今回は少し長めです。
それでは本編をどうぞ↓
side 南美
─ピピピピ ピピピピ ピダンッ
目覚ましを止め、布団から這い出る。春の早朝はまだ寒くて温かい布団の中が恋しいけども仕方ない。
「さて…と、この日が遂に来たよ。」
今日はセシリアちゃん、一夏くんとの決闘の日だ。出来るだけ体は起こしておきたい。
さて、本音は…。
「う~ん…、人の体はボールじゃないよぉ…、むにゃむにゃ…。」
どんな寝言だ…。
もしかして太り過ぎてボールみたいにまん丸になっちゃった夢かな?
それならうなされるのも納得だね。女子にとっちゃ太ったなんて、それこそsan値直葬級の出来事だもんね。
うん、そうだ、きっとそうに違いない。断じて初日に見せた“アレ”が原因なんてことはない…と思う。
さてと、まだまだ熟睡中の本音を起こすか否か、それが問題だ。
もし起こさないで私だけ朝食を摂り、本音が朝のホームルームに遅刻したらルームメイトの私も責任を問われるだろう…。
けど、本音を起こすのも手間なんだよなぁ…。
…仕方ない、起こそう。
「本音~、起きて、ほらっ!」
「う~ん、あと2時間~。」
阿呆ぬかせ!
もう自棄だ。こうなりゃ必殺の布団剥ぎだ!
「うりゃ!」
布団を引ったくられた本音は寒そうに身を縮めてる。
雨の中に捨てられた小動物のような目でこっちを見てくるが無視だ。
あれと目を合わせて罪悪感に駆られないほど私は極悪人じゃない。
「ほら、早く着替えて。朝ご飯に行くよ。」
「う~、分かったよ~。」
観念した本音は着ぐるみタイプのパジャマから制服に着替える。
side out...
遂に来た決闘の時間、IS学園の第3アリーナの観客席には大勢の生徒が開戦を今か今かと待ちわびていた。
「…織斑先生、質問よろしいですか?」
選手控え室のモニターからアリーナの様子を見ていた南美が手を挙げる。
千冬もどんな質問が来るのか分かっているのか、“言ってみろ”とだけ返した。
「なぜ1年1組以外の生徒が大勢いるんでしょうか?」
「私にも分からんよ。他の先生達は何をしているんだ?わざわざ授業の時間を潰して…。」
(…その言葉、思いっきりブーメランですよ、織斑先生…。)
自分も授業を潰して決闘やらせてるじゃないですか、という思いをそっと心の聖帝十字陵に閉まった南美は勘づかれないように平静を装う。
「それで、まだ一夏くんは戦えないのよな?」
「あぁ、まだオレの専用機が来ないんだ。万が一には量産機の打鉄を使おうとは思うんだけど…。」
同じ控え室にいる一夏は少しばかり焦っていた。
もしもの時の覚悟はしているものの、どこか不安が見えていた。
彼には専用機が支給される手筈だった。
世界唯一の男性操縦者、その稼働データ採取の目的で国家が彼に専用機を与える…はずだったのだが、まだ彼の手元には来ていない。
更に追い打ちを掛けるように、決闘までの1週間、彼はISに触れられなかった。
訓練機として貸し出す用の機体が他の生徒の予約で出払っていたからである。
そのため、彼はこの1週間はずっと篠ノ之箒と剣道ばかりしていた。
「まぁ、覚悟はしといた方が良いね。じゃあ観客を待たせるのも悪いし、私が先に行きます。織斑先生、良いですよね?」
「あぁ、構わないぞ。存分に戦うといい。」
千冬の許可をとり、南美はラストを身に纏い、カタパルトに乗る。
「last of centuryエンタープライズ、テストパイロット、北星南美。出撃ぃ!!」
カタパルトから勢いよく射出された南美は宙を舞い、アリーナに着地する。
アリーナでは既にセシリアがISを纏い、ライフル片手に待機していた。
「あら、最初の相手は貴女ですか…。」
「まあねぇ~、一夏くんの専用機がまだまだ来ないんだってさ。」
“私は前座だねぇ”と自嘲的に呟く南美を見て、セシリアがあることに気づいた。
「北星さん、貴女…、装備はどうしたのですか?」
南美は今手ぶら、普通の者から見ればまだ武装を展開していないか、元から持っていないように見える。
「ん? あぁ、武器なんかいらないよ。」
南美のISは徒手空拳、時代の流れに逆行した機体。よって兵装は何もないのは当たり前なのである。
だが、南美の言葉を聞いたセシリアは眉間にシワを寄せていた。
「つまり貴女は…この私を相手に素手で十分と仰るので…?」
怒りで片方の眉がぴくぴくと動き、ライフルを握る手には力がこもっている。
「ですが、私は心が広いので謝れば許して差し上げますわ…。」
「いや、だからね…。」
「言い訳をするということは、やはり本心ですか…。」
怒りで平常心を欠いているセシリアには南美の声は届いていない。
スッとライフルを構え、南美にその銃口を向ける。
「もう一度だけチャンスを差し上げます。今謝れば許してあげないこともないですわよ?」
「だからね、セシリアちゃん!?」
「問答無用!!」
突きつけたまま、躊躇いもせずに引き金を引く。
銃口から一閃の光が駆ける。
「ちょぉ、まっ!?」
一瞬の判断で右に避ける南美に次々とレーザーが撃ち込まれるが、南美も南美で撃ち込まれるレーザーを一発ずつ避け続ける。
(話くらい聞いてよ、英国淑女ってみんなこんな感じなの?)
南美は前後左右に高速で動き回り、セシリアの張る弾幕をいなし、突破口を探る。
(…立ち回りは射撃特化型かぁ。設置型じゃあないみたいね。接近型を相手にするには弾幕がまだまだ薄いけど、先読みと射撃の正確さでカバーしてるって感じだね。)
完全にISを操りきり、南美は弾幕の隙間を縫って飛ぶ。
─控え室
「す…げぇ…。」
モニターでセシリアと南美の試合を見ていた一夏が思わず呟く。
「よく見ておけよ一夏、そして篠ノ之。お前らの適性は近接、北星はその一点においてお前らの年代ではかけ離れている。」
ベンチに座る一夏とその隣にいる箒に千冬は言う。彼女の表情はその言葉に一切の誇張がないことを物語っていた。
その時、控え室の扉が勢いよく開かれた。
「織斑くん、来ましたよ! 織斑くんの専用機が!!」
「遂に来たか、間に合ってよかった…。」
専用機到着の報を聞き、一夏はスッと立ち上がる。
その目線の先には一機のIS、中世騎士の甲冑を思わせるフォルムの白い機体が鎮座していた。
「コレが、オレの専用機…。」
「はい、その名も『白式』です!」
「急いで最適化処理《フィッティング》と初期化《フォーマット》を行え、間に合わんぞ。」
千冬に急かされ一夏は急いで白式を纏い、作業を開始する。
そのISを本当の意味で自身の物にするために。
「なかなかしぶといですわね…。」
「お褒めに与り光栄にございますよ。」
戦闘開始から早くも十数分、南美は未だ被弾ゼロのままセシリアの周囲を飛んでいた。
side 南美
レーザー弾にもけっこう慣れてきたな。実弾の方は試験官の…愛乃先生のお陰で慣れたし、良い感じだね。
さ~て、大体の癖は掴めた…かな?
今までの動きが全部演技で、癖を読んだと思わせてズドンッなんて事をセシリアちゃんが考えてなきゃだけど…。
でもまぁ…、奥の手があっても使わせなきゃ良いんだ。
「フゥゥゥ、シャアッ!!」
side out...
side セシリア
当たりませんね…。大口を叩くだけはありますわ。
ですが、私とて栄誉あるイギリス国家代表候補生、極東の企業に所属するテストパイロット如きに敗ける訳にはいきませんの!!
「フゥゥゥ、シャアッ!!」
なんですの、この声は!?
─ズダァ
…え? 嘘、いつの間にここまで距離を…?
いえ、今はそんな事を気にしている場合はありませんわ。
早く、早く迎撃しなくては…。
side out...
観客は皆、自分の目を疑った。なぜならさっきまで離れていた南美が次の瞬間には既にセシリアに肉薄していたのだから。
セシリアは肉薄してきた南美を迎撃しようとライフルを向けようとするが、既に懐に入っていた南美は腕で銃身を払いのけ、セシリアの腹部に渾身の手刀突きを打ち込む。
するとセシリアの体は吹き飛ばされ、アリーナの闘技スペースと観客席を区切る遮断シールドに叩き付けられ、そのシールドエネルギーを更に減らす。
そして吹き飛んだセシリアに追従するように追っていた南美が上空から飛び掛かる。
「セシリアちゃん、キミの機体は遠距離特化。つまり、近づいてしまえば良いんだ‼」
そのまま南美は手刀を振り下ろす、だがそこに手応えはなかった。
「私にも誇りがありますわ、戦いの中で何もできずに敗けるなどと、私のプライドが許しませんの!」
セシリアは自身の持つライフルを盾にしていた。
南美の放った手刀はライフルの銃身を滑り、セシリアには届いていなかった。
セシリアはライフルを盾にしたまま前蹴りを南美の腹に打ち込み、壁際から逃げ出す。
「お行きなさい、ブルーティアーズ!」
距離を取ったセシリアの機体から4機のビットが飛び立つ。
「ハァ、ハァ…、ここからが本番ですわよ…。」
追い詰められたことで呼吸を乱したセシリアが南美と視線を合わせる。
(先ほどの瞬間移動のようなアレはなんですの…? 今までに習ってきた機動方法のどれよりも速く、鋭いなんて…。これ以上好き勝手にさせませんわ、ブルーティアーズで足を止め、ライフルで確実に仕留めるしかないようですね…。)
ビットは素早い動きで南美の周りを動き、彼女の視線を散らしていく。
(まだ奥の手を持ってたのね、さっきのバニからの流れで決められると思っていたのに。セシリアちゃん、まだ段階を残していたのね…。)
ビットに警戒しながら動き続ける南美の顔には笑みが浮かんでいる。
強敵との邂逅を喜んでいるような笑み、それはとても輝いて見えた。
「ごめんね、セシリアちゃん。私はキミの力を少しばかり見くびっていたよ…。」
「今更なんですの!?」
「これから見せるのは私が修羅の国で磨いた技、その1つよ。」
言い終わるとまた南美はセシリアの前にいた。
「シャオッ!」
移動した勢いのままセシリアの膝に蹴りを入れて崩し、体勢の崩れたセシリアに向かって右手に展開したエネルギーブレードを下から上に振り上げる。
「ショォオオッ!」
手刀突きでセシリアを吹き飛ばし、それに追従して加速し、追撃する。
その南美の背から綺麗な光が尾を引いていた。
「フゥ、ショオッ!!」
多段突きと下から上に振り上げるブレードでセシリアのIS“ブルー・ティアーズ”の装甲を剥ぐ。
「これで終わりよ、南斗孤鷲拳奥義! 南斗翔鷲屠脚!!」
体勢を低くしてセシリアの下に潜り込み、膝蹴りをセシリアの腹部に当て、そのまま足を伸ばして顎を蹴り上げた。
その時一筋の雷光が立ち上がる。
その瞬間、試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。
そして南美は膝をついて下を向くセシリアに近づき、片膝をつく。
「セシリア・オルコット…。」
「な、なんですの…?」
南美の問いかけにセシリアはビクリと体を震わせ、顔を上げた。
セシリアの目に映ったのは戦いを終えた戦士のような表情を浮かべる南美の姿であった。
「セシリア・オルコット、私はキミのような強敵《とも》に出会えたこと、戦えた事を誇りに思う。そして、キミの実力を甘く見ていた非礼を詫びよう。済まなかった…。」
「それは私もですわ…。貴女の実力を軽んじ、ビットを展開しなかった。この敗北は私の慢心が招いたもの、私こそ、貴女のような方と戦えて光栄でした。」
そう言って二人は互いの手を差し出し、握手を交わした。
こうして1年1組のクラス代表を賭けた決闘の第1試合は幕を閉じたのである。
女の友情が芽生えた瞬間ですね。
戦い終えた直後だからか、南美にはまだスイッチが入ったままでした。