では本編をどうぞ↓
「ふぅ…。」
社との勝負が決まった翌日、南美は一人で夢弦の街中をうろついていた。彼女はこうして大きな仕合の前などは何かをするでもなくただ頭を空っぽにしながらこの夢弦を歩くのだ。
そうすると自然と気持ちが落ち着いて行くのだという。
一見整っているように見える街並みの中には型にはまらない個性的な住人達が行き交い、それぞれが強く主張しつつも、なぜかバランスのとれているのが夢弦という街なのだ。
(…裏ストリートファイトの上位ランカー、七枷社さん…。雛子から聞いた話だと、ランキングは雛子よりも上。現状雛子と引き分けた私がどう戦えばいいのか…。)
思い悩みながら街を歩いていると、南美の目にある人だかりが映る。
やいのやいのと何やら盛り上がっているその集団に興味を引かれた南美は興味本位でその集団に近寄る。
「おいおいおいおい!」
「死ぬぞアイツ!!」
周りが騒ぎ立てる中心地では二人の人物が距離を取って睨み合っている。
そのうちの一人に南美は見覚えがあった。白いYシャツに黒スーツを着崩したホスト風の男、それはほんわ君の家のアルバムで、そしてテレビでも何度も見た記憶がある。
ジョンス・リー、元夢弦高校特別課外活動部部長にして将棋界の新星、竜王である。
対してジョンスの前に立つ人物はスーツをしっかり決め、頭に“P”の文字の被り物を被った謎の人物だった。
「あのPヘッド、大丈夫か? 相手はあのジョンスだぞ。」
「夢弦高校の“魔女越え”達成者、その実力は只者じゃねぇ。」
「でもよ、あのPヘッド、かなり落ち着いてるぜ? 自信があるんじゃねぇの?」
ざわざわと野次馬達が騒ぐなか、騒動の中心にいるPヘッドとジョンスはとても落ち着いていた。
「でだ、賭けについてだが…。オレが勝てばあんたの事務所が無償でオレのスポンサーになる。あんたが勝てば、オレはあんたの事務所からアイドルデビュー…でいいんだよな?」
「あぁ、それで構わない。さぁサッソク始めようか。」
Pヘッドの人物はその外見からは想像できないほど良い声でそう言うとすっと構えを取る。
それを見てジョンスは膝を曲げ腰を落として構えを取った。ジョンスが構えを取ったのを見て、ギャラリーは息を呑んでぐっと押し黙った。完全に野次馬が静まり返った瞬間にジョンスから動く。
低い姿勢からの突進、充分に加速した状態からの背中での強撃、鉄山靠。
ジョンスの全身の力を持って放たれた一撃は軽々とPヘッドの人物を数メートル吹き飛ばした。
「うおおっ!!」
「出たぁ!!」
「やったかっ!?」
ジョンスの鉄山靠を間近で見てギャラリーは一気に沸く。
その一方で避けるでもなく直撃を受けて仰向けに横たわるPヘッドを心配する者も中にはいた。
しかしその心配を余所にPヘッドの人物はむくりと起き上がると、何事もなかったようにスーツのホコリを払う。
「なるほど、噂には聞いていたがこれが君の八極拳か。」
「…効いてねぇのか?」
全く堪えている様子もないPヘッドの人物に、ジョンスは怪訝な顔で尋ねる。
「いや、効いてるよ。効いてる…けど、オレは人一倍タフなんだ。」
Pヘッドはぐりぐりと首もとを回し、腕を回す。
それはまだまだ十全に動けていることをアピールしているようにも見える。
「ま、これくらい出来なきゃうちのプロダクションでプロデューサー業はやってられんのよ。」
「そうか…。なら、もっと強く打ち込んでいいな。」
「あぁ、勿論だ。全力で来ていい。」
ジョンスはPヘッドの言葉に再度構えを取る。Pヘッドの男は余裕の現れなのか今度はスーツのポケットに手を入れて直立する。その構えに少しだけジョンスはむっとするもすぐに冷静になる。
「行くぞ。」
ドンッとコンクリートを踏み抜く勢いでジョンスは力強く踏み込み、Pヘッドの胸元向けて正拳突きを繰り出す。その拳がきっちりとPヘッドを捉えたことを手応えで感じたジョンスはそのまま一歩離れる。
ジョンス渾身の一撃を貰ったPヘッドは数メートル吹き飛んだ先でうずくまっていたが、その数秒後にはすくりと立ち上がった。
「まだまだぁ…、まだ終わらんよ。」
「驚いたな、あんた本当に人間か? かなり強く打ち込んだはずだが。」
「だから言ったろ? オレは人一倍タフなんだって。」
「そうか…。」
Pヘッドはハッハと談笑するように笑った。それを見たジョンスはまた腰を低く落とした構えを取る。
そんなジョンスにPヘッドもまたボクシングのような構えになる。
「じゃ、今度はこっちから行くぞ。」
「おう。」
ジョンスが軽く手招きするとPヘッドは軽々とジョンスの頭よりも高く跳び上がり肉薄する。
「タコスッ!!」
そして肉薄した状態からPヘッドはその自身の最大の外見的特徴であるPヘッドによるヘッドバットを繰り出した。それを堂々とジョンスは正面から頭突きで迎え撃つ。
ガチンと人体から発せられたとは思い難い音があたりに響く。
「おぉらっ!!」
そして頭突きがかち合った状態からPヘッドは長い足を突き出してジョンスの胸を蹴り飛ばす。
長い足から突き出された蹴りにジョンスの上半身が揺らぐ。
そしてそれを見逃さずPヘッドはヘッドバットでジョンスの頭を叩く。
「がっ!?」
「おらッ!!」
ヘッドバットによって頭の下がったジョンスの顎に膝蹴りを叩き込み、Pヘッドは着地する。
一方のジョンスはよろよろと後ろに下がり、二歩三歩と下がった所で踏みとどまり、Pヘッドの方を見る。
「ふむ、君もなかなかにタフだ。やはりそのタフネスはアイドルにふさわしい。」
「断る。」
「そうかそうか。なら勝つしかないな。」
変わらないジョンスの態度にPヘッドは笑い声を上げながら構える。
ジョンスも同じく腰を落とし、いつもの構えを取った。
ピリピリとした空気に周りのギャラリー達も固唾を飲んでこの先を見守った。
「はッ!!」
放たれたジョンスの鉄山靠は見事にPヘッドの胴体を捉えきり、そのまま吹き飛ばして壁に激突させる。
コンクリート製の壁はミシリと音を立てヒビが入った。
完璧な一撃、もはやこれを受けて立てる人間なぞいないと思われるほどのそれにジョンスは構えを解いてPヘッドを見下ろす。
だがPヘッドはよろよろと立ち上がると、最初の時のようにスーツのホコリを手で払った。
「あぁ…、これは、凄いな…。うん…。」
だがしかし、それだけ言い残してPヘッドは前のめりに倒れてしまった。
その瞬間、周りで見守っていたギャラリーは歓声を挙げる。勝ったジョンスと、最後まで健闘したPヘッド、二人を讃える言葉が周囲に響き渡る。
ジョンスはつかつかとPヘッドに歩み寄ると、彼を抱え上げ、八意診療所の方へと歩き出した。
そんな二人をギャラリーは惜しみ無い声援でもって送り出す。
「……凄かったなぁ…。」
ジョンスとPヘッドの死闘を目の当たりにした南美は近くのベンチに腰掛け、先程までの二人の戦いぶりを思い返す。
お互いがお互いの全力で以てぶつかり合った死闘に、南美は心から尊敬の念を抱いていた。
「…うん。そうだよね、まずは全力で…だよね。」
いつの間にか抱えていた悩みの答えを掴んだ南美は勢いよく立ち上がると、良い笑顔を浮かべて帰路についた。
そんな時、ドイツにいた一夏はというと────
「イチカ、もう帰るの…?」
「あぁ、もう少しいたかったけど…。ごめんな?」
ドイツの国際空港でラウラ達との挨拶をしていた。
その中でも最年少のヒルダは今にも泣き出しそうな潤んだ瞳で見上げながら一夏の服を掴んでいる。
そんなを見て一夏は申し訳無さそうな顔でヒルダの頭を撫でてやる。ここ数日で完全になつかれた一夏はヒルダを妹のように可愛がっていたのだ。
「また会いに来るから、それまで我慢してくれ。」
「ホントに? ホントに会いに来てくれる?」
「あぁ、本当だとも。だから、それまで我慢できる?」
一夏が頭を撫でながらヒルダに尋ねると、彼女はコクコクと首を縦に振った。それを見た一夏はニコリと笑い、ヒルダの頭を目一杯撫でてやる。
すると、満足したのかヒルダはそれまでぐずるように掴んでいた一夏の服の裾を離した。
「それじゃあ次に会うのはIS学園で、だな。」
「あぁ。と言ってもあともう少しで夏休みも終わりだけどな。」
「そうだな。それまで元気でいろよ?」
「勿論だよ。」
ヒルダの次はラウラである。
他愛もない世間話を交わした二人はそのあと軽い抱擁の後別れた。
また会うからと、二人はそう言って空港で別れたのである。
こうして織斑一夏はドイツを出発し、日本に向かった。
Pヘッド…、いったい何65プロの人間なんだ…?
では次回でお会いしましょうノシ