では本編をどうぞ↓
「さて、いよいよ今日…。」
朝起きた南美はカレンダーの日付を確認し、気を引き締める。
今日は裏ストリートファイトのトップランカー、七枷社との勝負の日だ。
軽くシャワーを浴び、パーカーとショートパンツといういつもの服装に着替え、マスクを着けて南美は裏ストリートファイトの会場に向かった。
控え室にはグーヤン、雛子、短パンの少年、そして社が既に集まっていた。
社は既にやる気全開であり、普段の彼からは想像もできないほど殺気に溢れている。
「ふふ、今日は面白いものが見れそうね。」
「えぇ、全力の社さまはいつぶりでしょうか。」
グーヤンと雛子の二人は互いに笑いあっているがらその横にいる短パンの少年は社の殺気に充てられ、カタカタと震えてしまっている。
「…ふぅ…。先に行って待ってるぜ…。」
社は逸る気持ちを抑え部屋から出ていった。
南美はそんな社の後ろ姿を見送ると大きく息を吐いて深呼吸する。
気負いすぎず、緩みすぎずといった理想的な心理状態に整えた南美は“よしっ!”と一言決意したように呟くと、部屋を出て試合の会場へと脚を向けた。
「待ってたぜ…。マスクゥ!」
「そうですか…。では早速仕合いましょう!!」
狭く薄暗い路地、幅2メートル弱というその狭いフィールドで二人はお互い構えを取って睨み合う。社は腕を胸の前に上げ、前後にステップを踏みながら南美の動きを観察している。
対する南美はいつものように両手を平行に構えながら膝を上下に緩く動かしている。
「……ショオッ!!」
「オラァ!!」
先に仕掛けたのは南美である。路地に吹き込んでいた風が止み、辺りが急に静かになった瞬間に南美は一気に駆けだし間合いに入ると容赦なく鋭い上段蹴りを繰り出す。もちろん社もそれには反応し、南美の上段に合わせるように拳を振り下ろした。
社も南美も腕を使ってそれぞれに向かって繰り出されている攻撃を正面から受け止める。
しかし体重の差なのか、お互いの攻撃を受けたとき、南美だけ押し込まれて後退する。
だが南美はその瞬間も手を緩めずにまた一歩踏み込んで仕掛けた。
「シュゥウ…シャオッ!!ショオ!シャオォオッ!!」
「ち、この…!?」
ローキックから上段への手刀など上下左右に意識を揺さぶるように多角的に南美は攻めを展開する。体重と純粋な筋力で負けている南美からすれば正面からの殴り合いは愚の骨頂なのだ。故にこうして手数で攻めている。
最初からフルスロットルな南美の攻撃を社は致命的な部分は防ぎつつ受けに回る。
しかし簡単に受けに回るほど柔な社ではない。
「フゥゥ…シャ──」
「調子こいてんじゃねぇぞコラァ!!」
「ッ!?」
社は南美が突き出した手刀を掴み、背中を反らせて無理矢理変形のバックドロップに持って行き腕力だけでコンクリートに叩き付ける。
が南美は投げられた瞬間に体を捻って横の壁に足をぶつけて失速させると、その分の時間的な余裕を活かして足から着地した。
そして着地から即座に跳びオーバーヘッドキックで社を強襲する。
社も無理矢理投げた体勢からすぐさま立て直して南美の蹴りから逃れた。
「ち…。」
「決まりませんか…。」
離れた距離から再度睨み合いになった二人は息を整える。
どちらも極限まで集中を研ぎ澄ませている二人は互いの隙を窺うもののつけいる隙を見つけられずに場は硬直する。
それを窓から眺めているグーヤンと雛子は息を吞んで見守っていた。
「ふーん、速いわね…。」
「グーヤンさまはあの速度についていけますか?」
「さぁ…、目の前で見てるわけじゃないから分からないけど…。まだ勝てる範囲ね。」
グーヤンが興味深そうに南美を眺めていると隣いた雛子が尋ねる。その質問にグーヤンは小さく首を傾げてからティーカップに口をつけた。
その様子を傍から見ていた短パンの少年は窓から身を乗り出して社と南美の勝負に目を移す。
「フゥゥウ…シャオッ!!」
「甘えよ!」
懐に潜り込んで南美は手刀を振り上げる。
が社は振り上げられた瞬間に腕を使ってそれを止め、空いているもう片方の手で南美の頭を掴みにいく。だが南美はそれを腕で弾くと、社の膝に前蹴りを入れて距離を取った。
「フゥゥゥウッ!!」
「オラァ!!」
そしてすかさず間合いを詰める。
南美は全速力で社との距離を詰め、彼の首に目掛けて蹴りを放つ。社はそれを気に止める素振りも見せず、ただ真っ直ぐに南美の頭を掴みにいった。
南美の渾身の蹴りを受けても社は止まらず、南美の頭を掴んだ。掴まれた瞬間に南美は両手で社の肘関節を極める。
「ムダァ!!」
「ッッッ!?」
関節を極められながらも社は南美を掴んで壁にぶち当てる。路地裏に固いものに叩きつけられた時の独特な音が響く。
しかし叩き付けた社は顔を歪めて、南美を離した。支えを失った南美の体はズルズルと壁に沿って地面に横たわる。
「ぁ、あああっ!??」
「………。」
社は南美を掴んでいた右腕の肘を押さえて踞る。
一方で南美はよろよろとした足取りで立ち上がった。
南美の目は焦点が合っておらず、虚ろな目で社のいる場所を眺めている。
「……何が…?」
「Ms.マスク…、それは悪手じゃないの?」
眺めていた雛子は何が起こっていたのか分からず、隣のグーヤンへと顔を向けた。
ティーカップをくゆらせていたグーヤンは一拍置いてからカップを置き、人差し指を立てる。
「捨て身で肘を折ったのよ。まぁ、頭を庇わなかった分、マスクの方にもだいぶダメージが入ってるでしょうけど。」
グーヤンの言うとおり、頭を強打した南美の足元は覚束ない。
対する社は肘を押さえ、苦悶の表情になりながらもゆっくりと立ち上がった。どちらがより危ない状態なのかは一目瞭然であり、そんな二人を眺めているグーヤンはつまらなそうに溜め息を吐いて空になったティーカップを短パンの少年に下げさせた。
「社は右肘を持ってかれたけど、まだまだ動ける。一方でマスクは故障こそないものの、頭を強打してふらついてる…。」
「あ……。」
「そういうこと。時間が経って痛みに馴れれば社はまた動けるようになる。…この勝負、もうマスクに勝ち目は───」
窓から南美の顔を覗き込んだグーヤンはそこで言葉を失った。
笑っているのだ。今まで顔を隠していた白いマスクを外し、好戦的な、獣のような笑みを浮かべ、鋭い眼光で目の前の社を睨みつけている。
「…なんであんな顔が出来るの? 頭を打って気でも狂った?」
常人ならば倒れているであろうダメージを受けても尚、まだ戦おうとする南美にグーヤンは戦慄を覚えた。
何が彼女をそこまでさせるのかは分からないが、この時グーヤンははっきりと、眼下で笑う少女に恐怖したのである。
「楽しいですね、社さん…。」
「おう、そうだな…。たっく、どんな顔してるかと思えば、モデル顔負け。そんな顔してるかと思ったら、こんなエグいことしやがって…。」
右腕を抱えていた社はそう言うと力なく右膝を着いた。
プルプルと震える右足と、苦悶の表情を浮かべる社の様子を見て、南美はニヤリと笑う。
「博打だったんですけど、上手くいきましたね。」
「この野郎…。あの一瞬でオレの膝を蹴り抜きやがったな…。」
「えぇ、たぶん肘を折ったくらいじゃ止まらないと思ったので…。」
さらりと言ってのける南美であったが、それがどれほど難しいのかは社の実力を知るグーヤン達がよく分かっていた。だからこそ、社を含め、グーヤンも雛子も南美の所業に驚いている。
南美は肘関節を極めることで社の意識を自分と肘に集中させ、その隙に社の右膝へと強烈な蹴りを振り落としたのだ。
「1枚上を行かれたが、まさかそれで勝った気になってんのか?」
社は脂汗を流しながら、ゆっくりと立ち上がる。しかし明らかに右足には体重が掛かっておらず、左足だけで体を支えていた。
右腕と右足の関節を壊されながらも、社の目はまだやる気である。
「かかってこいよ…、マスクゥ!!」
「言われなくてもです。」
社の言葉に南美は一歩後ろに下がり、両手を胸の前で平行に構える。まだ全力で応えようとする南美の態度に社は満足そうに笑った。
「それじゃあ行きますよ。」
「応よ。」
笑っている社に向かって南美は全力で距離を詰める。
社は笑顔を絶やさずに南美の突撃を正面から迎え撃つ。
「シャオッ!」
「ぁあっ!?」
機動力を失った社は高速で突き出される南美の手刀を掴みにいく。
そして狙い通りに突き出された腕を掴み、腕力で無理矢理投げに行く。南美は逆に自分から跳んで肩口に蹴りを落としてから着地する。そして着地と同時に体を捻って社の掴みから抜け出した。
「まだまだぁ!!」
「シャオッ!」
強気に南美を懐に誘い込むものの、見事に寝技や掴みをいなされ社にダメージが蓄積されていく。
タフさだけならばこの裏ストリートファイトの中でも随一のものを誇る社はしぶとさでもまた裏ストリート有数である。
そして左腕で掴みにいく社とそれを利用しながら攻める南美の構図が出来上がって数分のことである。
「うぉらぁあっ!!」
「っ!?!」
社が南美の放った蹴りを掴み、それを外す暇さえ与えずに力任せに壁へと叩き付けたのだ。
だが躊躇なく社の剛腕で壁に叩きつけられた南美はその状態から壁を蹴って加速し、半ば放心状態の社に突撃する。
「フゥゥゥゥ───」
たった一瞬の出来事であったが、社は南美を倒せなかったことを認識した瞬間にそれ以上の抵抗を止めた。
最後の一撃はあの状態で出来得る最高のものだったという自信があった。それなのに、南美はこうして反撃を試みている。それを見た社は感服の念を以て南美の繰り出さんとしている一撃を受け止めようとしたのだ。
「シャオッ!!」
全力で放たれた南美の逆水平の一撃はずしりと社の体に響く。
そしてその一撃を受けた社は満足そうに笑い、仰向けに倒れた。その様子を上から眺めていたグーヤンと雛子は驚きのあまり、呆然と二人を見つめている。
「お前の勝ちだ、マスク…。」
「えぇ、私の勝ちです。」
仰向けに倒れている社の言葉を肯定した南美は社に背を向けるとぐっと右手を大きく掲げ、そのまま出口へと歩いていった。
この日の七枷社対Ms.マスクの仕合は裏ストリートファイトの会員達の間で大きく話題となった。
配信された動画のアクセス数は大きく伸び、最大再生回数記録を更新したという。
南美、勝利!!
では次回でお会いしましょうノシ