――――――――俺は、この男を認めない。
建前上、この並盛中学校にイタリアから留学したと言うことになっている銀髪の少年、獄寺隼人は怒りを込めた相貌で一人の少年を睨み付けていた。その少年の名前は沢田綱吉――――江戸幕府の五代将軍の名前と同じだが、全く関係ないので無視することにする。
兎にも角にも、獄寺隼人はこの綱吉という少年を三日間観察してそう結論を出したのだ。
この学校に転入する前に見せたあの決闘騒ぎ、あれだけは悔しいが認めよう。幼い頃、実家を飛び出してからマフィアが蔓延る裏社会で生きてきた獄寺には劣るもののあの剣道部の持田剣介という男はかなりの実力であった。それを死ぬ気弾のサポートがあったものの一撃でノシてしまっているのだから。その上、あの後起きた逃走劇では死ぬ気弾の効果も切れており、その事から彼自身の技量が凄まじく高いことが理解できた。
話に聞いていた死を見る眼、バロールの眼だけの男では無いのだ。
―――――だが、認めるのはそれだけだった。
学業、特に勉学に関してはあまりに酷すぎたのだ。
「沢田、この化学式の意味を理解しているのか?」
「えっと…………一応知っているのを適当に書いてみたんですけど…………ダメでしたか?」
「駄目という話じゃない! 何故テトロドトキシンと王水の化学式を書いたんだ貴様は!!」
「昔作っ―――――――いえ、そんな猛毒になるとは知りませんでした。すみません」
理科の授業での一面、普通なら書かないようなことを書いたのだ。
それだけではない。国語、数学、音楽、どれをとっても人一倍劣っていたのだ。
体育に関しても決して良いとは言えないが、あのような動きをする人間なのだから手を抜いているのは明らかだった。
「認めない。俺はあいつがボンゴレ十代目になることを認めねぇ」
+++
「………………しつこい、なぁ」
綱吉は不機嫌そうに顔を顰めながら後ろに視線を向ける。背後には誰も居らず静けさのみが漂っていた。それも当然か、なにせ今は文字通り授業中なのだから。普通ならこんな所を歩いているわけがないのだから。
そう考えながら綱吉は校舎を歩きながら己に向けられる嫌な視線に辟易する。
――――この三日間、ずっとこれだ。
恐らく己に殺意にも似た視線を向けているのはあの獄寺隼人という留学生だろう。
最初は気のせいだと思って放置していたがどうやら気のせいではなかったようであるらしい。
そこまで考えて綱吉は二三回程腕を軽く振るう。三日も経てば大体の傷は癒える、そう言わんばかりに軽く腕を動かした綱吉は瞳を閉じて自らの身体状況を把握する。
痛くない、軋まない、違和感も無い。大凡怪我を負う前の元の状態に戻ったと理解する。
「……………よし、ようやく治った」
これなら少しくらい無茶しても問題は無いだろう。
そう判断した綱吉は素早く歩き始める。多少本気になって走ってみるが中々振り払えない。しつこいと言っても良かった。
「ああ、本当に面倒臭い」
マフィアだかマフィンだか知らないがいい加減にしてほしい。
そう思いながら歩いていると3人の男子生徒達にぶつかってしまう。
とは言え、その男子生徒達の格好は制服とは違い私服、それも身なりの様子から不良であるということが分かった。だからといってどうとするわけでもないが。
「おー、いてー。骨折れちまったかも」
恐らく先輩と思われる男子生徒の言葉に綱吉は更に苛立つ。
その程度で骨が折れるか、余程のことがない限り骨は折れない。過去に実際に折ったことがある綱吉からしてみたら戯言にしか聞こえない。特に最近は夢の中ですら休まらないのだ。あのストーカー幼女のせいで強制的な睡眠学習を味わう羽目になったのだから。とは言え、愛歌にも用事があるらしく、それゆえに自身の夢の中に毎日来れるわけでは無いらしいのだが。
「おい、聞いてんのかよ」
不良達はいらだった様子で綱吉の肩を掴む。どうやら自身が別のことを考えていたのが気に入らなかったらしい。いや、それすらも建前だろう。恐らく偶然にも出会った綱吉のことを甚振ろうとしている。そう思わせるような下卑た笑みを浮かべている。
実際そうなのだろう、と勝手に予想する。とは言え、こちらも黙ってやられるわけにはいかないが。
心の中でそう吐き捨てた綱吉は自身の肩を掴んだ男の腕を絡め取り、そのまま背負い投げる。
右手が上から、左手が下からとほぼ同時に、微塵も曇り無く行われた一連の動作に、不良の一人はそのまま頭から地面に落下した。ゴチンと音を立てて男は地面に転がり落ちる。それに驚き戸惑う残り二人もついでに転ばせ、そのまま走り出した。
背後から視線を向けていた人物も綱吉を追いかけ始める。
「…………校舎は不味いよなぁ。折角傷治ったのに雲雀さんとガチンコ対決だけは避けたいなぁ…………そうだ。廃工場にしよう」
いつまでも追い掛けて来る相手に痺れを切らした綱吉は、廃工場に赴き、そこで迎え撃つことを考え付く。
どうせ戦うのならば周囲に人が居ないところの方が好都合だ。もしやらかしてしまった場合の後処理が楽だから。
そう考えた綱吉は校舎から外に飛び出し、住宅街の屋根に乗ってそのまま駆けだした。
「ッ、アイツ猿かなんかかよ!」
背後から追い掛けていた少年はそんな綱吉を見て悪態をついた。
+++
並盛町は海、山の両方があり、雲雀家と呼ばれる名家が存在する資源にも人材にも恵まれた町である。しかし、だからといって全てが恵まれているかと言われればそうではなく、廃れた所が無いわけでは無いのだ。隣町の黒曜にある複合型娯楽施設の黒曜ランドが潰れたように、この並盛にも潰れた所はあるのだ。
そしてその一つの廃工場に足を踏み入れた綱吉は眼鏡を懐にしまい、近くに落ちてあった鉄パイプを拾って構える。
「…………ここなら人目につかない。来るなら来い」
蒼と橙色に輝くこの世のものとは思えない相貌である場所に視線を向ける。
相貌を向けてから数秒した後、一人の少年が息を荒くして入って来る。
「息、上がってるけど大丈夫?」
「てめぇが走り回っていたからだろうが!!」
怒鳴り声を上げて怒り狂う少年、獄寺隼人の言葉に綱吉は両耳を塞ぐ。
途中、隼人が綱吉が耳を塞いでいることに気が付かず何かを話していたが、耳を塞いでいることに気が付いた瞬間まるで茹でタコのように真っ赤になった。それを見て綱吉は一瞬、愉快なものを見れたと笑みを浮かべそうになったがなんとか我慢する。
「っけ、てめぇとは会話するだけ無駄だな」
そう言うと隼人は煙草を口に咥えて火を付けた後、懐からある物を取り出す。
取り出されたそれは筒のようなもので、所謂爆弾、またの名をダイナマイトであった。もしくはフィリピン爆竹でも可。
隼人が取り出した物を見て、綱吉は「あ」と短く声を漏らす。イタリアに居た際、こんな話があったことを思い出した。
――――いつも吸っている煙草を火種にし、複数のダイナマイトを投げつけて戦うという、命がいくつあっても足りない頭のおかしい少年が居たと言うことを。
その少年の異名は『スモーキンボム』とその少年に相応しい名だった。もしくは爆弾小僧、人間爆撃機とも。
「…………ちょっと、不味いなこれは」
「果てな」
綱吉は冷や汗を垂らしながら隼人が投げた爆弾を鉄パイプで薙ぎ払いながら後方に下がる。
それと同時に投げられたダイナマイトが爆発し、綱吉の身体を吹っ飛ばした。
爆発直前に後ろに下がっていたことで身体に掛かった衝撃は殆ど受け流すことに成功したが、持っていた鉄パイプが見事なまでにズタズタになってしまい、最早使い物にならなくなってしまっていた。元から錆びて傷んでいたというのもあっただろうが、正直なところこれは相手が悪過ぎる。せめて武器があったら良かったのだが残念なことに今は持って無いし、この間雲雀恭弥との喧嘩で両方とも大破している。
本当にどうしようもない。こうなったらこの場にあるもので徹底的に抵抗する――――そこまで考えた瞬間だった。
一発の銃弾が綱吉と隼人の前を横切ったのは。
二人は揃ってその銃弾が放たれたであろう方向に視線を向ける。
「ちゃおっす」
そこに居たのはニヒルな笑みを浮かべたリボーンであった。