ご了承下さい。
では本編をどうぞ↓
「フフフフフ、ここが如月重工…。心が踊るな!」
「そうか、私は逆に胃が痛いよ。」
篠ノ之箒と更識簪の二人は夢弦にある如月重工開発試験場の前にいた。簪は遠足前の子供のようにこれから起こることへの期待に胸を膨らませ、それに反比例するように箒の顔は浮かないものである。
「なんでそんな顔をしているんだ?篠ノ之箒よ。」
「逆にお前は楽しそうだな。」
「あぁ、楽しいね。だってあの如月重工だぞ!? 私の憧れだ。そんな如月の、しかも開発室の人に会えるんだ。これがどうして平然としていられようか。」
簪はにやりと悪巧みする科学者のような笑顔を浮かべる。そんな簪を見て余計箒は不安を抱くのであった。
そうして入り口の前に立っている二人に自動ドアを開けて藤原が声を掛ける。
「おはよう二人とも。今日も元気そうで何よりだ。」
「おはようございます、藤原さん。」
相変わらずのスーツ姿の藤原にこの人も変わらないなと箒は感心する。
夢弦の夏は日本の例に漏れず暑い。にも関わらず、この藤原黒スーツである。
「まあ、立ち話もなんだし、入りなよ。あんまりおもてなしは出来ないけどね。」
そう言って藤原は箒と簪を建物の中に迎え入れた。
建物の中は冷房が効いているのか、蒸し暑さもなく、とても快適な空間になっている。
「篠ノ之妹には何回か来て貰ってるけども、今日は純粋にデータ取りだよ。そう身構えなくてもいい。ただ、とったデータをすぐに解析したいからここに来て貰っただけ。更識くんには技術屋として新しい意見を貰いたい。」
「私に…ですか?」
「あぁそうだ。高校生でたった一人であれほどのISを組み上げた君の実力を買ってのことさ。」
藤原の嘘の混じっていない本心からの言葉を聞いて簪の顔はほんのり赤くなる。そして照れ隠しのように下を向いた。そして小さく小刻みに肩を振るわせ始めた。
「か、簪…?」
「ち、違う……。泣いてなんか…。」
強がってそう言う簪ではあったものの、ぽたぽたと俯く彼女の顔の下に小さな水滴がこぼれていく。
今まで優秀過ぎる姉と比べられ、何をしても姉の二番煎じ、姉より劣ると言われ続けてきた彼女にとって、同じ技術屋の藤原からの褒め言葉は親友の南美とも違う何かがあった。
それが胸にこみ上げてきて、つい彼女は感極まってしまったのである。
しかし、箒も藤原もあえて何も言わなかった。
しばらくして簪が落ち着いた頃、三人は主任室と書かれた部屋にいた。
この部屋には給湯設備や冷蔵庫などの家電類が充実しており、その気になればここに数日ほどなら泊まれそうなほど整っている。
「さて、お茶も淹れたし、ゆっくりしていってくれ。」
ソファに座る二人にお茶を注いだ湯飲みを差し出して藤原は対面に座る。箒も簪もその湯飲みに注がれたお茶を一口飲むと藤原の方を向く。
「それじゃ篠ノ之妹のISは預かるとして、更識くんの件なんだけどさ…。」
「……。」
会話を始める藤原の言葉に簪は口を真一文字に結んで藤原を見つめる。
「本音を言えば今すぐ如月で雇いたい。社長もオレと同じ意見だよ。」
「っ! 本当ですか!?」
簪はガタッとソファから立ち上がり、興奮した様子で藤原に尋ねる。その質問に藤原は黙って頷いた。
「君の技術者としての実力はオレもウチの班員も、社長だって認めてる。だから君がほしい。既存の概念に縛られない自由な君がね。」
そこまで言って藤原は言葉を切って、“ただ…”と言葉を濁した。
どこか様子のおかしい藤原に簪と箒は首を傾げる。
「ちょいとややこしいことがあるんだ…。特に倉持技研関係でさ。」
「倉持技研…あ…。」
「把握したかい? そう、更識くんのIS、玉鋼のコアは倉持技研が所有するものなんだ。」
そう言う藤原と何かを察した簪の顔は暗い。
藤原は長くこのIS業界で生きていたことから、簪は代表候補生としての教養からそのことに気がついてしまった。
「更識くんをこのまま抱え込むと二重登録になっちゃうんだよねぇ…。権利関係云々はどうにかするけどこのままだと玉鋼を解体しなきゃいけないのさ。」
「そう、なりますよね…。」
藤原の言葉に簪は絶望したような顔をする。
憧れの如月重工の一員になるか、これまで辛苦を共にしてきた玉鋼を解体するかの二択は簪にとってはもはや究極の二択なのである。
見るからに沈みこんでしまった簪を見て藤原は困ったように頭を掻く。
「あ~、その、なんだ…、手段がない訳じゃないんだ。倉持技研には一応知り合いもいるし…。だから、そんな顔しないでくれないか?」
「はい、ごめんなさい…。」
「いや、更識くんが謝ることじゃないんだ。先に手段があるって言わなかったオレも悪いし…。」
何故だか変な空気になってしまった室内で、箒はどうすることも出来ずただ二人の様子を交互に見やるしかなかった。
そんな事が行われている中、現在ドイツにいる一夏はというと───
「ズェアァアッ!!」
「なんのぉ!!」
シュヴァルツェア・ハーゼ隊の保有するIS用アリーナでクラリッサとIS戦闘を行っていた。
クラリッサの操るISは彼女用にチューンされた専用機“シュヴァルツェア・シュピーゲル《黒い鏡》”であり、ラウラの専用機の姉妹機だ。
姉妹機とは言ってもそのコンセプトはラウラのものとは違い、近接戦闘による前衛の役割を主とする機体として開発されたものである。そのため、完全に前衛としての性能に特化した白式相手にも一歩も引けを取らない。
もちろん単純な性能の差であれば白式に軍配が上がるのだが、そこを技量で補うのがクラリッサである。
「未熟未熟未熟ぅ!!」
「ちぃ!? ズェア!!」
超がつくほどの至近距離まで詰め寄られ、一夏は思わず舌打ちする。
主要武器が大刀の一夏と拳のクラリッサでは懐に潜った時の熟練度で差が出てくる。
超近接戦闘の弱点を埋める為にIS学園で訓練していた一夏であるが、まだまだそれを主眼に置いた者には一歩譲ってしまう。
「見切れるかっ!!」
「このっ!?」
一夏は自身の上を取りながら自由自在に飛び回るクラリッサを目で追いながら雪片を牽制代わりに振り回す。
クラリッサの主兵装はブレードのついたトンファーであり、それを器用に扱って打撃と斬撃を使い分けるのが彼女の戦い方である。
「フゥーハハハ! 最ッ高に乗ってきたぁ!!」
「畜生めっ!」
ハイテンションそのまま高速で飛び回るクラリッサを一夏は若干のイラつきの眼差しで睨み付ける。
しかしそんなものはどこ吹く風かとクラリッサはマイペースを崩さない。それが彼女の強みでもあるのだが。
「さぁさぁ行くぞぉ!! シュツルム!ウント!ドランクゥウ!!」
ブレードトンファーを持ったまま腕を組んだクラリッサはグルグルと独楽のように高速で回転し、そのままの勢いで一夏に突撃する。
しかし一夏も向こうから近寄るならば好都合と足を止めて雪片を構える。
「止めれるものなら止めてみろ!!」
「ズェアァアッ!!」
独楽のように回転しながら突撃してくるクラリッサに対して一夏は零落白夜を発動し、全力で袈裟斬りに雪片弐型を振り下ろした。
クラリッサの独楽と一夏の雪片が激突した瞬間火花が散り、耳つんざくような金属音が鳴り響き、大量の土煙が二人を中心にして舞い上がる。
そして土煙が舞い上がる中、ブザーがなりISのシールドエネルギーが空になったことを告げた。
時間と共に徐々に土煙も落ち着いていき二人の様子が分かっていく。
「ハーハッハッ!!」
「あぁ、畜生…。」
土煙が完全に晴れるとそこにはISを完全に解除して膝に手を置く一夏と、シュヴァルツェア・シュピーゲルを纏いながら地面に大の字に寝転ぶクラリッサの姿があった。
クラリッサの顔はとても満足そうな笑顔であり、一方の一夏はクラリッサとは対照的に悔しさが滲んでいた。
「はっはっはっ! まだまだ冷静さが足りませんね!!」
「えぇ、その通りです。本当に…。」
寝転んだまま顔を持ち上げてニヤついた顔でそう言うクラリッサに一夏はしみじみと頷いた。
今回の一夏の敗因は判断ミスである。クラリッサの挑発にまんまと乗ってしまった一夏は高速で回転するブレードに雪片を振り下ろし、本体に直撃させることが出来なかったのだ。
そのことを理解しているからこそ一夏は悔しそうに歯がみする。
そしてクラリッサもきっちり読み勝ったからこそこうして一夏を煽るのだ。
「完全に焦って挑発に乗った自分の負けです。」
「分かっているならよろしいのです。」
クラリッサは反動を使って立ち上がるとサムズアップして一夏に笑いかける。
そのあと二人はそれぞれ更衣室でいつもの服に着替え、ほかの隊員達と一緒に夕飯を取ることにした。
もちろんというべきか、この日もラウラが一夏の部屋を訪れ添い寝したらしい。
ゲルマン忍法を体得したドイツ軍人、その名もクラリッサ!
特にここで言うべき事が見当たらないので、次回でお会いしましょうノシ