ランボの出番は次回になります。
ある日の事だった。
学校も休日だった為、最近一緒に行動する機会が少なかったユニと外出していたのは。
最近は忙しくて共に居る事が出来なかった分、その穴を埋める為に今日は二人きりでショッピングだった。
「…………ユニ、大丈夫?」
「――――はい、私は大丈夫です」
「本当に大丈夫なの?」
「――――はい、私は大丈夫です」
「ねぇ。ちょっとこっちを見て欲しいんだけど…………」
「――――はい、私は大丈夫です」
「駄目だこりゃ」
放心しているユニの様子を見て綱吉は両手を広げて宣言する。
最近ユニの調子がおかしいことは理解していた。だが、ここまで酷いとは思っていなかった。
はっきり言って何が起きているのか分からない、気が付いたらこうなっていたのだ。
「一体何が起きているんだか…………」
頭を掻きながらユニの身に起きた異常に困惑する。
唯一分かることと言えばユニの全身に赤い文様が刻まれていることだろう。
一見してタトゥーのようなものかと思ったものの、ユニがそんなものを彫るとは思えなかった。と、いうかそんなのいつ彫ると言うのだろうか。
だがこれが原因であることは分かった為、リボーンに伝えた結果――――、
「何だそれは? 俺には見えねぇぞ」
とのことだった。
つまり、綱吉が有する直死の魔眼にしか見えない代物だったということだ。
だが見えるというだけ、綱吉はこの線に干渉できなかった。
否、そもそもこれは死の線ではない。あくまで何か、強大な力の上澄みが出てきただけでしかないということだ。
「本当、何が起こっているんだよ…………」
妹分であるユニの身に異常が起きたのは確かなことだ。
だから兄貴分である自分が何とかしないといけないのだ。決してユニのことを見守っている保護者の一人から非通知で「姫に何かあったら、ぶっ殺す」と電話が来たからではない。
とは言え、方法が分からない以上どうすることも出来ない。
あの自称お姉ちゃんは何か知っているのかもしれない。物凄く驚いていたし、その後に浮かべた表情がとても愉悦に満ちたものだった為、教えてくれるとは思っていないが。
「やぁ、綱吉君。大変そうだね」
思考の渦に囚われつつあった綱吉に、誰かが声を掛ける。
その声を聞いた瞬間、綱吉は頭をハンマーで殴られた衝撃を味わう。
知っている、忘れられない、この声を忘れることなどありえない。
綱吉は声のした方向に視線を向ける。
そこには綱吉が知っている男、白蘭がカレーパンを持って立っていた。
「白、蘭…………!」
「久しぶりだね。綱吉君、本当に奇遇だね。いや、本当にね――――」
×××
「ほら、食べなよ。安心して、毒なんて入っていないからさ」
立ったまま話すのもなんだから、そう言われた為に三人揃って公園のベンチに座る。
ベンチに座ったところで綱吉は差し出されたアンパンを見つめる。すると白蘭がそう呟いた。
「ふざけんな。確かに毒は入っていないけど、怪しすぎだろ」
「流石は直死の魔眼といったところだね。でも残念だけど今日は僕も偶然ここに居るだけだからね」
白蘭はシュガートーストに齧り付きながら言う。
どうやら嘘は言っていないらしい。綱吉も同じようにアンパンに齧り付く。
口いっぱいに餡子の味が広がっていく、と、いうか甘すぎる何だこれは。
「ちょっ、甘すぎ……………何このアンパン」
「フフフ。それは僕の好みの味だよ。マシマロの次くらいには好きかな?」
「何がマシマロだ。マシュマロだろ」
駄目だ、会話していると頭が痛くなってくる。
正直言って白蘭という人間は苦手だ。内心感じていた苦手意識を再度自覚する。
「やっぱり、俺はお前のこと苦手だ」
「僕はそうじゃないけどな。特に綱吉君っていじると面白そうだし」
「愉悦的な意味かよ!!」
白蘭の台詞にツッコミを入れる綱吉。
一体何を考えているのかが全く分からない。いや、それも正確ではない。どちらかというと理解したくないの方が正しいだろう。
正に綱吉の天敵とも言える存在だ。
「ま、話はこれくらいにして、ユニちゃんだよね?」
「……………もしかして知り合いなのか?」
「いや? この世界では初めましてになるかな」
胡散臭い笑みを浮かべながら訳の分からないことを言う。
この世界? どういうことだ? そう聞こうとする前に白蘭は目を細める。
その表情は先程までの愉快な物を見る眼とは違い、何かを観察するような視線だった。
「うーん、二人目は綱吉君かと思ったけど…………ユニちゃんの方が先だったか」
「白蘭、お前…………ユニがずっと上の空な理由分かるのか?」
綱吉の問いに白蘭は無言のまま頷く。
「うん。まぁ、これはユニちゃんだけの問題かな? 大丈夫大丈夫、暫くしたら戻るからさ」
「―――――ええ、今戻りましたよ。初めまして、白蘭」
いつの間にか取り出したマシュマロを口に頬張りながら白蘭が説明をしていると、突如としてユニの意識が覚醒した。
「ユニ! 大丈夫!?」
「すみません沢田さん…………少し、本当に迷惑をかけました」
ユニは頭を抱えてふらふらと綱吉の身体に寄り掛かる。
本当に参っているのか、顔色も優れていない。
「さて、ユニちゃんも元に戻ったみたいだし。僕は帰るね」
白蘭はそう言ってベンチから立ち上がり、足早に去ろうとする。
色々と聞きたいことが山程あるがどうせ答えてくれないというのは分かっている。何故ユニと初対面の筈なのに知り合いのように接しているのか、そもそも何者であの時は何故あんなことをしたのか等。
だがそれを答えるような相手じゃないこともわかっているし、綱吉も何となく分かっている。
恐らく白蘭にはユニと似たような異能を持っているということを。
「あ、そうだユニちゃんに綱吉君。この後色々と大変みたいだけど頑張ってね。ユニちゃんは羞恥的に、綱吉君は未来的に絶望しそうだから」
「おい! それはどういう」
言葉を最後まで言う前に白蘭の姿は消え去った。
最初から最後まで意味深なことを言うような奴だった。
逃げられたことに腹を立てながらも自意識が戻ってきたユニに安堵し、その頭を優しく撫でる。
ユニは嬉しかったのか、顔を綻ばせる。
「すみませんツナさん。ずっと迷惑をかけて…………」
「気にしなくていいって。俺も好きでやってることだし」
「…………あの、沢田さん。一つだけお願いしても良いですか?」
「何?」
姿勢が辛かったのか、ユニは頭部を綱吉の膝の上に乗せながら続ける。
「もし、私が悪い人になったら…………殺してくれますか?」
「え、やだ」
「即答ですか…………」
ユニの口から出てきた言葉を一蹴して軽く拳骨を加える。
「いたっ」と僅かな痛みに顔を顰め、ユニは拳骨をされた個所を手で押さえる。
「ユニはそんな悪い人にならないだろ。だからそんな事言うなよ…………」
「うー、痛いです。でも、もしかしたらそんな人になっちゃうかもしれません。私だって子どもです。大人になったらどんな人になっているか、分かりません」
「それを言うなら俺だって同じだよ。ううん、誰だって悪に堕ちる時はある」
直死の魔眼を覚醒した時もそうだった。
あの場にアリアが居なかったら、きっと自分は悪に堕ちていたかもしれない。
ついそう思ってしまうもののユニにはその表情を見せないように気を配る。
「だからそんなことを言うなよ。ユニのことを大切に思ってる人は沢山居るんだからさ」
「でも、私はそんな風に思ってもらえるような人じゃ…………」
「ならもしユニが悪い子になっちゃったらさ、俺が責任を取って止めてやるから」
「それは、どういう…………」
「勝手に悪いことできないよう、ずっと側に居てやるってことだよ」
綱吉がそう告げるとユニの顔色が僅かに紅潮する。
「うぅ、沢田さんは卑怯です」
「はいはい、卑怯で良いから。それじゃ、帰ろっか」
そう言って綱吉は立ち上がってユニを背負うとこの場を後にする。
しかし、彼らはこの時まだ知らなかった。
この後綱吉達の予想がつかない事が一人の幼児の手で引き起こされることを。
それもかなり頭の悪い方向で。