そして寝る、明日も早いんです。
額に走った衝撃によって意識が暗転する中で綱吉は自分の身に何が起きたのかを理解する、理解出来てしまう。どうやら自分はまたあの変てこで尚且つ意味不明な弾丸、死ぬ気弾を受けてしまったようであるということを。
再び死の淵に追いやられる意識が再浮上し、額から炎が灯り、先日断ち切ったばかりの髪の毛が踵の辺りまで伸びきってしまう。
瞳が見る死の情報も一気に増えてオーバーヒートを引き起こし、両目から一気に血涙が噴き出す。ついでに鼻血もドバドバ出て来る。おかげで一気に貧血になったわけだが、そのせいで走馬灯を見てしまう。
イタリアでユニを攫った悪漢どもを1人ずつ血祭りにあげた上で独房に叩き込んだこと、アルビートから幽霊の知識を貰ったこと、朝起きたら何故かリゾーナが裸になって一緒に眠っていたこと。それ以外にも級友の山本武と一緒にこの町に起きた怪事件を解決したり、雲雀恭弥に殺されかけたり、内藤ロンシャンの彼女を偶然見てしまいSAN値チェックすることになったり等……。
(あれ、碌な記憶が無い…………)
何故死ぬ気になってまでこんな走馬灯を見なくてはいけないのだろうか。そう思わずにはいられなかった。
幸いなことに死ぬ気であるこの状態なら爆破されても大怪我で済むだろう。
そんな時、ある言葉が脳裏を過ぎった。
『セイバーのスキルには魔力放出ってスキルがあってね』
夢の中で愛歌が語っていた言葉の内容、それは異世界の騎士王が有する技術の話。
この世界に魔力は存在しない、分からないがそれを理解出来ている綱吉はその時は殆ど聞き流していた。しかし今、ある事を考えたのだ。
(別に使うの魔力じゃなくても良くないか?)
その事を考えた瞬間、綱吉は気力を炎に変えて身体から放出する。
殆ど意識せず、無意識的に、されど確実な使い方を今この場で直感し、使ってみせたのだ。
放出した炎は今にも消えてしまいそうな程に淡い橙色をしており、力強さは欠片も無い。まるで全てが足りていないかのように陽炎でしかない。しかし、夢で見た魔力の代わりとしては十分だ。
全身から噴き出した炎は己が身体を破壊しようと迫り来る爆炎から守り、ダメージを最低限にする。全くと言っても良い程ダメージが無かったわけではないが、それでも身体を守ることはできた。
爆炎が晴れ、視界も元に戻り、貧血でだるくなっている身体で一歩、また一歩前に踏み出す。
歩く先に居るのは先程殴り飛ばした隼人がへたり込んでいた。
+++
「……………何故、俺を助けた」
隼人は眼前に立っている綱吉の姿を見つめる。
身形はボロボロで今にも倒れてしまいそうな程弱っており、血祭りとしか形容できない程に血塗れだ。その上、眼、鼻、口からも血が流れている。
そんな状態であるという筈なのに、この少年は今もなお立ち続けている。自分を庇わなければここまで怪我を負う必要だって無かったはずなのにだ。
「敵である俺を、何故―――――」
「……………身体が勝手に動いていた、じゃダメかな?」
質問の問いに対し綱吉は「ははは」と短く笑う。
その笑みはとても先程の冷たい瞳をしていた者とは思えない程、優しく慈悲深いものだった。
「俺は、お前の命を狙った奴なんだぞ!! なのになんで」
自身に向けられるその笑みを見て隼人は訳が分からなくない恐怖に襲われる。
理解できないわけじゃ無い、その笑みを浮かべる人を自分は知っているのだから。
「そんなの、助けない理由にならないよ」
やせ我慢していることが容易に分かった。
「そんなの、助けちゃいけない理由にはならないよ。だからゲホッ、ああくそ…………なんて言えば良いのか分からないな。俺、そこまで頭良くないし、馬鹿だし……………」
辛そうに頭を掻きながらも綱吉は言葉を続けようと考える。
「でも、これだけは言えるよ。生きることを諦めるな、死んだら全部おしまいなんだよ。死んだらやりたいことだって出来なくなるだろ」
その言葉を最後に綱吉は完全に意識を失い、地面に倒れ伏した。
ダイナマイトの爆発によって荒れた工場内で激戦を繰り広げた彼とは思えない程、その寝顔はとても安らかなものだった。
(こいつは……………いや、この方はそんな理由で俺の命を―――――)
隼人はその事実に戦慄し、同時に清々しく思ってしまう程思ってしまう。
最初から負けていた、いや、勝負するまでも無かったのだ。強さでは無く、心が最初から負けていたのだから。
「……………俺の、敗けです。十代目」
不思議と口にした言葉は隼人が思っていたよりもすとんと心に落ち、染み渡った。
+++
「―――――で、ツナは転校生と決闘して大怪我を負ったわけか」
翌日の教室で武が笑いながら言い放つ言葉に綱吉はこくりと首を縦に振って頷く。
今はまだ話そうとするだけで全身が痛くなり、今にも泣き出してしまいそうになる程の苦痛が全身を支配していた。
「相変わらずツナは面白そうなこと笑いながらやってんのな」
「うん、山本のその天然さは変わらないね」
「ツナも天然なのなー」
「ちょっと待って、俺の何処が天然なのさ」
等と下らない会話を繰り広げる。
綱吉自身、我ながら本当に情けない話だと諦めた様子で包帯まみれの自身の肉体を見つめる。
随分と鈍ったものだ、これでも毎日努力はしてきたつもりなのだが本当に情けない話だ。
そう思いながら包帯塗れの身体に浮かぶ線を見て、溜め息をつく。
「そういやツナ。お前何で眼鏡をしていないんだ?」
「喧嘩のせいでぶっ壊れた」
正確にはダイナマイトの爆撃の際に服の内側にしまっていたのが割れたのだが、どちらにせよ結果的には一緒だった。あの決闘、と呼ぶには少しばかり凄惨な争いだったがそれだけの被害を出したのだ。建物が無事だったこと自体、不思議としか言いようが無かった。
そしてそんな爆撃を受けてなお五体満足で生き残っているのは少し驚きだが。
「おかげで最近は眼鏡を外して過ごしてるんだよ。見ようとしなければ線も見えづらくなるし。無くてもまぁ何とか生活はできるよ」
「折角だしこれを期に眼鏡を外したら良いんじゃないか?」
「嫌に決まってるよ。感情的になったらすぐに線が見えるんだし、出来る限り使いたくないんだよ俺は」
自分の性格が感情的になりやすいということを理解している。
だからこそ魔眼殺しを付けていたというのに、おかげでしなくても良い苦労をする羽目になっているのだ。
心の中でそう愚痴っていると教室に一人の生徒が入って来る。獄寺隼人だ。
隼人が入って来た瞬間、教室の中の空気が凍り付く。それもその筈、転校してきてから僅か数日で校内でも恐れられる不良となったのだから。
そんな彼が綱吉の下にまで歩み寄って来る。
(もしかしてこの前のことで文句でもあるのか?)
それならばまた相手をするだけだ。今度は十分に用意し、対策をすれば良いだけなのだから。
しかしどうしてだろうか、何故か物凄く嫌な予感がする。
上手くは言えないが何かこう、厄介な赤ん坊の思惑通りになっていっているような気がする。
何故か湧き上がる不安を気のせいだと思い込み、払拭しようとする綱吉に隼人は近づき、
「おはようございます十代目!!」
敬語、それも相手を心の底から敬服し慕っているであろう言葉遣いと目をしてそう言ったのだ。
その瞬間、教室内の空気が変貌する。恐怖から疑念に、違和感に、そして何が起こっているのか分からない理解不能さに。
「…………ん?」
そしてそれは綱吉も同じであり、隼人の言葉が理解できなかった。と、いうか理解したくなかった。
「ちょっと待って獄寺君。今の言葉の意味って一体―――――」
「これから貴方の右腕として誠心誠意仕えさせていただきます!」
「お願いだから人の話を聞いて、頼むから!」
目の前で欲しいおもちゃを貰った子供のように目を輝かせる隼人に困惑する。
しかし偶然にも窓の外で木の上に上り、双眼鏡を持って此方を覗き込んでくる黒スーツの赤ん坊、もといリボーンの姿を発見する。
リボーンは綱吉と目が合うとニヒルな笑みを浮かべて口を動かす。
読唇術を持っていない綱吉でも、この時ばかりはリボーンの言葉が理解できた。
『ファミリーゲットだぜ』と。
(あ、あのたれまゆがぁ…………!!)
怒りに身を震わせるも、この後に待ち受けるクラスメイト達からの詰問や隼人の対応のせいで綱吉は黙り込んでしまう。
しかし内心では自身の家庭教師を自称する赤ん坊に対しての怒りで満ちていた。
(イタリアに送り返そう。段ボールにつめて宅急便で)