「だったらずっと一緒に居て守ってやれば良いじゃねぇか」
「こんな化物と一緒に居てユニが幸せになれるなんて思えないよ」
こんな全てを壊してしまう目を持っている自分が彼女を幸せにしてやれることが出来るだろうか。
いや、そもそも自分が壊してしまわないだろうか。
そう思うたびに心が苦しくなっていく。
「…………安心しろ。ダメツナ、お前は化物じゃねぇ。人間だ」
「嘘でも、いや、嘘じゃないか。そう言ってくれるだけでもうれしいよ」
「俺が言えた義理じゃねぇけどな。お前はもう少し他人を頼っても良いと思うぞ。お前はボンゴレ十代目になる男なんだからな」
「絶対にならないからな」
「マフィアになればモテモテだぞ?」
「お前今ユニを泣かしたら殺すって言わなかったっけ?」
互いにそんな会話をしていると隼人と武の二人が駆け寄って来る。
「すみません十代目!! こっちには見当たらなかったです!」
「ああ、こっちもだ。タイムカプセルってこっちには無いんじゃないのか?」
「そっか、多分そっちには無いとは思ってたけど、やっぱりか」
二人の報告を聞いて綱吉は頭を抱える。
今現在、自分達は教師の根津銅八郎に難癖をつけられてタイムカプセルを探すことになったのだ。
とは言え、何となくだが綱吉にはいくら探してもタイムカプセルが見つからないということが分かっていた。
そもそもとして埋めていないのか、いや、埋めては居るのだろう。
ただしそれは目当ての物じゃないのは言うまでもない。
「…………やっぱり、やるしか無いか」
最初から準備はしていたとはいえ、やっぱりきついものがある。
両目から血涙が流れ、眼で見て取れる死の線の数が増えていき、眼から発する痛みが大きくなっていく。
その激痛を堪えて、綱吉はある一点を見つめる。
「…………あそこだ」
直死を使い過ぎれば間違いなく気絶し、自分は動けなくなるだろう。
その事が分かっていた綱吉は駆け出して点が見えた場所に向かう。
崩れそうになる身体を持ち堪えながら点まで辿り着くと、綱吉は拳を振り下ろした。
その瞬間、他者の視点では綱吉が殴った箇所を中心にしてグラウンドに亀裂が発生し、広がっていく。当然なら綱吉の視点では大地の死の点を貫いた為、こうなったというだけのことである。
そして出来た亀裂の中に、何やら箱のようなものが存在した。
「ごめん、俺もう無理…………」
久々に直死の魔眼を酷使した影響か、綱吉は意識を手放した。
ひんやりとしたグラウンドの感触を肌で実感し、薄れゆく意識の中で隼人が箱の中身を見て何かをやっていたようだが、残念なことに意識が持たず消失した。
×××
バリンと音をたてて応接室の窓が割れる。
苛立ちが募る、怒りが募る、またやってくれたという気持ちで胸がいっぱいになる。
何となく分かっていたとはいえまさかまたやってくれたとは思わなかった。
「……………沢田綱吉」
最初は何処にでも居るような草食動物だと思っていた。
その考えが間違いだと知ったのは町で彼を見つけた時だった。
並中で見ていた彼とそれ以外の場所で見かける彼が別人のようだと気付いたのはそう時間も掛からなかった。
だからだろう、あれは草食動物じゃないということを知ったのは。
かといって自分のような肉食動物ではない、彼にそんな力があるとは思えない。
一番近いのは小動物だろうか。生きる為に必死に足掻くその姿は正に彼と同じだろう。
ただ一つ、沢田綱吉は小動物ではない。
――――彼は『獣』だ。
何故かそう思った。疑問を抱くことも無く、そう結論付けた。
自分にとって人間とは肉食動物、草食動物、小動物の三つが居ると思っていた。実際その三つしか居ないだろうと。
だが自分は知った。世の中にはそれ以外の存在が居ると。
故に、彼は『獣』だ。人間が倒すべき―――――絶対の敵だ。
「…………きみは僕がかみ殺す」
×××
噂話で後輩の事を聞いていた。何をやってもダメ、劣等生だと。
だが後輩は自分の妹を助けた。そして目の前にある脅威に立ち向かうことができるとても強い人間だと。
そんな彼と拳を酌み交わしてみたいと思ったのは、自明の理だった。
とは言え、彼の事を自分はよく知らない。
妹からよく聞く彼の姿の事は知っているが自分自身で見てはいない。
だが今、見た。見てしまった。
彼はグラウンドを割って見せた。正しく、神に愛されているかのような存在だ。
「沢田ァー! 俺はお前をボクシング部に入れてみせるぞー!」
少年は自分の部室で「極限だー!」と叫ぶ。
かくして、一人の少年を巡る争いが始まろうとしていた。