ちょっと難産でした。
ぶつかり合う剣戟の数々、互いに火花を散らしあいながら鍔競り合う二人(片方は人であるかすら怪しいが)の姿。大凡この世のものとは思えない程幻想的であり、現代日本では間違いなく一発で警察に御用となってしまっても文句も言えないだろう。
しかし武にはその姿にとても目を奪われたのだ。
「一体、何が起こっているんだ?」
茫然と呟く武の前で二人の戦いは決着を迎えようとしていた。
包帯甲冑の男が振るった刀を回避し、綱吉は懐に潜り込んで切っ先を胸の中央に突き刺す。
ガシャリと甲冑が揺れる音と共に包帯甲冑の男は地面に崩れ落ちた。
「魂と肉体の繋がりを殺した。もう、その身体でお前は戦えない」
地面に崩れ落ちた包帯甲冑の男に綱吉は懐から取り出した塩、ウィスキーボトルに入った琥珀色の液体を振りかける。
するととてもではないがこの世の物とは思えない悲鳴染みていながらも声にもなっていない叫び声をあげる。あまりにも悲痛に満ち満ちた叫びは木霊する度に周囲の木々を揺らし、
マッチに火をつける。
「アルビートも言っていた。『火は除霊にも重要なものだ。特に肉体を得た霊には更に効果的だ』って」
殆ど無感情と言っても良い程冷たい表情で綱吉は火のついたマッチを放り投げる。
放り投げたマッチの射線上には琥珀色の液体が全身に降り掛かった騎士甲冑の男の身体であり、マッチが落ちると共に男の全身は勢いよく燃え上がった。
あまりの蛮行に武は制止させようと飛び出そうとするが、男の口から耳を劈くほどの悲鳴が鼓膜を振動させ、武は思わず両方の耳を塞いでしまう。
「あ、ぐぅ……………!」
最早身動きすら取れない中で、武はその眼で確かに見た。
今もなお燃え上がっている男の瞳が此方を向いて、口から青白いプラズマのような物が飛び出し、自身の方に向かってくるのを。
「なっ、しまった!!」
綱吉はすぐさまその手に携えていた刀を青白いプラズマ目掛けて勢いよく投擲する。
運動神経が悪い同級生が放ったものとは思えない一撃はいとも容易くプラズマを貫いた。
『――――――ッ、――れ、――えん、流!! ――、剛ッ!!』
刀に貫かれたプラズマは一瞬だけ、途切れ途切れに言葉を発するがすぐに消え失せる。
プラズマを貫いた刀はそのまま武の顔の横を通り過ぎて地面に突き刺さった。
「っち、殺せなかったか……………」
消え失せたプラズマの姿を確認し、綱吉は眉間に皺を寄せる。
「はぁ……………何でこんな所に人が居るのかなぁ。アルビートじゃないから人払いの結界とか張れないんだから仕方が無いんだけどさぁ」
ため息交じりに髪の毛を掻き分けて頭をガシガシと搔きながら武に歩み寄る。
「さて、取り敢えず質問するけど怪我とかは無いかな?」
普段の彼とは思えない程、冷静な二色の相貌が見下ろしていた。
×××
場所は並盛町の商店街にある竹寿司と呼ばれる寿司屋。
近頃の回転寿司等手頃なお値段で食せる場所と違い、由緒正しき老舗と言っても過言でない回らない寿司として有名な高級寿司店である。
そんな寿司屋の店内で綱吉は自身の前に置かれている二貫の寿司を視界に収めていた。
大凡完璧と言っても良い程、バランスの取れたネタとシャリの形状と大きさ。それは最早一つの芸術と評してもいいだろう。
しかし問題なのは味だ。どれだけ見た目が美しかろうと味が悪ければ全てが台無しなのだ。
鮪の赤みの寿司を手で掴む。寿司を食べる時に箸を使うのはマナーとしてなっていない。が、そんなのは関係ない話だ。
軽く醤油をつけて一口で食べきる。口の中一杯に広がる新鮮な生魚の風味、赤身の旨味が口腔内を支配する。
「…………うん。美味しい。すみません、おかわりしても良いですか?」
「おうさ! 武のダチなんだろう? なら遠慮しないで食っていけ!」
「ありがとうございます」
一瞬で舌が敗北したことを理解した綱吉はそのまま欲望に身を任せて寿司を食すことに耽る。
「で、寿司は美味しいから良いとして…………山本は何か聞きたいことはある?」
綱吉の発言に隣に座っていた武は顎に手を当てて考える。
つい先程見たあの謎の包帯甲冑の男、炎が燃え上がり男が居たであろう場所には何も存在しなかった。正確には焦げ屑のようなものは残っていたのだがそれはとても人とは思えないゴミ屑でしか無かったのだ。
「んー。正直分からないことばっかりなんけどな」
「だよねー。まぁ簡単に説明しちゃうとあれは悪霊かな? 生前に恨みを抱えた霊魂がなるというあれ」
「……………えっと、ツナってそう言うの信じてるのか?」
「信じてるってか見えてるし、つい最近までイタリアでそういうのを見ることが出来る人たちの所に居たんだよ」
呆気らかんに寿司を頬張りながら綱吉は簡単にそう説明する。
「世界ってのは広いんだよ。少なくとも俺は雷を浴びて受肉、物質化した幽霊にあの世に連れて行かれそうになったこともあるし」
「はは、ツナって変わった奴なんだな」
「……………変わっているってのは自覚してるけど山本にそれを言われるのは釈然としない」
「でも面白い奴なんだな。学校だとすっげぇ大人しいのに」
「…………学校でも気を使わないといけないのは辛いんだよ。ストレスだってたまるし」
「そういうものなのな」
「そういうものだよ。本当に面倒な話なんだけどね」
そう言うと綱吉は最後の寿司を口の中に運び、お茶を飲み干す。
満足気な表情を浮かべてほっと一息を付く綱吉の姿を見て、武はついさっき行われていた争いを思い返す。
あれは本当に命のやり取りだった、奪い合いだった。
遊びなんかではない、それこそ命を懸けた文字通りの死闘。ほんの少しでも間違っていたら死んでいたし、そうでなくても大怪我は避けられない。
その事実を山本武は知ってしまったのだ。
「なぁ、ツナ――――」
だからこそ武は綱吉に対して手伝いを申し出ようとして、
「駄目だよ」
それを察した綱吉によって断られてしまった。
「ま、あれは俺が何とかするからさ。山本は今回見た事は忘れて構わないよ」
「え? いや、俺も何か手伝えることがあれば――――」
「そーいうと思ったよ。でもその優しさだけで十分だよ」
微笑みを浮かべながら武にそう告げると綱吉は鞄と刀を入れたケースを持って竹寿司から出て行く。
「山本は野球やってるんでしょ? ならそっちに専念しなよ。俺なら大丈夫だからさ」
綱吉が浮かべた笑顔に武は何も言えなくなってしまう。
もし、この時、どんなことを言ったとしても綱吉は一切として聞き入れようとしなかっただろう。しかし、もしこの時にもう少し綱吉に対して意見を言っていれば結果は違っただろう。
そして山本武はこの後、心底から後悔することになる。
×××
それはかつて敗れた残骸の、その成れの果てだった。
過去に轟かせたその名は既に忘れ去られ、自身を破ったあの篠突く雨は既に刃を捨てた。
口惜しい、口惜しい、嗚呼口惜しい。
もし血肉があれば、戦うことが出来る肉体があるのであるならば復讐することが出来ると言うのに。
怨念にも似た呪詛を吐き散らしながらソレは今もなお憎悪の炎を燃え上がらせる。
「ふぅん。君は復讐がしたいんだ」
その声が届いたのか、一人の青年が口を開く。
「なら僕が何とかしてあげるよ。君の復讐を果たす為に必要なものは僕が用意する」
青年の言葉に怨念はその炎を更に燃え上がらせる。
嘘だというのであるならば燃やし尽くすと言わんばかりに強めて。
だが青年はどこ吹く風と言わんばかりに飄々とした態度で、その手に持っていた近未来的な三色の刀身を有する剣を地面に突き刺した。
「大丈夫だよ。僕は嘘はつかないからね」
そう言うと青年は極めて愉快そうに口元をゆがめた。