最近暑い日が続いていますね。
熱中症には気を付けませんと…。
では本編をどうぞ↓
一夏の前に姿を現したラウラは1本の木刀を一夏の足下に放り投げた。
「使え。」
「…どういう風の吹き回しだ? お前はオレを叩きのめしたいんじゃないのか?」
「勿論、キサマを叩き潰すさ。だが、それにはキサマが全力であってこそ成り立つ。」
するりと袖の中から小さな木剣を取り出してラウラが構える。
その姿勢を見て一夏は仕方がないと、足下の木刀を拾い上げていつものように構えた。
「キサマさえいなければ…。」
ドスの効いた声で恨み言を吐くラウラ、その目には一夏のみ写っている。
「うぁあああああっ!!」
腰を落とした低い姿勢でラウラは一夏に突進する。
その突進を一夏は木刀を上段から振り下ろすことで止めようとする。
だが、それは失敗に終わった。
ラウラは一夏のみが木刀を振り下ろしたと見るや否や、直ぐ様左腕を盾にした。
勿論、一夏の振り下ろした一撃はラウラの左腕を捉える。
カァンと高い音が鳴った。
しかしラウラは特段痛がる素振りを見せず、一夏の懐に飛び込んだ。
「死ぃいねぇええッ!!」
怒りを全て込めたラウラの木剣が一夏の左胸に突き立てられる。
実物の刃物ではないにせよ、鍛えられた軍人の力で突き刺された木剣の先はしっかりと一夏の肉に食い込んだ。
その痛みに一夏は顔をしかめ、思わず足が後ろに下がる。
「キサマさえ、キサマさえいなければぁ!!」
獣が吠えるようにラウラは一夏に向かって叫ぶ。
そんなラウラの叫びを聞いて、一夏は下唇を噛んだ。
「っあ“あ”あ“あ”!!」
荒々しい叫び声と共にラウラは木剣を握る右手で一夏の頬を殴る。
その衝撃に、崩れた身体では耐えきれず、一夏は背中から倒れた。
「キサマは教官に相応しくない! 私こそが教官の教えを乞うに相応しい!」
ラウラは背中をついた一夏の上に馬乗りになる。
「キサマを叩き潰して教官の目を覚まさせる! 教官が、キサマより、弱いなどと、私は断じて認めない!!」
ラウラが抱いているのは明確な敵意、そして殺意だった。
一夏はラウラの瞳を見る。彼女の瞳から感じられる自身への感情に、過去に己がしでかしてしまった事の重さを再認識した。
しかし、それを認識した上で一夏はもう一度ラウラの目を見つめる。
「オレは、確かにやらかした。あの時、オレにもっと力があれば、千冬姉の邪魔はしなかったはずだ。ガキの頃から思っていたさ。」
一夏の声は震えていた。
過去に自分がしてしまったことを振り返る。
あの頃の無力さを思い知り、唯一の家族の邪魔をしてしまったことを。
「だからこそ、だからこそオレは強くなる!強くなって、周りに言わせてやるんだ。織斑一夏は、世界最強、織斑千冬が名誉を、栄光を投げ打ってでも助ける価値のある男だったってなぁ!!」
「ふざけるな!」
そんなことは聞きたくないと、ラウラが一夏の顔に拳を振り下ろす。
鈍い音が響き、一夏は顔を歪める。
そしてもう一度拳を振り上げて、一夏の顔に目掛けて振り下ろした。
だが、その拳は一夏に届く前に一夏の手が受け止めた。
「千冬姉は、お前の教官はこんな事をお前にさせるために力を教えたんじゃない、力を与えたんじゃないはずだっ!!」
一夏の身体に力が入る。
「ッ───!? 黙れっ!!」
虚をつかれたラウラだったが、顔を横に振りもう一度拳を振りかぶる。
「止めろよ!!」
一夏は叫ぶ。そして上体を起こして馬乗りになっているラウラを振りほどいた。
拳を振りかぶり、重心が上を向いていたラウラはその動きで容易に後ろに倒れる。
そして一夏は立ち上がりラウラの方を見る。
ラウラも一夏に遅れて倒れた状態から復帰し、睨み付けた。
「千冬姉の事を誰よりも尊敬してるお前が、千冬姉を汚すなよ!!」
「なっ!? なんだと!!」
一夏はラウラの肩を掴んで訴える。その叫びには一夏の心の内が詰まっているように聞こえた。
「千冬姉の教えを、千冬姉が与えた力を、お前が間違った風に使っちまったらダメだろ!!」
一夏の言葉に熱が籠る。それに比例するようにラウラの肩を掴む手に力が入り、つよく食い込む。
一夏の力と、なによりも迫力に気圧されたラウラは力なくよろめいた。
「な、ならキサマはこの力で何をする!!」
ラウラが一夏に問う。
その質問に一夏は一切迷うことなく答えた。
「皆を守る!千冬姉も、箒も、鈴も、セシリアも、シャルルも、南美も、オレの出来る限り、守れる限りを守る!!」
「……! そう、か…。」
そう答えた一夏の目は真っ直ぐにラウラを見ている。
そんな一夏の真っ直ぐさや単純さに、ラウラは何を思ったのか木剣を袖の中にしまい、一夏の腕を振り払って帰って行った。
「……。」
ラウラの姿が見えなくなり、完全に離れたことを確認した一夏は一息入れて近くの木に寄りかかった。
「ふーふっふーん、ふふふー…ん?」
鼻唄を歌いながら上機嫌で歩いていた南美はある人物を見て足と鼻唄を止める。
それはラウラ・ボーデヴィッヒだった。
けれども、その表情は苛立ちや憎しみと言った感情を湛えたものではなく、迷いが見えるものだった。
「ラウラ、ちゃん?どうしたの、そんな顔して…。」
南美に声をかけられたラウラは顔をあげる。そして記憶の中にある名前と目の前の顔とを合わせる。
「お前は、確か…。」
「南美だよ、北星南美。クラスメートじゃん。」
南美の自己紹介にラウラは“あぁ、そうだったな…。”と呟いた。
「ねぇ、ラウラちゃん。もう少しみんなと仲良くしたら?」
ラウラの態度にどこか思うところがあったのか、南美はそう口にした。
その言葉にラウラはそっぽを向く。
「お前達に何が分かる…。私は、私は…。」
「ラウラちゃんさぁ…、ホントは寂しいんじゃないの?」
南美の言葉にムッときたのか、ラウラは南美を睨む。
けれども、南美は続ける。
「私が、寂しがってる、だと?」
否定するように語気を強めるラウラ。
「うん、寂しがってる。だってさ、あんなに教官教官って、織斑先生にアピールしてるし、しきりにドイツに来てって言ってたじゃん。」
「…確かに、教官は尊敬に値する素晴らしい人だ。だが、教官にドイツへ来てほしいのは単純に祖国の為だ。そこに私情はない!」
「じゃあさ、その涙の跡はなに?」
南美はラウラの右目の脇にある跡を指差した。
ラウラは南美に指摘されると慌てたように袖で顔を拭う。
「ほら、泣くくらい寂しかったんじゃん。」
「違う、違うんだ…。」
小さな声で否定するラウラ。
その時、彼女の腹が盛大に音を立てた。
「ッ───!?」
「ふふ、自己主張の強いお腹だねぇ。ご飯食べてないんでしょ? ほらおいで。」
「や、やめろ!離せ!!」
うなだれるラウラの手を握り、南美は自室に連れていこうとする。
それに抵抗して身をよじるも、南美の前では焼け石に水であった。
「キサマ、どういうつもりだ!!」
「キサマ、じゃなくて北星南美だってば。」
南美の部屋に連れ込まれ、ソファに座らされたラウラは南美の背中を睨み付けながら抗議するも、部屋に備え付けられた簡易キッチンに立つ南美は柳に風と受け流す。
キッチンからはパチパチと油の音が聞こえる。
そして油で揚がる音が聞こえてから、暫くして、南美は大きめの皿を片手にラウラの前に現れた。
「はーい、お待たせ~。小さなジャガイモの素揚げmitバターだよー。」
南美がラウラの前に置いた皿の上ではコロコロと小さなジャガイモ達が、熱で溶けたバターを纏い、蠱惑的な見た目をしている。
その見た目以上に、バターの香りが空腹を刺激する。
「どうぞ、召し上がれー。」
その簡単な料理にラウラはゴクリと喉を鳴して唾を飲み込む。
そしてチラッチラッと南美の顔を伺い、それを見た南美が頷くとフォークを掴んでそのジャガイモに手を伸ばす。
ひとまずたくさんあるジャガイモの中の一つにフォークを突き刺し、2、3回息を吹き当ててから口の中に入れる。
「熱っ! 旨っ! 熱ッ!!」
揚げたてのジャガイモを口に入れ、噛むと中の熱々の実にハフハフと呼吸しながらも、バターの風味とホクホクのジャガイモにラウラは頬を緩ませる。
「ごちそうさまでした。」
その後、熱々のジャガイモに火傷しそうになりながらも、美味しさを堪能したラウラはすっかり平らげ、空の皿を前に手を合わせていた。
「お粗末さまで。」
美味しそうにジャガイモの素揚げを平らげていくラウラを嬉しそうに見ていた南美は笑顔で皿を下げる。
「いやぁ、旨かった。なぁ、今のはどう作るんだ?どんな工夫がある!!」
興味津々といった様子でラウラは南美に尋ねる。
今の彼女は完全に角がとれて丸くなっていた。
「ふふ、まさかカルトッフェルにここまで満足させられるとはな。クラリッサが日本を侮るなと言っていた理由が少しは分かったぞ。」
「クラリッサ? 初めて聞く名前ね。どんな人?」
ハハハと朗らかに笑うラウラの正面に南美は座る。
「あぁ、そうだな。クラリッサは私が率いていた部隊の副隊長でな───」
聞かれるがままに、ラウラは楽しそうに語り始めた。
美味しいご飯で懐柔されるラウラちゃん、マジチョロ可愛い。
餌付けしたい。
ぶっちゃけた事を言いますと、今話の一夏対ラウラの勝負は当初の予定では一夏が本物のナイフで刺される予定でした。
初めは木剣を使っていたラウラが決着のつかないことに業を煮やして隠し持っていたナイフで一夏の腹をグサッとやる感じです。
結局ボツになりましたが。