今回はかなり短いです。
では、本編をどうぞ↓
TRF‐Rから少し離れたジム
「フゥッ、シェァ、シャオッ!!」
南美は四方をロープで囲まれたリングの上で甲高い声を発しながら目の前のサンドバッグを蹴っていた。
南美は総合格闘技では同年代最強である。それは全国大会2年連続優勝が何よりの証明だ。
彼女の優勝を支えた一つの武器が恵まれた体格である。中学生にして既に身長175㎝ そのリーチを生かした一撃こそが彼女の最大の武器。
「フウゥゥッ、シャオッ!!」
スパァン
乾いた音が響く。
いわゆるハイキックだが、ただのハイキックではない。体の柔軟性を活かし、上体を軸足につくまで曲げ、その勢いと体重を乗せた一撃である。
南美のファイトスタイルは南斗白鷺拳と南斗孤鷲拳を見よう見まねで彼女なりに組み合わせてアレンジしたスタイルであるが、その洗練された動きは見る者の目を惹き付けるには十分過ぎるほどだ。
その技のキレ、戦術眼、そして北斗で培った動体視力と反応速度は上の年代と比べても遜色ないレベルに仕上がっている。
鍛え抜かれた腕から放たれる手刀突き、鍛え抜かれた足から放たれる蹴りはどれも一撃必殺の威力と評され、その美しさと力強さを兼ね備えた彼女は時として一振りの日本刀に例えられる。
そんな彼女の最近の悩みは、スパーリングの相手がいないことだ。
強すぎる彼女とのスパーリングは一歩間違えれば大怪我をしかねないもので、同じジムのメンバーはやりたがらないのだ。
そんなことは彼女が一番分かっている。同年代の中で頭一つ飛び抜けた実力、敬遠されることくらいある。だが、露骨に避けられて平気でいられるほど図太くない。
彼女とて、まだまだ中学生の女の子なのだ。
「シャオッ!!」
故に心の平穏を保つためにこうして無心に黙々とサンドバッグを叩くのである。
その犠牲になったサンドバッグは数知れず、継ぎ接ぎだらけの姿でジムに吊るされている。
いつもサンドバッグを無心にボコボコにしている彼女だが、今日は一段とタコ殴りにしているように見える。新人のジム生が軽く怯えてしまうくらいには。
それには一つ理由があった。
妹に嫌われたという訳ではない。
実は今、南美には気になる人物がいる。その人物と南美が出会った──と言っても南美が一方的に見ただけなのだが──のは総合格闘技全国中学生大会の時である。
大会中、偶然にその人物の試合を見かけた時、南美は淀みなく流れるような動きに目を奪われていた。
まさしく“柔の拳” 力強さによる美しさを持つ南美の“剛の拳”とは対極にある技の美しさ。
南美はその人物と戦う事を心待ちにしていたのだが、戦うことはなかった。準決勝、組み合わせ通りならば勝ち上がった南美とその人物とで行われるはずだったが、彼女は現れない。
不戦勝による勝ち上がり。理由は分からないが、その人物は棄権していたのだった。
南美は彼女の事を詳しくは知らない。分かるのは日本人離れした水色の髪を持っていること、1学年上であること、そして更識という名前だけである。
そう1学年上、つまり彼女を見ることはもう出来ないということだ。
その事に南美はモヤモヤした何かを感じていた。
「ショオッ!!」
モヤモヤした、自分でもよく分からない感情に腹を立て、苛立ち紛れに蹴りを放つ。横に薙いだ蹴りはサンドバッグの真ん中を捉えた。その一撃にサンドバッグは限界を迎えたのか、布地が裂け、砂を吐き出し始める。
「あぁ、もうっ…。」
こぼれ落ちる砂を見て苛立ちを更に募らせる。
砂の流れが止まると南美は箒と塵取りを使って山になった砂を集めた。
side 南美
─テーレッテー テテテーテテテ テレテレッテー
砂を片付け終わるとタイミングを見計らったかのようにスマホから着信音がなる。
ディスプレイには鷲頭清雅と表示されている。
「もしもし、どうしました?」
「ちょっと南美君に話したいことがあってね。もしかして取り込み中だったかな?」
「いえ、大丈夫です。」
むしろありがたい。今は少しでも別の事を考えたいんだ。鷲頭さんからの話ってことはたぶんISについてだろう。
「実はね、ラスト専用の立体機動戦特化型パッケージ装備の開発をしようと思ってね。」
「立体機動戦…ですか?」
なぜそんなものを? 空中戦も今のままで十分こなせるけれど、いや、もしかしたら必要になるかもだし。
まぁ私が口を挟むことではないよね。
「ラストが万能機だからあまり気にならないとは思うけど、一応近・中距離戦にも対応できるようにしようと思ってるよ。」
「分かりました、楽しみにしていますね。」
「あぁ、その時はよろしくね。」
そう言って鷲頭さんは電話を切った。
うん、違う事を話したお陰で少しは気分が楽になった。
それにしてもパッケージ装備かぁ…、どんなものになるのかな?
素手でサンドバッグを破いちゃう南美ちゃんでした。