中々思い浮かばず一か月近く書いては消しの繰り返し、ちょっとスランプに陥ってました。
取り敢えず次回で山本編終了、&ユニとついでのランボ編入ります。
血が飛び散った。血礫が飛び散った。どうしようもないほど鮮血が飛び散った。
武は目を見開き、起こった出来事に息を飲む。
自身の身体に傷は1つもついていなかった。いたって無事だった。
しかし、それは同時に自分では無い誰かが傷付いたという意味であり、武を庇った者が血を流して前のめりに倒れようとしている。
ゆっくりとスローモーションのように倒れ行く者の姿に、武は心当たりがあった。
「…………ツナ?」
先日親しくなり、警告をしてきた少年は今、肩口から脇腹にかけてまで一閃された大きい傷から血を流しながら地面に倒れ込む。
血の水たまりを作り、動かなくなった綱吉の姿はまるで死体を連想させるかのように動かなくなっていた。
「おい、ツナ!!」
ぴくぴくと痙攣し、口の端からも血が流れている綱吉の姿を見て武は急いで駆け寄り声を掛ける。
身体を揺らそうとして、綱吉の怪我の様子から下手に手を出さない方が良い怪我だと理解する。
否、素人目から見てもこの怪我はかなり危険だ。恐らく内臓も斬られているのではないだろうか、そう思ってしまう程大きな傷だ。
急いで病院に連れて行かなければ間に合わない、否、死ぬだろう。
「……………ぐぅ、あ…………い…………」
幸いなことに意識だけは失っていなかったが、それが幸運なことなのかと聞かれれば間違いなく違う。
むしろ気絶していた方がどれだけ良かったことだろうか。
「に、げろ…………! 山本…………!」
苦痛に呻きながら絞り出した声音に武は「はっ」と気付き、自身に向かって刀が振り下ろされていることに気付き、迫り来る斬撃を紙一重で回避する。
綱吉が教えてくれたこと、そして武の超人的身体能力と鍛えた肉体、そして超一流の才能があったから出来た事だ。
「………奥の、手の……………煙玉!」
そして綱吉は懐に隠し持っていた煙玉を叩きつぶし、煙幕を張る。
ボフンと間の抜けた音と共に白い煙が周囲一帯を塗りつぶし、風が吹いた時には綱吉と武の姿は消え失せていた。
×××
「あ、っぐぅうううううううう!!!?」
痛い、熱い、苦しい。今ここで死んでしまえたらどれだけ楽になれるのだろうか。
心の中でついそう思いながらも綱吉は自らの傷口にアルコール度数の高いスピリタスをぶちまける。
傷口全体が非常に熱くなる、いや、むしろ焼き鏝でも押し付けられたかのような激しい激痛が襲い掛かる。
「ふ、ぐ…………」
苦しみから逃れるかのようにゴロゴロと転がりたくなるのを我慢しながら綱吉は糸を通した針で自らの傷口をチクチクと乱暴に縫い合わせていく。
綱吉自身不器用だし、家庭科の成績も悪い。その為酷く大雑把な縫い方になったが出血は少しは収まった。とは言え、命の危機には変わりなく、このまま居たら間違いなく命を落とすだろうが。
「さっき、よりは…………マシになった」
そう言って綱吉は自身の傷口にボールペンを突き刺す。
すると出血が収まり始め、やがて流血は止まった。
(この眼で出血を殺す、やってみれば意外と出来るもの、か)
初めての使用方法が上手く行ったことに安堵の息を漏らす。
最も、ここまで大怪我を負うという事が無かった為であるので状況的には最悪に近いのだが。
「……………こっちには来てないぜ」
「そっか……………」
武の言葉に綱吉は安堵の息を漏らす。
あの後、煙幕を張った綱吉は武に担がれるまま近くの建物の中に逃げ込んだのだ。
逃げ込んだ場所は幸いなことに誰も住んでいない空き家だったらしく、何故か会った酒瓶の中にスピリタスが入っていたが幸運なことだろう。
(多分、というか間違いなく白蘭のせいだろうけど)
あまりにも都合が良すぎる立地に道具があることに綱吉の直感は自身の考えが正しいということを告げている。
本当に迷惑極まりない。今回の一件も全てアイツの仕業だろうに。
綱吉は苛立ちを覚えながらもこれ以上同じことを考えていてもどうしようもないと結論付け、武に問いかける。
「……………山本、一つ聞いても良いかな?」
「あ、ああ……………」
「あの幽霊、明らかに山本を狙っているみたいだけどさ。恨まれるような覚えはある?」
「いや、無いと思う」
「だよね。山本だし…………と、いうかあんな刀を振り回すような幽霊と知り合いな筈が無いよね。ごめん」
恐らく恨まれるとしたら先祖辺りの誰かだろう。
もしくは父親という線もあるだろうが、恐らく逆恨み染みた妄執だ。
「どちらにせよ。逃げ場は無いよなぁ。今ここで倒さなくちゃ俺たち死ぬし」
「なんか、死ぬって簡単に言うのな」
「現実として待ち構えているんなら変に取り繕っても仕方が無いよ。それなら割り切った方が早い」
とはいえ、倒す方法が全くと言っても良いほど思いつかないわけなのだが。
死を視るこの直死の魔眼はあくまでその点や線をなぞらなければ発動しない。
戦闘中にその線をなぞる必要があるのだが相手はかなりの腕前だ。そしてこの眼が視る死は状態によって変動する。ここまで重症を負えば自らの体の死が多くなることも必定だった。
少し動いただけで全身がばらばらになって死ぬ感覚が自らに迫る。それが夢幻のものであるということを理解してはいても恐怖が身体を蝕んでいく。
それが流血のし過ぎによる身体の震えなのかは分からないが、今になって死ぬのが怖いと思ってしまう。
「なぁ、ツナ」
そんな綱吉の様子に山本はいつもどおりの軽快な口調で話しかける。
「俺に出来ることはないか?」
自らの命をかけることを簡単に宣言した。
「………………山本、簡単に命を捨てるようなことを言うなよ」
山本武は素晴らしい人間だ。きっと多くの人を笑顔にすることができるだろう。
自分みたいな死を視るしか脳の無いような人間とは違い、きっとなんだって出来るだろう。
彼には野球という夢があり、将来があり、いつか必ずたどり着ける未来がある。
―――――獣に堕ちるしか無い自分よりも遥かにマシな人間なのだ。
「いや、俺達友達だろ?」
だというのにそんな自分のことを友達だと言ってくれるのだ。
「あの時さ、殆ど喋りもしなかった俺のことを助けてくれただろ? だから俺もツナの助けになりたいんだよ」
獣になるしかない自分の事を友達だと言ってくれるのだ、助けになりたいと言ってくれるのだ。
ならばこれに応えずして友と面と向かって誇れるだろうか。
「…………なら山本、俺と一緒に刀を持ってほしい。あいつを斬ってほしい。奴を殺すまでの道まで俺が山本を導くから、山本に決着をつけてもらいたい」
すでにそれ以外の道が用意されていないことも承知の上、ならば生き残るためにこれに賭けよう。
正にギャンブルだ。ただし掛け金は自分たちの命と相手の死、正しくハイリスクローリターンである。
なれどもうこれしか方法が無い以上、二人に道は残されていなかった。
「ならさ。試したいことがあるんだけどよ―――――」
×××
甲冑姿の男は憎悪に燃えていた。かつて戦った、すでに覚えていない、篠突く雨の男がもたらした敗北。
それしか覚えていない男はそれでもなお憎悪に燃え上がっていた。
「……………本、つ…………!!」
最早この眼は何も映さぬ、この瞳は憎悪しか認めぬ。
否、これこそがこの仮初の命の答えだ。この憎悪を晴らすまでは決して消えたりはしない――――!!
甲冑姿の男は憤怒を携えたまま背後に居るであろう二人の姿を睨む為に振り向く。
「決着、つけにきたぞ」
一本の刀を二人で持つ形で、綱吉と武は甲冑姿の男の上を取る形でその姿を表した。
方や死に掛けの半死人、取るに足り得ない存在だ。とはいえ、奴が有する眼は此方を滅ぼせる唯一の手段な為、油断や慢心など出来ないのだが。
男はそう考えて二人の所まで歩みを進めようとして、その前に二人が飛び降りた。
「――――――ッ!!」
誰がどう見ても自殺行為でしかない筈の行動に男は驚愕する。
あの高さから落ちれば間違いなく死ぬだろう。しかし、それは自身の目的が達成できなくなるということと同義。
故に男は跳躍した。重みを感じさせない軽やかさで二人に接近し、そのまま両断する。
「お前なら、そうすると思っていた」
しかし、両断したはずのそれはただの水でしかなかったのだ。
既に刀は降り抜かれており、迎撃は不可能。
「お前のその怨念は誰かに向けられたもの、誰かを殺したくてたまらないと言わんばかりのものだ。だからお前は必ず攻撃を仕掛けて来る。そしてその読みは当たった」
そして二人は剣を振るう、綱吉に誘導されるがまま山本が振るう。
振り抜かれた斬撃は男の線をなぞり、その身体を両断した。
「―――――ッ!!?」
与えられた死は絶対の物、最早足掻く事すら許されない。
『山本剛』に復讐する為に蘇ったというのに、身体が魂ごと崩壊を始めている。
「―――――――――――――ッ、ッ!」
男は必死になって手を伸ばそうとする。
しかし綱吉に睨み付けられたことにより、手が引っ込んでしまう。
元より仮初の命だった男は声すら出すこともなく、どうして蘇ったのかを語ることも無く、完全に消滅した。
(…………それが一番良い結末だ)
落下する最中、綱吉はついそう考えてしまう。
あの男が何故山本に固執するのか、その理由について何となく察しがつくからだ。
だがそれは所詮過去の話しだ。今更掘り返しても誰も幸せにならない。
例え後味が悪くても真実は知らないままにしておいた方が良いのだ。
「で、この後どうしよう」
綱吉はついそう呟いてしまう。
武の発案に乗ったわけなのだがこの後どうするかを考えていなかった。
あの男を斬った際に勢いは殺せたがこのままだと怪我を負うだろう。
しかし、どう足掻いても良い案が思い浮かぶはずもなく、二人は二秒後に地面と激突するのであった。